・東京地判平成18年2月27日  計装工業会講習資料事件:第一審  本件は、被告会社(高砂熱学工業株式会社)の従業員であった原告が、被告会社在職中 に、被告工業会(社団法人日本計装工業会)主催の講習において講師を務めた際、講習資 料として作成した資料(『平成12年度計装士技術維持講習』のうち「空調技術の最新動 向と計装技術」に係る資料)について著作権を有するとして、被告会社において、原告の 後任として上記講習の講師を務めた被告会社従業員をして、原告作成の上記資料の複製等 を行って別紙1記載の各講習資料(「13年度資料」および「14年度資料」)を作成さ せ、被告工業会において、複製された資料を配布するなどして、共同して、原告の著作権 (複製権、口述権)、著作者人格権(氏名表示権、同一性保持権)を侵害したと主張して、 被告らに対し、民法709条、710条及び719条に基づき、著作権(財産権)の侵害 による損害賠償、謝罪広告、被告工業会に対し、13年度資料および14年度資料の廃棄 等を求めた。これに対し、被告らが、原告作成の前記資料は、職務著作として被告会社が 著作者となり、原告は著作者ではない、職務著作でないとしても、その複製について、原 告の許諾を受けている等と主張して争った事案である。  判決は、「12年度資料は、被告会社の発意のもと、被告会社の業務従事者である原告 が、職務上作成したものであると認めることができるが、被告会社名義で公表されておら ず、公表されるべきものであったということもできないから、被告会社の職務著作とはい えず、被告会社がその著作者となるとは認められない」としながらも、「原告は、Bが被 告会社における職務として維持講習を行うに当たり、12年度資料を複製して、13年度 資料及び14年度資料を作成することを、黙示に許諾していたものと認めることができる」 とし、また「原告は、12年度資料について、少なくとも、原告の氏名を著作者名として 表示しないことを選択しているものと解される」として氏名表示権の侵害を否定し、さら に「そして、意に反するか否かは、著作者の立場、著作物の性質等から、社会通念上著作 者の意に反するといえるかどうかという客観的観点から判断されるべきであると考えられ る。そうすると、同一性保持権の侵害となる改変は、著作者の立場、著作物の性質等から、 社会通念上著作者の意に反するといえる場合の変更がこれに当たるというべきであり、明 らかな誤記の訂正などについては、そもそも、改変に該当しないと解されるところである」 として同一性保持権の侵害も否定し、原告の請求をすべて棄却した。 (控訴審:知財高判平成18年10月19日) ■争 点 (1) 12年度資料について、職務著作として被告会社が著作者となるか。(争点1) (2) 原告は、12年度資料の複製について許諾していたか。(争点2) (3) 被告らによる口述権侵害の有無(争点3) (4) 被告らによる氏名表示権侵害の有無(争点4) (5) 被告らによる同一性保持権侵害の有無(争点5) (6) 原告の損害(争点6) (7) 謝罪広告の可否(争点7) (8) 不当利得返還請求権の有無(争点8) ■判決文 第3 争点に対する判断 1 争点1(12年度資料について、職務著作として被告会社が著作者となるか。)につ いて  原告が12年度資料を作成したことは、当事者間に争いがない。被告らは、原告が、被 告会社の業務に従事する者として12年度資料を職務上作成したものであり、職務著作と してその著作者は被告会社となる旨主張するので、以下、12年度資料の作成経緯、内容 等の事実関係を検討した上、職務著作の成否を検討する。  (1) 事実認定 《中略》  (2) 職務著作の成否についての検討  被告会社において、従業員の作成した著作物について、当該従業員を著作者とする旨を 定めた勤務規則等がないこと、及び、原告の作成した12年度資料について、原告と被告 会社間で原告を著作者とする旨の契約が締結されたものでないことは、当事者間に争いが ない。そこで、12年度資料について、その作成が被告会社の発意によるものか、被告会 社の業務に従事する者(原告)が職務上作成したといえるか、被告会社名義で公表され、 又は、公表されるべきものであったかを検討した上、職務著作として被告会社が著作者と なるか否かについて判断する。  ア 被告会社の発意  (ア) 著作権法15条所定の職務著作が成立するためには、当該著作物が法人等の発意 に基づいて作成されたことが要件とされるところ、法人等の発意に基づくとは、当該著作 物を創作することについての意思決定が、直接又は間接に法人等の判断に係らしめられて いることであると解される。  (イ) この観点より検討すると、12年度資料は、以下のとおり、被告会社の発意に基 づいて作成されたものであると認められる。  すなわち、被告工業会の実施する維持講習の講師を務めることは、前記のとおり、被告 工業会から被告会社に対する依頼を受けて、被告会社において社外用務応嘱として人事部 長の承認を受けて行われるものである。平成12年度の維持講習の依頼に対する承認手続 は、平成10年度及び平成11年度の場合と同様、社外用務応嘱承認願の文書を提出して 行われており、同文書には、講演のテーマが明示されている。また、講習資料の作成は、 被告工業会から被告会社に対する講師派遣の依頼文書に記載された講習テキスト作成の依 頼に基づいて行われるものであり、前記社外用務応嘱承諾願にも、業務として、講習資料 を準備する必要があることが示されている。そして、講演のテーマは、「空調技術の最新 動向と計装技術」であり、原告が所属していた被告会社計装システム部の所掌業務に密接 に関連するものであるところ、同テーマや、維持講習の趣旨からすれば、講習資料につい ては、講師である原告の経験や、空調技術、計装技術の分野における最新動向に関する被 告会社内の資料等を素材として作成されることが予想される性質のものであると解される (10年度資料には、被告会社の社内資料が用いられており 、その内容は11年度資料及び12年度資料にも引き継がれているが、原告は、社内資料 使用について担当部署の了解を得た旨主張しており、被告会社内で維持講習の講習資料に 使用されることが了承されていたことが推認される。)。そして、原告が講師を務めるこ ととなった初年度である平成10年度においては、原告の上司であったDが、原告に対し、 被告工業会から被告会社に対する講習テキストの作成の依頼に基づき、期限までの講習資 料作成を指示している。  これらの事実によれば、維持講習のための講習資料作成は、被告会社において、維持講 習の講師を務めることとともに用務の一つとして認識され、その内容や性質についても検 討され、社外用務として承認されるということができる。したがって、被告会社が当該社 外用務を承認し、それを原告に伝えることをもって、講習資料作成についての被告会社の 判断がされたと解するのが相当であり、12年度資料の作成について、被告会社の発意を 認めることができる。  (ウ) 原告は、テーマの設定や講習資料の具体的な構成の選択に被告会社が関与するこ とはなく、社外用務応嘱承認願も原告自身が記載したものにDが押印をするのみで決裁に 付されるのであって、講習資料の創作についての企画をしているとはいえない旨主張する。  しかし、テーマの設定や講習資料の具体的な内容構成について、被告会社の関与や指示 がないとしても、テーマの内容や維持講習の趣旨から、講習資料の性質やそこに盛り込ま れる内容について想定できることは前記のとおりである。しかも、原告は、平成10年度 の維持講習時には、被告会社計装システム部の担当課長、平成11年度は同部の参事、平 成12年度は同部の担当部長の職にあった者であり(甲17、34、乙7の3、8の3、 9の2)、具体的な指示がなくともテーマに沿った内容の資料を作成することができる者 と被告会社内において認識されていたのは当然のことであるから、被告会社において、社 外用務として講習資料作成を行わせることが相当であるかを検討して、これを承認するこ とは、当該資料作成自体も被告会社の判断によるものであるということができる。したが って、原告の前記主張を採用することはできない。  イ 被告会社の業務従事者が職務上作成したものであること  (ア) 原告は、12年度資料の作成時、前記(1)オ(イ)のとおり、被告会社計装システ ム部の担当部長の職にあったものであり、被告会社の業務従事者であったということがで きる。  (イ) 前記(1)エ及びオのとおり、維持講習の講師を務める際には、被告工業会から被 告会社に対して、講習資料の作成と数回の講演実施を担当する講師として派遣依頼がなさ れ、被告会社内で社外用務応嘱として内容等が検討されて承認されるという手続が履践さ れており、社外用務として承認された場合には、勤務時間内にその業務を行うこと並びに 被告会社の人員及び機材を用いることが認められている。また、平成10年度の維持講習 において、原告が怪我による入院治療のために自ら講演できない事態となった際には、被 告会社の業務命令により、被告会社の他の従業員が原告に代わって講演を行っている。そ して、平成12年度の維持講習は、平成10年度、平成11年度と引き続いて、「空調技 術の最新動向と計装技術」をテーマとする本件講習を担当するものであったところ、同テ ーマの内容は、被告会社の業務と密接に関連するものである。さらに、前記(1)イのとお り、被告会社では総合職技術系従業員の2割前後の者が計装士の資格を有しており、計装 士が被告会社において業務上重要な資格と評価されているところ、計装士に5年ごとに受 講することが義務づけられている維持講習も、同様に、被告会社において重要なものと位 置づけられていたと解される。  これらのことからすれば、維持講習の講習資料作成は、講師として被告会社から派遣さ れる者の職務として行われるものであるということができ、原告においても同様であって、 12年度資料は、原告の職務上作成されたものと認めることができる。そして、このこと は、原告が、講習資料の作成に当たり、現実には、勤務時間外の時間をも費やしていたと しても、左右されるものではない。  ウ 公表要件  維持講習の講習資料集の体裁は、前記(1)ウ(ウ)のとおりであり、これによれば、12 年度資料には、講師名として原告の氏名が表示されるのみであり、著作名義については、 その表示がなされていないか、あるいは、講習資料集の表紙に表示されている被告工業会 の著作名義と解すべきであり、被告会社の著作名義で公表されたと認めることはできない。  この点、被告らは、12年度資料の表紙に講師名として原告の氏名が表示されているが、 被告会社の名称も付されており、被告会社が講習資料の内容について最終的な責任を負う ことが表示されているから、被告会社の著作名義と評価することができると主張するとと もに、仮に、講師としての表示が著作名義と評価できない場合には、著作名義を表示しな いことを選択したということができ、公表するとすれば被告会社の著作名義が表示される ことが予定されているものであるから、職務著作の公表要件を充足する旨主張する。  しかし、前記のとおり、12年度資料の表紙の講師名の記載は、講師と資料作成者とが 異なることもあり得ることからすれば、講習資料の著作者を示したものとは認め難いし、 加えて、講師名に付された被告会社の名称は、原告の所属する会社名を記載したにすぎな いものと理解されるのが通常であって、被告会社が講習資料の内容について最終的に責任 を負うことを表示したものと理解されるのは困難である。また、12年度資料は、被告会 社の著作名義を付することなく平成12年度の維持講習の講習資料集としてまとめられて 受講生に配布されており、既に公表されているのであって、被告会社の著作名義で公表さ れるべきものということもできない。したがって、被告らの主張は、いずれも採用するこ とができない。  エ 小括  以上からすれば、12年度資料は、被告会社の発意のもと、被告会社の業務従事者であ る原告が、職務上作成したものであると認めることができるが、被告会社名義で公表され ておらず、公表されるべきものであったということもできないから、被告会社の職務著作 とはいえず、被告会社がその著作者となるとは認められない。 2 争点2(原告は、12年度資料の複製について許諾していたか。)について  12年度資料は、前記1で検討したとおり、原告の著作物であると認められるところ、 被告らは、12年度資料を複製して13年度資料及び14年度資料を作成したことについ て、原告の許諾があった旨主張するので、以下検討する。  (1) 事実認定 《中略》  (2) 検討  (1)で認定した事実に、1(1)で認定した事実を併せて検討すると、原告は、Bが被告会 社における職務として維持講習を行うに当たり、12年度資料を複製して、13年度資料 及び14年度資料を作成することを、黙示に許諾していたものと認めることができる。  すなわち、前記のとおり、原告は、上司であるDからの指示を受けて、平成13年度か ら維持講習の講師をBと交替するとともに、Bに対し、12年度資料の原稿の電子データ を交付していること、原稿をBに交付すること自体も、Dにより、Bに引き継がせるもの として指示されたこと、維持講習のための講習資料作成は、同講習の講師を務めることと ともに、職務上なされたものであること、維持講習は5年間同一のテーマで行われ、その 間の講習資料の大幅な変更は予定されていないことが認められるところ、これらの事実に 加えて、12年度資料を単に参照するのみであれば、原告に原稿の電子データの交付を求 める必要はなく、原稿の引継ぎの指示に基づいて原告から何らの留保もなく電子データが 交付されたことからすると、原告においても、12年度資料の原稿を複製して平成13年 度以降の維持講習の講習資料を作成するものと認識していたと理解できる。これらのこと を併せて考慮すれば、原告において、Bが、職務上、13年度資料及び14年度資料を作 成するために、12年度資料を複製することを許諾していたと解するのが相当である。  さらに、原告は、平成13年11月、13年度資料の作成に関し、Bから10万円の交 付を受け、平成15年7月には、14年度資料の作成に関し、Bから再度10万円を受領 しており、また、原告は、13年度資料及び14年度資料を自己の著作物としてリストア ップするために、これらの資料の閲覧をBに要求した旨述べている(甲34)のであって、 これらの事情は、12年度資料の複製を2度にわたり許諾していたことと整合するもので ある。  原告は、12年度資料の電子データは参考に渡したのみであり、Bからの金員も資料貸 与料として受領したとして、複製の許諾はしていない旨主張する。  しかし、12年度資料を単に参考にするのであれば、既に印刷されたものを参照するこ とで足り、被告工業会から写しの交付を受けるなどの方法も考えられるから、Dが原告に 引継ぎを指示する必要がないことは、前記検討のとおりであるし、他の文献や資料などと 同様に12年度資料を参考にするためだけを目的として「貸与料」が支払われ、しかも、 それが、平成13年度及び平成14年度の2回にわたり、合計20万円も授受されること も極めて不自然であるから、原告の主張を採用することはできない(なお、原告が、その 後、被告会社と紛争を生じる段階に至って12年度資料の複製を許諾していないと述べる ことが、上記の認定判断を左右するものではないことは明らかである。)。  したがって、原告は、13年度資料及び14年度資料の作成について、12年度資料の 複製を許諾していたと認められるのであるから、13年度資料及び14年度資料は12年 度資料の複製物と評価できるものであるものの、これらの作成や交付は、12年度資料に ついての原告の複製権を侵害するものではないと認められる。 3 争点3(被告らによる口述権侵害の有無)について  原告は、被告らにおいて、平成13年度及び平成14年度の維持講習の際に、12年度 資料を複製した13年度資料及び14年度資料を、原告の許諾なく使用し、不特定多数又 は特定多数の公衆に対して口頭で伝達したものであり、原告の有する12年度資料を公に 口述する権利を侵害した旨主張する。  しかし、維持講習の講習資料は、講演の内容を示し、解説しているものではあるが、そ の性質上、内容が朗読等によって口述されるものではないのであって、同資料をもとに講 演をすることをもって、同資料を口述したということはできない(なお、13年度資料及 び14年度資料が、維持講習において実際に口述されたことを認めるに足りる証拠はな い。)。  したがって、被告らが13年度資料及び14年度資料を原告の許諾なく使用したか否か 等を検討するまでもなく、原告の主張する口述権の侵害は、到底認めることができない。 4 争点4(被告らによる氏名表示権侵害の有無)について  原告は、被告らにおいて、12年度資料を複製した13年度資料及び14年度資料を使 用した際、Bの氏名を表示して原告の氏名を表示しなかったものであり、原告の氏名表示 権を侵害した旨主張する。  しかし、前記1(2)ウにおいて検討したとおり、12年度資料の表紙に講師名として記 載されている原告の氏名の表示は、あくまでも当該維持講習の講師名を表示するものであ って、12年度資料の著作名義を表示するものとはいえず、氏名表示権の、著作者名を表 示するかしないかを選択する権利であるという側面からみた場合、原告は、12年度資料 について、少なくとも、原告の氏名を著作者名として表示しないことを選択しているもの と解される。そうすると、13年度資料及び14年度資料に講師名としてBの氏名を付す るとともに、その他は、12年度資料及び同資料を含む講習資料集と同様の表示をして、 平成13年度及び平成14年度の維持講習の講習資料集を作成し、使用することは、著作 者名を表示しないこととした原告の措置と同様の措置をとっていることになるから、著作 者名の表示に関する原告の当時の意思に反するものではなく、原告の氏名表示権を侵害す るものとはいえないと解するのが相当である。  したがって、原告の主張する氏名表示権の侵害は認められない。 5 争点5(被告らによる同一性保持権侵害の有無)について  (1) 13年度資料及び14年度資料における変更箇所  13年度資料及び14年度資料は、変更箇所一覧表の「13年度資料」、「14年度資 料」の各欄下線部分記載のとおり(ただし、変更箇所一覧表の番号11については、「※」 を付して示したとおり、記載内容は別添1及び2のとおりである。)、対応する「12年 度資料」欄の記載に変更を加えている(当事者間に争いはない。)。  (2) 検討  被告らは、前記(1)の変更箇所のうち、一部については、原告の創作に係るものではな く同一性保持権侵害を主張することができない部分であるか、又は、著作物の性質並びに の利用の目的及び態様に照らしてやむを得ないと認められるものであるとし、他の部分に ついても、同一性保持権の侵害となる改変ではない旨主張するので、以下、検討する。  ア 著作者の有する同一性保持権は、著作物が、著作者の思想又は感情を創作的に表現 したものであり、それによって、著作者に対する社会的な評価が与えられることから、そ の同一性を保持することによって、著作者の人格的な利益を保護する必要があるとして設 けられているものであり、「意に反してこれらの変更、切除その他の改変を受けないもの とする。」(著作権法20条1項)という文言でその趣旨が表現されているものと解され る。そして、意に反するか否かは、著作者の立場、著作物の性質等から、社会通念上著作 者の意に反するといえるかどうかという客観的観点から判断されるべきであると考えられ る。そうすると、同一性保持権の侵害となる改変は、著作者の立場、著作物の性質等から、 社会通念上著作者の意に反するといえる場合の変更がこれに当たるというべきであり、明 らかな誤記の訂正などについては、そもそも、改変に該当しないと解されるところである。  本件で同一性保持権侵害の有無が問題となっている12年度資料は、維持講習の「空調 技術の最新動向と計装技術」をテーマとする講習の資料であり、計装士の資格を有する者 に対して、講習内容についての事実を正しく伝え、また、関連する最新の情報を伝えると ともに、講演者の個性ではなく当該分野での経験に基づく専門知識を伝達することが期待 され、予定されている性質のものである。さらに、5年間同一のテーマで行われる維持講 習の資料であって、合綴されて講習資料集としてまとめられるという性質上、他の年度の 講習資料と分量的な差異がそれほど生じないようにすることも求められていると解される。 そして、次年度の資料作成のために複製が許諾される場合には、講演の時期に合わせた修 正がなされること、用語などについても、当該分野で一般的に用いられている最新のもの を選択することが求められているものである。以上に加えて、著作者である原告も、同様 に維持講習を受けた経験を有し、既に2年間維持講習の講師を務めているのであるから、 上記のような客観的事情を十分認識して、講習資料を作成したものであると推認される。  イ また、アで検討した事情は、同一性保持権侵害の例外として認められる「著作物の 性質並びにその利用の目的及び態様に照らしやむを得ないと認められる改変」(著作権法 20条2項4号)に該当するか否かにおいても、同様に考慮されるべきものであると解さ れる。  ウ そこで、このような、12年度資料についての性質、著作者である原告の立場を踏 まえ、個々の変更箇所について検討する。  (ア) 変更箇所一覧表の番号1  この部分は、目次の記載であり、目次の性質上、本文の内容を反映させるものであるか ら、この部分のみをもって改変であるということはできない。  そこで、対応する本文の変更部分についてみると、後記(イ)、(ウ)及び(ク)のとおり、 いずれも、同一性保持権を侵害するものではないから、目次の変更は、本文の変更に伴う やむを得ない改変に当たるというべきである。  (イ) 変更箇所一覧表の番号2  この部分の変更のうち、「ハセップ」から「ハサップ」への変更は、一般的な読み方を 示す言葉への置換えであり、「国際化・デジタル化」から「IT化」への変更についても、 より一般的に用いられている用語への置換えにすぎず(乙5の1〜5の3)、いずれも、 改変とはいえない。  13年度資料及び14年度資料の「空調計装分野では」から始まる段落部分の変更につ いては、抽象的、専門的な表現から、より平易な表現への置換えにすぎず(乙5の1〜5 の3)、また、14年度資料の「深化を更に」の追加変更については、単に表現を分かり やすくしたものにすぎず、同様に、改変とはいえない。  (ウ) 変更箇所一覧表の番号3  12年度資料の該当部分は、「電気と工事」1988年4月号(甲12)103ページ の「ゼロエミッションとCOP3」の一部を転載したもので、原告の創作に係る部分では ないから、原告において同一性保持権侵害を主張することはできない(なお、変更が加え られている13年度資料及び14年度資料の該当箇所の前半部分は、単に表現を平易にし たものであるし、後半部分は、環境対策に関する最新情報を盛り込んだものであり(乙5 の1〜5の3)、前記ア及びイで検討したとおり、12年度資料の性質、「空調技術の最 新動向と計装技術」をテーマとする本件講習の資料に用いるという利用の目的及び態様か ら、やむを得ない改変に当たると解されるのであるから、いずれにしても、同一性保持権 を侵害するものではない。)。  (エ) 変更箇所一覧表の番号4  この部分の変更は、地球温暖化に関する最新情報を盛り込んだものであり(乙5の1〜 5の3)、12年度資料の性質、「空調技術の最新動向と計装技術」をテーマとする本件 講習の資料に用いるという利用の目的及び態様から、やむを得ない改変に当たると解され、 同一性保持権を侵害するものではない。  (オ) 変更箇所一覧表の番号5  この部分の変更のうち、13年度資料及び14年度資料の「氷蓄熱システム製氷時と昼 間追い掛け運転時では…氷蓄熱では蓄熱率40%(蓄熱40+昼間追い掛け60=100) となる。」の部分及び「それぞれの方式の一般的な特徴としては、…最適なシステムを選 定することが肝要である。」の部分は、いずれも、当該分野における最新情報を加えたり、 説明事項を追加しているものであり(乙5の1〜5の3)、12年度資料の性質、「空調 技術の最新動向と計装技術」をテーマとする本件講習の資料に用いるという利用の目的及 び態様から、やむを得ない改変に当たると解され、同一性保持権を侵害するものではない。  その他の変更は、単に表現を平易にするものであり(乙5の1〜5の3)、改変には該 当しない。  (カ) 変更箇所一覧表の番号6  この部分の変更のうち、13年度資料及び14年度資料の「(1) CGSとは」の部分 の記載、「現在、CGSに使われている原動機には@ガスタービン、Aガスエンジン、B ディーゼルエンジン、C燃料電池などがある。一般的には、発電主体の小・中規模施設に はエンジンを」の部分、「他方最近では、…表3.1にマイクロガスタービンのラインナ ップを示す。」の部分及び表3.1は、いずれも当該分野における最新情報を盛り込んだ ものであり(乙5の1〜5の3)、12年度資料の性質、「空調技術の最新動向と計装技 術」をテーマとする本件講習の資料に用いるという利用の目的及び態様から、やむを得な い改変に当たると解され、同一性保持権を侵害するものではない。  その他の変更は、単に表現を平易にするものであり(乙5の1〜5の3)、改変には該 当しない。  (キ) 変更箇所一覧表の番号7  この部分の変更は、記述順序を変えて、重複する表現を一部省略したものであり(乙5 の1〜5の3)、改変とはいえない。  (ク) 変更箇所一覧表の番号8  この部分の変更は、「ハセップ」を「ハサップ」と変更するものであり、一般的な読み 方を示す言葉への置換えであるにすぎないから、改変には当たらない。  (ケ) 変更箇所一覧表の番号9  この部分の変更は、14年度資料についてのみ該当するところ、当該分野における最新 情報を加えたものであり(乙5の1、5の3)、12年度資料の性質、「空調技術の最新 動向と計装技術」をテーマとする本件講習の資料に用いるという利用の目的及び態様から、 やむを得ない改変に当たると解され、同一性保持権を侵害するものではない。  (コ) 変更箇所一覧表の番号10  この部分の変更は、空調設備と計装技術の整合性の確保に関して紹介する具体例を3つ から2つに減少させたものであるが、資料の一部に最新情報を追加したことなどに伴い、 資料全体のページ数を増やさないために行われたものである(乙5の1〜5の3)から、 12年度資料の性質、12年度資料と分量的にもそれほど差異がないものを作成すること が客観的に求められている本件講習の資料として作成するという利用の目的及び態様から、 やむを得ない改変に当たると解され、同一性保持権を侵害するものではない。  (サ) 変更箇所一覧表の番号11  この部分の変更は、当該分野における最新情報を盛り込んだものであり(乙5の1〜5 の3、16、17)、12年度資料の性質、「空調技術の最新動向と計装技術」をテーマ とする本件講習の資料に用いるという利用の目的及び態様から、やむを得ない改変に当た ると解され、同一性保持権を侵害するものではない。  (シ) 変更箇所一覧表の番号12  この部分の変更のうち、「ブロードバンド」の記載を追加した部分は、最新情報を追加 したものであり、その他の変更部分は、単に表現を平易にしたものにすぎず(乙5の1〜 5の3)、いずれも、改変とはいえない。  (ス) 変更箇所一覧表の番号13  この部分の変更は、いずれも、当該分野の最新情報を盛り込んだものであり(乙5の1 〜5の3)、12年度資料の性質、「空調技術の最新動向と計装技術」をテーマとする本 件講習の資料に用いるという利用の目的及び態様から、やむを得ない改変に当たると解さ れ、同一性保持権を侵害するものではない。  (セ) 変更箇所一覧表の番号14  この部分の変更のうち、13年度資料の「2)BACnetTM」における「しかし、現 時点においては…期待されている。」の部分並びに14年度資料の「2)BACnetTM」 における「しかし、現時点においては…実際の現場でも多数の施工事例が進行中である。」 の部分及び「3)その他」における「また、FA分野で使用されているINTOUCH、 FIX等のSCADA(Supervisory Control And Data Acquisition)ソフト+OPC (OLE for Process Control)技術によるオープンシステムをBA分野に利用する試みも 行われている。」の部分は、いずれも、当該分野の最新情報を盛り込んだものであり(乙 5の1〜5の3)、12年度資料の性質、「空調技術の最新動向と計装技術」をテーマと する本件講習の資料に用いるという利用の目的及び態様から、やむを得ない改変に当たる と解され、同一性保持権を侵害するものではない。  その他の変更部分は、単に表現を平易にしたものにすぎず(乙5の1〜5の3)、いず れも、改変とはいえない。  (ソ) 変更箇所一覧表の番号15  この部分の変更のうち、13年度資料の「2)SIの課題」「C国内にオープン化対応 品の品揃えが少ない」における「対応製品は日々増加しているが、今後国産品はもちろん 海外製品の輸入が増えたり、国内ベンダと海外ベンダの技術提携・業務提携などが増えた りして価格競争が進むことが予想される。」、「対応製品は、インバータや自動弁などで 開発が進みつつある。」、「また、LONMARK会員企業数は、2001年7月現在、 全世界で310社以上となっている。(http://www.lonmark.org 英語のウェブサイト)」 及び「BACnetまたはBAS標準インターフェース対応品は、メーカ各社で実際の製 品が出荷されつつあり今後一層製品ラインナップが増加するものと思われる。」の各部分 並びに14年度資料の「2)SIの課題」「Cオープン化対応品の品揃えがまだ少ない」 における「前述のエシェロン社のWebページなどに情報がある。対応製品は日々増加し ているが、今後国産品はもちろん海外製品の輸入が増えたり、国内ベンダと海外ベンダの 技術提携・業務提携などが増えたりして価格競争が進むことが予想される。」、「対応製 品は、インバータや自動弁などで開発が進みつつある。」、「また、LONMARK会員 企業数は、2002年6月現在、日本企業が23社、外国企業は270社以上となってい る。(http://www.lonmark.gr.jp/)」及び「BACnetまたはBAS標準インターフ ェース対応品は、多くの現場で施工中であり、今後一層製品ラインナップが増加するもの と思われる。」の各部分は、いずれも、当該分野の最新情報を盛り込んだものであり(乙 5の1〜5の3)、12年度資料の性質、「空調技術の最新動向と計装技術」をテーマと する本件講習の資料に用いるという利用の目的及び態様から、やむを得ない改変に当たる と解され、同一性保持権を侵害するものではない。  その他の変更部分は、単に表現を平易にしたものにすぎず(乙5の1〜5の3)、いず れも、改変とはいえない。  エ 小括  したがって、変更箇所一覧表記載の各変更部分については、いずれも、同一性保持権の 侵害とはならない。 6 争点8(不当利得返還請求権の有無)について  原告は、12年度資料の著作権を有するものであるから、被告らが、12年度資料を不 法に利用したことによって得た収益及び講師報酬は、不当利得となり、原告は、600万 円の不当利得返還請求権を有する旨主張する。  原告は、前記1で検討したとおり、12年度資料の著作権を有するものではあるが、前 記2ないし5で検討したとおり、自ら12年度資料の複製を許諾しており、被告らによる、 12年度資料について原告が有する著作権(複製権、口述権)、著作者人格権(氏名表示 権、同一性保持権)の侵害は認められないから、被告らにおいて、12年度資料の利用に より、法律上の原因なく利益を受けたとは到底認められず、その利益の内容等を検討する までもなく、原告の被告らに対する前記不当利得返還請求は認めることができない。  したがって、原告の主張を採用する余地はない。 7 まとめ  そうすると、他の点について論ずるまでもなく、原告の請求はいずれも理由がないこと になる。 第4 結論  以上の次第で、原告の請求は、いずれも理由がないから棄却することとし、主文のとお り判決する。 東京地方裁判所民事第29部 裁判長裁判官 清水 節    裁判官 山田 真紀    裁判官 東崎 賢治