・東京地判平成17年9月28日  高島本暦事件  本件は、原告(高島龍照。高島易断総本部神聖館株式会社取締役)が、被告らに対し、 本件各書籍1〜5『平成十一年神聖館開運暦』〜『平成十五年神聖館運勢暦』についての 著作権及び編集著作権を原告が有するものであるところ、被告B(浜崎和治)を著者、被 告会社(高島易断総本家株式会社)を発行所とする被告書籍『平成十六年高島本暦』の発 行が、本件各書籍についての原告の著作権又は編集著作権を侵害するものであると主張し て、著作権又は編集著作権(複製権・翻案権)に基づき、被告書籍の販売等の差止めを求 め、不法行為に基づき、損害の賠償を求めた事案である。  原告は、概要、@本件各書籍は原告が作成したものであり、原告が著作権者である、A 仮に被告Bが作成した部分があったとしても、被告Bは、当初原告の従業員であり、原告 が代表者を務める株式会社フォーチューンの設立後はフォーチューンの従業員であったか ら、著作権法15条に基づき、フォーチューンの設立前は原告が、フォーチューンの設立 後はフォーチューンが、それぞれ著作者となり、原告は、フォーチューンから著作権を譲 り受けたから、原告が著作権者である、B被告書籍の記載は本件各書籍の記載とほぼ同一 であるか、類似しており、被告書籍は本件各書籍を複製ないし翻案したものである、と主 張した。  これに対し、被告らは、概要、@本件各書籍は被告Bが作成したものである、A被告B は、原告に雇用されたことはなく、著作権法15条に基づいて原告が著作者となることは ない、B被告Bがフォーチューンの業務に従事する者としてその職務上作成したものにつ いては、フォーチューンの名義で公表されていないから、著作権法15条に基づいてフォ ーチューンが著作者となることはない(被告Bは、フォーチューンに雇用されたこともな い旨主張する。)、C仮に原告の作成に係る部分があるとしても、著作物ないし編集著作 物に該当しない箇所がある、と主張した。  判決は、職務著作の成立を否定する一方で一部について著作物性および原告が著作者で あることを肯定した ■争 点 (1) 本件各書籍の作成者 (2) 職務著作の成否 (3) 著作権の譲渡の有無 (4) 本件各書籍の著作物性ないし編集著作物該当性 (5) 被告らによる原告の著作権侵害行為の有無 (6) 損害の発生及び額 ■判決文 第3 争点に対する判断 1 争点(1)(本件各書籍の作成者)について  前記第2、1(前提となる事実)(2)認定のとおり、本件各書籍には、原告が著者と して記載されているので、同人が一応著作者と推定されるところ、被告らは、被告Bが本 件各書籍を作成したものである旨主張するので、まず、原告と被告Bとの関わり、本件各 書籍の作成経緯等、証拠として提出されている暦の原稿の執筆者について検討した上で、 本件各書籍のうち、原告が被告らにより複製ないし翻案されたと主張する部分の作成者に ついて検討する。 《中略》 2 争点(2)(職務著作の成否)について  (1) 証拠(甲54ないし64、65の1ないし4、66の1ないし12、67の1 ないし11、68の1ないし10、69の1ないし3、70の1ないし3、74、103 の1ないし26、104、105、107、108、乙2の1・2、3、4の1・2)、 上記前提となる事実及び上記1(1)認定の各事実並びに弁論の全趣旨によれば、次の各 事実が認められる。  被告Bは、昭和4年8月4日生まれであり、平成9年には、老齢基礎年金及び老齢厚生 年金を受給しており、これらの給付金に基づいて生計を維持することが可能であった。  被告Bは、暦の原稿を作成する場合には、神聖館の上野鑑定所内の事務所において執筆 しており、その作成に必要な交通費、書籍費その他の費用を支出した場合には、支出した 費用を神聖館に請求し、神聖館が当該費用を支払い、被告Bが必要に応じて出張旅費精算 書に署名押印していた。しかし、被告Bは、原告又は神聖館から、毎月定額の給与の支払 を受けたことはなかった。  被告Bは、平成11年5月14日にフォーチューンが設立された後は、フォーチューン の取締役となり、同年6月から平成14年8月までの間、フォーチューンから月額25万 円の給与の支払を受けていた。もっとも、被告Bは、フォーチューンの経営に関与したこ とはなく、被告Bの行っていた業務は、フォーチューンの設立前と同様、暦の原稿の執筆、 出版社やデザイン会社との打ち合わせ、販売先の開拓その他の暦の作成及び発行に関する 事務であった。  被告Bは、本件書籍(3)の売上げが好調であったことから、原告に対し、利益の分配 を要求し、平成14年3月、フォーチューンから100万円の支払を受けた。この支払に ついては、同年1月から5月までの間、月額20万円の給与の増額支払があったものとし て経理処理された。  被告Bは、平成14年9月29日、フォーチューンを退職した。  (2) 上記認定に反し、原告は、平成9年7月ころから平成11年5月までの間、原 告が被告Bを雇用し、月額25万円の給与を支払っていたのであり、給与の支払は、神聖 館の経理担当であるCが原告から毎月1日に25万円を預かり、静岡市内の神聖館におい て被告Bに交付する方法によっていた旨主張し、原告作成の陳述書(甲71、75、81、 108)及びC作成の陳述書(甲76の1)にもこれに沿う記載がある。  しかし、上記認定のとおり、被告Bに対して暦作成のための費用が支払われた場合には 詳細に精算書が作成されるのが通例であったにもかかわらず、月額25万円の現金による 給与の支払に関しては、これを証明するに足りる客観的証拠は全く作成されておらず、ま た、原告が個人として被告Bを雇用していたにもかかわらず、原告が当該給与を神聖館の 経理担当であるCにいったん手交し、同人が被告Bに支払うことについての合理的理由が 説明されていないことからすれば、原告作成の上記陳述書及びC作成の上記陳述書の各記 載は採用することができず、原告の上記主張は、採用することができない。  なお、上記認定事実に照らして、フォーチューンからの月額25万円の給付が経費の補 てんにすぎないとする被告Bの主張を採用することができないことも明らかである。  (3) 上記認定の各事実によれば、被告Bが神聖館から暦作成のための費用の一部の 支給を受けていたことは認められるものの、原告が被告Bに対して本件各書籍の作成につ いての対価を支払っていた事実は全く認められないから、フォーチューンの設立前は、被 告Bが著作権法15条にいう「法人等の業務に従事する者」に当たるとは認められない。  これに対し、フォーチューンの設立後は、被告Bは、フォーチューンの取締役となり、 フォーチューンから月額25万円の給与を受けていたのであり、被告Bが行っていた暦の 作成に関する事務はフォーチューンの業務であるから、被告Bは、著作権法15条にいう 「法人等の業務に従事する者」に当たる。  (4) もっとも、フォーチューンの設立後に発行された本件書籍(2)、本件書籍 (3)、本件書籍(4)及び本件書籍(5)は、いずれも原告の著作の名義の下に公表さ れたものであることからすれば、これらの書籍がフォーチューンの著作の名義の下に公表 するものであったとは認められず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。  原告は、著作権法15条が名義を公表することを要求した趣旨は、対外的に誰が著作者 であるかを明確にするとともに、法人内部にいる従業員に対し、自己に著作権が帰属する ものではないことを明確にするためであり、本件においては、原告の名義で公表されてい る以上、職務著作を認めることがこれらの趣旨に沿うものであると主張する。  しかし、被告Bを雇用等するものではない原告の名義で本件各書籍を公表することが、 その著作者を明確にするものでないことは明らかであるし、原告のような解釈によれば、 当該従業員以外の誰の名義を付しても職務著作が成立することになりかねず、「法人等が 自己の著作の名義の下に公表するもの」であることを要件とした著作権法15条の明文規 定に反することになるから、原告の上記主張は、採用することができない。  また、原告は、フォーチューンと原告との間には実質的な同一性があるから、職務著作 の要件を充たすと主張するが、フォーチューンと原告とが別個の法主体であることはいう までもなく、フォーチューンに法人格を認めることが許されない場合に当たることを認め るに足りる証拠はないから、両者を同一視することは困難であり、原告の上記主張は、採 用することができない。  なお、被告らが、著作権法15条の明文規定に基づき、本件各書籍が法人等の名義の下 に公表されていないことを主張することが、信義則に反するような事情も認められない。  (5) したがって、本件各書籍の一部を被告Bが作成したものであっても、著作権法 15条により原告又はフォーチューンが著作者となる旨の原告の主張は、理由がない(し たがって、フォーチューンが著作者となることを前提とした争点(3)は、検討すべき問 題とならない。)。 3 争点(4)(本件各書籍の著作物性ないし編集著作物該当性)について  本件各書籍の著作物性ないし編集著作物該当性に関し、@「本命星早見表」(本件書籍 (1)の表紙裏)及び「本命星の早見表」(本件書籍(5)の表紙裏)、A「もくじ」 (本件書籍(5)の4、5頁)、B「方位盤」(本件書籍(1)の9頁及び本件書籍(5) の3頁)、C「一白水星」ないし「九紫火星」(本件書籍(1)の55ないし153頁及 び本件書籍(5)の64ないし225頁)、D「カレンダー」(本件書籍(1)の裏表紙) が争われているところ、前記1のとおり、@及びAの作成者は被告Bであり、Dの作成者 は原告ではないと認められ、前記2のとおり、被告Bが作成したものが著作権法15条に より原告又はフォーチューンが著作者となるとは認められないから、ここでは、B及びC について検討する。  (1) 方位盤(本件書籍(1)の9頁及び本件書籍(5)の3頁)  証拠(甲3、37)によれば、本件書籍(1)の9頁及び本件書籍(5)の3頁の各方 位盤(以下これらを「本件各方位盤」という。)は、相似形である6個の八角形から成っ ていること、最も内側の八角形の各頂点と最も外側の八角形の各頂点とは放射状の線で結 ばれ、各線が中間にある4個の八角形の各頂点を通っていること、最も内側の八角形の内 部に九星のうちの一つが、最も内側の八角形と内側から2番目の八角形との間に方位が、 内側から2番目の八角形と内側から3番目の八角形との間に八卦のマークが、内側から3 番目の八角形と内側から4番目の八角形との間に火の場所が、内側から4番目の八角形と 内側から5番目の八角形との間に十二支が、内側から5番目の八角形と最も外側の八角形 との間に九星が、それぞれ記されていること、最も外側の八角形の外に方位の吉凶が記さ れていること、以上の事実が認められる。  原告は、方位盤に方位、八卦のマーク、火の場所、十二支及び九星の5つの要素をすべ て織り込んだのは原告の創作的な思想の表現であり、素材の選択及び配列方法にも創作性 が認められるから、本件書籍(1)の9頁及び本件書籍(5)の3頁の方位盤は著作物な いし編集著作物に当たると主張する。  しかし、本件各方位盤は、方位の吉凶を示す図であり(甲3、37)、気学では方位を 特に重要視し、人の動きによって受ける吉凶の影響を前もって知っておくことの重要性を 教えている(甲3、37)というのであるから、方位の吉凶に関係のある要素を方位盤に 織り込むことはありふれた表現にすぎない。また、方位盤が方位を示すものであることか らすれば、これを八角形で表すこと自体はありふれた表現であるし、上記のように方位を 八分割した八角形の図に吉凶を示す事項を記載することは、本件類似書籍にも見られると ころである(甲5ないし7)。方位、八卦のマーク、火の場所、十二支及び九星の5つの 要素を織り込んだ点についても、本件各方位盤におけるそれらの表現は、同様にありふれ たものである。  したがって、本件各方位盤は、原告の思想又は感情を創作的に表現したものとはいえず、 素材の選択又は配列によって創作性を有するものともいえないから、著作物あるいは編集 著作物とは認められない。  (2) 「一白水星」ないし「九紫火星」(本件書籍(1)の55ないし153頁及び 本件書籍(5)の64ないし225頁)  ア 本件書籍(1)の「一白水星」ないし「九紫火星」(55ないし153頁)は、九 星ごとに平成11年の運勢を記述したものであって、原告の思想又は感情を創作的に表現 したものといえる。  また、本件書籍(1)の当該部分は、九星ごとに同一の構成がとられており、「一白水 星」(55ないし65頁)を例に取ると、次のように構成されている。  55頁においては、上段に「一白水星」との表題が付され、その横に「一白水星年盤図」 及び平成11年の基本的な運勢が記載されている。下段には、年間の運勢をグラフ化した ものが記載され、同年の運勢が仕事運、家庭運、異性運、財運及び健康運に分けて簡潔に 記載されている。  56頁においては、上段に「一白水星吉凶の図」が記載され、平成11年の方位の吉凶 についての解説が記載され、下段に適職が記載されている。  57頁においては、平成11年の運勢が仕事運、恋愛運、健康運及び建築・移転運に分 けて記載されている。  58頁においては、生まれ年ごとに平成11年の運勢及び運勢に基づく助言が記載され ている。  59ないし64頁においては、各月ごとの運勢が記載されている。  65頁においては、各日ごとの運勢が表形式で記載されている。  これらの一定の主題の下にまとめられた文章、図及びグラフの選択及び配列には、編集 著作物としての創作性が認められるものということができる。  イ 本件書籍(5)の「一白水星」ないし「九紫火星」(64ないし225頁)は、九 星ごとに平成15年の運勢を記述したものであって、原告の思想又は感情を創作的に表現 したものといえる。  また、本件書籍(5)の当該部分は、九星ごとに同一の構成がとられており、「一白水 星」(64ないし81頁)を例に取ると、次のように構成されている。  64頁においては、上段に「一白水星」との表題が付され、その横に「一白水星年盤図」 及び年間の運勢をグラフ化したものが記載され、下段には、平成15年が「頂上期」に当 たることが記載されている。  65頁においては、上段に平成15年の基本的な運勢が記載され、下段には、平成15 年の運勢が仕事運、家庭運、異性運、財運及び健康運に分けて簡潔に記載されている。  66頁においては、上段に「一白水星方位吉凶の図」が記載され、平成11年の方位の 吉凶についての解説が記載され、下段に適職が記載されている。  67頁においては、平成15年の運勢が仕事運、恋愛運、健康運及び建築・移転運に分 けて記載されている。  68頁においては、生まれ年ごとに平成15年の運勢及び運勢に基づく助言が記載され ている。  69頁においては、「仕事」、「レジャー」、「インテリア」、「お金」、「ケイタイ 電話」、「食べもの」、「おしゃれ」、「趣味」及び「化粧・服装」に分けて運勢及び運 勢に基づく助言が記載されている。  70ないし81頁においては、各日ごとの運勢が記載されている。  これらの一定の主題の下にまとめられた文章、図及びグラフの選択及び配列には、編集 著作物としての創作性が認められるものということができる。 4 争点(5)(被告らによる原告の著作権侵害行為の有無)について  (1) 上記1(3)ないし(7)及び2で検討したとおり、本件各書籍中の被告Bが 作成したと認められる部分については、著作権法15条によって原告又はフォーチューン が著作者となるとは認められない。そして、本件各書籍中の被告Bが作成したと認められ ない部分については、本件各書籍の奥書に著者として表示されている原告が著作者である と認められ、これを覆すに足りる証拠はない。  また、本件各書籍中の被告Bが作成した各部分について、編集著作権が成立する余地が あるとしても、当該各部分に対応する前記の原稿には、レイアウト等に関する指示も記載 されているものがあり、これらの指示に関する記載も、筆跡などから被告Bによるもので あると認められること、原告も本件各書籍の編集デザインの折衝を行ったのは被告Bであ ると認めていること(甲108)からすれば、当該各部分について素材の選択及び配列を 行ったのは、被告Bであると認められるから、被告Bが作成した各部分について、原告に 編集著作権が帰属することはない。さらに、本件各書籍中の各記事は、前記1(1)にお いて認定したとおり、それぞれ分離して個別的に利用することも可能であるから、共同著 作物には当たらず、いわゆる結合著作物に当たる。  さらに、前記3で検討したとおり、原告が作成した部分のうち、著作物性あるいは編集 著作物性が認められない部分もある。  そうすると、本件各書籍のうち、原告が、原告の有する著作権又は編集著作権が侵害さ れたと主張する部分のうち、原告が著作権又は編集著作権を有すると認められる部分は、 次のとおりである。 《中略》  (7) したがって、上記(1)アないしオの各部分について、原告の有する著作権又 は編集著作権が侵害されたとの原告の主張は、理由がなく、本件各書籍について原告が有 する著作権又は編集著作権の侵害を理由とする複製等の差止めの請求及び損害賠償請求は、 いずれも理由がない。 第4 結論  以上によれば、原告の本訴請求は、その余の点を判断するまでもなく、いずれも理由が ないから棄却することとし、主文のとおり判決する。 東京地方裁判所民事第29部 裁判長裁判官 清水 節    裁判官 山田 真紀    裁判官 東崎 賢治