・東京地判平成18年3月23日  「江戸考古学研究事典」事件:第一審  本件は、原告各絵画1〜4を描いた亡A(江戸風俗の研究家)が、被告(柏書房株式会 社)が発行する被告書籍(江戸遺跡研究会編『図説江戸考古学研究事典』)において、原 告各絵画を亡A に無断で複製し、原告絵画1については、その一部のみを切り取って使用 したのみならず、亡A の氏名を表示しなかったこと、及び、被告が、その後の交渉におい て不誠実な態度を取り、亡A に精神的苦痛を与えたとして、被告に対し、原告各絵画の著 作権侵害及び原告絵画1についての著作者人格権(同一性保持権及び氏名表示権)侵害に 基づく損害賠償請求として合計1231万1108円の支払並びに被告書籍の発行、販売 差止め等を求めた事案である。亡A は、本件訴訟係属中に死亡し、原告が本件訴訟を受継 した。  判決は、「模写作品に、原画制作者によって付与された創作的表現とは異なる、模写制 作者による新たな創作的表現が付与されている場合、すなわち、新たに思想又は感情を創 作的に表現することにより、これに接する者が原画の表現上の本質的特徴を直接感得する ことができると同時に新たに別な創作的表現を感得し得ると評価することができる場合に は、その模写作品は原画の二次的著作物として著作物性を有するものと解すべきである」 とした上で、「原告絵画2は、本件原画2における特徴的表現部分の一部をそのまま利用 しながら、その特徴的表現の他の部分を変更し、江戸時代の町人の風俗の再現を意図した 表現となっており、この点で新たに亡A による創作性が付与されているものと認められ、 原告絵画2は、本件原画2の二次的著作物として、その著作物性が認められるものである」 などとして、原告絵画2および3について著作物性を肯定し、その限りで差止および損害 賠償請求を肯定した。 (控訴審:知財高判平成18年9月27日) ■争 点 (1) 原告各絵画の著作物性(原告の主位的主張:争点1) (2) 原告各絵画の著作物性(原告の予備的主張:争点2) ア原画と模写作品の差異を前提とする模写作品の創作性(争点2−1) イ原告絵画1の著作物性(争点2−2) ウ原告絵画2の著作物性(争点2−3) エ原告絵画3の著作物性(争点2−4) オ原告絵画4の著作物性(争点2−5) (3) 被告書籍の販売等差止めの必要性(争点3) (4) 原告絵画1の著作者人格権侵害の成否(争点4) (5) 原告の損害(争点5) ■判決文 第4 当裁判所の判断 1 争点1(原告各絵画の著作物性・原告の主位的主張)について (1)ア 原告各絵画が、本件各原画を模写して作成されたことについては、当事 者間に争いがない。「模写」とは、「まねてうつすこと。また、そのうつ しとったもの。」(岩波書店「広辞苑」参照)を意味するから、絵画にお ける模写とは、一般に、原画に依拠し、原画における創作的表現を再現す る行為、又は、再現したものを意味するものというべきである。したがっ て、模写作品が単に原画に付与された創作的表現を再現しただけのもので あり、新たな創作的表現が付与されたものと認められない場合には、原画 の複製物であると解すべきである。これに対し、模写作品に、原画制作者 によって付与された創作的表現とは異なる、模写制作者による新たな創作 的表現が付与されている場合、すなわち、既存の著作物である原画に依拠 し、かつ、その表現上の本質的特徴の同一性を維持しつつ、その具体的表 現に修正、増減、変更等を加えて、新たに思想又は感情を創作的に表現す ることにより、これに接する者が原画の表現上の本質的特徴を直接感得す ることができると同時に新たに別な創作的表現を感得し得ると評価するこ とができる場合には、これは上記の意味の「模写」を超えるものであり、 その模写作品は原画の二次的著作物として著作物性を有するものと解すべ きである。 イ 機械や複写紙を用いて原画を忠実に模写した場合には、模写制作者によ る新たな創作性の付与がないことは明らかであるから、その模写作品は原 画の複製物にすぎない。また、模写制作者が自らの手により原画を模写し た場合においても、原画に依拠し、その創作的表現を再現したにすぎない 場合には、具体的な表現において多少の修正、増減、変更等が加えられた としても、模写作品が原画と表現上の実質的同一性を有している以上は、 当該模写作品は原画の複製物というべきである。すなわち、模写作品と原 画との間に差異が認められたとしても、その差異が模写制作者による新た な創作的表現とは認められず、なお原画と模写作品との間に表現上の実質 的同一性が存在し、原画から感得される創作的表現のみが模写作品から覚 知されるにすぎない場合には、模写作品は、原画の複製物にすぎず、著作 物性を有しないというべきである。 ウ 原告は、絵画彫刻においては、機械的模写でない限り、模写については 模写制作者による創作性が認められることは、模写制作の各過程(認識行 為と再現行為)において、それぞれ模写制作者の創作性が発揮されること からも明らかであるから、仮に原画と模写作品が酷似していても、常に創 作性が認められると主張する。  しかし、著作権法は、著作者による思想又は感情の創作的表現を保護す ることを目的としているのであるから、模写作品において、なお原画にお ける創作的表現のみが再現されているにすぎない場合には、当該模写作品 については、原画とは別個の著作物としてこれを著作権法上保護すべき理 由はないというべきである。したがって、原画と模写作品との間に表現上 の実質的同一性が存在する場合には、模写制作者が模写制作の過程におい てどのように原画を認識し、どのようにこれを再現したとしても、あるい は、模写行為自体に高度な描画的技法が採用されていたとしても、それら はいずれもその結果として原画の創作的表現を再現するためのものである にすぎず、模写制作者の個性がその模写作品に表現されているものではな い。  また、原告は、美術界における模写行為の創作性及びその芸術的意義を 強調し、尾形光琳と酒井抱一の各模写作品を比較検討し、その表現上の違 いから、尾形光琳らによる創作性の付与を指摘すると共に、尾形光琳の模 写作品は重要文化財として高く評価されているし、横山大観らも多くの模 写作品を残しているとも主張する。しかし、模写作品が二次的著作物とし て著作権法上の保護を与えられるべきか否かについては、個々の模写作品 毎に、著作権法に基づく法的な判断、すなわち、著作権法における著作物 性の概念を前提に判断されるべきであり、本件においては、本件各原画と 比べた原告各絵画の著作物性について論じれば足り、美術界において論じ られている模写行為の創作性及び模写作品の芸術的意義一般について論じ る必要性はないし、また、著名な画家が過去に制作した模写作品の著作物 性を本件において論じる必要性もない(尾形光琳と酒井抱一あるいは横山 大観の各模写作品の著作物性については、別途詳細に議論されるべき問題 であり、本件においては、本訴の訴訟物である原告各絵画の著作物性につ いて検討すべきである。)。原告各絵画が本件各原画の二次的著作物か複 製物にすぎないかは、本件各原画と原告各絵画を比較し、原告各絵画につ いて新たな創作的表現が付与されたと認められるか否かにより判断すべき である。  さらに、原告は、絵画を描くという造形と色彩による表現行為には、極 めて個性が現れやすいものであり、手描きのものであれば、その形象のう ちに個人的特性を有しているものと解してよいのであり、風景や人物など の「対象をそのままに写しとること」を目的とする写生と模写とは、模写 が過去の作品の主題や構図を対象としてとらえる点で、その対象が異なる にすぎないから、模写作品の創作性もまた、写生作品の創作性と同様に考 えることができる、と主張する。  確かに、多数の人が、同一の風景、人物あるいは静物を対象として写生 し、これを絵にすれば、構図の類似性があっても自ずから個性が表れるも のであり、それぞれのものが別個の著作物として保護されることは当然で ある。しかし、他人の著作物を模写して、その創作的表現を再現したにす ぎない模写作品については、著作権法上は、模写制作者により新たな創作 的表現が付与されていない限り、元の著作物の複製に該当するものと解す べきである。原告の主張は、他人の著作物の創作的表現をそのまま再現す る行為を新たな創作行為であると主張するものであり、風景や人物あるい は静物を対象としてこれを描写し、絵として描く行為と、他人の著作物を 模写し、その創作的表現を再現する行為とを同一に論じることはできない。 (2) 以上によれば、原告の主位的主張は採用することができない。 2 争点2(原告各絵画の著作物性・原告の予備的主張)について (1) 争点2−1(原画と模写作品の相違点を前提とする模写作品の創作性)に ついて  争点1において述べたとおり、模写制作者が自らの手により原画を模写し た場合においても、原画に依拠し、その創作的表現を再現したにすぎない場 合には、具体的な表現において多少の修正、増減、変更等が加えられたとし ても、その差異が模写制作者による新たな創作的表現とは認められず、なお 原画と模写作品との間に表現上の実質的同一性が存在し、原画から感得され る創作的表現のみが模写作品から覚知されるにすぎない場合には、当該模写 作品は原画の複製物というべきであり、また、模写作品に、原画制作者によ って付与された創作的表現とは異なる、模写制作者による新たな創作的表現 が付与されている場合、すなわち、新たに思想又は感情を創作的に表現する ことにより、これに接する者が原画の表現上の本質的特徴を直接感得するこ とができると同時に新たに別な創作的表現を感得し得ると評価することがで きる場合には、その模写作品は原画の二次的著作物として著作物性を有する ものと解すべきである。以下、同判断基準に基づいて、原告各絵画の著作物 性の有無について検討する。 (2) 争点2−2(原告絵画1の著作物性)について ア 本件原画1は、江戸時代の酒屋の店先において、酒屋の主人らしき老人 が、右手にほうきを持って店先に立ち、今にも店の外に逃げ去ろうと走り 出しながら右手を老人に向けて振り返っている店の小僧らしき人物を叱り つけようとするところを、番頭らしき人物が土間から老人をなだめて止め ようとしている様子を描いた浮世絵である。本件原画1においては、小僧 や番頭の首が肩にめりこみ、さらに前に突き出したように描かれており、 老人の顔も、前のめりに突き出したように描かれていることにより、酒屋 の店頭における主人の怒りとあわてて逃げ出す小僧の様子が躍動的に描か れているものといえる。また、本件原画1においては、同時に、江戸時代 の酒屋の店先の様子が細かく描写され、左の棚の上段には酒樽、菰樽が、 下段には桶や貧乏徳利が描かれ、天井には八間と呼ばれた照明が下がって いる様子や、格子の前に水の張った桶、ひしゃく、貧乏徳利が置かれ、座 敷には帳面や硯、筆が置かれている様子が描かれている(甲1)。 イ 原告絵画1は、江戸時代の商売の様子を描いた絵画とその解説文を掲載 した書籍に発表されたものであり、本件原画1の模写作品である。原告絵 画1においては、大きさや角度などの多少の相違はあるものの、本件原画 1と同様に、左の棚の上段には酒樽、菰樽が、下段には桶や貧乏徳利が描 かれ、天井には八間と呼ばれた照明が下がっている様子や、格子の前に水 の張った桶、ひしゃく、貧乏徳利が置かれ、座敷には帳面や硯、筆などが 置かれた様子が描かれている。人物については、登場人物である酒屋の主 人らしき老人、老人に怒られ逃げだそうとしている小僧及び老人をなだめ ようとしている番頭らしき人物の3人の配置、姿態、場面設定は本件原画 1と同一である。ただし、原告絵画1においては、本件原画1と比べ、老 人の腰の曲がり方をやや緩やかにし、右足や右ひじも緩やかに曲げるよう に描いているほか、本件原画1に見られた小僧や番頭の首が肩にめり込ん でいたり、怒り肩になっていた浮世絵に特徴的な誇張的表現を通常の首や 肩の表現に改め、さらに、小僧や番頭及び老人の顔の表情が本件原画1と はやや異なる表情で描かれている。なお、本件原画1には、「銭積」と題 する文章が記載されていたのに対し、原告絵画1には文章は記載されてい ない(甲1、19)。 ウ 本件原画1と原告絵画1を比較すると、浮世絵と筆書きという描写手段 は異なるものの、描かれている3人の人物の配置、姿態、場面設定は同一 であって、ほうきを持ち出して店頭に立ち、店外に駆けだして逃げ出そう とする小僧を今にも叱りつけようとする老人の主人を必死に止めようとす る番頭という、江戸時代の酒屋における店先の出来事を躍動的に描こうと した本件原画1の特徴的な表現部分をそのまま再現しているものというべ きであり、また、3人の登場人物の次に本件原画1の重要な特徴的表現で ある酒屋の店先の様子も、酒樽、菰樽、桶、貧乏徳利が置かれた棚や、八 間(照明)、格子とその前に置かれた水の張った桶、ひしゃく及び店内の 帳面や硯、筆などの小物類の配置及びその形状に至るまでほぼそのまま再 現しているものである。そして、本件原画1と原告絵画1との間に存する 上記差異は、両者を全体として比べてみた場合に、上記のような本件原画 1における特徴的表現がそのまま原告絵画1に再現されていることからす れば、細部における些細な差異にすぎず、この差異により原告絵画1に新 たな創作的表現が付与されたとみることはできない程度のものであるとい わざるを得ず、原告絵画1は、本件原画1と表現上の実質的同一性を有す るものというべきである。  原告は、描き手の眼の位置、画面の空間を決定する四辺の上の辺の位置、 棚板の延長線が外の桶と交錯するかどうか、中央の柱と樽、桶の垂直線と の位置関係などについて、本件原画1と原告絵画1との差異を指摘し、亡A による新たな創作性が付与されていると主張する。  しかし、原告が指摘する描き手の眼の位置や棚板の延長線と外の桶の位 置、中央の柱と樽、桶の垂直線との位置関係などは、本件原画1と原告絵 画1とを重ね合わせたり、補助線を引くことによって辛うじて判定し得る 程度のものであるにすぎず、両者を比較して、一見してその具体的差異を 認識し得るものではなく、また、両者間において、画面の空間を決定する 上の辺の位置に差があることを考慮しても、これにより原告絵画1に何ら かの創作的表現が付与されたものとは認めることもできない。  また、原告は、老人の腰の曲がり方やほうきを握る手の形が本件原画1 と原告絵画1においては異なるのみならず、本件原画1においては、小僧 と老人に右脇の番頭らしき人物の首が肩にめりこんでいるように描かれ、 両名について力強さを強調した浮世絵の描き方がなされているのに対し、 原告絵画1ではこれをより写実的に描いている点において、江戸時代の風 俗の再現を目指す亡A の創作性が発揮されているとも主張する。  しかし、原告絵画1は、上記のとおり、江戸時代における酒屋の店先で の出来事、すなわちほうきを持ち出して店頭に立ち、店外に駆けだして逃 げ出そうとする小僧を今にも叱りつけようとする老人の主人を必死に止め ようとする番頭という、江戸時代の酒屋における店先の出来事を躍動的に 描こうとした本件原画1の特徴的な表現部分をそのまま再現しているもの であり、原告絵画1における登場人物の顔や首、腰の曲がり方の本件原画 1との差異は、本件原画1において浮世絵独特の筆致で描かれていた当時 の町人の姿態に関する特徴的表現について、いずれも些細な変更を加えた ものにすぎず、亡A により新たな創作的表現が付与されたものとまで認 めることはできないというべきである。原告の主張はいずれも採用するこ とができない。 (3) 争点2−3(原告絵画2の著作物性)について ア 本件原画2は、「番頭空屋敷」と題する怪談を描いた浮世絵であり、右 下に描かれた古井戸から幽霊が飛び出した様子と、これを見て、前後に各 一つの木箱をつるして左肩に担いだ天秤棒のひもから驚きのあまり思わず 右手を離してしまった焼継師の姿が後方から描かれている。本件原画2に おいては、焼継師が幽霊に驚いた様子を表現するために、その首が肩にめ り込んだようにすくめて描かれているのと、驚きのあまり天秤棒のひもか ら右手を離している点が、焼継師に関する特徴的な表現部分である(甲2)。 イ原告絵画2は、江戸時代の物売りの様子を描いた絵画とその解説文を掲 載した書籍に発表されたものであり、焼継師の一般的な姿態を描くことを 目的として、本件原画2の幽霊や古井戸、文章部分を模写せず、その中の 焼継師の姿態のみを一部変更して描いたものである。すなわち、原告絵画 2においては、焼継師が幽霊に驚いて思わず天秤棒のひもから右手を離し てしまった様子や、その首を肩にめりこんだようにすくめた様子は表現さ れておらず(いずれも本件原画2における特徴的表現部分である。)、む しろ、あたかも江戸の町中を歩きながら後ろを振り返っているような焼継 師の様子を淡々と描いているだけであり、そのため、焼継師の右手は天秤 棒から右側の木箱をつるしたひもを掴み、また、本件原画2においてすく んだように描かれていた首は、すくんでいない状態に描かれているもので ある(甲20)。 ウ 本件原画2と原告絵画2は、いずれもともに天秤棒から二つの箱をつる して歩きながら後ろを振り向いている焼継師の後ろ姿が描かれている点で 共通する特徴的表現を有するものの、本件原画2においては、古井戸から 飛び出した幽霊に驚く焼継師の様子を描くという主題に基づいて、その右 手を天秤棒のひもから離した様子や首をすくめた様子を上記のように描い ている点がその特徴的表現の一つであるのに対し、原告絵画2においては、 江戸時代の町人の風俗や生活振りを描くために、焼継師が天秤棒に二つの 木箱をつるして普通に歩く様子を描写しているものであり、このため右手 及び首の具体的表現を上記のとおり変更したものである。したがって、原 告絵画2は、本件原画2における特徴的表現部分の一部をそのまま利用し ながら、その特徴的表現の他の部分を変更し、江戸時代の町人の風俗の再 現を意図した表現となっており、この点で新たに亡A による創作性が付 与されているものと認められ、原告絵画2は、本件原画2の二次的著作物 として、その著作物性が認められるものである。  被告は、本件原画2の主たる創作性は、幽霊を右斜め上に見上げた焼継 師の後姿をとらえた構図にあり、原告絵画2における右手の描き方などは その部分についての本件原画2の創作性を再製しなかっただけにすぎない などと主張する。  確かに、原告絵画2は、本件原画2における後ろを振り向いた焼継師の 姿態をそのまま利用していることは上記のとおりである。しかし、本件原 画2と原告絵画2との関係は、いずれも江戸時代の町民の日常生活の一端 を描いた本件原画1と原告絵画1との関係とは異なるものである。すなわ ち、本件原画2は、幽霊に驚く焼継師という怪談を描くことを主題として 表現された絵であるのに対し、原告絵画2は、亡A が江戸時代の風俗や 町人の様子を描くという観点から、本件原画2の焼継師が幽霊に驚いて天 秤棒のひもから右手を離した姿態や、幽霊に驚いて首をすくめている様子 などの特徴的表現部分を変更して描写したものであり、あたかも江戸の町 中を歩きながら後ろを振り返っているような焼継師の様子を淡々と描いて いるものであり、この点で亡A の考え方が創作的に表現されているもの というべきである。被告の上記主張は採用することができない。 (4) 争点2−4(原告絵画3の著作物性)について ア 本件原画3は、崇徳院の和歌(瀬をはやみ岩にせかるる滝川のわ れても末に逢はむとぞ思ふ)に基づいて、本来、町人が従事した焼継師 の仕事を崇徳院のような高貴な身分の者が従事しているという架空の様子 を描くと共に、崇徳院の和歌と焼継師の仕事とを掛け合わせた狂歌(岩に せく瀧の模様の瀬戸もののわれても末にあわすやきつぎ)とを組 み合わせた遊び画である。本件原画3には、まげを結い、ひげをはやした 高貴な人物が、薄笑いを浮かべながらあぐらをかき、割れた瀬戸物に筆で 焼継用の薬を塗っている様子及び割れた瀬戸物の破片が散らばっている様 子が正面から描かれている(甲3)。 イ 原告絵画3は、江戸時代の商売の様子を描いた絵画とその解説文を掲載 した書籍に発表されたものであり、江戸時代の焼継師の一般的な姿態を描 くことを目的として、本件原画3の狂歌部分を模写せず、焼継師の姿及び 割れた瀬戸物の破片が散らばっている様子を抜き描きしたものである。ま た、本件原画3では、高貴な身分の者が焼継作業に従事しているが、原告 絵画3では、江戸時代の町人の風俗を再現するため、焼継師のまげを町人 の形に描き直し、ひげも描いていない(甲3、19)。 ウ本件原画3と原告絵画3を比較すると、いずれも正面からあぐらをかい て作業をしている焼継師の姿及び割れた瀬戸物の破片が散らばっている様 子などが描かれている点でその特徴的表現部分において共通するものの、 本件原画3では、高貴な者が焼継をするという狂歌の場面を主題として高 貴な人物が描かれているのに対し、原告絵画3においては、江戸時代の町 人の風俗を再現するため、町人である焼継師を描いており、この点で、本 件原画3における特徴的表現を変更した表現となっているものである。し たがって、原告絵画3は、本件原画3の特徴的表現の一部を再現しながら、 新たに亡A による創作的表現が付与されているものであり、本件原画3 の二次的著作物として著作物性が認められるものである。  被告は、創作性の有無については、原画制作者の主観を考慮すべきでは なく、本件原画3の主たる創作部分は、焼継師の作業の姿形であるから、 それをそのまま模倣した原告絵画3に新たな創作性の付与がないことは明 白であるし、まげやひげの変更も、焼継の仕事を町人がするというありふ れた設定に変更したことに基づく些細な変更にすぎないなどと主張する。 確かに、原告絵画3は、本件原画3における焼継師の作業の姿形をその まま利用していることは上記のとおりである。しかし、本件原画3と原告 絵画3との関係は、いずれも江戸時代の町民の日常生活の一端を描いた本 件原画1と原告絵画1との関係とは異なるものである。すなわち、本件原 画3は、高貴な者が焼継師に従事しているという狂歌と組み合わせた遊び 絵であるのに対し、原告絵画3は、江戸時代の町人の風俗やその生活振り を描くという目的から、町人の焼継師を描いたものであり、焼継の仕事を している焼継師の様子を淡々と描いているものであることは上記のとおり であり、この点で亡A の思想が創作的に表現されているものというべき である。被告の上記主張は採用することができない。 (5) 争点2−5(原告絵画4の著作物性)について ア 本件原画4は、月夜の晩に、家の座敷で三味線を弾く男性と、子供をあ やしている女性の間に、蚊を追い払うために置かれた「蚊遣り」(蚊いぶ し)と蚊遣りから立ち上る煙、松葉の入った籠、うちわ、徳利などが置か れたお盆などが描かれた浮世絵である(甲4)。 イ 原告絵画4は、本件原画4から蚊遣り、蚊遣りから立ち上る煙、松葉の 入った籠のみを描いた模写作品であり、江戸風俗に関する絵画とその解説 文を掲載した書籍に発表されたものである(甲21)。 ウ 本件原画4において描かれた蚊遣りや煙、松葉の入った籠と原告絵画4 を比較すると、原告絵画4は、江戸時代の家族団らんを描いた本件原画4 において背景の小道具としてその形状が明確に描かれていた日用品を、単 に、江戸時代の日用品を紹介する目的で、描いたにすぎないものというべ きであって、煙の流れの描き方や籠の配置に多少の差異が見られるものの、 これらの差異は、本件原画4が浮世絵であり、原告絵画4が画筆で描かれ ていることによる差異以上のものとは認められず、原告絵画4については、 本件原画4に描かれている蚊遣りと松葉の入った籠について、亡A によ り新たな創作的表現が付与されたものとは認められない。よって、原告絵 画4は、本件原画4に描かれている蚊遣りと松葉の入った籠と表現上の実 質的同一性の範囲内のものであるといわざるを得ず、これを亡A により 創作された二次的著作物と認めることはできない。 (6) 以上によれば、原告絵画2及び3は、本件原画2及び3の単なる模写作品 ではなく、これに亡A による創作的表現が付与された二次的著作物と認め られるものの、原告絵画1及び4については、本件原画1及び4の模写の範 囲を超えて、これに亡A により創作的表現が付与された二次的著作物であ ると認めることはできず、本件原画1及び4の複製物にすぎないものといわ ざるを得ない。  被告が被告書籍を平成13年4月25日ころ発行するに当たり、亡A か らの使用許諾を得ることなく原告絵画2及び3を被告書籍に複製してこれを 掲載したことについては当事者間に争いがないから、被告は、亡A が有し ていた原告絵画2及び3についての著作権(複製権)を侵害したものと認め られる。 3 争点3(被告書籍の販売等差止めの必要性)について (1) 被告書籍の販売等差止めの必要性について  被告が原告絵画2及び3の著作物性を争っていることを考慮すると、将来、 原告絵画2及び3の複製物を掲載したまま、被告書籍を販売し、頒布し、あ るいは増刷発行するおそれがあることを否定することはできない。  被告書籍は、本文459頁、並びに、江戸遺跡資料、江戸遺跡参考文献及 び索引120頁で構成されており、原告絵画2及び3の複製物は、被告書籍 の258頁下欄に掲載されている(検甲1)。このように、被告書籍におい て、原告の著作権を侵害する部分は全体のうちの1頁にすぎない。しかし、 被告書籍は、上記各頁がハードカバーで一体として製本されており、被告書 籍をこのまま販売又は頒布し、あるいは増刷発行すれば、原告絵画2及び3 について原告が有する著作権の侵害を不可避的に伴うものである。また、被 告は、原告絵画2及び3の著作物性を争っており、被告からは、本件口頭弁 論終結時までに、被告書籍中、上記頁を削除して被告書籍を販売又は頒布し、 あるいは増刷発行する予定であるなどの主張、立証も全くない。  以上からすれば、被告は、原告絵画2及び3の複製物を掲載した被告書籍 を販売又は頒布し、あるいは増刷発行するおそれがあり、この被告の行為は、 不可避的に原告の著作権を侵害するものであるから、同被告書籍の販売、頒 布又は増刷発行の差止めを求める原告の請求は理由がある。なお、原告絵画 2及び3の複製物を掲載した部分を廃棄した被告書籍については、その増刷、 販売、頒布の差止めを認める理由はないから、原告の差止め請求は、主文第 1項掲記の限度で認めることとする。 (2) 在庫の廃棄請求について  被告書籍は、本文459頁及び索引そのほか120頁で構成されており、 原告絵画2及び3の複製物が被告書籍の258頁下欄に掲載されていること は上記のとおりである。原告は、被告書籍全体の廃棄を求めているものの、 原告の著作権を侵害するのは上記頁だけであるから、著作権侵害行為の停止 又は予防に必要な措置としては、被告書籍の上記頁中、原告絵画2及び3を 複製して掲載した部分の廃棄を認めることで十分であり、被告書籍全体の廃 棄を認める必要はない。 4 争点4(原告絵画1の著作者人格権侵害の成否)について  争点2−2において先に述べたとおり、原告絵画1は著作物性を有しないの であるから、亡A による著作物とみることはできず、したがって、原告絵画 1について著作者人格権侵害もまた、成立しない。 5 争点5(原告の損害)について (1) 著作権侵害に基づく損害賠償請求について  被告は、前記のとおり、平成13年4月25日ころ、亡A の使用許諾を 得ないまま、過失により、原告絵画2及び3を掲載した被告書籍を発行した。 原告各絵画の使用料金は、事前に許諾を求めてきた者について、1作品1 回当たり2万2222円である(甲34)。また、亡Aは、これまで、亡A が描いた模写作品の無断複製行為に対しては、原則として上記料金の3倍額 である6万6666円をペナルティとして請求し、これを受領していた(甲 35、36)。  上記の事情を総合すれば、亡A は、事前に使用許諾を求めてきた者に対 しては本来の使用料相当額よりも低い金額(1作品1回当たり2万2222 円)で使用許諾し、無断使用については本来の使用料相当額よりも高い金額 で使用許諾していたものと認めるのが相当であるから、本件においては、著 作権法114条3項の「著作権・・・の行使につき受けるべき金銭の額」は、 原告絵画2及び3それぞれにつき、4万4444円であると認めるのが相当 である。したがって、被告の著作権侵害行為により亡A に生じた使用料相 当の損害額は、8万8888円となる。 (計算式) 4万4444円×2点(原告絵画2及び3)=8万8888円 (2) 著作権侵害に基づく慰謝料請求について ア 証拠(甲8〜14)及び弁論の全趣旨によると、亡A と被告との間の 事前交渉について、以下の各事実が認められる。 a) 原告は、被告書籍に原告各絵画が使用されていることを発見し、平成 17年2月23日、亡A を代理して、被告に電話で申入れをしたとこ ろ、同日、被告社員であるC(以下「C」という。)が、亡A 宅を訪問 した。原告は、C に対し、@被告は、原告各絵画を無断使用したのであ るから、被告における通常の使用料金は基準にしないでほしい、A無断 使用について途中で気づきながら、被害者から申入れがなければそのま ま放置しておくという態度は不誠実極まりなく、このことを踏まえて、 誠意をもって慰謝する金額を明示してもらいたい旨申し入れたところ、 C は会社に持ち帰って検討し、後日、返事をする旨回答した(争いがな い)。 b) 原告は、同年3月9日、被告の常務取締役D(以下「D」という。) と面談した。D は、原告各絵画の使用について、17万7776円を支 払うと提案したが、原告は、無断使用であるから通常使用料の3倍を請 求するなどとして、合計33万3333円を請求した。D は、会社に持 ち帰り検討したいので、もう一度、話合いの場を持ちたいと提案したと ころ、原告はこれを承諾した(争いがない)。 c) 原告は、同月22日までの間、被告から連絡がなかったので、同日、 被告に電話で問い合わせをして、翌日に連絡するように伝えた(争いが ない)。 d) Dは、同月23日、原告に対し、電話で被告の回答を伝えたところ、 原告は、被告の回答には同意できなかったので、弁護士に委任して交渉 する旨申し入れた(争いがない)。 e) 亡Aは、同月30日、被告に対し、@被告と被告書籍の著作者連名 による謝罪文の交付、A被告ウェブサイトにおける謝罪広告、B被告書 籍の出荷停止、回収、裁断処分等、C31万1108円の損害賠償金の 支払いを求める通知書を送付した。同通知書には、新橋玉木屋事件を解 説した論文の一部が添付されており、「なお、通知人は、以前、画集『定 本江戸商売図絵』の絵画を無断盗用されたことがあり、加害者が誠意あ る対応を取らなかったため、訴訟の結果、加害者の敗訴判決がNHKの 全国ニュースで放送され、不幸にして、その社名は著作権の著名な事件 名として永遠に刻まれることになりましたので、参考にして下さい。」 と記載されていた(甲8)。 f) 被告は、同年4月5日、亡Aに対し、@被告が本件書籍において原 告各絵画を複製して掲載したこと、A原告絵画1について亡A の氏名 を表示していないこと、B原告絵画1の複製に際し、その一部のみに限 定したことは認めるが、C原告各絵画は本件各原画の複製にとどまるも のであり、亡A の創作性が付加されていないため、いずれも著作物で はないから、被告が原告各絵画の著作権を侵害していることを前提とす る亡A の請求には応じられない旨回答した(甲9)。 g) 亡Aは、同年4月7日、被告に対し、@誠実な交渉が可能であれば 交渉による解決を検討するが、そのためにはプロの画家である亡A の 不信感、憤りについて被告が理解する必要があること、A江戸時代の研 究では老舗である被告が、原告各絵画が本件各原画の複製にすぎないと 認識したのであれば、むしろ本件各原画を使用するほうが、紛争のおそ れもない、B亡A の見解については、近日中に回答する旨記載したフ ァックスを送信した(甲10)。 h) 亡Aは、同年4月20日、被告に対し、「当方の見解」と題する書面 を送付した(甲11)。同書面には、@ガラス板を置いて丹念に技術的 に模写するだけのような「機械的模写」でない限り、模写作品には模写 制作者の個性=創作性が認められる、A亡A は、日本美術の伝統を持 ちつつ、それに写実性を加えることによって近代化することを企図して いる、B写実性の基本問題として、「対象に対する描き手の視点=眼の 位置」の問題があり、創作性の付与が認められない機械的模写では、眼 の位置が同一となるが、原告絵画1と本件原画1を比較すると、対象に 対する描き手の眼の位置が異なる、C原告各絵画と本件各原画には、種 々の相違点が認められることなどからすると、原告各絵画は、機械的模 写ではなく、亡A による創作性が付加された新たな著作物であるから、 被告が原告各絵画の著作物性を認めるのであれば最終的な解決に向けて 交渉するが、認めないのであれば、亡A による詳細な説明にもかかわ らず不当に訴訟を強いられたことについて、相当額の損害賠償を請求す る旨記載されていた(甲11)。 i) 被告は、同月28日、亡Aに対し、@複製とは、既存の著作物に依拠 し、その内容及び形式を覚知させるに足りるものを再製することをいう のであるから、機械的模写のみならず、原著作物に修正や増減があった としても、それが新たな創作性の付与といえず、かつ、原著作物の本質 的要素の同一性が維持されている場合には、模倣にすぎず、複製に当た る、A絵画の同一性判断は、模写対象、対象の巨視的な形態、細部の形 態、色彩、線の太い細い、画風等を総合した実質的な同一性が問題とな るのであって、手法が機械的複製か否かにより判断されるものではない と回答した上で、さらに、同年5月10日、亡A が指摘した原告各絵 画と本件各原画の相違点については、いずれも例えば視点の差などの理 由から生じたものではなく、本件各原画の本質的部分をすべて模倣した 上で、些細な部分を意識的に本件各原画と異なるものにしたにすぎなか ったり、本件各原画の特徴を削り取り、ありふれた姿勢に変更したにす ぎなかったり、わずかな違いにすぎなかったりすることから、いずれも 亡A の創作性が付与されているものではなく、原告各絵画は本件各原 画の複製に該当し、著作物性を有しないと回答した(甲12、13)。 j) 亡Aは、同年5月11日、被告の回答には良識がないとして、交渉を うち切った(甲14)。 イ 本件において侵害された亡A の権利は、財産権である著作権(複製権) であり、上記認定の交渉経緯について、被告による原告絵画2及び3の著 作権侵害行為があったことを前提としてみても、これにより、原告の人格 的利益が著しく侵害されたとまでは認められず、被告の不法行為によって 原告に生じた損害については、財産的損害の賠償により回復されることに 照らせば、これに加えて慰謝料請求を認める必要があるものとはいえない。 原告は、被告は、原告各絵画の著作権侵害行為を行ったのみならず、当 初は著作権侵害を認めて謝罪しておきながら、その後においては新橋玉木 屋事件で既に解決済みの模写作品の著作物性という争点を蒸し返して開き 直り、亡A の画家としての業績・存在を正面から否定するに等しい主張 をするなど、不誠実極まりない対応をしたなどと主張する。 しかし、仮に被告が当初は謝罪していたとしても、交渉の過程において、 後になって法的反論を試みることが許されないものではない。新橋玉木屋 事件は、同事件の原告が亡A であり、審理の対象が江戸時代の浮世絵の 模写作品であったことこそ本件訴訟と同様であるものの、本件訴訟とは被 告も、対象となった模写作品もそれぞれ異なるのであるから、新橋玉木屋 事件における裁判所の判断が、原告各絵画の著作物性について被告が争う ことを禁止するものではない。原告の主張は、原告の主張を被告が認めな かったことに対する不満を意味するにすぎず、交渉過程において、相手方 の主張を認めなかったことが常に不誠実な対応と評価されるのであれば、 交渉における自由な議論が成立しないことは自明のところである。本件各 証拠によっても、被告が反論に名を借りて殊更亡A を誹謗中傷したり、 侮辱的表現や著しく不適切な表現を用いたことを認めるに足りる証拠はな い。原告各絵画の著作物性を争うことと、亡A の江戸風俗研究家及び画 家としての業績を否定することとは、その性質上、明らかに別な事柄であ って、前記認定事実によれば、被告の交渉態度を不誠実であると評価する ことはできない。 (3) 弁護士費用について 本件における原告の請求の内容、事案の性質、訴訟に至った経緯、難易度、 審理経過など、そのほか一切の事情を総合考慮すれば、被告による著作権侵 害行為と相当因果関係があるものとして被告に負担させるべき弁護士費用と しては、20万円をもって相当と認める。 第5 結論  以上によれば、原告の請求は、被告に対する原告絵画2及び3を使用して被 告書籍を販売することの差止め及び被告書籍の原告絵画2及び3の掲載部分の 廃棄並びに損害金合計28万8888円及びこれに対する著作権侵害行為(平 成13年4月25日ころの被告書籍の発行)の後であることが明らかな訴状送 達の日の翌日である平成17年6月7日から支払い済みまで年5分の割合に基 づく遅延損害金の支払を求める限度において理由があり、その余の請求は、い ずれも理由がないから、これを棄却する。 よって、主文のとおり、判決する。 東京地方裁判所民事第46部 裁判長裁判官 設樂隆一    裁判官 鈴木千帆    裁判官 荒井章光