・知財高判平成18年1月31日  キャノン・インクタンク事件:控訴審  控訴人(キヤノン株式会社)は、特許権(特許第3278410号「液体収納容器、該 容器の製造方法、該容器のパッケージ、該容器と記録ヘッドとを一体化したインクジェッ トヘッドカートリッジ及び液体吐出記録装置」)の請求項1の発明(液体収納容器の発明) の技術的範囲に属するインクジェットプリンタ用インクタンクを、本件特許権の請求項1 0の発明(液体収納容器の製造方法の発明)の技術的範囲に属する方法により製造して、 販売している。  被控訴人(リサイクル・アシスト株式会社)は、インク費消後の使用済みの控訴人製品 にインクを再充填するなどして、製品化されたインクタンクを輸入し、販売している。  本件は、控訴人が、被控訴人に対し、本件特許権に基づいて、被控訴人製品の輸入、販 売等の差止め及び廃棄を求めた訴訟である。  原判決は、「本件インクタンク本体にインクを再充填して被告製品としたことが新たな 生産に当たると認めることはできないから、日本で譲渡された原告製品に基づく被告製品 につき、国内消尽の成立が認められる」「海外で譲渡された原告製品に基づく被告製品に ついても、国際消尽の成立が認められる」などとして、控訴人の請求をいずれも棄却した。  本判決は、「(ア)当該特許製品が製品としての本来の耐用期間を経過してその効用を 終えた後に再使用又は再生利用がされた場合(以下「第1類型」という。)、又は、(イ) 当該特許製品につき第三者により特許製品中の特許発明の本質的部分を構成する部材の全 部又は一部につき加工又は交換がされた場合(以下「第2類型」という。)には、特許権 は消尽せず、特許権者は、当該特許製品について特許権に基づく権利行使をすることが許 されるものと解するのが相当である」とした上で、「被控訴人製品については、当初に充 填されたインクが費消されたことをもって、特許製品が製品としての本来の耐用期間を経 過してその効用を終えた後に再使用又は再生利用がされた場合(第1類型)に該当すると いうことはできないが、丙会社によって構成要件H及びKを再充足させる工程により被控 訴人製品として製品化されたことで、特許製品につき第三者により特許製品中の特許発明 の本質的部分を構成する部材の全部又は一部につき加工又は交換がされた場合(第2類型) に該当するから、本件発明1に係る本件特許権は消尽しない。したがって、控訴人は、被 控訴人に対し、本件発明1に係る本件特許権に基づき、国内販売分の控訴人製品に由来す る被控訴人製品の輸入、販売等の差止め及び廃棄を求めることができる」などとして、原 判決を取り消して、控訴人の請求を認容した。 (第一審:東京地判平成16年12月8日) ■争 点 1 国内販売分の控訴人製品にインクを再充填するなどして製品化された被控訴人製品に ついて物の発明(本件発明1)に係る本件特許権に基づく権利行使をすることの許否 2 国内販売分の控訴人製品にインクを再充填するなどして製品化された被控訴人製品に ついて物を生産する方法の発明(本件発明10)に係る本件特許権に基づく権利行使をす ることの許否 3 国外販売分の控訴人製品にインクを再充填するなどして製品化された被控訴人製品に ついて本件特許権に基づく権利行使をすることの許否 ■判決文 第3 当裁判所の判断 1 国内販売分の控訴人製品にインクを再充填するなどして製品化された被控訴人製品に ついて物の発明(本件発明1)に係る本件特許権に基づく権利行使をすることの許否 (1)物の発明に係る特許権の消尽 ア 特許権者又は特許権者から許諾を受けた実施権者が我が国の国内において当該特許発 明に係る製品(以下「特許製品」という。)を譲渡した場合には、当該特許製品について は特許権はその目的を達したものとして消尽し、もはや特許権者は、当該特許製品を使用 し、譲渡し又は貸し渡す行為等に対し、特許権に基づく差止請求権等を行使することがで きないというべきである(BBS事件最高裁判決参照)。 イ しかしながら、(ア)当該特許製品が製品としての本来の耐用期間を経過してその効 用を終えた後に再使用又は再生利用がされた場合(以下「第1類型」という。)、又は、 (イ)当該特許製品につき第三者により特許製品中の特許発明の本質的部分を構成する部 材の全部又は一部につき加工又は交換がされた場合(以下「第2類型」という。)には、 特許権は消尽せず、特許権者は、当該特許製品について特許権に基づく権利行使をするこ とが許されるものと解するのが相当である。  その理由は、第1類型については、〔1〕一般の取引行為におけるのと同様、特許製品 についても、譲受人が目的物につき特許権者の権利行使を離れて自由に業として使用し再 譲渡等をすることができる権利を取得することを前提として、市場における取引行為が行 われるものであるが、上記の使用ないし再譲渡等は、特許製品がその作用効果を奏してい ることを前提とするものであり、年月の経過に伴う部材の摩耗や成分の劣化等により作用 効果を奏しなくなった場合に譲受人が当該製品を使用ないし再譲渡することまでをも想定 しているものではないから、その効用を終えた後に再使用又は再生利用された特許製品に 特許権の効力が及ぶと解しても、市場における商品の自由な流通を阻害することにはなら ず、〔2〕特許権者は、特許製品の譲渡に当たって、当該製品が効用を終えるまでの間の 使用ないし再譲渡等に対応する限度で特許発明の公開の対価を取得しているものであるか ら、効用を終えた後に再使用又は再生利用された特許製品に特許権の効力が及ぶと解して も、特許権者が二重に利得を得ることにはならず、他方、効用を終えた特許製品に加工等 を施したものが使用ないし再譲渡されるときには、特許製品の新たな需要の機会を奪い、 特許権者を害することとなるからである。また、第2類型については、特許製品につき第 三者により特許製品中の特許発明の本質的部分を構成する部材の全部又は一部につき加工 又は交換がされた場合には、特許発明の実施品という観点からみると、もはや譲渡に当た って特許権者が特許発明の公開の対価を取得した特許製品と同一の製品ということができ ないのであって、これに対して特許権の効力が及ぶと解しても、市場における商品の自由 な流通が阻害されることはないし、かえって、特許権の効力が及ばないとすると、特許製 品の新たな需要の機会を奪われることとなって、特許権者が害されるからである。  そして、第1類型に該当するかどうかは、特許製品を基準として、当該製品が製品とし ての効用を終えたかどうかにより判断されるのに対し、第2類型に該当するかどうかは、 特許発明を基準として、特許発明の本質的部分を構成する部材の全部又は一部につき加工 又は交換がされたかどうかにより判断されるべきものである。したがって、特許発明の本 質的部分を構成する部材の全部又は一部が損傷又は喪失したことにより製品としての効用 を終えた場合に、当該部材につき加工又は交換がされたときは、第1類型にも第2類型に も該当することとなる。また、加工又は交換がされた対象が特許発明の本質的部分を構成 する部材に当たらない場合には、第2類型には該当しないが、製品としての効用を終えた と認められるときは、第1類型に該当するということができる。  ウ なお、原審は、「特許権の効力のうち生産する権利については、もともと消尽はあり 得ないから、特許製品を適法に購入した者であっても、新たに別個の実施対象を生産する ものと評価される行為をすれば、特許権を侵害することになる。」、「本件のようなリサ イクル品について、新たな生産か、それに達しない修理の範囲内かの判断は、特許製品の 機能、構造、材質、用途などの客観的な性質、特許発明の内容、特許製品の通常の使用形 態、加えられた加工の程度、取引の実情等を総合考慮して判断すべきである。」と判示し、 特許製品に施された加工又は交換が「修理」であるか「生産」であるかにより、特許権侵 害の成否を判断すべきものとした。  確かに、本件のような事案における特許権侵害の成否を「修理」又は「生産」のいずれ に当たるかによって判断すべきものとする原判決の考え方は、学説等においても広く提唱 されているところである。  しかし、このような考え方では、特許製品に物理的な変更が加えられない場合に関して は、生産であるか修理であるかによって特許権に基づく権利行使の許否を判断することは 困難である。また、この見解は、「生産」の語を特許法2条3項1号にいう「生産」と異 なる意味で用いるものであって、生産の概念を混乱させるおそれがある上、特許製品中の 特許発明の本質的部分を構成する部材の全部又は一部につき加工又は交換がされた場合で あっても、当該製品の通常の使用形態、加えられた加工の程度や取引の実情等の事情によ り「生産」に該当しないものとして、特許権に基づく権利行使をすることが許されないこ ともあり得るという趣旨であれば、判断手法として是認することはできない。 エ まず、第1類型にいう特許製品が製品としての本来の耐用期間が経過してその効用を 終えた場合とは、特許製品について、社会的ないし経済的な見地から決すべきものであり、 (a)当該製品の通常の用法の下において製品の部材が物理的に摩耗し、あるいはその成 分が化学的に変化したなどの理由により当該製品の使用が実際に不可能となった場合がそ の典型であるが、(b)物理的ないし化学的には複数回ないし長期間にわたっての使用が 可能であるにもかかわらず保健衛生等の観点から使用回数ないし使用期間が限定されてい る製品(例えば、使い捨て注射器や服用薬など)にあっては、当該使用回数ないし使用期 間を経たものは、たとえ物理的ないし化学的には当該制限を超えた回数ないし期間の使用 が可能であっても、社会通念上効用を終えたものとして、第1類型に該当するというべき である。  第1類型のうち、前者(上記(a))については、特許製品につき、消耗部材(例えば、 電気機器における電池やエアコンにおける集じんフィルターなど)や製品全体と比べて耐 用期間の短い一部の部材(例えば、電気機器における電球や水中用機器における防水用パ ッキングなど)を交換し、あるいは損傷した一部の部材につき加工又は交換をしたとして も、当該製品の通常の用法の下における修理であると認められるときは、製品がその効用 を終えたということはできない。これに対し、当該製品の主要な部材に大規模な加工を施 し又は交換したり、あるいは部材の大部分を交換したりする行為は、上記の意義における 修理の域を超えて当該製品の耐用期間を不当に伸長するものというべきであるから、当該 加工又は交換がされた時点で当該製品は効用を終えたものと解するのが相当である。この 場合において、当該加工又は交換が製品の通常の用法の下における修理に該当するかどう かは、当該部材が製品中において果たす機能、当該部品の耐用期間、加えられた加工の態 様、程度、当該製品の機能、構造、材質、用途、使用形態、取引の実情等の事情を総合考 慮して判断されるべきものである。また、主要な部材であるか、大部分の部材であるかど うかは、特許発明を基準として技術的な観点から判断するのではなく、製品自体を基準と して、当該部材の占める経済的な価値の重要性や量的割合の観点から判断すべきである。  そして、特許権の消尽が、特許法による発明の保護と社会公共の利益の調和との観点か ら認められること(BBS事件最高裁判決参照)に照らせば、特許権者の意思によって消 尽を妨げることはできないというべきであるから、特許製品において、消耗部材や耐用期 間の短い部材の交換を困難とするような構成とされている(例えば、電池ケースの蓋が溶 着により封緘されているなど)としても、当該構成が特許発明の目的に照らして不可避の 構成であるか、又は特許製品の属する分野における同種の製品が一般的に有する構成でな い限り、当該部材を交換する行為が通常の用法の下における修理に該当すると判断するこ とは妨げられないというべきである。その点にかんがみれば、第三者による部材の加工又 は交換が通常の用法の下における修理に該当するか、使用回数ないし使用期間の満了によ り製品が効用を終えたことになるのかは、特許製品に関する上記の事情に加えて、当該製 品の属する分野における同種の製品が一般的に有する機能、構造、材質、用途、使用形態、 取引の実情等をも総合考慮して判断されるべきものである。  さらに、後者(上記(b))については、使用回数ないし使用期間が一定の回数ないし 期間に限定されることが、法令等において規定されているか、あるいは社会的に強固な共 通認識として形成されている場合が、これに当たるものと解するのが相当である。したが って、単に特許権者等が特許製品の使用回数や使用期間を制限して製品にその旨を表示す るなどしただけで、当該制限に達することにより製品がその効用を終えたことになるもの ではない。 オ 次に、第2類型は、上記のとおり、特許製品につき第三者により特許製品中の特許発 明の本質的部分を構成する部材の全部又は一部につき加工又は交換がされたことをいうも のであるが、ここにいう本質的部分の意義については、次のように解すべきである。  特許権は、従来の技術では解決することのできなかった課題を、新規かつ進歩性を備え た構成により解決することに成功した発明に対して付与されるものである(特許法29条 参照)。すなわち、特許法が保護しようとする発明の実質的価値は、従来技術では達成し 得なかった技術的課題の解決を実現するための、従来技術にはみられない特有の技術的思 想に基づく解決手段を、具体的構成をもって公開した点にあるから、特許請求の範囲に記 載された構成のうち、当該特許発明特有の解決手段を基礎付ける技術的思想の中核を成す 特徴的部分をもって、特許発明における本質的部分と理解すべきものである。特許権者の 独占権は上記のような公開の代償として与えられるのであるから、特許製品につき第三者 により新たに特許発明の本質的部分を構成する部材の全部又は一部につき加工又は交換が された場合には、特許権者が特許法上の独占権の対価に見合うものとして当該特許製品に 付与したものはもはや残存しない状態となり、もはや特許権者が譲渡した特許製品と同一 の製品ということはできない。したがって、このような場合には、特許権者は当該製品に ついて特許権に基づく権利行使をすることが許されるというべきである。これに対して、 特許請求の範囲に記載された構成に係る部材であっても、特許発明の本質的部分を構成し ない部材につき加工又は交換がされたにとどまる場合には、第1類型に該当するものとし て特許権が消尽しないことがあるのは格別、第2類型の観点からは、特許権者が譲渡した 特許製品との同一性は失われていないものとして、特許権に基づく権利行使をすることが 許されないと解すべきである。 (2)本件における認定事実  そこで、本件において、上記のような観点から、国内販売分の控訴人製品に由来する被 控訴人製品について、物の発明である本件発明1に係る本件特許権の行使が許されるかど うかについて検討すると、前記の「前提事実」(第2の2参照)に後掲証拠(枝番の記載 は省略する。)及び弁論の全趣旨を総合すれば、以下の各事実が認められる。 《中 略》 (3)第1類型の該当性  上記事実関係に基づき、まず、控訴人製品について、当初に充填されたインクが費消さ れたことをもって、特許製品が製品としての本来の耐用期間を経過してその効用を終えた ものとなるかどうかについて判断する。 ア インク費消後における控訴人製品の状態等  控訴人製品がインクジェットプリンタに装着されて使用され、当初充填されていたイン クがすべて費消された場合には、それ以上の印刷をすることができない。インク費消後の 使用済みの控訴人製品は、内部の壁面、負圧発生部材等に付着したものを除き、最初に充 填されたインクは存在しなくなっているが、第1及び第2の負圧発生部材並びにその圧接 部の界面の構造を含め、インク以外の構成部材には物理的な変更は加えられておらず、イ ンクを改めて充填すれば、インクジェットプリンタにおける印刷に供することは可能なの であるから、インク収納容器として再度使用することは可能な状態にあるものと認められ る。そして、インクは正に消耗部材であるから、控訴人製品のうちインクタンク本体に着 目した場合には、インク費消後の控訴人製品にインクを再充填する行為は、インクタンク としての通常の用法の下における消耗部材の交換に該当することとなる。 イ インク費消後の本件インクタンク本体に対する加工等の内容  丙会社がインク費消後の控訴人製品を用いて被控訴人製品を製品化する工程は、上記 (2)オ(ア)のとおり、〔1〕本件インクタンク本体の液体収納室の上面に、洗浄及び インク注入のための穴を開ける、〔2〕本件インクタンク本体の内部を洗浄する、〔3〕 本件インクタンク本体のインク供給口からインクが漏れないようにする措置を施す、〔4〕 〔1〕の穴から、負圧発生部材収納室の負圧発生部材の圧接部の界面を超える部分までと、 液体収納室全体に、インクを注入する、〔5〕〔1〕の穴及びインク供給口に栓をする、 〔6〕ラベル等を装着するというものである。  控訴人製品にはインク補充のための開口部は設けられていないので、上記工程において は、液体収納室の上面に洗浄及びインク注入のための穴を開けた上で、インクタンク内部 の洗浄及びインクの注入をした後に、この穴をふさいでいるものであるが、控訴人製品に おいてインク充填用の穴が設けられていないことは、本件発明1の目的に照らして不可避 の構成であるとは認められない。なるほど、本件発明1においては、液体収納室が実質的 な密閉空間であることも構成要件の一つとされており(構成要件B)、この構成要件は、 本件発明1の目的を達成する上で技術的な意義を有するものである(液体収納室が密閉さ れていなければ、空気が入ってインク漏れの原因となる。)が、防水機器など外部が密閉 カバーにより覆われている構成の製品においては、消耗部材を交換し、あるいは内部の部 材の修理を行う際に、一時的に密閉状態を解消することは通常行われていることであり (例えば、防水腕時計において、消耗部材である電池の交換をする際には、蓋が開けられ て密閉状態が一時的に解消される。)、密閉空間であることが必要であるとしても、本件 インクタンク本体にインク補充のための開口部を設けないことが不可避な構成ということ にはならない(現に、弁論の全趣旨によれば、控訴人製品のうちには、当初インクを充填 した際に液体収納室に設けた穴がプラスチックのボール状の部材によってふさがれていて 、当該部材を液体収納室へと押し込み、又はこれを取り除くことによってインク充填のた めの開口を確保することができる、新たな穴を開けることを要しない構成のものが存在す る。)。したがって、被控訴人製品を製品化する工程において、本件インクタンク本体に 穴を開ける工程が含まれていることをもって、丙会社の行為を、消耗部材の交換に該当し ないということはできない。また、前記(2)カのとおり、インクジェットプリンタ用イ ンクの分野においては、純正品のインクタンクの使用済み品にインクを再充填するなどし た、いわゆるリサイクル品が販売されているところ、それらの製品の製造方法がおおむね 被控訴人製品の製造方法と同じであることに照らしても、被控訴人製品の製品化に際して、 本件インクタンク本体に穴を開ける工程が含まれていることをもって、消耗部材の交換に 該当しないということはできない。 ウ インクジェットプリンタ用インクの分野におけるリサイクルの状況  前記(2)カのとおり、インクジェットプリンタ用インクの分野においては、控訴人製 品を含めた純正品だけでなく、リサイクル品や詰め替えインクも販売されていること、リ サイクル品は、純正品に比べると品質面では劣るものの、価格が低いことなどからこれを 利用する者も少なからず存在することが認められる。そして、使用済み品を廃棄せずに再 使用することは、環境の保全に資するものであって、特許権等の他人の権利や利益を害す る場合を除いては、広く奨励されるべきものであり、使用済みインクタンクの再使用につ いては、これを禁止する法令等は存在しない。  この点に関して、控訴人は、被控訴人の行為は、資源の再利用や環境保護に資するもの ではなく、かえってリサイクル関連法が目指す循環型社会の形成に逆行するものである旨 主張する。  そこで、検討すると、環境の保全は、現在及び将来の国民の健康で文化的な生活の確保 及び人類の福祉のために不可欠なものである(環境基本法1条、3条等参照)。また、循 環型社会、すなわち、製品等が廃棄物等となることが抑制され、製品等が循環資源となっ た場合においてはこれについて適正に循環的な利用が行われることが促進され、循環的な 利用が行われない循環資源については適正な処分が確保され、もって天然資源の消費を抑 制し、環境への負荷ができる限り低減される社会(なお、「廃棄物等」とは、廃棄物の処 理及び清掃に関する法律2条1項にいう廃棄物に加えて、一度使用され、又は使用されず に収集され、又は廃棄された物品等をいい、「循環資源」とは廃棄物等のうち有用なもの を、「循環的な利用」とは再使用、再生利用及び熱回収をいう。)の形成は、国、地方公 共団体、事業者及び国民の責務として、推進されるべきものである(循環型社会形成推進 基本法1条、2条等参照)。  循環型社会において行われるべき循環資源の循環的な利用とは、再使用(循環資源を製 品としてそのまま、若しくは修理を行って使用し、又は部品その他製品の一部として利用 すること)、再生利用(循環資源の全部又は一部を原材料として使用すること)に限られ るものではなく、熱回収(循環資源の全部又は一部であって、燃焼の用に供することがで きるもの又はその可能性のあるものを熱を得ることに利用すること)も含むのであるから (循環型社会形成推進基本法2条4〜7項。なお、資源の有効な利用の促進に関する法律 1条、2条も参照)、使用済みの控訴人製品を回収して熱源として使用することも、環境 保全の理念に合致する行為ということができ、本件において、控訴人が控訴人製品の使用 者に対して使用済みの控訴人製品の回収に協力するよう呼び掛け、現に相当量の使用済み 品が回収され、これがセメント製造工程における補助燃料等として利用されていることは、 前記認定(前記(2)エ(ウ)、(2)カ(ウ)参照)のとおりである。  しかしながら、被控訴人製品は、使用済みの控訴人製品を廃棄することなく、インクタ ンクとして再使用したものであり、同一のインクタンクを複数回使用することにより廃棄 されるインクタンクの量を減少させることが可能である。そもそも使用済み製品の熱源と しての利用は、当該製品を廃棄物としてそのまま地上に放置し、地下に埋設し、あるいは 焼却能力の劣る焼却機器により焼却することに比べれば、自然環境に与える影響を改善し たものということはできるが、有限な化石燃料資源を有効利用し、二酸化炭素排出量を抑 制するという観点をも併せ考えるときには、循環資源の循環的利用として再使用に劣るも のであることは明らかである。また、被控訴人製品に用いられている本件インクタンク本 体は控訴人により製造されたものであるから、被控訴人製品としてインクを再充填された ものであっても、その使用後は、控訴人製造に係る本件インクタンク本体として控訴人に よる使用済み製品の回収の対象として、熱源利用されることになるものと考えられる。  そうすると、控訴人において、控訴人製品が使い切り型のインクタンクであることを示 すとともに、使用済み品の回収を図るため、控訴人製品の使用者に対して、控訴人製品の 包装箱、控訴人製のインクジェットプリンタの使用説明書、控訴人のウェブサイトにおい て、使用済みのインクタンクの回収活動への協力を呼び掛けていることなどの事情を勘案 しても、上記の事情に照らせば、インクタンクの利用が1回に限られる旨の認識が社会的 に強固な共通認識として形成されているということはできない。  エ 小括  以上によれば、インク費消後の控訴人製品の本件インクタンク本体にインクを再充填す る行為は、特許製品を基準として、当該製品が製品としての効用を終えたかどうかという 観点からみた場合には、インクタンクとしての通常の用法の下における消耗部材の交換に 該当するし、また、インクタンク本体の利用が当初に充填されたインクの使用に限定され ることが、法令等において規定されているものでも、社会的に強固な共通認識として形成 されているものでもないから、当初に充填されたインクが費消されたことをもって、特許 製品が製品としての本来の耐用期間を経過してその効用を終えたものとなるということは できない。  したがって、本件において、特許権が消尽しない第1類型には該当しないといわざるを 得ない。 (4)第2類型の該当性  進んで、控訴人製品について、第三者(丙会社)により特許製品(控訴人製品)中の特 許発明(本件発明1)の本質的部分を構成する部材の全部又は一部につき加工又は交換が されたといえるかどうかについて判断する。 ア 本件発明1の内容  本件発明1は、インクジェットプリンタに使用されるインクタンク等に関するものであ り、前記認定事実によれば、特許発明の内容については、次のように解することができる。 (ア)インクタンクの構成として考えられる最も単純なものは、箱体内部の空間にインク を直接充填するものであるが、このような構成では、開封するとインクが漏れる、プリン タへのインクの供給が不安定になるといった欠点があることは明らかである。そこで、イ ンクタンク内のインクが外部に漏れないように保持し、インクを安定的に供給することが できるようにするために、箱体内部の空間に負圧発生部材(スポンジ、フェルト等のイン クを吸収する部材)を収納し、これにインクを含浸させる構成のものが考えられた。とこ ろが、負圧発生部材をインクタンク内の全体に収納したのでは、インクタンク内に収納し 得るインクの量が減少してしまう。この問題を解決するために考えられたのが、インクタ ンクの内部を仕切り壁によって複数の部屋に分け、プリンタへのインク供給口のある側に は負圧発生部材を収納してこれにインクを含浸させるが、それ以外の部分には、負圧発生 部材を収納せず、箱体内部の空間にインクを直接充填するという構成を採用することによ って、インクタンクの単位体積当たりのインク収容量を増加させ、かつ、安定したインク 供給を実現したものであり(前記(2)イ(イ)参照)、これが本件明細書に従来の技術 として挙げられたもの(別紙図1に記載されたもの)である。  ところが、この従来技術によるインクタンクには、次のような問題点があった。すなわ ち、このインクタンクには、液体収納室36(別紙図1に付された符号を示す。以下同 じ。)の全部(図1(a)中にオレンジ色で示した網線部分)及び負圧発生部材収納室3 4の一部(同、黄色で示した斜線部分)にインクが収納されるが、負圧発生部材収納室の その余の部分(同、負圧発生部材32のうちインクが含浸されていない緑色で示した点描 部分及びバッファ室44の水色で示した空白部分)には空気が存在している。そして、イ ンクタンクの使用開始前に、負圧発生部材収納室が液体収納室の下方に来る姿勢で放置さ れると(インクタンクをプリンタに装着して使用する時には、別紙図1(a)のように、 負圧発生部材収納室と液体収納室とが横に並ぶが、使用開始前の輸送時や保管時において は、同(b)のように、液体収納室が負圧発生部材収納室の上方に置かれた姿勢で放置さ れることがある。)、負圧発生部材収納室に存在する空気が、連通孔40を通って液体収 納室へと導入され(図1(b)の液体収納室36中の水色で示した空白部分)、気液交換 動作により、空気に替わって液体収納室中のインクが負圧発生部材収納室の側に流出し、 負圧発生部材収納室にインク25が過剰に存在する状態、すなわち、過充填となり、負圧 発生部材のうちインクが含浸されていなかった領域にもインクが含浸される上、負圧発生 部材がインクを保持しきれないときは、図1(b)中に赤色で示した同図中の左下隅部分 のように、バッファ室にインクがあふれ出る事態が生ずる。このような状態でインクタン クを開封すると、大気連通口12や液体供給口14からインクが漏れ出し、使用者の手な どを汚すといった問題点があった。そこで、輸送時や保管時に、インクタンクがどのよう な姿勢をとっても、負圧発生部材収納室のインクが過充填となることを防止する必要があ り、これが本件発明1において解決すべきものとされた課題である。 (イ)本件発明1は、次のような構成を採用することによって、インクタンクの単位体積 当たりのインク収容量を増加させ、安定したインク供給を実現するという従来のインクタ ンクの作用効果を維持しつつ、併せて、従来のインクタンクにみられた上記の課題を解決 したものである。  本件発明1のインクタンクは、負圧発生部材収納室134(別紙図2に付された符号を 示す。以下同じ。)に2個の負圧発生部材(インク供給口114側の第1の負圧発生部材 132Bと、大気連通口112側の第2の負圧発生部材132A)を収納し(収納された 負圧発生部材と、液体収納容器の仕切り壁、連通部及び大気連通部との位置関係は、構成 要件E〜Gのとおりである。)、これらを互いに圧接させることにより(構成要件A)、 その境界層である圧接部の界面132C(別紙図2に赤色の太線で示した部分)の毛管力 が、第1及び第2の各負圧発生部材に比べて、最も高くなるように構成されている(構成 要件H)。毛管力が高いということは、液体を吸収し、保持しやすいということであるか ら、負圧発生部材収納室に一定量のインクを収納させることによって(構成要件K)、圧 接部の界面が常にインクを保持した状態となり、このインクが空気の移動を妨げる障壁を 形成する。その結果、負圧発生部材収納室の一部(図2中の第2の負圧発生部材のうちイ ンクが含浸されていない領域である緑色で示した点描部分及びバッファ室である水色で示 した空白部分)に存在する空気は、この障壁を越えて第1の負圧発生部材の側へ移動する ことができず、液体収納室へと移動することはない。したがって、輸送時や保管時に、従 来の技術で問題とされたような姿勢(別紙図2(b)のように、液体収納室136が負圧 発生部材収納室134の上方に来る姿勢)で放置されたとしても、液体収納室に空気が流 入することがないから、気液交換動作により、液体収納室中のインクが負圧発生部材収納 室に流出し、開封時に大気連通口112や液体供給口114から漏れ出すという事態を防 止することができる。  このように、本件発明1は、インクタンクの単位体積当たりのインク収容量を増加させ、 安定したインク供給を実現するという従来のインクタンクと同様の作用効果を奏しつつ、 併せて、従来の技術にみられた開封時のインク漏れという問題を解決するために、〔1〕 負圧発生部材収納室に2個の負圧発生部材を収納し、その界面の毛管力が各負圧発生部材 の毛管力よりも高くなるように、これらを相互に圧接させるという構成(この構成は、構 成要件A、E〜Hによって達成されるが、そのうちで最も技術的に重要なのは、圧接部の 界面の毛管力が最も高いものであることという構成要件Hであると認められる。)と、 〔2〕一定量のインク、すなわち、液体収納容器がどのような姿勢をとっても、圧接部の 界面全体が液体を保持することが可能な量の液体が充填されているという構成(構成要件 K)を採用することによって、負圧発生部材の界面に空気の移動を妨げる障壁を形成する こととした点に、従来のインクタンクにはみられない技術的思想の中核を成す特徴的部分 があると認められる。  この点は、前記(2)イ(オ)のとおり、本件明細書(甲2)に、「他の姿勢の時には インク−大気界面Lの水頭と、負圧発生部材界面132Cに含まれるインクの水頭との差 は、P2とPSの毛管力差よりさらに小さくなるので、界面132Cは、その姿勢に関わ らず、その全域にインクを有した状態を保つことができるようになっている。そのため、 いかなる姿勢においても、界面132Cが、仕切り壁と負圧発生部材収納室に収納される インクと協同して(判決注、「協同」は「協働」の意に解される。)、連通部140及び 大気導入路150からの液体収納室への気体の導入を阻止する気体導入阻止手段として機 能し、負圧発生部材からインクが溢れ出ることはない。」(段落【0048】)と記載さ れているとおりである。  また、上記〔1〕の構成は充足するが、〔2〕の構成を充足しないインクタンク(充填 されているインクの量が構成要件Kに規定された量より少ないインクタンク)であっても、 インクジェットプリンタにおける印刷に供することは可能であり、インクタンクとしては 十分機能するということができる。しかし、そのようなインクタンクは、常に負圧発生部 材の界面に空気の移動を妨げる障壁が形成されるものではなく、しかも、充填されたイン クの量が少なく、大量の文書等の印刷に供する上で非効率なものとなることが明らかであ って、従来のインクタンクよりも作用効果において劣るといわざるを得ない。したがって 、本件発明1の目的は、上記〔1〕及び〔2〕の両者の構成が備わって初めて達成するこ とができるのであるから、構成要件H及びKのいずれもが本件発明1の本質的部分である と解すべきである。 (ウ)なお、前記(2)ウのとおり、複数の負圧発生部材を収納したインクタンクも従来 から存在していたが、それらは液体収納容器の内部が複数の室に仕切られていないもので あり、また、専らプリンタ本体へのインクの安定的な供給を目的とするものであって、複 数の負圧発生部材を圧接してその界面の毛管力を最高とし、この部分にインクを吸収させ ておくことによって空気の移動を妨げる障壁を形成するという技術的思想を示すものは存 在しなかったし、さらに、その前提として、内部が仕切られていない液体収納容器におい ては、液体収納室のインクが負圧発生部材収納室に流出することがないので、これを防ぐ という課題も存在しなかったということができる。したがって、上記従来技術の存在は、 本件発明1の本質的部分を上記のように解することの妨げとなるものではない。 イ インク費消後の本件インクタンク本体へのインクの再充填  丙会社がインク費消後の控訴人製品を用いて被控訴人製品を製品化する工程は、前記 (2)オ(ア)のとおりであり、本件インクタンク本体の液体収納室の上面に穴を開け、 本件インクタンク本体の内部を洗浄し、負圧発生部材収納室の負圧発生部材の圧接部の界 面を超える部分までと、液体収納室全体に、インクを注入するという工程を含むものであ る。  そこで、検討すると、控訴人製品の使用者が本件発明1に係るインクタンクを使用する ことにより、液体収納室及び負圧発生部材収納室内のインクが減少し、構成要件Kの充足 性を欠くに至るから、インクが費消された後の本件インクタンク本体が構成要件Kの充足 性を欠いていることは明らかである。  また、前記(2)エ(イ)のとおり、インクが費消された後の本件インクタンク本体が プリンタから取り外された後1週間ないし10日程度が経過すると(本件においては、前 記第2の2(5)イのとおり、乙会社が北米、欧州及び我が国を含むアジアから本件イン クタンク本体を収集したものであることを勘案すると、プリンタから取り外された後、丙 会社が被控訴人製品として製品化するまでの間に、上記の期間が経過したことは明らかで ある。)、インクタンク内部の液体収納室の壁面、第1及び第2の負圧発生部材、両負圧 発生部材の圧接部の界面、インク供給口等に残ったインクが乾燥して固着するに至る。殊 に、圧接部の界面は、第1及び第2の負圧発生部材よりも毛管力が高いのであるから、プ リンタから取り外された時点で、界面の繊維材料に液体のインクが付着したままであるの が通常であり、上記期間が経過した後は、界面の繊維材料の内部の多数の微細な空隙に付 着したインクが不均一な状態で乾燥して固着し、空隙の内部に気泡や空気層が形成され、 新たにインクを吸収して保持することが妨げられる状態となっているものと認められる。 そして、そのことにより、インクタンクがいかなる方向に放置されたとしても、第2の負 圧発生部材の持つ毛管力と圧接部の界面の持つ毛管力の差が、第2の負圧発生部材中のイ ンク−大気界面の水頭と圧接部の界面のインク−大気界面の水頭の差以上となっているこ と、すなわち、圧接部の界面がインクタンクの姿勢にかかわらず常にインクで満たされて いることで、圧接部の界面に空気の移動を妨げる障壁を形成し、圧接部の界面を介して第 1の負圧発生部材及び液体収納室へ大気が流入しないようにする(本件明細書の段落【0 019】、【0020】)という、本件発明1において圧接部の界面が果たすべきものと された機能を奏することができない状態となっているものである。ここで、本件発明1の 構成要件Hにいう「圧接部の界面の毛管力が第1及び第2の負圧発生部材の毛管力より高」 いとは、本件明細書の上記記載を参酌すれば、単に、圧接部の界面の毛管力が第1及び第 2の負圧発生部材の毛管力と比べて高いことをいうのではなく、両者の毛管力の差が上記 のような機能を奏するに足りるだけの程度に達していることをいうものと解するのが相当 である。そうすると、プリンタから取り外された後に上記の期間が経過し、圧接部の界面 の繊維材料の内部の多数の微細な空隙に付着したインクが不均一な状態で乾燥して固着し、 空隙の内部に気泡や空気層ができ、新たにインクを吸収して保持することが妨げられてい るものと認められる本件インクタンク本体においては、構成要件Hを充足しない状態とな っているというべきである。  したがって、本件インクタンク本体の内部を洗浄して固着したインクを洗い流した上、 これに構成要件Kを充足する一定量のインクを再充填する行為は、特許発明を基準として、 特許発明特有の解決手段を基礎付ける技術的思想の中核を成す特徴的部分という観点から みた場合には、控訴人製品において本件発明1の本質的部分を構成する部材の一部である 圧接部の界面の機能を回復させるとともに、上記の量のインクを再び備えさせるものであ り、構成要件H及びKの再充足による空気の移動を妨げる障壁の形成という本件発明1の 目的(開封時のインク漏れの防止)達成の手段に不可欠の行為として、特許製品中の特許 発明の本質的部分を構成する部材の一部についての加工又は交換にほかならないといわな ければならない。 ウ 小括  以上によれば、被控訴人製品は、控訴人製品中の本件発明1の特許請求の範囲に記載さ れた部材につき丙会社により加工又は交換がされたものであるところ、この部材は本件発 明1の本質的部分を構成する部材の一部に当たるから、本件は、第2類型に該当するもの として特許権は消尽せず、控訴人が、被控訴人製品について、本件発明1に係る本件特許 権に基づく権利行使をすることは、許されるというべきである。 (5)被控訴人の当審における主張について  被控訴人は、控訴人による本件特許権に基づく権利行使が認められないと解すべき根拠 として、環境保全の観点からもリサイクル品である被控訴人製品の輸入、販売等を禁止す べきではないこと、控訴人のビジネスモデルが不当なものであることを主張するが、これ らの主張が権利の濫用等をいう趣旨のものであるとしても、以下のとおり、いずれも採用 し難いというべきである。 ア 環境保全の観点について (ア)環境の保全は、現在及び将来の国民の健康で文化的な生活の確保及び人類の福祉の ために不可欠なものであり、循環型社会の形成が、国、地方公共団体、事業者及び国民の 責務として、推進されるべきものであることは、前記(3)ウに判示したとおりである。 したがって、特許法の解釈に当たっても、環境の保全についての基本理念は可能な限り尊 重すべきものであって、例えば、製品等を再使用する方法の発明、再生利用しやすい資材 の発明等を特許法により保護することが環境保全の理念に沿うものであることは明らかで ある。他方、特許法は、発明をしてこれを公開した者に特許権を付与し、その発明を実施 する権利を専有させるものであるから、上記のような発明につき特許権が付与されたとき は、第三者は、特許権者の許諾を受けない限り、特許発明に係る製品の再使用や再生利用 しやすい資材の製造、販売等をすることができないという意味において、環境保全の理念 に反する面もあるといわざるを得ない(仮に、常に環境保全の理念を優先させ、上記のよ うな場合に第三者が自由に特許発明を実施することができると解するとすれば、短期的に は、製品の再使用等が促進されるとしても、長期的にみると、新たな技術開発への意欲や 投資を阻害することにもなりかねない。)。そうすると、たとえ、特許権の行使を認める ことによって環境保全の理念に反する結果が生ずる場合があるとしても、そのことから直 ちに、当該特許権の行使が権利の濫用等に当たるとして否定されるべきいわれはないと解 すべきである。 (イ)被控訴人製品は、使用済みの控訴人製品を廃棄することなく、インクタンクとして 再使用したものであるから、この面だけをみるならば、被控訴人の行為は、廃棄物等(前 記(3)ウ参照)を減少させるものであって、環境保全の理念に沿うものであり、これに 対する本件特許権に基づく権利行使を認めることは同理念に反するおそれがあるというこ とができる。  しかし、前記(3)ウに判示したとおり、循環型社会において行われるべき循環資源の 循環的な利用とは、再使用及び再生利用に限られるものではなく、熱回収も含むのである から、使用済みの控訴人製品をインクタンクとして再使用することだけでなく、これを熱 源として使用することも、環境負荷への影響の程度等において差はあっても、環境保全の 理念に合致する行為であるところ、本件において、控訴人が、控訴人製品の使用者に対し て使用済みの控訴人製品の回収に協力するよう呼び掛け、現に相当量の使用済み品を回収 し(インクジェットプリンタの使用者に対するアンケート調査によれば、使用後のインク タンクを業者が設置した回収箱に入れる者は、全体の約半数に上っている。)、分別した 上で、セメント製造工程における熱源として、主燃料である石炭の一部を代替する補助燃 料に使用し、燃えかすはセメントの原材料に混ぜて使用していることは、前記(2)エ (ウ)及び(2)カ(ウ)認定のとおりである。そうすると、本件の事実関係の下では、 被控訴人の行為のみが環境保全の理念に合致し、リサイクル品である被控訴人製品の輸入、 販売等の差止めを求める控訴人の行為が環境保全の理念に反するということはできない。 (ウ)なお、被控訴人は、控訴人による本件特許権に基づく権利行使を認めると、リサイ クル品の市場が死滅させられることとなり、国際的なビジネスや消費者保護の観点からし ても相当でないとも主張する。  しかし、本件において、本件特許権に基づく権利行使を認めるとの結論に至ったとして も、それは、上述のとおり、特許製品につき第三者により特許製品中の特許発明の本質的 部分を構成する部材の一部につき加工又は交換がされたからにほかならないのであって、 もとよりリサイクル品の製造、販売等が一切禁止されるべきことをいうものではない。純 正品が特許発明の実施品でない場合にはリサイクル品の製造、販売等が特許権侵害に問わ れる余地はないし、純正品が特許発明の実施品である場合においても、特許権が消尽する ときは、同様である。被控訴人の上記主張は、本件の論点を正解しないものであって、失 当といわざるを得ない。 イ 控訴人のビジネスモデルについて  被控訴人は、控訴人のビジネスモデル(プリンタ本体を廉価で販売し、これを購入した 顧客が純正品のインクタンクを高額で購入せざるを得ないようにして、不当な利益を得よ うとすること)に照らすと、控訴人による本件特許権に基づく権利行使を認めることは、 消費者の利益を害し、特許権者を過剰に保護するものであって、容認することができない と主張する。  しかし、まず、控訴人のビジネスモデルが被控訴人主張のようなものであることを認め るに足りる証拠はない。被控訴人が提出するのは、控訴人はインクタンク等の消耗部材を 使用者に何度も購入してもらうことで収益を確保しており、営業利益の約6割は消耗部材 によるものであるなどと報道する新聞等の記事(乙42、55−2)、純正品のインクタ ンクの製造原価は50円前後であるというのが業界の常識であるとするリサイクル品の製 造業者の陳述書(乙56−1)のみであって、控訴人の販売するプリンタ本体の価格が不 当に低く、純正品のインクタンクが不当に高いことを客観的に裏付ける証拠は見当たらな い。  また、特許権者は、産業上利用することのできる発明をして公開したことの代償として、 特許発明の実施を独占して利益を得ることが認められているのであり、特許製品や他の取 扱製品の価格をどのように設定するかは、その価格設定が独占禁止法等の定める公益秩序 に反するものであるなど特段の事情のない限り、特許権者の判断にゆだねられているとい うことができるが、本件において、そのような特段の事情をうかがわせる証拠を見いだす ことはできない。  しかも、仮に、被控訴人の主張するように、純正品の価格が製造原価を大幅に上回るも のであるとしても、純正品とリサイクル品との価格差(前記(2)カ(イ)認定のとおり、 1個当たりの小売価格は、純正品が800円〜1000円程度、リサイクル品が600円 〜700円程度である。)並びに控訴人及び被控訴人が負担する費用(被控訴人の側にお いては、リサイクル品の製造、輸送等に費用を要するとしても、特許発明に関する研究開 発費、本件インクタンク本体の製造費用等の負担を免れているわけである。)を勘案する と、控訴人が純正品の販売により過大な利益を得ているとすれば、被控訴人においても過 大な利益を得ていることとなるから、そのような被控訴人が消費者保護の見地から控訴人 の本件特許権に基づく権利行使を否定すべき旨をいう主張は、採用の限りではない。 (6)結論  以上のとおり、被控訴人製品については、当初に充填されたインクが費消されたことを もって、特許製品が製品としての本来の耐用期間を経過してその効用を終えた後に再使用 又は再生利用がされた場合(第1類型)に該当するということはできないが、丙会社によ って構成要件H及びKを再充足させる工程により被控訴人製品として製品化されたことで、 特許製品につき第三者により特許製品中の特許発明の本質的部分を構成する部材の全部又 は一部につき加工又は交換がされた場合(第2類型)に該当するから、本件発明1に係る 本件特許権は消尽しない。  したがって、控訴人は、被控訴人に対し、本件発明1に係る本件特許権に基づき、国内 販売分の控訴人製品に由来する被控訴人製品の輸入、販売等の差止め及び廃棄を求めるこ とができる。 2 国内販売分の控訴人製品にインクを再充填するなどして製品化された被控訴人製品に ついて物を生産する方法の発明(本件発明10)に係る本件特許権に基づく権利行使をす ることの許否 (1)はじめに  控訴人は、丙会社が使用済みの国内販売分の控訴人製品を用いて被控訴人製品として製 品化する行為は、本件発明10を実施する行為であるから、当該行為により製品化された 被控訴人製品を輸入、販売する被控訴人の行為は、本件発明10に係る本件特許権を侵害 すると主張する。  前記1において判示したとおり、国内販売分の控訴人製品に由来する被控訴人製品につ いては、控訴人は、本件発明1に係る本件特許権に基づき、輸入、販売等の差止め及び廃 棄を求めることができるから、国内販売分の控訴人製品に由来する被控訴人製品について 控訴人が本件発明10に係る本件特許権に基づく権利行使をすることができるかどうかを 判断することは本来必要でないが、事案にかんがみ、この点についても判断を示すことと する(なお、被控訴人は、特許権の消尽の主張と併せて、予備的に黙示の許諾の主張をも しているが、控訴人による本件発明10に係る本件特許権に基づく権利行使が許されるか どうかについては、これらを併せた観点から、判断を示す。)。  (2)物を生産する方法の発明に係る特許権の消尽 ア 物を生産する方法の発明の実施  特許法においては、物を生産する方法の発明の実施として、その方法の使用(特許法2 条3項2号)と、その方法により生産した物(以下、物を生産する方法の発明に係る方法 により生産された物を「成果物」という。)の使用、譲渡等(同項3号)が、規定されて いる。前者は、方法の発明一般について規定された実施態様であるが、後者は、物を生産 する方法の発明に特有の実施態様として規定されたものである。  物を生産する方法の発明に係る特許権の消尽については、上記の各実施態様ごとに分け て検討することが適切である。 イ 成果物の使用、譲渡等について  物を生産する方法の発明に係る方法により生産された物(成果物)については、特許権 者又は特許権者から許諾を受けた実施権者が我が国の国内においてこれを譲渡した場合に は、当該成果物については特許権はその目的を達したものとして消尽し、もはや特許権者 は、当該特許製品を使用し、譲渡し又は貸し渡す行為等に対し、特許権に基づく権利行使 をすることができないというべきである。なぜならば、この場合には、市場における商品 の自由な流通を保障すべきこと、特許権者に二重の利得の機会を与える必要がないことと いった、物の発明に係る特許権が消尽する実質的な根拠として判例(BBS事件最高裁判 決)の挙げる理由が、同様に当てはまるからである。  そして、(ア)当該成果物が製品としての本来の耐用期間を経過してその効用を終えた 後に再使用又は再生利用がされた場合(第1類型)、又は、(イ)当該成果物中に特許発 明の本質的部分に係る部材が物の構成として存在する場合において、当該部材の全部又は 一部につき、第三者により加工又は交換がされたとき(第2類型)には、特許権は消尽せ ず、特許権者は、当該成果物について特許権に基づく権利行使をすることが許されるもの と解するのが相当である。この点については、物の発明に係る特許権の消尽について前記 1(1)に判示したところがそのまま当てはまるものである。 ウ 方法の使用について  特許法2条3項2号の規定する方法の発明の実施行為、すなわち、特許発明に係る方法 の使用をする行為については、特許権者が発明の実施行為としての譲渡を行い、その目的 物である製品が市場において流通するということが観念できないため、物の発明に係る特 許権の消尽についての議論がそのまま当てはまるものではない。しかしながら、次の(ア) 及び(イ)の場合には、特許権に基づく権利行使が許されないと解すべきである。 (ア)物を生産する方法の発明に係る方法により生産される物が、物の発明の対象ともさ れている場合であって、物を生産する方法の発明が物の発明と別個の技術的思想を含むも のではないとき、すなわち、実質的な技術内容は同じであって、特許請求の範囲及び明細 書の記載において、同一の発明を、単に物の発明と物を生産する方法の発明として併記し たときは、物の発明に係る特許権が消尽するならば、物を生産する方法の発明に係る特許 権に基づく権利行使も許されないと解するのが相当である。したがって、物を生産する方 法の発明を実施して特許製品を生産するに当たり、その材料として、物の発明に係る特許 発明の実施品の使用済み品を用いた場合において、物の発明に係る特許権が消尽するとき には、物を生産する方法の発明に係る特許権に基づく権利行使も許されないこととなる。 (イ)また、特許権者又は特許権者から許諾を受けた実施権者が、特許発明に係る方法の 使用にのみ用いる物(特許法101条3号)又はその方法の使用に用いる物(我が国の国 内において広く一般に流通しているものを除く。)であってその発明による課題の解決に 不可欠なもの(同条4号)を譲渡した場合において、譲受人ないし転得者がその物を用い て当該方法の発明に係る方法の使用をする行為、及び、その物を用いて特許発明に係る方 法により生産した物を使用、譲渡等する行為については、特許権者は、特許権に基づく差 止請求権等を行使することは許されないと解するのが相当である。その理由は、〔1〕こ の場合においても、譲受人は、これらの物、すなわち、専ら特許発明に係る方法により物 を生産するために用いられる製造機器、その方法による物の生産に不可欠な原材料等を用 いて特許発明に係る方法の使用をすることができることを前提として、特許権者からこれ らの物を譲り受けるのであり、転得者も同様であるから、これらの物を用いてその方法の 使用をする際に特許権者の許諾を要するということになれば、市場における商品の自由な 流通が阻害されることになるし、〔2〕特許権者は、これらの物を譲渡する権利を事実上 独占しているのであるから(特許法101条参照)、将来の譲受人ないし転得者による特 許発明に係る方法の使用に対する対価を含めてこれらの物の譲渡価額を決定することが可 能であり、特許発明の公開の代償を確保する機会は保障されているからである(この場合 には、特許権者は特許発明の実施品を譲渡するものではなく、また、特許権者の意思のい かんにかかわらず特許権に基づく権利行使をすることは許されないというべきであるが、 このような場合を含めて、特許権の「消尽」といい、あるいは「黙示の許諾」というかど うかは、単に表現の問題にすぎない。)。  したがって、物を生産する方法に係る発明においては、特許権者又は特許権者から許諾 を受けた実施権者が、専ら特許発明に係る方法により物を生産するために用いられる製造 機器を譲渡したり、その方法による物の生産に不可欠な原材料等を譲渡したりした場合に は、譲受人ないし転得者が当該製造機器ないし原材料等を用いて特許発明に係る方法の使 用をして物を生産する行為については、特許権者は特許権に基づく差止請求権等を行使す ることは許されず、当該製造機器ないし原材料等を用いて生産された物について特許権に 基づく権利行使をすることも許されないというべきである。 (3)本件についての判断  そこで、本件において、上記のような観点から、国内販売分の控訴人製品に由来する被 控訴人製品について、物を生産する方法の発明である本件発明10に係る本件特許権の行 使が許されるかどうかについて検討する。 ア 本件発明10について  前記の「前提事実」(第2の2参照)と後掲証拠によれば、以下の事実が認められる。 (ア)本件発明10の特許請求の範囲  本件発明10の特許請求の範囲の記載及びこれを構成要件として分説した内容は、前記 の「前提事実」(第2の2(3)参照)に記載したとおりである。 (イ)本件明細書の記載(甲2)  本件明細書の「発明の詳細な説明」欄には、本件発明1について前述(1(2)イ)し たところに加え、本件発明10に関して、以下の記載がある。 a 発明が解決しようとする課題(段落【0014】)  加えて、本発明の他の目的は、上記液体収納容器の製造方法や、上記液体収納容器を利 用したインクジェットカートリッジ等の各発明を提供することである。 b 課題を解決するための手段(段落【0022】、【0025】)  また、本発明は、上述の液体収納容器の製造方法、容器の物流時等の形態としてのパッ ケージ、容器と記録ヘッドとを一体化したインクジェットヘッドカートリッジ及び記録装 置等を提供するものである。  本発明の他の形態の液体収納容器の製造方法(判決注、本件発明10の方法)は、互い に圧接する第1及び第2の負圧発生部材を収納するとともに液体供給部と大気連通部とを 備える負圧発生部材収納室と、該負圧発生部材収納室と連通する連通部を備えるとともに 実質的な密閉空間を形成するとともに前記負圧発生部材へ供給される液体を貯溜する液体 収納室と、前記負圧発生部材収納室と前記液体収納室とを仕切るとともに前記連通部を形 成するための仕切り壁とを有し、前記第1及び第2の負圧発生部材の圧接部の界面は前記 仕切り壁と交差し、前記第1の負圧発生部材は前記連通部と連通するとともに前記圧接部 の界面を介してのみ前記大気連通部と連通可能であるとともに、前記第2の負圧発生部材 は前記圧接部の界面を介してのみ前記連通部と連通可能であり、前記圧接部の界面の毛管 力が第1及び第2の負圧発生部材の毛管力より高い液体収納容器を用意する工程と、前記 液体収納室に液体を充填する第1の液体充填工程と、前記負圧発生部材収納室に、前記液 体収納容器の姿勢によらずに前記圧接部の界面全体が液体を保持可能な量の液体を充填す る第2の液体充填工程とを有することを特徴とする。 イ 進んで、本件において、本件発明10に係る本件特許権に基づく権利行使が許される かどうかについて判断する。 (ア)本件発明10は、その特許請求の範囲と本件発明1の特許請求の範囲とを比較すれ ば明らかなとおり、本件発明1の構成要件A〜Hを充足する液体収納容器(液体が充填さ れていない液体収納容器)を用意する工程(本件発明10の構成要件Aダッシュ〜Cダッ シュ、Eダッシュ〜Iダッシュ)と、本件発明1の構成要件K及びLを充足するように液 体を充填する工程(本件発明10の構成要件Jダッシュ、Kダッシュ)とを有することを 特徴とする液体収納容器の製造方法の発明である(本件発明10の構成要件Lダッシュ)。 また、液体の充填に関しては、充填すべき量について、負圧発生部材収納室に、液体収納 容器の姿勢によらずに圧接部の界面全体が液体を保持可能な量を充填すべきものとされて いる(構成要件Kダッシュ)ものの、充填の方法については、特許請求の範囲に何ら具体 的な記載はされておらず、本件明細書の「発明の詳細な説明」欄の記載によれば、公知の 方法を利用することができるとされている(前記1(2)イ(カ)、本件明細書段落【0 105】参照)。 (イ)まず、成果物の使用、譲渡等(前記(2)イ)についてみる。  控訴人製品が、本件発明10の技術的範囲に属する方法により、控訴人によって製造さ れ、控訴人及び控訴人の許諾を受けた者により販売されたことは、当事者間に争いがなく、 被控訴人製品が、丙会社により、上記控訴人製品のインク費消後の本件インクタンク本体 にインクを再充填するなどして製品化されたものであることは、前記1(2)オ認定のと おりである。したがって、前記(2)イのとおり、被控訴人が、本件発明10の成果物と しての被控訴人製品を譲渡する行為について、本件発明10に係る本件特許権に基づく権 利行使が許されるかどうかについては、物の発明である本件発明1に係る本件特許権が消 尽するか否かと同様に検討すべきである。  そうすると、前記1において判示したのと同様の理由により、本件発明10の成果物で ある控訴人製品が、当初に充填されたインクが費消されたことをもって、本件発明10の 成果物が製品としての本来の耐用期間を経過してその効用を終えたものとなる(第1類型) ということはできないが、本件発明10において、2個の負圧発生部材を収納し、その圧 接部の界面の毛管力が各負圧発生部材の毛管力よりも高い負圧発生部材収納室を備えた液 体収納容器を用意するという工程(構成要件Hダッシュ)及び液体収納容器がどのような 姿勢をとっても圧接部の界面全体が液体を保持することが可能な量の液体を充填するとい う工程(構成要件Kダッシュ)は発明の本質的部分を構成する工程の一部を成すものであ り、その効果は本件発明10の成果物である控訴人製品中の部材(本件発明1の構成要件 H及びKを充足する部材)に形を換えて存在するというべきところ、丙会社によって前記 工程により被控訴人製品として製品化されたことで、当該部材につき加工又は交換がされ た場合(第2類型)に該当するから、控訴人は、本件発明10に係る本件特許権に基づく 差止請求権等を行使することが許されるというべきである。 (ウ)次に、方法の使用(前記(2)ウ)についてみる。  丙会社による被控訴人製品の製品化の方法が本件発明10の技術的範囲に属することは、 当事者間に争いがない。また、上記(ア)によれば、本件発明10は、本件発明1に係る 液体収納容器を生産する方法の発明であって、インクを充填して使用することを当然の前 提とする液体収納容器に、公知の方法により液体を充填するというものであるから、本件 発明1に新たな技術的思想を付加するものではなく、これと別個の技術的思想を含むもの ではないと解される。そうすると、本件発明1に係る本件特許権が消尽するときには、本 件発明10に係る本件特許権に基づく権利行使も許されないこととなるが、本件発明1に 係る本件特許権が消尽しない以上、同様の理由により、丙会社が本件発明10の技術的範 囲に属する方法により生産した成果物である被控訴人製品について、控訴人が本件発明1 0に係る本件特許権に基づく権利行使をすることは許されるというべきである。  また、被控訴人製品は、上記のとおり、丙会社がインク費消後の控訴人製品を用いて、 これにインクを再充填するなどして製品化したものである。そうすると、丙会社による本 件発明10に係る方法を使用しての被控訴人製品の製造については、控訴人及び控訴人の 許諾を受けた者により販売された本件インクタンク本体が、製造機器ないし原材料等とし て用いられていると解することも可能であるが、控訴人製品は、前記第2の2(4)のと おり、本件発明1の技術的範囲に属するものとして、インクが充填された状態で販売され ているものであって、インクタンク製造のための製造機器ないし原材料等として販売され ているものではない。加えて、前述のとおり、本件発明10は、本件発明1に係る液体収 納容器を生産する方法の発明であって、本件発明1と別個の技術的思想を含むものではな いところ、本件発明10における「前記負圧発生部材収納室に、前記液体収納容器の姿勢 によらずに前記圧接部の界面全体が液体を保持可能な量の液体を充填する第2の液体充填 工程」(構成要件Kダッシュ)との点は、本件発明10の本質的部分の一つであるから、 丙会社がインクの費消された後の控訴人製品(本件インクタンク本体)に上記一定量のイ ンクを充填する行為は、単に控訴人等の販売に係る本件インクタンク本体にインクを再充 填する行為というにとどまらず、本件発明10のうち本質的部分に当たる工程を新たに実 施するものである。これらの点を考慮すれば、本件において、控訴人及び控訴人の許諾を 受けた者が本件発明10に係る方法を使用してのインクタンクの製造のための製造機器な いし原材料等を販売したということはできないから、控訴人が本件発明10に係る本件特 許権に基づく権利行使をすることが許されないということはできない。 ウ 結論  以上によれば、控訴人は、被控訴人に対し、本件発明10に係る本件特許権に基づき、 国内販売分の控訴人製品に由来する被控訴人製品の輸入、販売等の差止め及び廃棄を求め ることができる。 3 国外販売分の控訴人製品にインクを再充填するなどして製品化された被控訴人製品に ついて本件特許権に基づく権利行使をすることの許否 (1)物の発明に係る特許権について ア 特許権に基づく権利行使の許否  我が国の特許権者又はこれと同視し得る者が国外において特許製品を譲渡した場合、特 許権者は、譲受人に対しては、当該製品について販売先ないし使用地域から我が国を除外 する旨の合意をしたときを除き、譲受人から特許製品を譲り受けた第三者及びその後の転 得者に対しては、譲受人との間でその旨の合意をした上で特許製品にこれを明確に表示し たときを除き、当該製品を我が国に輸入し、国内で使用、譲渡等する行為に対して特許権 に基づく権利行使をすることはできないというべきである(BBS事件最高裁判決)。本 件において、国外で販売された控訴人製品については、譲受人との間で販売先又は使用地 域から我が国を除外する旨の合意はされていないし、その旨が控訴人製品に明示されても いないことは、前記第2の2(4)イのとおりである。したがって、国外で販売された控 訴人製品を使用前の状態で輸入し、これを国内で使用、譲渡等する行為は、本件特許権の 行使の対象となるものではない。  しかしながら、(ア)当該特許製品が製品としての本来の耐用期間を経過してその効用 を終えた後に再使用又は再生利用がされた場合(第1類型)、又は、(イ)当該特許製品 につき第三者により特許製品中の特許発明の本質的部分を構成する部材の全部又は一部に つき加工又は交換がされた場合(第2類型)には、特許権者は、当該特許製品について特 許権に基づく権利行使をすることが許されるものと解するのが相当である。その理由は、 国外での経済取引においても、譲受人が目的物につき自由に業として使用し再譲渡等をす ることができる権利を取得することを前提として、市場における取引行為が行われ、国外 での取引行為により特許製品を取得した譲受人ないし転得者が、業として、これを我が国 に輸入し、国内において、業として、これを使用し、又はこれを更に他者に譲渡すること は、当然に予想されるところであるが、〔1〕上記の使用ないし再譲渡等は、特許製品が その作用効果を奏していることを前提とするものであり、年月の経過に伴う部材の摩耗や 成分の劣化等により作用効果を奏しなくなった場合に譲受人ないし転得者が我が国の国内 において当該製品を使用ないし再譲渡することまでをも想定しているものではなく、また、 〔2〕特許製品につき第三者により特許製品中の特許発明の本質的部分を構成する部材の 全部又は一部につき加工又は交換がされた場合に譲受人ないし転得者が我が国の国内にお いて当該製品を使用ないし再譲渡することまでをも想定しているものではないから、特許 権者が留保を付さないまま特許製品を国外で譲渡したとしても、譲受人ないし転得者に対 して、上記の(ア)、(イ)の場合にまで、我が国において譲渡人の有する特許権の制限 を受けないで当該製品を支配する権利を黙示的に授与したと解することはできないからで ある。 イ 本件についての検討  国内販売分の控訴人製品に由来する被控訴人製品について判示した(前記1参照)のと 同様の理由により、国外販売分の控訴人製品に由来する被控訴人製品についても、当初に 充填されたインクが費消されたことをもって、特許製品が製品としての本来の耐用期間を 経過してその効用を終えた後に再使用又は再生利用がされた場合(第1類型)に該当する ということはできないが、丙会社によって構成要件H及びKを再充足させる工程により被 控訴人製品として製品化されたことで、特許製品につき第三者により特許製品中の特許発 明の本質的部分を構成する部材の一部につき加工又は交換がされた場合(第2類型)に該 当するということができる。  したがって、控訴人は、被控訴人に対し、本件発明1に係る本件特許権に基づき、国外 販売分の控訴人製品に由来する被控訴人製品の輸入、販売等の差止め及び廃棄を求めるこ とができる。 (2)物を生産する方法の発明に係る特許権について ア 控訴人は、丙会社が使用済みの国外販売分の控訴人製品を用いて被控訴人製品として 製品化する行為は、本件発明10を実施する行為であるから、当該行為により製品化され た被控訴人製品を我が国に輸入し、国内において販売する被控訴人の行為は、本件発明1 0に係る本件特許権を侵害すると主張する。  上記(1)において判示したとおり、国外販売分の控訴人製品に由来する被控訴人製品 については、控訴人は、本件発明1に係る本件特許権に基づき、輸入、販売等の差止め及 び廃棄を求めることができるから、国外販売分の控訴人製品に由来する被控訴人製品につ いて控訴人が本件発明10に係る本件特許権に基づく権利行使をすることができるかどう かを判断することは本来必要でないが、事案にかんがみ、この点についても判断を示すこ ととする。 イ 物を生産する方法の発明の実施態様のうち、まず、当該方法により生産された物(成 果物)の使用、譲渡等(特許法2条3項3号)について、検討する。  物を生産する方法の発明に係る方法により生産された物(成果物)については、我が国 の特許権者又はこれと同視し得る者が国外において成果物を譲渡した場合、特許権者は、 譲受人に対しては、当該成果物について販売先ないし使用地域から我が国を除外する旨の 合意をしたときを除き、譲受人から特許製品を譲り受けた第三者及びその後の転得者に対 しては、譲受人との間でその旨の合意をした上で成果物にこれを明確に表示したときを除 き、当該成果物を我が国に輸入し、国内で使用、譲渡等する行為に対して特許権を行使す ることはできないというべきである。なぜならば、この場合には、国際取引における商品 の自由な流通を尊重すべきことなど、物の発明に係る特許権について判例(BBS事件最 高裁判決)の挙げる理由が、同様に当てはまるからである。本件において、国外で販売さ れた控訴人製品については、譲受人との間で販売先又は使用地域から我が国を除外する旨 の合意はされていないし、その旨が控訴人製品に明示されてもいないことは、前記(1) アのとおりである。  しかしながら、(ア)当該成果物が製品としての本来の耐用期間を経過してその効用を 終えた後に再使用又は再生利用がされた場合(第1類型)、又は、(イ)当該成果物中に 特許発明の本質的部分に係る部材が物の構成として存在する場合において、当該部材の全 部又は一部につき、第三者により加工又は交換がされたとき(第2類型)には、特許権者 は、当該成果物について特許権に基づく権利行使をすることが許されるものと解するのが 相当である。この点については、物の発明に係る特許権について判示した理由(前記(1) ア参照)が、同様に当てはまるものである。  そして、本件については、物の発明に係る特許権について前記(1)イに判示したのと 同様の理由により、本件発明10の成果物である控訴人製品が、当初に充填されたインク が費消されたことをもって、製品としての本来の耐用期間を経過してその効用を終えたも のとなる(第1類型)ということはできないが、本件発明10において構成要件Hダッシ ュ及びKダッシュは発明の本質的部分を構成する工程の一部を成すものであり、その効果 は本件発明10の成果物である控訴人製品中の部材(本件発明1の構成要件H及びKを充 足する部材)に形を換えて存在するというべきところ、丙会社によって前記工程により被 控訴人製品として製品化されたことで、当該部材につき加工又は交換がされた場合(第2 類型)に該当するから、控訴人は、被控訴人に対し、本件発明10に係る本件特許権に基 づき、国外販売分の控訴人製品に由来する被控訴人製品の輸入、販売等の差止め及び廃棄 を求めることができる。 ウ 次に、物を生産する方法の発明の実施態様のうち、特許発明に係る方法の使用をする 行為(特許法2条3項2号)について判断する。   物を生産する方法の発明に係る方法により生産される物が、物の発明の対象ともされて おり、かつ、物を生産する方法の発明が物の発明と別個の技術的思想を含むものでない場 合において、特許権者又はこれと同視し得る者が国外において譲渡した特許製品について、 物の発明に係る特許権に基づく権利行使が許されないときは、物を生産する方法の発明に 係る特許権に基づく権利行使も許されないと解するのが相当である。本件発明10は、本 件発明1に係る液体収納容器を生産する方法の発明であって、インクを充填して使用する ことを当然の前提とする液体収納容器に、公知の方法により液体を充填するというもので あるから、本件発明1に新たな技術的思想を付加するものではなく、これと別個の技術的 思想を含むものではないと解されるが、本件発明1に係る本件特許権に基づく権利行使が 許される以上、控訴人が本件発明10に係る本件特許権に基づく権利行使をすることは、 許されるというべきである。  一方、特許権者又はその許諾を受けた実施権者が、特許発明に係る方法の使用にのみ用 いる物(特許法101条3号)又はその方法の使用に用いる物(我が国の国内において広 く一般に流通しているものを除く。)であってその発明による課題の解決に不可欠なもの (同条4号)を我が国の国内において譲渡した場合においては、譲受人ないし転得者がそ の物を用いて当該方法の発明に係る方法の使用をする行為、及び、その物を用いて特許発 明に係る方法により生産した物を使用、譲渡等する行為について、特許権者は、特許権に 基づく権利行使をすることは許されないというべきであるが(前記2(2)ウ(イ)参 照)、特許権者又はこれと同視し得る者がこれらの物を国外において譲渡した場合におい て、これらの物を我が国に輸入し国内でこれらを用いて特許発明に係る方法の使用をする 行為、及び、国外でこれらの物を用いて特許発明に係る方法により生産した物を我が国に 輸入して国内で使用、譲渡等する行為について、特許権に基づく権利行使をすることが許 されるかどうかは、判例(BBS事件最高裁判決)とは、問題状況を異にする。すなわち、 この場合には、国外での取引行為によりこれらの物を取得した譲受人ないし転得者が、国 内でこれらの物を用いて特許発明に係る方法の使用をし、あるいはこれらの物を用いて生 産した物を国内で使用、譲渡等することをも、特許権者が黙示的に許諾したと解すること ができるかどうかは、なお、検討を要する課題というべきである。しかし、本件において は、前記2(3)イ(ウ)のとおり、控訴人及び控訴人の許諾を受けた者が本件発明10 に係る方法を使用してのインクタンクの製造のための製造機器ないし原材料等を販売した ということはできず、前記検討課題の前提を欠くものであるから、その結論のいかんにか かわらず、控訴人は、被控訴人に対し、本件発明10に係る本件特許権に基づき、国外販 売分の控訴人製品に由来する被控訴人製品の輸入、販売等の差止め及び廃棄を求めること ができるというべきである。 4 結語  以上によれば、控訴人の請求はいずれも理由があるから、これを棄却した原判決を取消 し、控訴人の請求をいずれも認容することとして、主文のとおり判決する。なお、仮執行 の宣言は相当ではないので、これを付さないこととする。 知的財産高等裁判所特別部 裁判長裁判官 篠原 勝美    裁判官 塚原 朋一    裁判官 中野 哲弘    裁判官 三村 量一    裁判官 長谷川浩二