・東京地判平成17年12月12日  宇宙開発事業団プログラム事件:第一審  本件は、被告宇宙開発事業団訴訟承継人独立行政法人宇宙航空研究開発機構の職員であ り、別紙著作物目録記載の各プログラムの作成時において宇宙開発事業団の職員であった 原告が、主位的に、本件各プログラムについて原告が著作権及び著作者人格権を有するこ との確認、予備的に、個別のプログラムについて著作権を有することを前提に、本件プロ グラム2、3及び5を二次的著作物とし、本件プログラム11、13及び19をそれぞれ 原著作物とする原著作者の権利を有することの確認を求めた。  これに対し、被告らは、本件各プログラムの作成者が原告であることを争うとともに、 原告作成に係るプログラムがあったとしても、事業団の職務著作として事業団が著作者と なり、事業団の権利義務を承継した被告機構に著作権が存すると主張し、また、一部のプ ログラムについて著作物性がない等と主張して争った。  判決は、職務著作の成立を認めるなどして、原告の請求を棄却した。原告が、留学期間 経過後の休職期間中についても、「原告が事業団の業務に従事していなかったと評価する ことはできない」としている。 (控訴審:知財高判平成18年12月26日) ■争 点 (1) 原告は、本件各プログラムを作成(創作)したか。(争点1) (2) 本件各プログラムについて、職務著作として事業団が著作者となるか。(争点2) (3) 本件プログラム5、11〜13及び15は著作物といえるか。(争点3) (4) 本件プログラム2は本件プログラム11を、本件プログラム3は本件プログラム1 3を、本件プログラム5は本件プログラム19を、それぞれ翻案したものか。(二次的著 作物性)(争点4) ■判決文 第3 争点に対する判断  本件の各争点の検討には、本件各プログラムが作成された経緯、その目的が問題にな るところ、本件の事案に鑑み、それらの検討の前提として、まず、1において、事業団の 業務一般及び原告の担当業務の内容について検討し、その上で、2以下において、本件各 プログラムの目的等について、概ね、作成時期の早い順に検討することとする。 1 事業団の業務及び原告の担当業務 《中 略》 2 本件プログラム15(軌道伝播解析プログラム(B010プログラム))及び本件 プログラム19(ドップラー変化による衛星運動解析プログラム(B061プログラム)) について 《中 略》  (2) 本件プログラム15及び19の創作者  ア ある表現物を創作したというためには、当該表現物の形成に当たって、自己の思想 又は感情を創作的に表現したと評価される程度の活動を行ったことが必要である。したが って、当該表現物の形成に当たって、必要な資料の収集・整理をしたり、助言・助力をし たり、一応完成された表現物について、加除・訂正をしたりすることによって、何らかの 関与を行ったと認められる場合であっても、その者の思想又は感情を創作的に表現したと 評価される程度の活動を行っていない者は、創作した者ということができない。  この点は、当該表現物がプログラムである場合であっても何ら異なるところはないが、 法は、プログラムの具体的表現を保護するものであって、その機能やアイディアを保護す るものではないし、また、プログラムにおける「アルゴリズム」は、法10条3項3号の 「解法」に当たり、プログラムの著作権の対象として保護されるものではない。そこで、 プログラムを創作した者であるかどうかを判断するに当たっては、プログラムの具体的記 述に関して自己の思想又は感情を創作的に表現した者であるかどうかという観点から検討 する必要がある。  イ 上記1及び2(1)で認定した事実によれば、原告は、本件プログラム15及び19 を単独で、又は被告CRCの技術者等と共同で創作したものと認められる。  (3) 本件プログラム15及び19についての職務著作の成否  上記1及び2(1)で認定した事実に基づき、本件プログラム15及び19についての職 務著作の成否を検討する。  ア 法人等の業務に従事する者が作成したものであること  原告は、本件プログラム15及び19の各作成時において、事業団の職員であり、事業 団の業務に従事する者であるといえる。  イ 職務上の作成  職務上作成することとは、法人等の業務に従事する者が自己の職務として作成すること を意味すると解されるところ、本件プログラム15及び19は、以下のとおり、事業団の 業務に従事する原告の職務として作成されたものであると認めるのが相当である。  (ア) 本件プログラム15及び19は、前記のとおり、実験用静止通信衛星であるEC Sのミッション解析プログラム群に含まれるプログラムであるところ、原告は、これらの プログラムが作成された時期に、事業団の試験衛星設計グループ及び組織改正後は衛星設 計第1グループに所属していたものである。そして、試験衛星設計グループ及び衛星設計 第1グループは、一部を除く人工衛星一般の、設計やこれらに付帯する研究を行うことが 事業団における所掌業務とされていたのであって、ミッション解析のためのプログラム作 成も当然これに含まれると認められる。  (イ) さらに、本件プログラム15は、原告が、試験衛星設計グループ配属後、当時の 上司であったP6から指示を受けて、作成を始めたものである。P6は、ETS−U用に 作成されたプログラムをECS用に改修することも含めて、ECSのミッション解析プロ グラムの体系化を目指しており、その一環として原告に上記指示をしたものであるし、も ともと、ETS−U及びECSは、開発に必要なプログラム等を共用することが予定され ており、ミッション解析プログラム群を整備して体系化し、これをECS用にも用いるよ うにすべきことは、事業団において認可された業務であって、原告は、P6の後任として、 これらの業務の中心的な存在であったのであるから、その中で完成された本件プログラム 15及び本件プログラム15のサブルーチンの一部も用いている本件プログラム19の作 成は、当時、原告の職務であったものと認められる。  (ウ) そうすると、ECSミッション解析プログラムの作成は、当時の原告の職務であ り、当該プログラム群に含まれる本件プログラム15及び19の作成は、原告の職務上行 われたものであると認めることができる。  (エ) 原告は、原告の所属部門において、プログラムの作成は業務として位置付けられ ていなかったのであって、本件プログラム15及び19の作成は原告の職務上行われたも のではないと主張し、それに沿う原告の陳述書(甲8〜11、13、104、112、1 55)を提出する。すなわち、当時原告が所属していた試験衛星設計グループ、衛星設計 第1グループは、他のグループ、例えば、実用衛星を担当する衛星設計第2グループ等と のグループ間の調整や、開発における外部委託業者の作業の監督(とりまとめ)等を業務 としていたのであり、解析プログラムの作成といった技術的事項についての研究開発は、 業務内容となっていなかったと主張する。  しかし、試験衛星設計グループでは、原告が配属される以前、P6を中心として、ET S−Uの開発に必要とされたプログラムの作成が進められており、そのために必要とされ た、ロケット設計グループ、試験衛星設計グループ、追跡管制部の3者で構成されるロケ ット/衛星インターフェイス調整会議が2年余の間に9回開催されるなどしていたのであ って、プログラムの作成がおよそ試験衛星設計グループの業務に該当しないということは できない。ECSミッション解析プログラムも、前記のとおり、ETS−U用のプログラ ムを改修するなどして作成され、その計画自体が認可され(原告も、同計画が認可された こと自体は認めている(甲112、28頁)。)、その後、予算措置も講じられているの であるから、ECSミッション解析プログラムの作成についても、当然、試験衛星設計グ ループ及び組織改正後の衛星設計第1グループの職務となっていたものと認められる。  さらに、原告は、事業団内部でのプログラム作成はほとんど行われておらず、それは、 本件報告書(乙194)において、「状況から見て、団内での所謂内作の形では殆ど利用 されずにきた事は歴然で、NASDAのメーカに頼る体質を良く示している。」(98 頁)、「衛星メーカによる設計が打ち上げ、運用に耐え得るかを、コンピュータを使って 技術評価/判断を行うとともに、関連する衛星設計基準の作成/改訂とその運用を行おう とする計画が若手少数から提案されている。これは従来のNASDAが行ってきた開発の 考え方を根本的に見直すもの」(188頁)との記載に表れていると主張する。  しかし、同報告書は、事業団において開発したプログラムやソフトウェアの活用の在り 方を検討するために作成された書面であって、上記各記載自体によっても、事業団におい てプログラム作成が業務として捉えられていなかった、あるいは、原告などの開発部員が プログラム作成を業務としていなかったことを裏付けるものであるとは到底認めることが できない。仮に、事業団全体としては、外部業者にプログラムの作成を委託することが多 く、いわゆる内作のプログラムが少なかったということができるとしても、前記の経緯か らすれば、ECSミッション解析プログラムの作成が原告の職務として位置付けられてい たとの認定を覆すに足りる事情ということはできない。しかも、事業団の他の職員による プログラム作成の事実も認められる(P8によるプログラム作成について、乙206の1、 P9等によるプログラム作成について、乙207の1〜207の2の23、P10による プログラム作成について、乙208の1、208の2の1、その他、事業団内でプログラ ム作成等が行われていたことを示唆するものとして、乙145〜178がある。)のであ り、これらの場合における、原告以外の職員の具体的な職務と原告の職務との異同は分明 ではないものの、このような事実によれば、プログラムの作成は、事業団の業務として明 確に位置付けられていたということができ、この点に関する原告の陳述書の記載部分を採 用することはできず、原告の主張を認めることはできない。  (オ) なお、原告は、ETS−U又はECS用のプログラム作成は、事業団により形式 的に認可されたものの、人的・物的手当がなされず、その作成提案等の遂行は反対され続 けたのであって、本件プログラム15及び19の作成が原告の職務上されたということは できないと主張し、その旨の陳述書(甲8〜11、13、104、112、155)を提 出する。  しかしながら、仮に、事業団において、プログラム作成に係る具体的な業務遂行上の十 分な支援態勢が整っておらず、原告の個別の提案について反対がなされた経緯があったと しても、計画自体は認可され、試験衛星設計グループにおいて解析プログラム作成作業が 進められているのであるし、業務の遂行は、業務従事者側から様々な提案をし、これに対 する反対意見等も出された上で全体として作業が進められることも通常あり得ることなの であって、ECSミッション解析プログラム作成に関しては、その後予算措置も講じられ ていることからすれば、前記プログラム作成は、原告の職務の一部に該当するものという べきである。前記同様、この点に関する原告の陳述書の記載を採用することはできず、原 告の主張をもって、前記認定を覆すものということはできない。  ウ 事業団の発意  職務著作が成立するためには、当該著作物が、法人等の発意に基づいて作成されたこと が必要である。法人等の発意に基づくとは、著作物の創作についての意思決定が、直接又 は間接に法人等の判断に係らしめられていることであると解されるところ、職務著作の規 定が、業務従事者の職務上の著作物に関し、法人等及び業務従事者の双方の意思を推測し、 一般に、法人等がその著作物に関する責任を負い、対外的信頼を得ることが多いことから、 一定の場合に法人等に著作者としての地位を認めるものであることに照らせば、法人等の 発意に基づくことと業務従事者が職務上作成したこととは、相関的な関係にあり、法人等 と業務従事者との間に正式な雇用契約が締結され、業務従事者の職務の範囲が明確であっ てその範囲内で行為が行われた場合には、そうでない場合に比して、法人等の発意を広く 認める余地があるというべきであり、その発意は、前記のとおり、間接的であってもよい ものである。そして、そのように職務の範囲が明確で、その中での創作行為の対象も限定 されている場合であれば、そこでの創作行為は職務上当然に期待されているということが でき、この場合、特段の事情のない限り、当該職務行為を行わせることにおいて、当該業 務従事者の創作行為についての意思決定が法人等の判断に係らしめられていると評価する ことができ、間接的な法人等の発意が認められると解するのが相当である。  この観点により検討すると、本件プログラム15及び19は、以下のとおり、いずれも、 事業団の発意に基づいて作成されたものと解すべきである。  (ア) 前記のとおり、本件プログラム15は、原告の当時の上司であったP6から指示 を受けて原告が作成に着手したものである。もともと、ETS−U用のプログラム作成自 体が、事業団の業務として進められ、ETS−U用のプログラムをECS用に改修するな どして、ECSのミッション解析プログラム群を作成する計画も認可され、その一環とし て本件プログラム15の作成も行われたものである。そうすると、原告が、試験衛星設計 グループに配属されてP6のもとでECSミッション解析プログラムの開発業務に携わる ことになった時点で、その業務に係るプログラムの作成について、事業団の発意を認める ことができる。また、遅くとも、P6が原告に本件プログラム15の作成を指示した時点 では、事業団の明示的な発意があったと解することができる。  (イ) 本件プログラム19について、その作成に関して原告に具体的な指示がなされた 経緯が明らかでないとしても、同プログラムは、ECSのミッション解析プログラム群の 一つとして位置付けられているものであるところ、前記のとおり、ECSのミッション解 析プログラム群の作成・整備が事業団において認可されて進められていたこと、原告は、 P6の後任として、前記計画の遂行において中心的な存在であったこと、本件プログラム 19は、ECSの打上げ後の電波途絶の事態を受けて検討されたものであったことなどか らすれば、その作成も、原告の職務上当然に期待される創作行為であったというべきであ る。したがって、原告が、試験衛星設計グループに配属されてP6のもとでECSミッシ ョン解析プログラムの開発業務に携わることになった時点で、その業務に係るプログラム の作成について、事業団の発意を認めることができる。また、遅くとも、ECSの打上げ 後の検討を開始する時点、すなわち、本件プログラム19の作成が開始される時点には、 事業団による発意があったものと解すべきであり、本件プログラム19は、事業団の発意 に基づいて作成されたと認めることが相当である。  エ 公表名義要件  本件プログラム15及び19は、いずれも、昭和60年改正法の施行前に作成されたも のであるから、昭和60年改正法附則2項により、昭和60年改正法による改正前の法1 5条が適用され、同条により、職務著作が成立するためには、「法人等が自己の著作の名 義の下に公表するもの」であることが必要である。ここで、「法人等が自己の著作の名義 の下に公表するもの」とは、公表を予定していない著作物であっても、仮に公表するとす れば法人等の名義で公表されるものを含むと解するのが相当である。  そして、本件プログラム15及び19は、前記のとおり、事業団が予算措置を講じて整 備したECSミッション解析プログラム群に含まれるプログラムであり、現実に公表はな されていないが、公表されるとすれば、当然、事業団の名義により公表されるべきもので あると推認される。  オ 小括  以上からすれば、本件プログラム15及び19は、いずれも、職務著作として、事業団 がそれらの著作者となると認められる。  (4) まとめ  そうすると、本件プログラム15及び19についての著作権及び著作者人格権が原告に あることの確認請求並びに本件プログラム19の著作権が原告にあることを前提にした、 本件プログラム5を二次的著作物とする原著作者の権利が原告にあることの確認請求(予 備的請求)は、いずれも理由がないことになる。 3 本件プログラム4(SPD)及び本件プログラム5(DOPPLER)について  (1) 事実認定 《中 略》  (2) 本件プログラム4及び5の創作者  上記1、2(1)及び3(1)で認定した事実並びに原告の陳述書(甲9)によれば、原告は、 本件プログラム4の形成に当たって、アルゴリズムの作成及び衛星データやABM質量特 性データなどの入力条件作成等を行うとともに、被告CRCの技術者らとともに、デバッ グ及び改修の作業等を行ったものであると認められるが、プログラムの具体的記述に原告 の思想又は感情が創作的に表現されたと認めるに足りる証拠はなく、これらの諸活動をも って、原告の思想又は感情を創作的に表現すると評価される行為ということはできないか ら、原告が本件プログラム4を創作した者ということはできない。また、上記認定事実及 び陳述書によれば、原告は、本件プログラム5の形成に当たって、推定アルゴリズムの作 成及び入出力条件の検討を行うとともに、被告CRCの技術者らとともに、ソフト機能検 証確認及び計算を行ったものであると認められるが、プログラムの具体的記述に原告の思 想又は感情が創作的に表現されたと認められる証拠はなく、これらの諸活動をもって、原 告の思想又は感情を創作的に表現すると評価される行為ということはできないから、原告 が本件プログラム5を創作した者ということはできない。  (3) 本件プログラム4及び5についての職務著作の成否  上記(2)のとおり、原告は、本件プログラム4及び5を創作した者には当たらないと認 められるが、念のため、仮にこれらのプログラムを原告が創作したものとする場合に、職 務著作が成立するか否かについて検討する。  ア 法人等の業務に従事する者が作成したものであること  原告は、本件プログラム4及び5が作成された当時において、事業団の職員であり、事 業団の業務に従事する者であるといえる。  イ 職務上の作成  以下に検討するとおり、本件プログラム4及び5についても、原告の職務上作成された ものと解するのが相当である。  (ア) 原告は、昭和52年1月に試験衛星設計グループに配属された後、同部門が衛星 設計第1グループと組織改正された後も、ECSのミッション解析プログラム群の作成に 従事していたが、引き続き、ECS及びECS−b打上げ後の解析等を行い、その経過の 中で、本件プログラム4及び5が作成されたものである。すなわち、ECSやECS−b の打上げに関わった部門においては、打上げ後に発生した問題点を究明し、それを克服す べく、より良いミッション解析のための方策を模索することが業務内容となると解される ところ、本件プログラム4及び5は、ECSやECS−bのアポジモータ燃焼中の電波途 絶という事態を受けて、アポジモータ燃焼中の衛星挙動や状態量を解析するためのプログ ラムであるから、その作成への関与は、当然、ECS及びECS−bの打上げ前のミッシ ョン解析プログラム作成に関わった部門及びそこに所属していた原告の職務であったとい うべきである。  (イ) さらに、本件プログラム4及び5は、事業団と被告CRCとの契約に基づいて、 プログラム作成作業が行われたものであり、原告は、前記のとおり、被告CRCを指導し、 助言し、あるいは監督するなどして、その作成に関わったものであるから、この点からも、 これらの作成への関与は、原告の職務上行われたものであると認められる。  (ウ) 原告は、本件プログラム15及び19において指摘していることと同様、事業団 あるいは原告所属部門の業務におけるプログラム作成の位置付け、原告提案に対する事業 団の反対という事情を挙げ、本件プログラム4及び5の作成は原告の職務とはなっていな かった旨主張する。  しかし、2(4)イで検討したとおり、原告が指摘する事情をもって、前記認定が覆され るものでないことは明らかであり、仮に、原告の提案が当初反対を受けたことがあったと しても、結局、原告の提案に従って被告CRCとの契約が締結され、事業団の費用をもっ てプログラムの作成に至っているのであるから、プログラムの作成への原告の関与は、そ れに携わった原告の職務上行われたものにほかならないというべきである。  ウ 事業団の発意  以下のとおり、本件プログラム4及び5は、いずれも、事業団の発意に基づいて作成さ れたと解すべきである。  すなわち、本件プログラム4及び5は、ECSやECS−bのアポジモータ燃焼中の電 波途絶という事態を受けて、アポジモータ燃焼中の衛星挙動や状態量を解析するためのプ ログラムであるところ、原告が、前記のとおり、ECSのミッション解析プログラム作成 を行い、ECS−b打上げにも関わっていたことからすれば、原告にとって、打上げ後の 問題点の解明及びその対策の研究は、職務上当然に期待されるものであり、本件プログラ ム4及び5の作成への関与も、その具体化としての行為であったというべきである。した がって、原告をECSミッション解析プログラムの開発に従事させることとした時点にお いて、本件プログラム4及び5の作成についての間接的な事業団の発意を認めることがで き、遅くとも、事業団と被告CRCとの契約の時点において、明示的な事業団の発意があ ったと認められる。  さらに、原告は、陳述書(甲112)において、本件プログラム4に至る過程で、当時 の事業団の衛星担当理事であるP12から、アポジモータ燃焼時における失敗の原因究明 を依頼された旨述べる(甲112、34頁)ところ、この事実が認められるとすれば、事 業団の発意がより一層明確に位置付けられる(なお、原告は、同人から個人研究としての 解析を要請されたと述べる(甲112、34頁)が、上記のような重大な失敗の原因究明 を、個人の研究として事業団の理事が原告に対し要請すること自体不自然であり、この点 の記載内容を採用することはできない。)。  エ 公表名義要件  本件プログラム4及び5は、昭和60年改正法の施行前に作成されたものとして、同改 正前の法15条により、職務著作が成立するためには公表名義要件を充足することが必要 であるが、前記のとおり、本件プログラム4及び5は、事業団が被告CRCと契約して作 成された、アポジモータ燃焼中の衛星挙動や状態量を解析するためのプログラムであり、 現実に公表はなされてはいないが、公表されるとすれば、当然、事業団の名義により公表 されるものであると推認される。  なお、原告は、本件プログラム4及び5について、各プログラムを用いての解析結果や、 同結果により得られた情報等に基づいて個人名義の論文を作成し、事業団はその対外的公 表を行ってこれを承認している旨主張する。たしかに、1983年3月の「宇宙開発事業 団技術報告TR−18」(甲107)では、原告が主張する論文発表がなされていること が認められるが、同論文にプログラムのソースコードやオブジェクトコードが記載されて いるわけではなく、この論文をもとに本件プログラム4及び5のソースコードを導き出す こともできないから、この論文の発表をもって、本件プログラム4及び5が原告名義で公 表されたということはできない。  オ 小括  以上からすれば、仮に原告が本件プログラム4及び5を創作したものであるとしても、 本件プログラム4及び5は、いずれも、職務著作として、事業団がそれらの著作者となる と認められる。  (4) まとめ  そうすると、本件プログラム4及び5についての著作権及び著作者人格権が原告にある ことの確認請求は、理由がないことになる。 4 本件プログラム12(KALMAN(オリジナル、6次元))について  (1) 事実認定 《中 略》  (2) 本件プログラム12の創作者  前記1及び4(1)で認定した事実によれば、原告は、本件プログラム12を創作した者 と認められる。  (3) 本件プログラム12についての職務著作の成否  前記認定事実に基づき、本件プログラム12の職務著作の成否について検討する。  ア 法人等の業務に従事する者が作成したものであること  原告は、本件プログラム12の作成当時において事業団の職員であり、事業団の業務に 従事する者であるといえる。  なお、原告は、本件プログラム12を作成した昭和56年10月の時点では、1年間の 留学期間経過後の休職期間中であり、事業団の業務に従事する者であったとはいえない旨 主張する。  しかし、前記のとおり、原告の留学は、事業団の海外委託研修制度に基づき、外国出張 という位置付けで行われたものであるところ、外国出張の取扱いは、原則として、1年間 及び往復の移動日数分の期間内においてのみ可能であり、それを超える留学期間は休職の 措置がとられるものであり、現に、昭和52年度の海外委託研修生として原告と同様にC NESに留学したP6についても、同様の措置がとられている。そして、休職期間中も、 通常の金額の100分の70に減額されるものの、給与の支払が行われ、健康保険法、雇 用保険法及び厚生年金保険法上の取扱いも変更されないのであるから、休職とすることは、 留学期間を延長するための制度上の代替的な措置であるというべきであり、この間、原告 が事業団の業務に従事していなかったと評価することはできない。したがって、この点に 関する原告の主張を採用することはできない。  イ 職務上の作成  以下に検討するとおり、本件プログラム12についても、原告の職務上作成されたもの と解するのが相当である。  (ア) 本件プログラム12の作成は、原告のCNESへの留学中に行われたものである が、原告のCNESへの留学は、フランス政府給費留学生試験に合格した原告について、 事業団における昭和55年度海外委託研修として、外国出張という取扱いにより実施され た。外国政府等の援助資金を得て留学する場合に、外国出張として取り扱うことができる かどうかは、本件留学規程により、当該留学の内容や事業団の業務との関連性を考慮して 行われることとされており(本件留学規程1(2)ア)、原告の場合も、研修計画等の資料 が添付されて、研修目的を「軌道力学を主体としたミッション解析法の習得」として、事 業団内での決裁に付され(乙70)、外国出張として取り扱われている。また、同様の考 慮から、昭和55年度海外委託研修生として取り扱われている。そして、前記アのとおり、 昭和56年8月18日から昭和57年2月17日までの休職期間中も、留学期間の延長と して位置付けられるものである。  これらの事情からすれば、原告の留学期間中の研究は、事業団の業務と無関係に行われ るものではなく、研修の目的に沿った研究を行うことが、留学中の研修生である原告の使 命、すなわち、職務であったというべきである。したがって、研修の目的として掲げた事 項に係るプログラム作成についても、当然、原告の職務の範囲内にあったと解されるとこ ろである。そして、本件プログラム12は、カルマンフィルターを用いて衛星状態量を推 定する解析プログラムであるが、これは、前記研修目的に合致するものであるし、原告が 留学前に、事業団の試験衛星設計グループ及び衛星設計第1グループにおいて担当してい た、衛星のミッション解析の延長線上に位置付けられるものであるから、本件プログラム 12の作成は、原告の職務上行われたと評価することができる。  (イ) 原告は、CNESへの留学は、留学先の選定、CNESの受入許諾を受けるため の準備、フランス政府給費留学生試験の受験等をすべて原告が行った個人留学というべき ものであって、事業団における職務との関係はない旨主張する。  たしかに、原告は、大学院時代の指導教授を通じてCNESに働きかけ、フランス政府 給費留学生試験の受験準備を行い、その後の留学準備全般を自ら行ったことが認められる (甲9)が、そうであるからといって、原告の留学を事業団の職務とかかわりのない個人 的な留学であるということはできない。すなわち、留学の動機付け、受入先の選定等につ いて事業団の具体的な指示や支援がなく、受入先が決まり、フランス政府給費留学生試験 に合格した後に、事業団が海外研修生として認めたという経緯であっても、前記のとおり、 原告は、事業団の海外研修生選考試験に合格し、海外委託研修生としての取扱いを受け、 さらに、外国出張としての取扱いがなされる期間中、事業団から原告に対して、給与に加 え、滞在費等として約162万円が支払われている(乙70)のであり、また、原告は、 フランス政府給費留学生試験の受験に当たり、事業団のP13参事及びP14総務部長の 推薦状を提出し、給費申請に当たっては、事業団の理事長の推薦状を提出しているのであ るから、原告が指摘する諸事情によって、原告の留学の位置付けが左右されるものではな い。本件留学規程には、事業団の経費又は外国援助資金による留学以外の留学(懸賞論文 入賞に伴う留学、自費留学等)についての規定もある(本件留学規程3(2))ことに照ら せば、事業団においては、職員の行う留学をすべて研修制度として位置付けるものではな く、留学に行く契機如何に関わらず、事業団の業務との関連性の有無等を考慮して、研修 生としての、あるいは、外国出張としての取扱いができるかどうかを判断しているものと 解される。  したがって、原告の主張を採用することはできない。  (ウ) また、原告による研修期間延長の願い出に対して休職とする措置がとられた際の、 事業団から原告宛ての通知文書は、同措置に関する決裁文書(乙71)に添付された「海 外研修期間の延長について(通知)」と題する文書案と同様のものであると推認されると ころ、同文書案には、「事業団として派遣する留学生としての取扱いを継続することは出 来ず、私事による留学との見解を取らざるを得ません。」との記載がされているが、これ は、前記のとおり、外国援助資金による留学に係る制度上の制約を踏まえた上での記載で あると解され、この記載をもって、休職期間における研究が職務との関係を失うものでは ないというべきである(なお、同通知の文面は、同様に当初の研修期間経過後に休職の措 置がなされたP6に対する通知の文面とほぼ同一である。(乙205の1、205の2の 1))。  ウ 事業団の発意  本件プログラム12については、本件訴訟において本件プログラム12が特定されるま で、事業団及び被告機構においてその存在を知らなかったのであり、このような場合に、 本件プログラム12の作成についての事業団の発意を考えることができるか否かが問題と なる。  前記のとおり、職務著作の規定は、業務従事者の職務上の著作物に関し、法人等及び業 務従事者の双方の意思を推測し、法人等がその著作物に関する責任を負い、対外的信頼を 得ることが多いことから、一定の場合に法人等に著作者としての地位を認めるものであり、 このことに照らし、法人等の発意に基づくことと業務従事者が職務上作成したこととは、 相関的な関係にあり、法人等と業務従事者との間に正式な雇用契約が締結され、業務従事 者の職務の範囲が明確であってその範囲内で行為が行われた場合には、そうでない場合に 比して、法人等の発意を広く認める余地があるというべきであり、その発意は、前記のと おり、間接的なものであってもよいものである。そして、そのように職務の範囲が明確で、 その中での創作行為の対象も限定されている場合であれば、そこでの創作行為は職務上当 然に期待されているということができ、この場合、特段の事情のない限り、当該職務を行 わせることにおいて、当該業務従事者の創作行為についての意思決定が、法人等の判断に 係らしめられていると評価することができ、間接的な法人等の発意が認められると解する のが相当である。また、職務上当然に期待される創作行為をした結果である著作物につい ては、作成当時にすべて法人等の業務に用いられるとは限らず、当面業務に使用されず、 あるいは、使用如何の検討もされずに日時が推移することも考え得るところであるが、こ れらについても、業務従事者の職務上当然に期待されて創られる点、業務に用いられる場 合には、法人等がそれについての責任を負い、あるいは、対外的信頼を得ることになる点 で、結果的に業務に使用された著作物の場合と異なるものではない。そうすると、作成当 時に法人等がその存在を把握していなかった著作物についても、職務著作の規定の趣旨が 同様に該当するのであり、これらについて、前記同様、法人等の発意を認める余地がある ものと解される。  そこで、本件プログラム12の作成と原告の職務との関連性についてみると、本件プロ グラム12が作成されたのは、原告の留学期間中であるところ、その間においても、研修 の目的に沿った研究を行うことが原告の職務になっていたと解されることは前記のとおり であり、本件プログラム12は、当該目的に沿ったものと考えられるところである。また、 原告は、留学前に衛星設計を所掌する部門に所属し、実際にミッション解析プログラムを 作成する職務を遂行しており、同部門の開発部員として留学をしていたものである。さら に、1で認定した事業団成立の経緯や事業団の目的等からすれば、我が国の宇宙開発に関 する研究を行い、実際に人工衛星等の開発に係る業務を行うことは、事業団にとって専属 的な職域に属するものということができ、これらの開発に携わる作業は、一般的な法人等 の職務の所掌範囲に属する場合以上に、事業団の業務との強い結びつきが認められると解 される。これらのことからすれば、本件プログラム12の作成は、原告の職務と強い関連 性を有するものであるということができる。  加えて、原告のツールーズ宇宙センターにおける研究テーマは、上記(1)イ(イ)のとお り、「軌道上での人工衛星の力学に関する研究」として3つのテーマが、「CNESで計 画中のプロジェクトに関する調査研究」として2つのテーマが設定されていたところ(乙 70)、原告から事業団に対し、「軌道上での人工衛星の力学に関する研究」のA及びB のテーマが、外国出張としての取扱いが認められた昭和56年8月17日までに完了しな いため、これらのテーマについて研修を継続したいとして、留学期間の延長の願い出がさ れたのであり、この願い出に基づき、延長期間については休職とし、休職期間中は、本給、 扶養手当及び特別都市手当に100分の70を乗じて得た額を支給することとされた(乙 71)のである。このような事情に照らせば、原告が休職となった昭和56年8月18日 以降も、事業団と原告との間では、引き続き、原告が設定したテーマについての研修を継 続することが予定されていたものというべきである。  そして、原告は、上記(1)イ(イ) のとおり、研修の効果を、今後の人工衛星のミッション解析や、ソフトウェアの体系化の 構想に反映させたい旨申し出て、研修を行っているのであり、原告休職期間中には、プロ グラムの作成等が行われることも当然期待されていたと解するのが相当である。  以上のような職務との強い関連性、留学期間における原告の研究に対する事業団の対応 などに照らせば、遅くとも、「軌道力学を主体としたミッション解析法の習得」を研修課 題とする原告の留学期間終了後に事業団が休職の措置をとった時点で、前記研修課題に関 するプログラム作成についての事業団の発意を認めることができるというべきであり、他 にこれを妨げるべき特段の事情も認められないので、当該留学中に作成された本件プログ ラム12は、事業団の発意に基づくものであると解することができる。  エ 公表名義要件  本件プログラム12は、昭和60年改正法施行前に作成されたものとして、同改正前の 法15条により、職務著作が成立するためには公表名義要件を充足することが必要である が、前記のとおり、本件プログラム12は、原告の留学における研修目的に沿ったもので あり、現実に公表はなされてはいないが、公表されるとすれば、当然、事業団の名義によ り公表されるものであると推認される。  オ 事業団の対応  (ア) 原告は、事業団において、職員の留学中のプログラムの著作権は当該職員に帰属 することを認めていた旨主張し、それを裏付ける資料として、事業団において作成された 業務連絡2通(甲72、74、以下「業務連絡1」及び「業務連絡2」という。)を提出 する。  (イ) 業務連絡1(甲72)は、昭和61年2月3日付けで、筑波宇宙センター所長か ら、総務部企画調整課、人事課、調査国際部、人工衛星開発本部の各長宛てに発出された 「コンピュータ・プログラムの著作物化に対する対応策(その2)」と題する業務連絡で ある。ここには、「留学中に作成したプログラムの著作権は、職務著作の要件を欠いてお り、個人に帰属すると解釈される。」と記載されている。  しかし、業務連絡1は、留学中に作成されたプログラムの一般的な著作権帰属について 記載しているものと解され、留学費用支出の有無は関係しない等の検討はされているもの の、当該留学の研修目的や業務との関連性等の検討は行われていないし、個々の具体的な 場合について検討するものでもない。したがって、この記載をもって、事業団において、 留学中に作成されたプログラムすべてについて当該職員を著作者とする旨承認していたと まで認めることはできない。  (ウ) 業務連絡2(甲74)は、昭和61年3月27日付けで、調査国際部長から、人 工衛星開発本部ETSG総括開発部員宛てに発出された「計算機ソフトウェアの所有権に ついて(回答)」と題する業務連絡であり、昭和60年10月25日付けの「計算機ソフ トウェアの所有権について」と題する業務連絡(甲71、以下「業務連絡3」という。) において、原告が作成したとする複数のプログラムの「個人への所有権認可或いは分割等 が可能であるか御検討下さい」との検討依頼及び昭和61年3月11日付けの「『計算機 ソフトウェアの所有権』の回答について」と題する業務連絡での回答依頼(甲73)を受 けて発出されたものである。業務連絡3で検討を依頼しているプログラムのうち、「AB M燃焼中の衛星状態量の確率論的推定プログラム(呼称KALMAN−1、2、3、等、 約5千Steps)」は原告が留学中に作成したものと記載されており、本件プログラム12 が含まれるものと思われるところ、業務連絡2では、権利の帰属に関して、「留学中開発 プログラム(1件)・・・個人に帰属」との回答をしている(なお、検討依頼である業務 連絡3では「所有権」の帰属とされているが、回答である業務連絡2では、冒頭に、著作 権法に基づいて協議した旨記載されているので、著作権の帰属について回答したものと解 される)。  しかし、業務連絡2についても、複数のプログラム名等を原告から指摘された上で結論 のみを示しており、当該プログラムの個別具体的な内容、とりわけ、原告が留学中に作成 したとするプログラムの意義及び内容、留学中の研修目的や業務との関連性などが調査、 検討されたような事情はうかがえないことからすれば、業務連絡1と同様、一般的な著作 権の帰属について記載したものと推認されるところである。そして、その後、本件プログ ラム12について、事業団が原告に対し著作者であると承認したような事情は認められな いのであるから、業務連絡2の記載をもって、事業団が、本件プログラム12について原 告が著作者であると認めたと解することはできない。  カ 小括  以上からすれば、本件プログラム12は、職務著作として、事業団がその著作者となる と認められる。  (4) まとめ  そうすると、本件プログラム12についての著作権及び著作者人格権が原告にあること の確認請求は、理由がないことになる。 5 本件プログラム13(KALMAN(オリジナル9次元))について  (1) 事実認定 《中 略》  (2) 本件プログラム13の創作者  1及び5(1)で認定した事実によれば、原告は、本件プログラム13の作成者と認めら れる。  (3) 本件プログラム13についての職務著作の成否  前記認定事実に基づき、本件プログラム13の職務著作の成否について検討する。  ア 法人等の業務に従事する者が作成したものであること  原告は、本件プログラム13の作成当時において事業団の職員であり、事業団の業務に 従事する者であるといえる。  イ 職務上の作成  本件プログラム13は、前記のとおり、原告が、事業団の衛星設計第1グループに所属 し、開発部員として、MOS−1の設計開発を担当していた際に作成されたものであり、 その内容からも、当時の原告の職務に深く関連するものである。そして、原告は、本件プ ログラム13の作成後、解析結果についての技術資料を作成し、他の部門との交渉をして いるが、その状況(甲132)からすれば、これは、職員間の個人的なやりとりではなく、 事業団の部門間の協議であると認められ、本件プログラム13の作成やそれに基づいた解 析が原告の職務として位置付けられていたと認められる。  原告は、本件プログラム13の作成やそれに基づいた開発方針の提案はことごとく反対 され、本件プログラム13の作成はすべて原告が1人で行った旨主張する。  仮にそのような事実が認められるとすれば、原告が独力で本件プログラム13を作成し たとの心情を抱くのも理解できないではないが、客観的にみれば、前記2(3)イ(オ)のと おり、原告の提案等に対して反対がなされたことのみから、職務との関連性が否定される ものではないし、原告の解析結果を技術資料としてまとめたものが、他の部門との協議に 用いられていることからすれば、飛行中の衛星のアポジモータ燃焼時のデータ解析につい て、衛星設計第1グループ全体での支援体制を組むような協力は得られなかったとしても、 原告が同グループの開発部員としてこれらの職務を遂行することが許されていなかったと までは認めることができない。したがって、本件プログラム13は、原告の職務上作成さ れたものといえるから、原告の主張は採用できない。  ウ 事業団の発意  本件プログラム13について、事業団は、本件訴訟における特定がなされるまで、その 存在を知らないとしていたものである。  しかしながら、本件プログラム12について検討したとおり、本件プログラム13につ いても、原告の職務との強い関連性が認められるのであって、原告の職務上、客観的には その作成が期待されるものであったと認められる。また、前記のとおり、事業団は、我が 国の宇宙開発の体制を一元化すべきであるとの認識のもとに設立されており、人工衛星等 の開発は、事業団にとって専属的な職域に属することであったことからすれば、これらの 開発に携わる作業は、一般的な法人等の職務の所掌範囲に属する場合以上に、事業団の職 務との強い結びつきが認められると解される。この点から、職務上作成されたこととの相 関関係で見た場合に、本件プログラム13の作成においても、事業団の発意を認めること ができるというべきである。そして、それは、原告が留学を終えて帰国した後、MOS− 1の開発を担当することとされた時点において、認められ、本件プログラム13は、事業 団の発意に基づいて作成されたと解される。  エ 公表名義要件  本件プログラム13は、昭和60年の法の改正前に作成されたものとして、同改正前の 法15条により、職務著作が成立するためには公表名義要件を充足することが必要である ところ、現実に公表はなされてはいないが、公表されるとすれば、その内容等から、当然、 事業団の名義により公表されるものと推認される。  オ 小括  以上からすれば、本件プログラム13は、職務著作として、事業団がその著作者となる と認められる。  (4) まとめ  そうすると、本件プログラム13についての著作権及び著作者人格権が原告にあること の確認請求並びに本件プログラム13の著作権が原告にあることを前提にした、本件プロ グラム3を二次的著作物とする原著作者の権利が原告にあることの確認請求(予備的請求) は、いずれも理由がないことになる。 6 本件プログラム11(STAT(オリジナル))、本件プログラム2(STAT)、 本件プログラム1(DYNA)、本件プログラム6(DYNA−A)及び本件プログラム 3(KALMAN−1)について  (1) 事実認定 《中 略》  (2) 本件プログラム11、2、1、6及び3の創作者  ア 本件プログラム11  (1)で認定した事実によれば、原告は、本件プログラム11を創作した者と認められる。  イ 本件プログラム2  (1)で認定した事実及び原告の陳述書(甲9)によれば、原告は、本件プログラム2の 形成に当たって、本件プログラム11を提示し、定式化、アルゴリズム、入力データ、出 力仕様などの技術資料を提示したものであるが、プログラムの具体的記述に原告の思想又 は感情が創作的に表現されたと認めるに足りる証拠はなく、これらの諸活動をもって、原 告の思想又は感情を創作的に表現すると評価される行為ということはできない。  ウ 本件プログラム1  (1)で認定した事実及び原告の陳述書(甲9)によれば、原告は、本件プログラム1の 形成に当たって、定式化、アルゴリズム、入力データ、出力仕様などの技術資料を提示す るとともに、被告CRCの技術者らとともに、ソフト機能の検証及び確認を行ったもので あるが、プログラムの具体的記述に原告の思想又は感情が創作的に表現されたと認めるに 足りる証拠はなく、これらの諸活動をもって、原告の思想又は感情を創作的に表現すると 評価される行為ということはできない。  エ 本件プログラム6  (1)で認定した事実及び原告の陳述書(甲9)によれば、原告は、本件プログラム1の 改良プログラムである本件プログラム6の形成に当たって、上記ウの諸活動に加え、本件 プログラム1を用いた長時間計算の結果に疑問があることを発見し、本件プログラム1を 総点検してプログラムの論理構造上の問題を発見し、被告CRCの技術者らと共同でバグ 修正を行うとともに、多数のタンク内の液体挙動を扱えるように運動方程式を一般化した ものを提示したのであるが、プログラムの具体的記述に原告の思想又は感情が創作的に表 現されたと認めるに足りる証拠はなく、これらの諸活動をもって、原告の思想又は感情を 創作的に表現すると評価される行為ということはできない。  オ 本件プログラム3  (1)で認定した事実及び原告の陳述書(甲9)によれば、原告は、本件プログラム3の 形成に当たって、定式化、アルゴリズム等の技術資料を提示したものであるが、プログラ ムの具体的記述に原告の思想又は感情が創作的に表現されたと認めるに足りる証拠はなく、 これらの諸活動をもって、原告の思想又は感情を創作的に表現すると評価される行為とい うことはできない。  (3) 本件プログラム11、2、1、6及び3についての職務著作の成否  上記(2)アのとおり、原告は、本件プログラム11を創作した者と認められるから、上記 (1)で認定した事実に基づき、本件プログラム11についての職務著作の成否を検討する 。また、上記(2)イないしオのとおり、原告は、本件プログラム2、1、6及び3を創作 した者には当たらないと認められるが、念のため、仮にこれらのプログラムを原告が創作 したものとする場合に、職務著作が成立するかどうかについても併せて検討する。  ア 法人等の業務に従事する者が作成したものであること  原告は、上記各プログラムの作成当時において事業団の職員であり、事業団の業務に従 事する者であるといえる。  イ 職務上の作成  上記各プログラムは、以下のとおり、原告の職務として作成されたものであると認める のが相当である。  (ア) 本件各プログラムは、前記のとおり、技術試験衛星X型であるETS−Vのミッ ション解析に関するプログラムであるところ、原告は、これらのプログラムが作成された 時期に、事業団の衛星設計第1グループ及び昭和59年9月21日からは組織改正に伴い 人工衛星開発本部技術試験衛星グループに所属し、ETS−Vの開発を担当していた副主 任開発部員である。そして、衛星設計第1グループあるいは人工衛星開発本部技術試験衛 星グループは、一部を除く人工衛星一般の、設計やこれらに付帯する研究を行うことが所 掌業務とされていた(乙125、126)のであって、同部門に所属し、ETS−Vの開 発に携わる職員の職務には、ETS−Vのミッション解析のためのプログラムを作成する ことが当然含まれていたと認められる。  (イ) そして、原告は、本件プログラム11については、自ら作成して完成させている が、前記のとおり、それによる解析結果を、設計及び製造の受託業者であったMELCO に示し、設計変更を促していることからすれば、この作成は、システム設計段階のETS −Vの静的安定性の問題点をMELCOに認識させ、改善を促すために行われたものと考 えられ、それは、原告が事業団の上司から、動的スピン安定性の解析について、MELC Oに行わせるべきとの指示を受けたのと同様に、監督員の立場にある原告の職務に基づく ものであったと解される。また、本件プログラム2、1、6及び3については、その後の ETS−Vのミッション解析における必要性から、ミッション解析支援に係る事業団と被 告CRCとの契約に基づいて、被告CRCにおいて具体的な作業を行い、被告CRCによ って事業団に納入されたものであるが、原告は監督員として関与し、ソースコードに関す る助言も含めた具体的な指示、助言を行っているのであるから、これらのプログラムへの 原告の関与は、原告の職務においてなされたものであると考えるのが相当である。  (ウ) 原告は、原告の所属部門において、プログラムの作成が業務として位置付けられ ていなかったこと、原告の提言や計画はことごとく反対され、認可されず、原告の作業も 嫌がらせを受けたこと、予算措置においては他の目的にも流用するために口実として使わ れたこと等から、前記各プログラムの作成は原告の職務上行われたものではないと主張し、 それに沿う陳述書(甲8〜11、13、104、112、155)を提出する。  しかしながら、プログラムの作成が職務として位置付けられていなかったとの主張が採 用できないことは、前記2(3)イのとおりである。  また、原告の提言や計画は認可されなかったとの点については、前記経緯からすれば、 原告の提言が事業団において容易に受け入れられない状況が続いたことは認められるが、 最終的にはETS−Vのミッション解析が認可され、それに基づいて、各プログラムの作 成が行われているのであるし、原告の提案に対する反対によって原告の職務性が失われる ものでないことも、前記2(3)イ(オ)のとおりである。原告が作業について嫌がらせを受 けたことがあったとすれば、前記5(3)イのとおり、その心情は理解できないではないが、 そのことをもって、プログラム作成と原告の職務との客観的な関連性が失われるものでな いことも同様である。  さらに、事業団において、認可された予算がその項目どおりに前記各プログラムの作成 のために振り分けられなかったとしても、事業団が被告CRCと契約を締結し、それに基 づいて各プログラムの作成が行われ、事業団が被告CRCに対価を支払っていることは争 いがなく、このことからすれば、これらのプログラムの作成は、事業団の業務であり、担 当していた原告の職務であったというほかはない。  ウ 事業団の発意  前記のとおり、職務著作の規定は、業務従事者の職務上の著作物に関し、法人等及び業 務従事者の双方の意思を推測し、法人等がその著作物に関する責任を負い、対外的信頼を 得ることが多いことから、一定の場合に法人等に著作者としての地位を認めるものであり、 このことに照らし、法人等の発意に基づくことと業務従事者が職務上作成したこととは、 相関的な関係にあり、法人等と業務従事者との間に正式な雇用契約が締結され、業務従事 者の職務の範囲が明確であってその範囲内で行為が行われた場合には、そうでない場合に 比して、法人等の発意を広く認める余地があるというべきであり、その発意は、前記のと おり、間接的であってもよいものである。そして、そのように職務の範囲が明確で、その 中での創作行為の対象も限定されている場合であれば、そこでの創作行為は職務上当然に 期待されているということができ、この場合、特段の事情のない限り、当該職務を行わせ ることにおいて、当該業務従業者の創作行為についての意思決定が、法人等の判断に係ら しめられていると評価することができ、間接的な法人等の発意が認められると解するのが 相当である。  そこで、前記本件プログラム1、2、3、6及び11の作成と原告の職務との関連性に ついてみると、前記のとおり、これらのプログラムはいずれも、ETS−Vミッション解 析に係るプログラムであり、そうすると、これらのプログラムの作成は、ETS−Vの開 発を担当していた原告の当時の職務上、当然に期待されるものであったということができ る。  そうすると、昭和58年4月に、原告を監督員としてETS−Vの開発に従事させるこ ととなった時点において、本件プログラム1、2、3、6及び11の作成についての間接 的な事業団の発意を認めることができる(なお、本件プログラム1、2、3及び6につい ては、最終的に、事業団と被告CRCとの契約に基づき、被告CRCの作業によって完成 しているのであるから、遅くとも、被告CRCとの契約締結時には、明示的な事業団の発 意があったと認められる。)。  エ 公表名義要件  本件プログラム11、2、1及び3は、いずれも、昭和60年の法の改正前に作成され たものとして、同改正前の法15条により、職務著作が成立するためには公表名義要件を 充足することが必要であるが、これらのプログラムは、いずれも、公表されていないが、 現実に公表はなされるとすれば、当然、事業団の名義により公表されるべきものであると 推認される。本件プログラム6は、昭和60年の改正後の法15条2項が適用され、名義 の公表を要しない。  なお、原告は、これらのプログラムに係る論文を原告名義で発表している旨主張するが、 これらの論文においてプログラムのソースコードやオブジェクトコードが示されているわ けではないことが明らかである。したがって、これらの論文をもとに前記各プログラムの ソースコードを導き出すこともできないから、これらの論文の発表をもって、前記各プロ グラムが原告名義で公表されたということはできない。  オ プログラムの管理について  原告は、本件プログラム1、2、3及び6については、事業団において原告の著作物で あると認めた上で、原告が保管し、事業団において使用する際には原告の承諾を得る手続 を履践させていた旨主張する。  たしかに、これらのプログラムを含むETS−Vミッション解析に関するプログラムに ついて、管理方法や、他の部門が使用する際の手続について協議され、使用に関する承諾 を得る手続がとられたことを示す資料(甲77、80〜86)は存在するものの、これら の資料によっても、事業団が原告を上記各プログラムの著作者と認めていたということは できない。かえって、事業団社内開発の成果物であるとの記載も認められる(甲83、8 6)のであり、これらの資料は、前記各プログラムを含むプログラム一般に関する管理や 使用の手続を定め、それについて原告が担当し、使用について意見を述べる責任者であっ たことを示す以上のものではないというべきである。  したがって、原告の前記主張を採用することはできない。  カ 小括  以上からすれば、本件プログラム11、2、1、3及び6は、いずれも、職務著作とし て、事業団がそれらの著作者となると認められる。  (4) まとめ  そうすると、前記各プログラムについての著作権及び著作者人格権が原告にあることの 確認請求並びに本件プログラム11の著作権が原告にあることを前提にした、本件プログ ラム2を二次的著作物とする原著作者の権利が原告にあることの確認請求(予備的請求) は、いずれも理由がないことになる。 第4 結論  以上の次第であるから、その余の点を検討するまでもなく、原告の請求はいずれも理 由がないから、これらを棄却することとして、主文のとおり判決する。 東京地方裁判所民事第29部 裁判長裁判官 清水 節    裁判官 山田 真紀    裁判官 東崎 賢治