・大阪高判平成17年7月28日  海洋堂フィギュア事件:控訴審  控訴棄却。  もっとも、模型原型の著作物性については、一部について(妖怪コレクション)、「一 定の美的感覚を備えた一般人を基準に、純粋美術と同視し得る程度の美的創作性を具備し ていると評価されるものと認められるから、応用美術の著作物に該当するというのが相当 である」と述べた(そのためその点では錯誤はあり得ないことになる)。 (第一審:大阪地判平成16年11月25日) ■判決文 第4 当裁判所の判断 1 当裁判所も、原告の請求は原判決主文第1項記載の限度で理由があるものと判断する。 その理由は、次のとおり付加、訂正等するほか、原判決25頁21行目から60頁3行目 までに記載のとおりであるから、これを引用する。 《中 略》 (2)以上の認定をもとに検討する。 ア 著作権法の規定  著作権法2条1項1号は、著作物を、「思想又は感情を創作的に表現したものであって、 文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するもの」と定義し、同法10条は、「絵画、版画、 彫刻その他の美術の著作物」(1項4号)を著作物の例示として挙げている。一方、同法 2条2項は、「この法律にいう「美術の著作物」には、美術工芸品を含むものとする。」 と定めている。 イ 純粋美術と応用美術の区別 (ア)美的創作物は、思想又は感情を創作的に表現したものであって、制作者が当該作品 を専ら鑑賞の対象とする目的で制作し、かつ、一般的平均人が上記目的で制作されたもの と受け取るもの(純粋美術)と、思想又は感情を創作的に表現したものであるけれども、 制作者が当該作品を上記目的以外の目的で制作し、又は、一般的平均人が上記目的以外の 目的で制作されたものと受け取るものに分類することができる。  いわゆる応用美術とは、後者のうちで、制作者が当該作品を実用に供される物品に応用 されることを目的(以下「実用目的」という。)として制作し、又は、一般的平均人が当 該作品を実用目的で制作されたものと受け取るものをいう。 (イ)前記アのように、著作権法は、著作物の例示中に「絵画、版画、彫刻その他の美術 の著作物」を挙げた上で、「美術の著作物」には「美術工芸品」を含む旨を規定している から、「美術の著作物」は、純粋美術に限定されないことは明らかである。しかし、著作 権法2条2項により「美術の著作物」に該当することが明らかである一品制作の美術工芸 品を除く、その他の応用美術が「美術の著作物」に該当するかどうかは、同法の条文上、 必ずしも明らかではない。 (ウ)ところで、応用美術は、〔1〕純粋美術作品が実用品に応用された場合(例えば、 絵画を屏風に仕立て、彫刻を実用品の模様に利用するなど)、〔2〕純粋美術の技法を実 用目的のある物品に適用しながら、実用性よりも美の追求に重点を置いた一品制作の場合、 〔3〕純粋美術の感覚又は技法を機械生産又は大量生産に応用した場合に分類することが できる。このことに、本来、応用美術を含む工業的に大量生産される実用品の意匠は、産 業の発達に寄与することを目的とする意匠法の保護対象となるべきものであること(意匠 法1条)、これに対し、著作権法は文化の発展に寄与することを目的とするものであり (著作権法1条)、現行著作権法の制定過程においても、意匠法によって保護される応用 美術について、著作権法による保護対象にもするとの意見は採用されなかったこと、一品 制作の美術工芸品を越えて、応用美術全般に著作権法による保護が及ぶとすると、両法の 保護の程度の差異(意匠法による保護は、公的公示手段である設定登録が必要である(方 式主義)上、保護期間(存続期間)が設定登録の日から15年であるのに対し、著作権に よる保護は、設定登録をする必要はなく(無方式主義)、保護期間(存続期間)が著作物 の創作の時から著作者の死後50年を経過するまでの間、法人名義の著作物は公表後50 年を経過するまでの間等とされている。)から、意匠法の存在意義が失われることにもな りかねないことなどを合わせ考慮すると、応用美術一般に著作権法による保護が及ぶもの とまで解することはできないが、応用美術であっても、実用性や機能性とは別に、独立し て美的鑑賞の対象となるだけの美術性を有するに至っているため、一定の美的感覚を備え た一般人を基準に、純粋美術と同視し得る程度の美的創作性を具備していると評価される 場合は、「美術の著作物」として、著作権法による保護の対象となる場合があるものと解 するのが相当である。 (エ)以上の観点から、本件模型原型が「美術の著作物」に該当するか否かについて検討 を加える。 ウ 本件模型原型は純粋美術か否か。 (ア)まず、本件模型原型は、前記認定のとおり、いずれも、実在する動物や、絵画に描 かれた妖怪ないし人物等を立体的に表現したものである。  本件模型原型は、実在する動物や、絵画に描かれた妖怪ないし人物等を立体的に表現す るに当たって、誰が制作しても同じような表現にならざるを得ないような類型的な表現方 法を用いたとはいえず、一定の限度で制作者の個性が表れているといえるから、思想又は 感情を創作的に表現したものであるということができる(ただし、その創作性の程度には、 後記のとおり高低がある。)。 (イ)ところで、菓子製造販売業者が、菓子の需要者(主に子供たち)に人気のある動物、 乗り物等を模した小さな玩具や、漫画のキャラクターを描いたシール、カード等をおまけ として付けることで、菓子の需要者のおまけに対する収集欲を刺激し、菓子の販売促進を 図ることは、これまでも広く行われてきた(乙第46号証、公知の事実)。このような菓 子等のおまけとなる玩具は、一般に「食玩」と称されている。  本件フィギュアは、従来の食玩(検甲第14、第15号証、公知の事実)に比べて、極 めて精巧なものであるとはいえ、その使用目的は、やはり菓子のおまけとして付けられ、 菓子の販売促進を図ることにあることに変わりはないと認められる。そして、本件模型原 型は、上記のような本件フィギュアを量産するための金型の原型及び彩色用の見本として 用いられるものである。 (ウ)してみると、本件模型原型は、前記(ア)のとおり思想又は感情を創作的に表現し たものではあるけれども、制作者が、当該作品を専ら鑑賞の対象とする目的ではなく、実 用目的で制作したものであり、かつ、一般的平均人が、実用目的で制作されたものと受け 取るものというべきであるから、純粋美術には該当しないものと解するのが相当である。 そして、上記制作目的及び一般的平均人の認識からすれば、本件模型原型は、応用美術に 該当するものというのが相当である。 (エ)なお、証拠(甲第22、第23号証)及び弁論の全趣旨によれば、本件フィギュア は、その精巧さから、販売後は子供たちのみならず一部の大人たちの間でも人気が出たこ とが認められ、証拠(甲第54ないし第88号証、第99号証)及び弁論の全趣旨によれ ば、菓子の購入者の中には、菓子よりもおまけである本件フィギュアを目当てに購入した 者が多かったこと、これらの者の多くは、本件フィギュアを鑑賞の対象として扱っていた ことが認められる。  しかし、純粋美術であれば、その巧拙を問わず著作物に該当し、著作権法による保護を 受けることになるが、我が国の著作権制度のもとにおいては、著作権の成立には審査及び 登録を要せず、著作権の対外的な表示も要求しない一方で、著作権侵害については刑事罰 の規定も設けられていることを考慮すると、観る者によって当該作品を専ら鑑賞の対象と する目的で制作されたものと受け取るか否かの判断が異なるような作品についてまでも、 純粋美術として著作権法による保護を与えることは、予測可能性を害するものであって、 相当ではない。  そして、上記各証拠をもってしても、本件フィギュアないし本件模型原型について、一 般的平均人が専ら鑑賞の対象とする目的で制作されたものと受け取るとまでは認めがたい。  また、制作者が、制作当時は、当該作品を専ら鑑賞の対象とする目的以外の目的で制作 した作品が、制作後の事情により美術的な評価が高まり、当該作品が鑑賞の対象として取 り扱われるようになったとしても、そのことにより、応用美術が純粋美術に転化し、著作 物性を獲得するに至ると解することは、法的安定性を著しく害するものであって相当では ない。  したがって、上記の事情は、前記(ウ)の判断を左右するものではない。 エ 応用美術たる本件模型原型は著作物か否か。 (ア)そこで、本件模型原型が応用美術であることを前提にして、一定の美的感覚を備え た一般人を基準に、純粋美術と同視し得る程度の美的創作性を具備していると評価される か否かについて検討する。 (イ)本件動物フィギュア  前記認定のとおり、本件動物フィギュアは、市販の動物図鑑、鳥類図鑑等をもとに、動 物の形状等を、可能な限り、実際の動物と同様に立体的に表現し、色彩も、実際の動物と 同様の色、模様が付されたものであり、極めて精巧なものであって、一定の美的感覚を備 えた一般人を基準に、相当程度の美術性を備えていると評価されるものといえる。このこ とは、前記認定のとおり、原告の制作に係る各種フィギュアが各地の美術館等で展示され、 高い評価を受けていることからも裏付けられる。  しかしながら、上記のとおり、本件動物フィギュアは、実際の動物の形状、色彩等を忠 実に再現した模型であり、動物の姿勢、ポーズ等も、市販の図鑑等に収録された絵や写真 に一般的に見られるものにすぎず、制作に当たった造形師が独自の解釈、アレンジを加え たというような事情は見当たらない(なお、甲第51号証によれば、本件動物フィギュア の中には、あえて実際の動物と異なる形状等を採用しているものも存在するが、これは、 美術性を高めるためにデフォルメしたというよりも、主に、型抜きの都合や、カプセルに 収まる寸法を確保するなどの製造工程上の理由によるものと認められる。)。したがって、 本件動物フィギュアには、制作者の個性が強く表出されているということはできず、その 創作性は、さほど高くないといわざるを得ない。  してみると、本件動物フィギュアに係る模型原型は、一定の美的感覚を備えた一般人を 基準に、純粋美術と同視し得る程度の美的創作性を具備していると評価されるとまではい えず、著作物には該当しないと解される。  なお、本件動物フィギュアのうち、ツチノコについては、モデルとなる動物の生息が確 認されていないため、実際の動物の形状、色彩等を忠実に再現したものとはいえず、他の 本件動物フィギュアに比べれば制作者の個性が強く表出されているということができるけ れども、やはり、これまでに描かれた数多くの想像図をもとに制作されたものであって、 それらから想像される一般的なイメージの域を超えるものではなく(甲第51号証、弁論 の全趣旨)、いまだ純粋美術と同視し得る程度の美的創作性があるとまではいえない。 (ウ)本件妖怪フィギュア  本件妖怪フィギュアは、本件動物フィギュアと異なり、空想上の妖怪を造形したもので ある。  確かに、前記認定のとおり、本件妖怪フィギュアのなかには、石燕の「画図百鬼夜行」 を原画とするものもある。  しかし、平面的な絵画をもとに立体的な模型を制作する場合には、制作者は、絵画に描 かれた妖怪の全体像を想像力を駆使して把握し、絵画に描かれていない部分についても、 描かれた部分と食い違いや違和感が生じないように構成する必要があるから、その制作過 程においては、制作者の想像力ないし感性が介在し、制作者の思想、感情が反映されると いうことができる。  そして、前記認定のとおり、本件妖怪フィギュアは、石燕の原画を忠実に立体化したも のではなく、随所に制作者独自の解釈、アレンジが加えられていること、妖怪本体のほか に、制作者において独自に設定した背景ないし場面も含めて構成されていること(特に、 前記認定の「鎌鼬」、「河童」や、「土蜘蛛(つちぐも)」が源頼光及び渡辺綱に退治さ れ、斬り裂かれた腹から多数の髑髏(どくろ)がはみ出している場面(甲第52号証)な どは、ある種の物語性を帯びた造型であると評することさえも可能であって、著しく独創 的であると評価することができる。)、色彩についても独特な彩色をしたものがあること を考慮すれば、本件妖怪フィギュアには、石燕の原画を立体化する制作過程において、制 作者の個性が強く表出されているということができ、高度の創作性が認められる。  また、本件妖怪フィギュアのうち、石燕の「画図百鬼夜行」を原画としないものについ ては、制作者において、空想上の妖怪を独自に造形したものであって、高度の創作性が認 められることはいうまでもない。  そして、前記認定のとおり、本件妖怪フィギュアは、極めて精巧なものであり、一部の フィギュア収集家の収集、鑑賞の対象となるにとどまらず、一般的な美的鑑賞の対象とも なるような、相当程度の美術性を備えているということができる。  以上によれば、本件妖怪フィギュアに係る模型原型は、石燕の「画図百鬼夜行」を原画 とするものと、そうでないもののいずれにおいても、一定の美的感覚を備えた一般人を基 準に、純粋美術と同視し得る程度の美的創作性を具備していると評価されるものと認めら れるから、応用美術の著作物に該当するというのが相当である。 (エ)本件アリスフィギュア  前記認定のとおり、本件アリスフィギュアは、テニエルの挿絵を立体化したものである。  本件アリスフィギュアについても、本件動物フィギュア及び本件妖怪フィギュアと同様 に、極めて精巧なものであって、一定の美的感覚を備えた一般人を基準に、相当程度の美 術性を備えていると評価されるものといえる。  しかしながら、本件アリスフィギュアは、平面的に描かれたテニエルの挿絵をもとに立 体的な模型を制作する過程において、制作者の思想、感情が反映されるものであるから、 創作性がないわけではないが、前記認定のとおり、本件アリスフィギュアは、テニエルの 挿絵を忠実に立体化したものであり、立体化に際して制作者独自の解釈、アレンジがされ たとはいえない(この点において、本件妖怪フィギュアとは事情が異なる。)ことや、色 彩についても、通常テニエルの挿絵に彩色する場合になされるであろう、ごく一般的な彩 色の域を出ていないことを考慮すれば、本件アリスフィギュアには、テニエルの原画を立 体化する制作過程において、制作者の個性が強く表出されているとまではいえず、その創 作性は、さほど高くないといわざるを得ない(ただし、前記認定のとおり、他にもテニエ ルの挿絵に彩色したものがあるが、証拠上、これらがどのような色であったかは判然とし ない。また、一部には背景ないし場面を含めて造型されたものもあるが(例えば「チェシ ャ猫」の木)、これらの背景も、もともとテニエルの挿絵に描かれていたものである。)。  してみると、本件アリスフィギュアに係る模型原型は、極めて精巧なものであるけれど も、一定の美的感覚を備えた一般人を基準に、いまだ純粋美術と同視し得る程度の美的創 作性を具備していると評価されるとまではいえず、応用美術の著作物には該当しないと解 される。」 《中 略》  よって、主文のとおり判決する。  (当審口頭弁論終結日・平成17年6月14日) 大阪高等裁判所第8民事部 裁判長裁判官 竹原 俊一    裁判官 小野 洋一    裁判官 中村 心