・大阪地判平成17年7月12日  「初動負荷」事件:第一審  原告A(小山裕史)は、著名なトレーナーであり、昭和56年には鳥取にジムを開く一 方、C連盟等のフィットネス・コーチを歴任し、動作改善、故障改善、強化を中心にトレ ーニング指導業務を行ってきた。原告会社(株式会社ワールドウイングエンタープライズ) は、原告Aが代表者を務め、「初動負荷」トレーニングマシンを設置したトレーニングジ ム「ワールドウイング」を所有・運営する等している。  被告会社(株式会社ゴルフダイジェスト社)は、平成15年11月に発行した「チョイ ス」11月号において、「初動負荷」及び「終動負荷」という表現を用いた記事を掲載し た。これに対して、原告が、複製権および氏名表示権の侵害を理由とする損害賠償請求等 を求めた事案。  判決は、「初動負荷」「終動負荷」という名称表現について、「ありふれた表現にすぎ ず、創作性を有する著作物と認めることはできないというべきである」として著作物性を 否定した。その他、不法行為に基づく請求等も否定。 (控訴審:大阪高判平成18年4月26日) ■判決文 1 著作権侵害に基づく請求について (1) 請求原因(3)ア(イ)(著作物性)について検討する。 (2) 本件において原告Aは、「初動負荷」、「終動負荷」という表現が、自己の創作し た著作物であると主張する。  同原告の主張によれば、「初動負荷」とは、「その運動の主動筋を最大限に伸長させた ポジション(すなわち、その動作の開始時)において負荷を与えた後、その負荷を適切に 漸減することで、主動筋の「弛緩→伸長→短縮」の一連過程を促進させると共に、主動筋 活動時に、その拮抗筋並びに拮抗的に作用する筋の収縮(共縮)を防ぎながら行う運動・ トレーニング方法」の名称として同原告が創作したものであり、「終動負荷」とは、「動 作中筋出力が維持され、あるいは高くなるが、同原告は、このような動作終了に向けて負 荷が継続ないし徐々に増加するような筋の活動様式による運動・トレーニング方法」の名 称として創作したものである(請求原因(2)イ)。 (3) しかしながら、まず、このような運動・トレーニング方法に関する理論を原告が独 創し、その名称を創作したものであるとしても、著作物性は具体的な表現について認めら れるものであり、理論について認められるものではないから、理論が独創的であるからと いって、直ちにその名称に著作物性が認められるわけではない。 (4) そこで、原告Aが創作した「初動負荷」及び「終動負荷」という名称表現について 検討するに、まず「初動負荷」について見ると、ある抽象的な理論や方法(ここでは運動 ・トレーニング方法がそれに当たる。)を端的に表現する名称として、それを漢字四文字 の熟語で構成することは、日本語において常用される表現方法であるところ、前記のよう な、運動の動作の開始時において負荷を与えた後に、その負荷を適切に漸減するという運 動・トレーニング方法の名称を考えるに当たり、「運動の動作の開始時において」「負荷 を与える」という代表的な要素を抽出して、「初動負荷」と名付けることは、「広辞苑」 (第五版)において「初動」とは「初期段階の行動」の意味であるとされていることもふ まえると、ありふれた表現にすぎず、創作性を有する著作物と認めることはできないとい うべきである。  また、「終動負荷」という名称について見ると、確かに「終動」という言葉は一般の日 本語にはなく(前掲「広辞苑」にも見られない。)、原告Aの創作した造語であると認め られる。しかし、新旧二つの理論や方法に名称を付与する際に、両者の名称が対になるよ うにするのは日本語として常用される表現方法であることからすると、新規な運動・トレ ーニング方法を「初動負荷」と名付ける一方で、従来の運動・トレーニング方法を「終動 負荷」と名付けることも、やはりありふれた表現にすぎず、創作性を有する著作物と認め ることはできないというべきである。 (5) この点について原告Aは、前記のような運動・トレーニング方法を端的に表現する 方法はいくらでもあるから、「初動負荷」及び「終動負荷」という表現には創作性がある と主張する。  しかし、原告Aが「初動負荷」の代わりに考えられるとする名称も、「主動筋円滑」ト レーニング、「筋共縮防止」トレーニング、「初期負荷後漸減」トレーニング、「始動負 荷」トレーニング、「瞬間負荷」トレーニング、「反射促進」トレーニング、「終盤加速 型」トレーニング、「負荷変動式」トレーニング、「逓減負荷」トレーニング、「加速増 進負荷」トレーニングという程度にとどまるのであって、このうち四文字熟語として構成 されるのは4種類にすぎず、しかも、うち3種類に「○○負荷」の名称を付されているの であるから、「運動の開始時に負荷を与える」ということから最も端的に発想される「初 動負荷」という名称に特段の創作性を認めることはできない。  原告Aは、同様に「終動負荷」についても、「均一継続負荷」トレーニング、「持続負 荷」トレーニング、「逓増負荷」トレーニングという名称が考えられると主張するが、わ ずか3種類にすぎず、「初動負荷」と対になる四文字熟語として表現しようとした場合に 最も端的な「終動負荷」に特段の創作性を認めることはできない。 (6) 以上より、原告Aの著作権侵害に基づく請求は、その余の点について判断するまで もなく理由がない。 2 不正競争防止法2条1項1号違反に基づく請求について (2) 被告会社が本件記事(甲29)を掲載して本件書籍を販売したこと、被告Bが同書 籍の記事を解説したことは、当事者間に争いがない。 (3) ところで、甲29号証によれば、本件記事において「初動負荷」、「初動負荷トレ ーニング」という表現が使用されている主要なものは、次のとおりであると認められる。 ア 「そもそも、『初動・終動』負荷トレーニングとは?」 イ 「個人の能力をピラミッドに例えると、底辺の拡大が終動負荷、頂点の高さが初 動負荷」 ウ 「簡単にいえば、最初に筋肉に重い負荷をかけ、そこから徐々に軽い負荷にして いくのが初動負荷。反対に筋肉に徐々に重い負荷をかけていくのが終動負荷だ。」(以上、 22ないし23頁)。 エ 「終動負荷 すぐに始められるトレーニング8メニュー」(24頁) オ 「初動負荷 ひとりで可能な実践8メニュー」(26頁) カ 「初動・終動負荷を自分流にアレンジした飛ばしのトレーニング。」(28頁) キ 「初動・終動負荷を自分流にアレンジ バランスと柔らかさを作り出す。」(3 0ないし31頁) ク「初動・終動負荷を自分流にアレンジ スピードを支える下半身。」(32頁) (4) (3)掲記の各使用例を見れば、本件記事において、「初動負荷(トレーニング)」 という表現は、前記(3)ウで簡単に定義された運動方法を呼称する概念用語として使用さ れているものと認められ、被告らの商品ないし営業について、その出所表示として使用さ れているものでないことは明らかである。  したがって、本件記事において被告らが「初動負荷(トレーニング)」という言葉を不 正競争防止法2条1項1号所定の「商品等表示」として「使用」したとは認められない。 (5) よって、その余の点について判断するまでもなく、原告らの不正競争防止法2条1 項1号違反に基づく請求は理由がない。 3 債務不履行に基づく請求について 《中 略》 4 不法行為に基づく請求について (1) 原告らは、自ら構築してきた独自の初動負荷理論と、その実践により得てきた社会 的信用・名声の故に、「初動負荷理論」や「初動負荷トレーニング」といった名称を独占 的に、あるいは、対価を得て第三者に専属的に利用させ得る法的救済に値する利益を有し ているところ、被告らはこれを侵害したことによる不法行為責任を免れないと主張する。  しかしながら、原告Aが独自の初動負荷理論を自ら構築し、原告らにおいてその実践に より社会的信用・名声を得てきたとしても、「初動負荷理論」や「初動負荷トレーニング」 といった名称について、著作権等の知的財産権によらないで独占的な使用権を原告らに認 めることはできない。すなわち、現行法上、営業や役務や理論や方法の名称の使用に関し ては、商標法、著作権法、不正競争防止法等の知的財産権関係の各法律が、一定の範囲の 者に対し、一定の要件の下に排他的な使用権を付与し、その権利の保護を図っているが、 その反面として、その使用権の付与が国民の経済活動や文化的活動の自由を過度に制約す ることのないようにするため、各法律は、それぞれの知的財産権の発生原因、内容、範囲、 消滅原因等を定め、その排他的な使用権の及ぶ範囲、限界を明確にしている。これら各法 律の趣旨、目的にかんがみると、「初動負荷理論」や「初動負荷トレーニング」といった 理論やトレーニング方法の名称等の使用につき、法令等の根拠もなく名称の発案・使用者 に対し独占的な使用権を認めることは相当ではないというべきである。  したがって、不法行為の被侵害利益として、原告らが主張する法的保護に値する利益は 認められない。 (2) 原告らは、被告会社及び被告Bは、原告Aが初動負荷理論という独自の理論の提唱 者であり、原告らが同理論の実践を中心とした経済活動をしていることを熟知していたの であるから、被告会社が雑誌等の製作出版行為を行い、被告Bが本件記事の執筆を行う際、 「初動負荷」理論について記述するならば、同理論については提唱者である原告Aを明示 し、また内容を歪曲するなどして同理論の提唱・実践者である原告らの利益を侵害しない ように注意すべき義務があったと主張する。  確かに、原告Aが初動負荷理論の提唱者として得ている社会的名声や、その実践によっ て原告らが得ている経済的利益を第三者が侵害することは許されるところではない。しか し、仮に原告ら主張のような事情を被告らが認識していたとしても、原告らにその理論や 名称を独占的に使用する権利が認められない以上、被告らは自由にその理論や名称に言及 して、同理論に関する記事を記述し得るのは当然であり、その記述が徒に原告らの名誉、 信用を害するとか、営業を妨害するという内容のものでない限り、原告らに対する不法行 為を構成するものではないというべきである。そして、本件記事にはそのような内容の記 述も見当たらないから、被告らが本件記事において初動負荷理論の提唱者である原告Aを 明示せず、また原告Aの考えるものと異なる内容を初動負荷理論の内容として記述したか らといって、それが原告らに対する不法行為を構成するとはいえない。 (3) 以上より、不法行為に基づく請求は、その余について判断するまでもなく理由がな い。 5 以上によれば、原告らの本件請求はいずれも理由がないから、これを棄却することと し、訴訟費用の負担について民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。 大阪地方裁判所第21民事部 裁判長裁判官 田中 俊次    裁判官 高松 宏之    裁判官 西森みゆき