・東京地判平成18年3月31日  小学生用国語テスト事件:第一審  本件は、小学生用国語教科書に掲載された著作物の著作権者である原告らが、 上記著作物を掲載した国語テストを製作販売した被告らに対し、同国語テスト を製作販売する行為は、原告らの上記著作物に対する複製権及び著作者人格権 (同一性保持権、氏名表示権)を侵害すると主張して、被告らに対し、それぞ れ、主位的に、複製権及び著作者人格権(同一性保持権、氏名表示権)侵害を 理由とする不法行為に基づく損害賠償を求め、同請求権が時効消滅した場合に は、予備的に、法律上の原因なくして使用料相当額の支払を免れたと主張して、 不当利得の返還を求めた事案である。  判決は、「被告らが、本件各著作物を本件国語テストに複製することは、著 作権法36条1項所定の「試験又は検定の問題」としての複製に当たるもので はない」として複製権侵害を肯定し、一部については同一性保持権および氏名 表示権侵害を肯定した上で、損害賠償請求および不当利得返還請求を一部認容 した。 (控訴審:知財高判平成18年12月6日) ■判決文 第4 争点に対する判断 1 争点(1)(訴えの追加的変更の許否)について 《中略》 3 争点(2)(著作権法36条1項該当性)について (1) 著作権法36条1項所定の「試験又は検定の問題」の意義  公表された著作物は、入学試験その他人の学識技能に関する試験又は検定 の目的上必要と認められる限度において、当該試験又は検定の問題として複 製することができ(著作権法36条1項)、また、営利を目的として前記複 製を行う者は、通常の使用料の額に相当する額の補償金を著作権者に支払わ なければならない(同条2項)。これらの規定は、入学試験等の人の学識技 能に関する試験又は検定にあっては、それを公正に実施するために、問題の 内容等の事前の漏洩を防ぐ必要性があるため、あらかじめ著作権者の許諾を 受けることは困難であること、そして、著作物を上記のような試験又は検定 の問題として利用したとしても、一般にその利用は著作物の通常の利用と競 合しないと考えられることから、試験又は検定の目的上必要と認められる限 度で、かつ、著作物を試験又は検定の問題として複製するについては、一律 に著作権者の許諾を要しないものとするとともに、その複製がこれを行う者 の営利の目的による場合には、著作権者に対する補償を要するものとして、 利益の均衡を図る趣旨であると解される。  そうすると、試験又は検定の公正な実施のために、その問題としていかな る著作物を利用するかということ自体を秘密にする必要性があり、そのため に当該著作物の複製についてあらかじめ著作権者から許諾を受けることが困 難である試験又は検定の問題でない限り、著作権法36条1項所定の「試験 又は検定の問題」としての複製に当たるものということはできないと解され る。 (2) 本件国語テストの著作権法36条1項所定の「試験又は検定の問題」該 当性  前記2(1)及び(2)で認定した本件国語テストの性質及び本件国語テストに おける本件各著作物の取扱いの状況からすれば、本件各教科書に掲載されて いる本件各著作物が本件国語テストに利用されることは、当然のこととして 予測されるものであるから、本件国語テストについて、いかなる著作物を利 用するかということについての秘密性は存在せず、そうすると、そのような 秘密性のために、著作物の複製について、あらかじめ著作権者の許諾を受け ることが困難であるような事情が存在するということはできない。  よって、被告らが、本件各著作物を本件国語テストに複製することは、著 作権法36条1項所定の「試験又は検定の問題」としての複製に当たるもの ではない。 (3) 被告らの主張について  被告らは、著作権法36条1項所定の「試験又は検定の問題」は厳格な秘 密性が求められない校内試験や予備校等が行う模擬テスト等を想定してお り、入学試験に類するものに限られないと主張する。学校内での中間試験、 期末試験や予備校等が行う模擬試験等に同項所定の「試験又は検定の問題」 に当たるものがあるとしても、それは、上記認定の同条の趣旨からすると、 試験又は検定の公正な実施のために、その問題としていかなる著作物を利用 するかということ自体を秘密にする必要性があり、そのために当該著作物の 複製についてあらかじめ著作権者から許諾を受けることが困難であるものに 限られるというべきであるから、本件国語テストについての上記判断を覆す に足りない。  また、被告らは、国語教育においては、児童の学習到達度を測定する手段 として、教科書掲載著作物を対象としたテストを行う教育上の強い必要性が あり、本件国語テストの利用は、著作物の通常の利用と競合しないなどと主 張する。しかしながら、著作権法36条1項の趣旨が上記のとおりである以 上、被告ら主張の事情があったとしても、本件国語テストが許諾を必要とし ない「試験又は検定の問題」に含まれると解釈する根拠となるものではない。 被告らは、さらに、既に教科書に掲載された本件各著作物を本件国語テスト において試験問題として複製することについては、著作権者の個々の許諾を不 要としつつ、著作者に対する補償金の支払義務を負わせることによる解決が適 切である旨主張する。立法論としてはともかく、現行著作権法36条の下にお いて、著作権者の許諾を不要とする根拠は見出し難い。 (4) 複製権侵害の成否  別紙5−1及び2(年度別部数等一覧表)記載のとおり(同一覧表の「備 考」欄に「×」又は「△」を記載したものを除く。)、被告らが、本件各著 作物を原告らの許諾を得ることなく本件国語テストに複製したものであるこ とは、前記2のとおりである。上記のとおり、著作権法36条1項の「試験 又は検定の問題」に当たらない以上、被告らの上記行為は、原告らの複製権 を侵害するものである。 4 争点(3)ア(同一性保持権侵害)について (1) 著作権法20条1項は、著作者が著作物の同一性を保持する権利を有し、 その意に反して改変を受けないことを規定するところ、著作物は、思想又は 感情を創作的に表現したものであるから(著作権法2条1項1号参照)、著 作者の意に反して思想又は感情の創作的表現に同一性を損なわせる改変が加 えられた場合に同一性保持権が侵害されたというべきである。原告らの本件 各著作物は、いずれも児童文学作品等であり、文字によって思想又は感情が 表現された言語の著作物であるから、本件国語テストによる別紙6−1ない し6(変更内容一覧表)の「変更箇所」欄記載の本件各著作物の変更が、同 法20条1項所定の同一性保持権の侵害に当たるか否かは、原告らの意に反 して本件各著作物の思想又は感情の創作的表現に同一性を損なわせる改変が 加えられたか否か、すなわち、文字によって表された思想又は感情の創作的 表現の同一性を損なわせたか否かによって判断すべきである。  そして、同一性保持権は、著作者の精神的・人格的利益を保護する趣旨で 規定された権利であり、侵害者が無断で著作物に手を入れたことに対する著 作者の名誉感情を法的に守る権利であるから、著作物の表現の変更が著作者 の精神的・人格的利益を害しない程度のものであるとき、すなわち、通常の 著作者であれば、特に名誉感情を害されることがないと認められる程度のも のであるときは、意に反する改変とはいえず、同一性保持権の侵害に当たら ないものと解される。 (2) 原告らは、平成11年度の本件国語テストは、別紙6−1ないし6(変 更内容一覧表)の「変更箇所」欄記載のとおり、本件各著作物を変更したも のである旨主張し、被告らは、以下の3箇所を除き、これを認めた。 なお、別紙6−5−1−55については、本件著作物1−5(甲55の2) と本件国語テスト(甲55の1)とを対比すると、別紙6−5の該当欄記載 のとおりに変更されていることが認められる。別紙6−5−21−95につ いては、本件著作物21−2(甲95の2)と本件国語テスト(甲95の1) とを対比すると、別紙6−5の該当欄記載のとおりに変更されていることが 認められる。また、別紙6−5−21−91について、原告らは、著作物中 の「みえた」をブランク(空欄)に変更した旨主張するが、本件著作物21 −4(甲91の2)と本件国語テスト(甲91の1)とを対比すると、本文 中の表現を削除することなく、文字の練習用に、「みえた」の横にブランク (空欄)を設けたものであることが認められる。  そこで、以下、原告らの主張する変更内容につき、同一性保持権の侵害に 当たるか否かを判断する。 ア 別紙6−1ないし6(変更内容一覧表)の「類型」欄@ABCEについ て (ア) これらの変更は、本件各著作物にある単語、文節ないし文章を削除 し、本件各著作物にない単語、文節ないし文章を加筆し、本件各著作物 の単語を全く別の単語に置き換え、又は本件各著作物にある単語を空欄 にするなどしたものである。このような変更は、いずれも、文字による 表現自体を変更するものであるから、本件各著作物における文字によっ て表された思想又は感情の創作的表現の同一性を損ない、原告らの人格 的利益を害しない程度のものとはいえないから、著作権法20条1項所 定の同一性保持権の侵害に当たるというべきである。 (イ) 被告らは、本件国語テストの変更箇所には、本件各教科書の表記に 従い、同教科書に記載されているとおりの変更をしたものがあり、それ らは改変に当たらない旨主張する。 しかしながら、教科用図書に本件各著作物を掲載するに当たり、学校 教育の目的上やむを得ないと認められる用字又は用語の変更その他の改 変は、著作権法20条2項1号により、同一性保持権の保護が適用され ないが、本件国語テストは、教科用図書ではないから、これと同一に論 じることができない。そして、教科用図書への掲載に際して改変するこ とと、本件国語テストにおいて改変することとは、全く別個の行為であ って、前者の改変が同一性保持権侵害に当たらない場合があるとしても、 後者の改変が当然に同一性保持権侵害に当たらないことにはならない。 改変に当たるか否かを判断する際に対比すべきは、本件各著作物と本件 国語テストであり、その両者の対比において変更箇所があって、その改 変に当たるというべきである。  もっとも、著作者自身が教科書掲載に当たり著作物の表現を変更し、 本件国語テストにおいて教科書の表現どおりにそのまま著作物の表現を 変更した場合には、意に反する改変ということはできない。すなわち、 当該国語テストが著作者自身において表現を変更した教科書の表現と同 一のものである限り、著作者の意に反する改変とはいえない。しかしな がら、本件において、学校図書及び光村図書の「白いぼうし」について は、著作者である原告A自身が教科書掲載に当たり本件著作物1−5を 改稿したものであるが(乙42の1及び2)、光村図書の教科書に準拠 した本件国語テストに関する別紙6−1−1−2、6−1−1−3、6 −3−1−187、6−4−1−100、6−4−1−101及び6− 6−1−243においては、上記教科書の表現と同一ではなく、これを 更に変更したものであるから(甲2、3、100、101、187及び 243の各1ないし3)、同一性保持権侵害を免れない。また、同様に、 日本書籍の「沢田さんのほくろ」についても、著作者である原告AA自 身が教科書掲載に当たり本件著作物20−1を書き改めたものであるが (乙42の4)、日本書籍の教科書に準拠した本件国語テストに関する 別紙6−1−20−34、6−3−20−228、6−3−20−22 9、6−4−20−133及び6−5−20−87においては、上記教 科書の表現と同一ではなく、これを更に変更したものであるから(甲3 4、87、133、228及び229の各1ないし3)、同一性保持権 侵害を免れない。 (ウ) 被告らは、上記の変更は、テスト問題を作成するにあたり、解答に直 接必要な箇所のみを掲載するために、直接必要でない部分を掲載の対象か ら外したり、教科書の掲載外の部分における説明を付記したにすぎず、こ れらの改変は、教科用教材としての本件国語テストの性質並びにその利用 の目的及び態様に照らしやむを得ないと認められる改変であり、著作権法 20条2項4号により、原告らの同一性保持権を侵害するものではないと も主張する。  しかしながら、著作権法20条2項4号は、同一性保持権による著作者 の人格的利益の保護を例外的に制限する規定であり、かつ、同じく改変が 許される例外的場合として同項1号ないし3号の規定が存在することから すると、同項4号にいう「やむを得ないと認められる改変」に該当すると いうためには、著作物の性質、利用の目的及び態様に照らし、当該著作物 の改変につき、同項1号ないし3号に掲げられた例外的場合と同程度の必 要性が存在することを要するものと解される。本件国語テストは、学年別 学期別に編集された教科書準拠副教材であって、教科用図書に準じるとい う一定の必要性は認められるものの、教科用図書とは異なるものであるか ら、同項1号に定める場合に当たらないことは明らかである。また、上記 改変について、同項1号ないし3号に定める場合と同程度の必要性が存在 するとまではいえないし、その他被告らが主張する事情をもってしても、 人格的要素が反映された文芸作品であるという本件各著作物の性質に照ら し、本件国語テストの発行に当たり上記各著作物に改変を加えるにつき、 上記のような必要性が存在するということはできない。したがって、著作 権法20条2項4号が定める「やむを得ないと認められる改変」に該当す るということはできず、被告らの上記主張は理由がない。 イ 別紙6−1ないし6(変更内容一覧表)の「類型」欄Dについて  これらの変更は、本件各著作物にはない挿絵や写真が付加されているも のである。そもそも、言語の著作物である本件各著作物と挿絵や写真は、 それぞれ別個の著作物であるから、挿絵や写真がなければ著作者の文字に よる思想又は感情の表現が不完全になるとか、著作者が文字による表現を 視覚的表現によって補う意図で自ら挿絵や写真を挿入するなど、文字によ る表現と挿絵や写真とが不可分一体で分離できない場合に、挿絵や写真を 変更することにより、文字によって表された思想又は感情の創作的表現の 同一性を損なわせるなどの特段の事情のない限り、同一性保持権の侵害に は当たらないというべきである。  別紙6−5−12−73、6−5−18−86、6−4−18−132、 6−4−23−140、6−2−4−152、6−2−7−156、6− 2−11−160、6−6−5−257、6−6−22−288及び6− 6−23−289は、いずれも、挿絵又は写真が差し替えられたものであ るところ(甲73、86、132、140、152、156、160、2 57、288、289)、文字による表現と挿絵や写真とが不可分一体で 分離できない場合に当たらず、挿絵や写真を変更することにより、言語の 著作物の文字によって表された思想又は感情の創作的表現の同一性を損な わせるとはいえない。また、これらの挿絵や写真の付加は、通常の著作者 であれば、特に名誉感情を害されることがないと認められる程度のもので あり、著作者の精神的・人格的利益を害しない程度のものと認められるか ら、意に反する改変とはいえず、同一性保持権の侵害には当たらないもの と解される。 ウ 別紙6−1ないし6(変更内容一覧表)の「類型」欄Fについて  これらの変更は、本件各著作物に傍線や波線を付加したものである。こ のような変更は、いずれも、本件各著作物の文字による表現自体の変更で はなく、傍線や波線等を付加したからといって、文字によって表された思 想又は感情の創作的表現の同一性を損なわせるとはいえない。したがって、 これらの変更は、そもそも改変には当たらない。 エ別紙6−1ないし6(変更内容一覧表)の「類型」欄Gについて (ア) 別紙6−1−21−40の符号aは、字体を太字に変更したもので ある。また、別紙6−4−1−105の符号bは、分かち書きにしたも のである。別紙6−2−11−160の符号a及び別紙6−6−5−2 57の符号aは、段落の上部に番号を付加したものである。このような 変更は、いずれも、本件各著作物の文字による表現自体の変更ではなく、 文字によって表された思想又は感情の創作的表現の同一性を損なわせる とはいえない。したがって、これらの変更は、そもそも改変には当たら ない。 (イ) 別紙6−4−21−135は、教師用の注意書を加筆したものであ るが、ここにおける文章等の加筆は、注意書として本件著作物21−4 の欄外に表示されたものであることが表現形式上明らかであり、本件著 作物自体を変更したものとはいえない。よって、このような変更は、文 字によって表された思想又は感情の創作的表現の同一性を損なわせると はいえない。したがって、この変更は、そもそも改変には当たらない。 (ウ) 別紙6−1−21−36、6−2−21−178、6−3−21− 232、6−5−21−91及び6−6−21−283の変更は、1年 1学期の本件各教科書中の一節「あおいうみがみえた。しろいふ ねもみえた。」の一部を取り出して、ひらがなを四角いマスの中に書 いて練習させるものである。そして、これらの本件国語テストにおける わずか「あおいうみがみえた。しろいふねもみえた。」の記載 から、本件著作物21−4の表現上の本質的特徴を感得することは困難 であるから、そもそもこれが本件著作物21−4を改変したものという ことはできない。  また、これらの本件国語テストにおいては、左脇又は空欄としたマス の中に、練習すべき文字が別途記載されているから、このような変更は、 いずれも、同著作物の文字による表現自体の変更ではなく、文字によっ て表された思想又は感情の創作的表現の同一性を損なわせるとはいえな い。したがって、これらの変更は、同一性保持権の侵害には当たらない。 オ 小括  以上の理由により、平成11年度の本件国語テストについては、別紙6 −1ないし6(変更内容一覧表)の「類型」欄@ABCE、すなわち「侵 害の成否」欄に「○」と記載されたものにつき、被告らが、原告らの本件 各著作物に対する同一性保持権を侵害したものと認められる。 (3) 平成10年度以前の本件国語テストについて  原告らは、平成10年度以前の本件国語テストについても同様の同一性保 持権侵害があったはずであるとして、被告1社当たりかつ1年度ごとに、3 0万円ないし50万円の損害を請求する。 平成10年度以前の本件国語テストについては、本件国語テストそのもの の証拠が存在しないため、同国語テストに複製された本件各著作物について、 いかなる改変があったかは明らかではない。平成10年度以前についても、 継続的に同一の改変行為が行われた可能性はあるが、後記10(2)のとおり、 そもそも、同一性保持権を侵害されたことによる慰謝料は、改変という行為 によって生じるものであり、年度ごとに毎年別個の損害が発生するという性 質のものとはいえないから、改変という行為が同一である以上、同一の改変 行為として損害を算定すべきものである。 5 争点(3)イ(氏名表示権侵害)について (1) 平成11年度の本件国語テストについて  甲第25、45、54、56、64、75、76、85、88、125、2 61、263及び271号証の各1を除き、平成11年度分の本件国語テス トにつき、著作者の氏名が表示されていないことは当事者間に争いがない。 それ以外のうち、まず、甲第25、75及び125号証の各1の国語テス トについては、原告Tが氏名表示権侵害の対象として主張していない。 次に、被告らは、甲第49、94号証の各1についても著作者名が表示さ れている旨主張するが、著作者の氏名が表示されていないことは証拠上明ら かである。  被告らは、それ以外の上記当事者間に争いのない本件国語テストも、著作 者名の表示が小さすぎて一般人にはその氏名を認識できないから著作者名を 表示しているとはいえないと主張する。しかし、上記甲第45、54及び5 6号証の各1においては原告Aの、甲第64号証の1においては原告Fの、 甲第76号証の1においては原告Vの、甲第85号証の1においては原告X の、甲第88号証の1においては原告AAの、甲第261号証の1において は亡Kの、甲第263号証の1においては原告Nの、甲第271号証の1に おいては原告Wの、各氏名又はペンネームがテスト用紙の表の上段の著作物 の引用部分の末尾に、教科書出版社名、教科書名及び頁数とともに記載され ており、小さな活字ではあるが十分認識可能であり、著作者名が表示されて いるものと認められる(甲45、54、56、64、76、85、88、2 61、263及び271の各1)。  したがって、平成11年度分については、甲45、54、56、64、7 6、85、88、261、263及び271号証の各1以外の本件国語テスト (甲25、75及び125の各1を除く。)に係る原告らの氏名表示権が侵害 されたものである。 (2) なお、被告らは、本件国語テストは、著作権法19条3項により著作者 名の表示を省略することができる場合に該当すると主張する。 しかしながら、同項にいう「著作物の利用の目的及び態様に照らし」とは、 著作物の利用の性質から著作者名表示の必要性がないか著作者名の表示が極 めて不適切な場合を指すものと解される。本件各教科書に本件各著作物の著 作者名が掲載されるからといって、それとは別個の印刷物である本件国語テ ストに著作者名表示の必要性がないということはできない。また、現に、本 件国語テストには、その一部に著作者名の表示がされていることは前記認定 のとおりであり、容易に著作者名を表示することができるから、著作者名の 表示が極めて不適切な場合ということもできない。したがって、本件国語テ ストが著作権法19条3項所定の著作者名の表示を省略できる場合に該当す るということはできない。 (3) 平成10年度以前の本件国語テストについて  原告らは、平成10年度以前の本件国語テストについても同様の氏名表示 権侵害があったはずであるとして、被告1社当たりかつ1年度ごとに、30 万円ないし50万円の損害を請求する。  平成10年度以前の本件国語テストについては、本件国語テストそのもの の証拠が存在しないため、同国語テストに複製された本件各著作物について、 著作者名の表示の有無は明らかではない。平成10年度以前についても、複 製の事実に争いがなく、特段の反証がない以上、平成11年度の本件国語テ ストと同じく著作者名の表示がされていない可能性はあるが、後記10(2)の とおり、そもそも、氏名表示権を侵害されたことによる慰謝料は、著作者名 を表示しないで著作物を公衆に提供するという行為によって生じるものであ る。よって、年度ごとに毎年別個の行為が行われ別個の損害が発生するとい う性質のものとはいえず、損害額の算定に際し、上記事情を斟酌するにとど める。 6 争点(4)(故意又は過失の有無)について  前記第2の2(4)のとおり、被告らは、長年にわたり、本件各教科書に掲載 された本件各著作物を、原告らの許諾を得ることなく本件国語テストに複製し てきたものである。  他人の著作物を許諾なく利用するに当たっては、著作権を侵害することがな いか否か、すなわちそれが著作権法その他の法令により著作権が制限され、著 作権者の許諾を得ない利用が許される場合に該当するか否かについて十分に調 査する義務を負うというべきであり、そのような調査義務を尽くさず安易に著 作権者の許諾を得なくても著作権侵害が生じないと信じたものとしても、著作 権侵害につき過失責任を免れず、著作者人格権侵害についても同様である。 7 争点(5)ア(損害を知りたる時)について 《中略》 (2) 「損害及び加害者を知りたる時」の意義 ア 民法724条は、不法行為に基づく法律関係が、未知の当事者間に、予 期しない事情に基づいて発生することがあることにかんがみ、被害者によ る損害賠償請求権の行使を念頭において、消滅時効の起算点に関して特則 を設けたものであるから、同条にいう「損害及び加害者を知りたる時」と は、被害者において、加害者に対する賠償請求が事実上可能な状況の下に、 その可能な程度にこれらを知ったときを意味するものと解され(最高裁昭 和45年(オ)第628号同48年11月16日第二小法廷判決・民集27 巻10号1374頁参照)、このうち、同条にいう被害者が「損害を知り たる」時とは、被害者が損害の発生を現実に認識した時をいうものと解さ れる(最高裁平成8年(オ)第2607号同14年1月29日第三小法廷 判決・民集56巻1号218頁参照)。なお、被害者が不法行為に基づく 損害の発生を知った以上、その損害と牽連一体をなす損害であって当時に おいてその損害を予見することが可能であったものについては、すべて被 害者においてその認識があったものとして、民法724条所定の時効は前 記損害の発生を知った時から進行を始めるものと解すべきである(最高裁 昭和40年(オ)第1232号同42年7月18日第三小法廷判決・民集2 1巻6号1559頁参照)。  本件は、著作権侵害に基づく請求についていえば、教科書掲載著作物の 著作権者である原告らが、教科書に準拠した国語テストを製作販売する教 材会社である被告らに対し、原告らの著作物が国語テストに無断で複製さ れたとして、原告らの複製権が侵害されたことを理由として不法行為に基 づく損害賠償を請求するものである。このような事案において、被害者が、 加害者に対する賠償請求が事実上可能な状況の下に、その可能な程度に損 害及び加害者を知り、損害の発生を現実に認識したといえるためには、原 則として、教科書掲載著作物の著作権者において、ある特定の教材会社が、 同人の特定の著作物を国語テストに掲載していたことを認識する必要があ り、かつそれをもって足りると解すべきである。  他方、特定の著作物が特定の教材会社の製作販売する国語テストに掲載 されたことを認識したとしても、それ以外の教材会社との関係では損害を 知ったことにならないし、それ以外の著作物についても当然に損害を知っ たとはいえない。  なお、ある教材会社が教科書掲載著作物をその著作権者に無断で長年に わたって広範囲に国語テストに複製して販売してきたという一般的事実が 存在し、以前から教科書に掲載されている著作物に係る著作権者が上記事 実を認識していたという事実関係の下において、当該著作権者が、教科書 に掲載された自己の著作物がある特定の教材会社との関係で同社の製作販 売する国語テストに複製されたことを認識した時は、それ以前における複 製権侵害による損害についても、継続的かつ牽連一体をなす損害であって、 その時点で著作権者においてその認識があったものと解される。それは、 著作権者が前記一般的事実を認識していたという事実関係の下において は、著作物が教科書に掲載される場合は著作者にその旨通知され著作権者 に補償金が支払われるのであるから(著作権法33条2項)、当該著作権 者は、自己の著作物が教科書に掲載されていることをも認識しており、あ る教材会社が教科書に掲載された自己の著作物を国語テストに複製したこ とを認識した時点において、経験則上、教科書に掲載されていた期間、そ れ以前にも継続的に複製権侵害があったことを認識できるものと解される からである。 イ 原告らの主張について  この点、原告らは、上記に加えて、本件各著作物のどの部分が、本件各 教科書の各年度、各学年版のどこに引用されたか及び各年度における各学 年版の本件各教科書の発行部数の認識が必要である旨主張する。しかしな がら、原告らの主張する上記各事項は、侵害された著作物とも侵害物件と も異なる教科書に関するものであって、損害の発生の認識とは無関係であ り、これらの点についての認識がなくても、特定の著作物が特定の教材会 社の国語テストに掲載されていることの事実が判明すれば、特定の被告ら に対して、不法行為を理由に賠償請求をすることが事実上、十分に可能で ある。  また、原告らは、被告らの作成する本件国語テストが有料であること、 本件国語テストの価額、枚数、形式等の概要及び発行部数の認識が必要で ある旨主張する。しかしながら、上記各事項は、損害の数額に関するもの であるところ、具体的な損害の数額の認識まではなくても、被告らに対す る賠償請求は事実上可能である(大審院大正9年3月10日判決・民録2 6輯280頁参照)。  さらに、原告らは、本件各著作物のどの部分を複製して本件国語テスト を作成したかの認識も必要である旨主張する。しかしながら、本件におい ては国語教科書に掲載された著作物の全部又は一部が教科書に準拠した本 件国語テストに複製されているのであるから、1個の著作物のいかなる部 分が複製されたかという損害の範囲についての認識はなくても、損害自体 の認識はある以上、被告らに対する賠償請求は事実上可能である。 現に、原告らは、本件訴状において、上記の諸点について特定すること なく被告らに対する賠償請求をしたものであり、原告らの上記主張は、い ずれも理由がない。 《中略》 ヌ まとめ  以上によれば、原告らの被告らに対する複製権侵害を理由とする損害賠 償請求権のうち、原告A、同B、同D、同E、同F、同G、同H、同J、 同L、同Q、同V、同X、同AA及び同DDの被告ら6社に対する損害賠 償請求権は、すべて時効により消滅しているものである。また、原告Nの 被告青葉出版、同光文書院及び同日本標準に対する損害賠償請求権、原告 Oの本件著作物11−1及び2に関する教育同人社を除く被告ら5社に対 する損害賠償請求権、原告Pの本件著作物12−1に関する被告ら6社に 対する損害賠償請求権、原告Tの被告日本標準及び同文溪堂を除く被告ら 4社に対する損害賠償請求権、原告Wの被告教育同人社及び同文溪堂を除 く被告ら4社に対する損害賠償請求権、原告Yの本件著作物18−1に関 する被告ら6社に対する損害賠償請求権、原告BBの本件著作物21−1 ないし5に関する被告ら6社に対する損害賠償請求権及び本件著作物21 −6に関する被告青葉出版と同新学社に対する損害賠償請求権並びに原告 CCの本件著作物22−1に関する被告ら6社に対する損害賠償請求権及 び本件著作物22−2に関する被告文溪堂に対する損害賠償請求権につい ても、消滅時効が完成しているものと認められる(なお、時効により消滅 していない損害賠償請求権については、別紙10(使用許諾申請書一覧表) の該当欄に「○」を付した。)。 (4) 著作者人格権侵害に基づく慰謝料請求権の消滅時効について ア 氏名表示権侵害について (ア) 氏名表示権侵害が認められる範囲は、前記第4の5において認定し たとおりである。  原告らの被告らに対する本件各著作物の複製権侵害を理由とする損害 賠償請求権の一部について消滅時効が完成したことは、上記(3)のとお りである。  本件国語テストの大多数には著作者名が表示されていなかったもので あるところ、前記(1)カ及びク認定のとおり、原告Z を除く原告らが受 領していた著作者の会が送付した乙第3号証には、被告らが教科書掲載 著作物を無断使用した本件国語テストの実例2通が添付されていたが、 それらの国語テストには著作者名が表示されておらず、また、原告Z を除く原告らに送付された本件許諾申請文書には、サンプルとして「現 行の同学年の使用例」が添付されていた(乙6の1及び2)ことから、 原告Z を除く原告らは、それらを見れば、本件国語テストに使用され ているのは、教科書掲載著作物の全部又は一部であること、使用される 際に著作者名が表示されていないことを認識することができる。  よって、複製権侵害に基づく損害賠償請求につき、被害者である著作 者が、加害者に対する賠償請求が事実上可能な状況の下に、その可能な 程度に損害の発生を現実に認識したのと同時に、氏名表示権侵害につい ても、これと牽連一体をなす損害として同様の認識をしたと認めるのが 相当である。  したがって、原告らの被告らに対する本件各著作物の氏名表示権侵害 に基づく慰謝料請求権のうち、前記(3)において複製権侵害に基づく損 害賠償請求権の消滅時効が完成しているものについては、すべて、前記 (3)と同様に、時効により消滅したものである。 (イ) 原告らは、著作者人格権についても、原告Q分、原告Tにつき亡U の死後の分を除いた原告22名について、4200個の著作者人格権侵 害があるとして、消滅時効については、それぞれについて、各原告が前 記第3の5〔原告らの主張〕(1)アの@ないしHのすべての事実を現実 に認識しない限り、消滅時効は完成しない旨主張する。  しかしながら、氏名表示権侵害に基づく慰謝料請求権についても、上 記認定のように、本件国語テストの大多数には、著作者名が表示されて おらず、かつ、その事実が報道されており(乙14)、著作者の会が送 付した乙第3号証又は本件許諾申請文書に添付されたサンプルをみれ ば、原告らの著作物が国語テストに掲載される際には、著作者名が表示 されていないことを容易に認識できるのであるから、ある特定の著作物 が本件国語テストに掲載されていたことを知っていれば、それらには、 著作者名が表示されていないことを認識したものと解するのが相当であ る。現に、原告らは、被告らから一部の本件国語テストに著作者名の表 示がある旨の指摘を受けるまで、複製された著作物にはすべて著作者名 の表示がない旨主張して、被告らに対する賠償請求をしていたものであ る。したがって、この点に関する原告らの主張は理由がない。 イ 同一性保持権侵害について  同一性保持権侵害が認められる範囲は、前記第4の4認定のとおりであ る。  同一性保持権侵害に基づく損害については、前記アの氏名表示権とは異 なり、原告らの著作物が本件国語テストに掲載された際に、どのような形 式及び態様で改変されたかを実際に確認しない限り、被害者である著作者 が加害者に対する賠償請求が事実上可能な状況の下に、その可能な程度に 損害及び加害者を知り、損害の発生を現実に認識したとはいえないもので ある。本件では、本訴提起の3年以上前に、原告らが、自己の著作物が改 変されて掲載されている本件国語テストを実際に確認したことを認めるに 足りる証拠はないから、上記認定の同一性保持権侵害が認められる範囲に ついて、それに基づく慰謝料請求権が時効により消滅したということはで きない。 8 争点(5)イ(時効中断・時効援用権の喪失の成否)について (1) 時機に後れた攻撃防御方法について  被告らは、原告らによる債務の承認及び時効援用権の喪失を含む時効中断に 関する新たな主張の追加は、時機に後れた攻撃防御方法として、却下されるべ きである旨主張する。  本件においては、弁論準備手続における争点の整理中、被告らが消滅時効の 抗弁を主張し、実質的に、本件における最大の争点となったため、当裁判所と しては、その成否の見通しをつけることがその後の訴訟進行に大きな影響を与 えるとの判断から、まず、当事者双方が消滅時効に関する主張に絞って主張立 証を尽くし、その上で、裁判所において消滅時効の成否について優先して検討 して、今後の訴訟進行の方向性を定める旨の訴訟指揮を行った。そして、当事 者双方は、裁判所の訴訟指揮に従って、消滅時効の成否に関する主張立証を集 中して行い、平成17年3月22日の第9回弁論準備手続期日までに消滅時効 についての主張立証を完了する旨合意した。原告ら及び被告らは、その後約1 年間にわたって前記第3の5のとおり、主張を尽くし、それを裏付ける証拠を 提出するなどの訴訟活動を行い、平成17年3月22日の第9回弁論準備手続 期日において、当事者双方は、不法行為に基づく損害賠償請求権の消滅時効に ついては、他に主張立証はない旨陳述した(第9回弁論準備手続調書)。当裁判 所は、消滅時効に関する当事者双方の主張立証を検討した上で、損害賠償請求 権の一部が時効により消滅したことを前提に、原告らに対して不当利得につい ての主張をするか否か確認し、原告らの不当利得の主張に関する準備書面は平 成17年5月10日までに提出されることとされ、その後、被告らがこれに対 する反論を準備する旨合意した。しかるに、その後、原告らは、平成17年5 月10日付けの原告準備書面(7)において、上記債務の承認及び時効援用権の喪 失を含む消滅時効に関する主張を新たに追加し、甲第290号証ないし第29 3号証(枝番を含む。)を提出した。以上の経緯は、当裁判所に顕著である。 以上認定の審理の経過からすれば、上記原告らの主張の追加は、時機に後れ て提出されたものとの評価を免れない。  しかしながら、当事者双方が消滅時効に関する主張に絞って主張立証を尽く した上で、裁判所において消滅時効の成否について優先して検討するという当 裁判所の訴訟指揮の趣旨は、それによってその後の訴訟進行の方向性を定める ことが目的であること、当事者が消滅時効についての主張立証を集中的に行っ た結果、その後、訴訟進行の方向性が定まり、口頭弁論終結に向けての当事者 の主張立証の準備が促進されたこと、原告らが債務の承認及び時効援用権の喪 失を含む消滅時効に関する主張を新たに追加したため、被告らが上記主張に対 する認否反論を準備する必要が生じたが、原告らにおける立証方法が書証(甲 290ないし293。枝番を含む。)に限られており、証拠調べに要する時間が さらにかかったわけではないこと、以上の事実を総合考慮すると、上記原告ら の新たな主張の追加は、訴訟の完結を遅延させるものとまでは認められない。 このような経緯をふまえ、当裁判所は、上記原告らの新たな主張の追加を時 機に後れた攻撃防御方法として却下しないこととした。 (2) あっせんの申請について  原告らは、あっせんの申請により、被告らが、原告Aら7名の著作物を無 断で複製したことについて、損害賠償義務を負うことを認めた旨主張する。 ア当事者間に争いのない事実並びに証拠(甲290の1ないし7)及び弁論 の全趣旨によれば、次の事実が認められる。 (ア) 被告らは、平成13年5月30日、連名で、原告A、亡I、原告N、 同T、同V、同X 及び同AAを相手方として、文化庁長官に対して、 著作権紛争解決あっせんの申請をした(甲290の1ないし7。)。 (イ) 上記あっせんの申請は、原告Aに対しては本件著作物1−1ないし9 について、亡Iに対しては本件著作物7−1を含む4著作物について、原 告Nに対しては本件著作物10について、亡Uに対しては本件著作物14 −1、2及び4を含む4著作物について、原告Vに対しては本件著作物1 5−1を含む2著作物について、原告X に対しては本件著作物17−1な いし4を含む5著作物について、原告AAに対しては本件著作物20−1 及び2について、それらを被告らの国語テスト等の図書教材に複製して 利用したことに関し、上記原告ら7名に支払うべき著作物使用料の金額 に関する紛争等の解決につき、著作権法105条に基づくあっせんを求 めるものである。そして、同あっせん申請書には、「申請出版社は、平 成12年度(3学期を除く)の小学校国語教科書に掲載された相手方作 家の文学作品(別紙作品目録1)の全部又は一部を国語テストなどの図 書教材に複製して使用したことについて(可能であれば、平成11年度 以前の利用についても)、相手方作家に著作物使用料をお支払いしたい と考えております。また、相手方作家もこれ(相手方作家のお立場から は損害金)を請求されようとしていますが、その金額については合意の 成立には至らず、この点について著作権法の規定する権利に関する紛争 が存在します。」と記載されている。 (ウ) 文化庁長官は、平成13年6月7日付けで、上記あっせんの申請に ついてあっせん申請書を添付した上で、上記原告ら7名に対し、著作権 法施行令60条1項に基づき、それぞれ通知し、同通知書はそのころ、 上記7名に到達した。 (エ) しかし、上記原告ら7名は、あっせんの申請に同意しなかったため、 あっせんに付されることなく、終了した。 イ 著作権法105条に規定する著作権紛争解決あっせんの申請は、文化庁 官に対する申請であるから、被告らがあっせんの申請をしたとしても、 そのことをもって、直ちに上記原告ら7名に対する意思表示又は観念の通 知となるものではない。すなわち、文化庁長官は一方の当事者からあっせ んの申請があった場合において他の当事者がこれに同意したときは、委員 によるあっせんに付するものとされており(著作権法108条1項)、ま た、文化庁長官は、当事者の一方からあっせんの申請があったときは、他 の当事者に対し、その旨通知するとともに、相当の期間を指定して、当該 申請に係る事件をあっせんに付することに同意するかどうかを書面をもっ て回答すべきことを求めることとされており(著作権法施行令60条1 項)、それらの規定に基づき、上記通知がされたものであるから、上記通 知は、あくまで、文化庁長官の上記原告ら7名に対する通知にすぎず、被 告らの上記7名に対する意思表示ないし観念の通知を含むものでないこと は明らかである。  また、文化庁長官は、上記原告ら7名に対し、上記あっせんの申請に関 しあっせん申請書を添付した上で通知書を送付したが、上記認定のとおり、 同あっせん申請書には、被告らが上記原告ら7名に対し、複製権又は著作 者人格権侵害に基づく損害賠償請求債務を認める趣旨の記載は存在しな い。  この点につき、原告らは、同あっせん申請書において、被告らは、上記 原告ら7名の著作物を無断で複製したことについて、損害賠償義務を負う ことを認めた旨主張するが、上記認定のとおり、あっせん申請書には「相 手方作家もこれ(相手方作家のお立場からは損害金)を請求されようとし ていますが、その金額については合意の成立には至らず、この点について 著作権法の規定する権利に関する紛争が存在します。」と記載され、被告 らが申し出ている著作物使用料は損害金ではないことが明記されているか ら、この点に関する原告らの主張は失当である。 ウ 以上により、上記あっせんの申請をもって、債務の承認ということはで きない。 《中略》 (6) 小括  以上によれば、原告らが主張する時効中断事由及び時効援用権の喪失の主 張はいずれも失当である。なお、後記11(2)キの被告らの弁済が時効の中断 事由であるとしても、弁済の時点である平成12年1月ないし3月から、既 に3年以上が経過しているから、この事実を斟酌しても、結論を左右するに 足りない。  したがって、前記7(3)及び(4)において認定した範囲内で、原告らの被告 らに対する複製権侵害及び氏名表示権侵害に基づく損害賠償請求権は、時効 により消滅したと解するのが相当である。 9 争点(6)(権利濫用の成否)について  被告らは、本件各著作物を原告らの許諾を得ることなく本件国語テストに掲 載してきたものであり、これが原告らの本件各著作物に係る複製権又は著作者 人格権を侵害するものであることは前記のとおりである。したがって、原告ら は、被告らに対して、著作権侵害等を理由とする請求権を有するものである。 この点、被告らは、原告らが、教科書準拠図書教材の特殊性から原告らの著 作物を使用することが必要不可欠であるという被告らの状況(窮状)に乗じて、 JVCAの期待どおり、通常では考えられない利益を実現しようとするものであ る旨主張するが、それを認めるに足りる証拠はない。被告らが本件国語テストを 製作するについては教科書に掲載されている本件各著作物を利用する必要があ ることは首肯できるが、それは被告らの業務上の都合であるにすぎず、原告ら が上記著作権侵害を主張することを権利濫用とする根拠となるものではない。 以上により、被告らの権利濫用の主張は理由がない。 10 争点(7)(損害の発生及びその額)について (1) 複製権侵害による損害について ア 被告らが、別紙5−1及び2(年度別部数等一覧表)記載のとおり(同 一覧表の「備考」欄に「×」又は「△」を記載したものを除く。)、本件 各著作物を本件国語テストに複製したことは、複製権侵害に当たる。なお、 上記一覧表の「備考」欄に「×」を記載したものについて、本件各著作物 が複製されたことを認めるに足りる証拠はない。 そして、原告らのうち、不法行為に基づく損害賠償請求権の一部又は全 部が時効消滅していない、原告N、同O、同P、同T、同W、同Y、同Z、 同BB及び同CCの複製権侵害は、別紙11−1及び2(複製権侵害損害 額算定一覧表)の「著作者名」「著作物名」「被告名」「教科書会社名」「教 材名」記載のとおりである。そこで、以下、上記複製権侵害による損害額 について検討する。 イ 著作権法114条3項による損害の額の算定方法 (ア) 著作権法114条3項は、著作権者等は、故意又は過失によりその 著作権等を侵害した者に対し、その著作権等の行使につき受けるべき金 銭の額に相当する額を自己が受けた損害の額として、その賠償を請求す ることができる旨規定している。 (イ) 前記のとおり、本件国語テストは、国語教科書に準拠してその各単 元に対応して1回分(表裏1枚)が製作され、各学期に6ないし8回、 これを用いたテストが実施されるものであり、本件国語テストにおいて は、本件各著作物が、表面の上段のほぼ全面に罫線によって四角に囲ま れた中に挿絵又は写真とともに掲載され、下段の半面又はほぼ全面に、 上段に掲載された本件各著作物に対応した選択式又は記述式の設問が設 けられている。 (ウ) 証拠(乙22の1ないし3、乙23の1及び2、乙45)及び弁論 の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。 a 日本児童文藝家協会が定めて著作権等管理事業法に基づき文化庁長官 に届け出ている著作物使用料規程(乙45)6条では、著作物を書籍と して複製し、公衆に譲渡する場合の使用料は、本体価格の15%に発 行部数を乗じた額を上限とされている。その8条で、「著作物を入試問 題集・一般教養問題集・学習参考書・学校用図書教材等に複製し、公衆 に譲渡する場合の使用料」を「本体価格の5%に発行部数を乗じた額を 本文総ページで割り、使用ページ割合を乗じた額もしくは2000円の いずれかの高い額」と定めている。 B 著作者の会、日本児童文学者協会及び日本児童文藝家協会と被告ら 及び日図協との間で平成11年9月30日に締結された協定書(乙2 2の1)では、被告らは、教科書掲載著作物の原著作者に対して、平 成12年度の教材から、ページ割により5%の使用料を支払う旨定め られている。本件協定の運用細則(乙22の3)には、「本体価格× 発行部数×印税率×使用割合(ページ割)」で算出し、「ページ割と は、教材出版物の全ページ(広告ページなどは除く)のうち、作品使 用の部分を算定の対象とする。例えば、現行のテスト教材の例でいう と、概ね1ページの上段全部が作品部分にあたっており、この場合は 1/2となる。」旨記載されている。 C 日本児童文藝家協会と日図協との間で平成13年3月27日に締結 された協定書(乙23の1)では、平成14年度以降に教科書に掲載 された文芸著作物を図書教材等に使用する場合の取扱いが定められて いる。その運用細則(乙23の2)には、@使用料は、ページ割によ り本体価格の5%(翻訳物については2.5%)であること、A「ペ ージ割」とは、教材出版物の全ページ数(広告ページなどは除く)の うち、作品が使用されているページ数の割合をいい、教材出版物中に 作品が使用されている部分が1ページに満たない場合には、各ページ ごとの作品使用の割合をもって算定するものとし、1/2ページ、1 /3ページのように分子を1とし、分母を整数とする分数によって定 めること、B1教材当たりの年間の使用料が2000円に達しない場 合は、その使用料を2000円(最低補償)とすること等が定められ ている。 d なお、音楽著作物に関し、社団法人日本音楽著作権協会が文化庁長 官に届け出ている著作物使用料規程では、包括的使用許諾契約を結ぶ 場合にそれ以外の場合より使用料の額を低額に設定している(弁論の 全趣旨)。 (エ) このような本件国語テストへの本件各著作物の掲載による著作権の 侵害に関して、原告らが著作権の行使につき受けるべき金銭の額に相当 する額は下記計算式のとおり、本件各著作物を掲載した本件国語テスト の単価に複製された部数を乗じた額を基礎とし、これに原告らの本件各 著作物が本件国語テストに占める割合(以下「使用率」という。)及び 上記本件各著作物の掲載につき受けるべき金銭の割合(以下「料率」と いう。)を乗じて算定されるべきである。そして、上記各算定の基礎と なる数値を求める際には、本件国語テストへの本件各著作物の利用の目 的、態様、販売方法等が考慮に入れられなければならない。 (計算式) 単価×部数×使用率×料率 ウ単価について (ア) 本件国語テストの単価は、被告らが本件国語テストを各小学校に対 して販売する際の価格(消費税導入後は本体価格)と解するべきである。 (イ) 原告らは、本件国語テストの価格は消費税分を含むべきであると主 張するが、消費税を含むか含まないかは、結局は使用料率の割合と関係 するのであって、前記イ(ウ)認定の事実にも照らし、著作権の行使につ き受けるべき金銭の額に相当する額を算定する基礎となる価格として、 消費税相当額を控除する方法を用いることが不合理であるとはいえな い。 (ウ) 弁論の全趣旨によれば、本件国語テストの価格(消費税導入後は本 体価格)は、別紙11−1及び2(複製権侵害損害額算定一覧表)の「単 価」欄記載のとおりであると認められる。 エ部数について (ア) 原告らは、本件各著作物の複製権の侵害を理由に損害賠償を求めて いるのであり、著作権の行使につき受けるべき金銭の額に相当する額を 算定するに当たっては、本件各著作物が掲載された本件国語テストが複 製された数量、すなわち、その印刷部数を基礎とすべきである。 (イ) 被告らは、上記印刷部数には、@教師用、破損・損傷等及び転校生が あった場合等のための予備、A見本品及び製造過程での剰余部数が含まれ るとし、これらは対価を得て販売するものではないから、使用料相当額 の算定に当たっては、印刷部数ではなく、本件各著作物が掲載された本 件国語テストが実際に各小学校において採用され、その購入の対象とな った部数(採択部数)を基礎とすべき旨主張する。しかし、上記@及び A記載の本件国語テストも、本件各著作物を複製したものであることに は変わりがなく、本件各著作物に係る著作権の侵害が生じているという べきであるから、被告らの主張は採用することができない。  他方、原告らは、被告らが印刷部数を明らかにしないので、採択部数 の1.2倍を印刷部数と推定すべきであると主張する。しかし、印刷部 数を採択部数の1.2倍にする合理的な根拠は何ら示されていないから、 原告らの主張を直ちに採用することはできず、結局、印刷部数が明らか でない本件においては、原告らがその立証責任を負担していることに照 らし、少なくとも採択部数分の印刷がされたものとして算定するほかな い。 (ウ) 弁論の全趣旨によれば、平成2年度から同11年度までの本件国語 テストが複製された部数は、少なくとも別紙11−2(複製権侵害損害 額算定一覧表)の「採択部数」欄記載のとおりであると認められる。平 成元年以前に複製された部数については、原告らの主張を認めるに足り る証拠はない。時期的に最も近接した平成2年度において複製された部 数、すなわち、別紙5−2(年度別部数等一覧表)の該当する「出版社 名」「教科書会社名」「教材名」「使用年度(平成2年)」における最小 の「採択部数」を採用すると(採用したものには、別紙5−2(年度別 部数等一覧表)の「備考」欄に「※」を付した。)、別紙11−1(複 製権侵害損害額算定一覧表)の「部数」欄記載のとおりとなる。 オ使用率について (ア) 本件各著作物の複製がされている部分は、前記(1)のとおり、本件国 語テストの上段の部分に限られるから、使用頁数は、本件各著作物が掲 載されている頁の概ね2分の1と認められる。したがって、著作権の行 使につき受けるべき金銭の額に相当する額の算定に当たっては、使用率 として、上記のような意味での使用頁(2分の1頁)を本件国語テスト の総頁数で除した数字を用いるのが相当である。 (イ) 原告らは、1頁のうち、使用された面積をもとに使用率を算出する 方法は合理的でないと主張する。 本件国語テストの設問部分は、本件各著作物の著作物としての創作性 を度外視してはあり得ないものであるが、前記第4の2(1)のとおり、 本件国語テストは、児童の学習の進捗状況に応じた適宜の段階で、教師 が、各児童ごとにその学力の到達度を把握するものである。証拠(甲1 ないし289の各1)及び弁論の全趣旨によれば、本件国語テストの設 問は、上記の目的に沿うよう創意工夫が凝らされていることが認められ るのであって、上記設問部分はそれ自体創作性を有し、本件国語テスト において欠くべからざる位置を占めていることも否定できない。以上の 事情をも考慮すれば、実質的にみても、本件国語テストにおける本件各 著作物の使用率は上記のとおり認定するのが相当である。 (ウ) 昭和58年度から平成元年度までの使用頁数を除すべき本件国語テ ストの総頁数は、別紙5−1(年度別部数等一覧表)の「総頁数」欄の 網かけ部分を除き、同欄記載のとおりであることは、当事者間に争いが ない。平成2年度から同11年度までの総頁数についても、弁論の全趣 旨により、別紙5−2(年度別部数等一覧表)の「総頁数」欄のとおり であると認められる。上記網かけ部分に該当するもの(別紙11−1(複 製権侵害損害額算定一覧表)の原告Pの番号1ないし18)については、 弁論の全趣旨により、16頁であったものと認められる。よって、使用 率は、2分の1頁を、別紙11−1及び2(複製権侵害損害額算定一覧 表)の「総頁数」欄記載の頁数で除した数字となる。 カ料率について  平成12年法律第56号による改正前の著作権法114条2項には、「著 作権者又は著作隣接権者は、故意又は過失によりその著作権又は著作隣接 権を侵害した者に対し、その著作権又は著作隣接権の行使につき通常受け るべき金銭の額に相当する額を自己が受けた損害の額として、その賠償を 求めることができる。」と規定されていた。同項の規定は、権利者に最低 限の損害賠償額を保証する趣旨のものと解されるところ、平成12年改正 により、上記「通常」の語が削除されたのは、侵害者が当初から許諾を得 て利用していた者と同等の負担をすれば済むとすれば、誠実に許諾を受け た者と同額を賠償すればよいことになり、侵害し得の状況が生じるおそれ が指摘されていたところから、当該事件の具体的事情を考慮した相当な損 害額の認定ができることとするためである。  上記のような現行著作権法114条3項の趣旨に照らし、前記イ(ウ)認 定の事実に、本件で問題となっているのは、将来における使用料ではなく、 過去の著作権侵害に対する損害額を算定するための受けるべき金銭の額で あること、本件国語テストにとって教科書掲載著作物を掲載する必要性は 極めて高いこと、その反面、その著作権者としては、本件国語テストが小 学校の副教材としての性質上その単価が低額に抑えられている上に、上記 国語テストに掲載される分は2分の1頁程度であるため、その見返りとし て得られる使用料額が少額にとどまるものと推測されることを総合すれ ば、損害額を算定するための基礎となる料率は、本件各著作物のうち次の 翻訳を除く分に関して、10%とするのが相当である。 また、外国作品の翻訳物の利用については、原則として原著作者と翻訳 者の双方の許諾を得た上、その双方に使用料を支払う必要があることが容 易に推認されるところ、その使用料は一般の著作物の場合の2分の1程度 と低くなるのが通常であると解されるから、上記翻訳に係る分に関しては、 翻訳以外の分に係る上記料率の2分の1である5%とするのが相当であ る。 キ 小括  以上により、原告らが本件各著作物の著作権侵害を理由に被告らに対し て請求することができる損害額は、単価×部数×使用率(使用頁数÷総頁 数)×料率(10%又は5%)により算定した額とするのが相当である。 原告らのうち、不法行為に基づく損害賠償請求権の一部又は全部が時効 消滅していない、原告N、同O、同P、同T、同W、同Y、同Z、同BB 及び同CCの複製権侵害による損害額は、別紙11−1及び2(複製権侵 害損害額算定一覧表)のとおりである(円未満切捨て)。 (2) 著作者人格権侵害による慰謝料額について ア 同一性保持権について  前記第4の4認定のとおり、本件各著作物のうち、別紙6−1ないし6 (変更内容一覧表)の「侵害の成否」欄に○印が記載されたものは、原告 らの同一性保持権が侵害されたものであり、弁論の全趣旨によると、上記 原告らは、これにより精神的苦痛を被ったものと認められる。  そして、前記第4の4認定の改変の態様からすると、改変された箇所は、 いずれも、文章の意味内容を直接変更するものではないこと、教科書の掲 載態様に合わせて改変した箇所もあること、上記変更はいずれも国語テス トの設問と解答に必要な問題文を作成するためにされたものであること、 他方、被告らは、改変した本件国語テストを相当部数発行してきたことそ の他本件に現れた事情を考慮すると、同一性保持権侵害行為に対する慰謝 料として、特定の著作者の1つの著作物に対応する同一被告の国語テスト (ただし、改変の態様が異なる国語テストについては、別個に損害を算定 した。)についてそれぞれ10万円と認めるのが相当である。そうすると、 原告らの損害は、別紙6−1ないし6(変更内容一覧表)の「損害額」欄 記載のとおりであり、これを集計すると、別紙13(認容額集計一覧表) の「同一性保持権侵害慰謝料」欄記載のとおりとなる。 イ 氏名表示権侵害について (ア) 前記第4の5認定のとおりの範囲で、原告らの氏名表示権が侵害さ れたものと認められ、弁論の全趣旨によると、上記原告らは、これによ り精神的苦痛を被ったものと認められる。  そして、本件国語テストは、教科書準拠副教材であり、教科書から引 用されたことが明記されているから、本件国語テスト自体には著作者名 が表示されていないとしても、上記原告らの氏名は教科書を見ることに よって認識することができること、他方、被告らは、著作者名を表示し ない本件国語テストを相当部数発行してきたことその他前記5に認定し た事情を考慮すると、氏名表示権侵害行為に対する慰謝料として、特定 の著作者の1つの著作物に対応する同一被告の国語テストについてそれ ぞれ5万円と認めるのが相当である。  前記第4の7(4)イのとおり、一部については消滅時効が完成したも のであるから、時効消滅していない原告N、同O、同P、亡U、原告W、 同Y、同Z、同BB及び同CCについて、以下検討する。 (イ) 原告Nについては、被告教育同人社、同新学社及び同文溪堂に対す る請求権が問題となるところ、被告文溪堂の本件国語テスト(甲263 の1)には著作者名が表示されている。被告教育同人社の本件国語テス ト(甲159の1)及び同新学社の本件国語テスト(甲120及び12 1の各1)には著作者名の表示がない。よって、同原告の氏名表示権侵 害による慰謝料は、被告教育同人社及び同新学社に対し各5万円となる。 (ウ) 原告Oについては、まず、本件著作物11−1及び2に関し、被告 教育同人社に対する請求権が問題となるところ、本件国語テスト(甲1 60の1)に著作者名の表示がない。よって、同原告の氏名表示権侵害 による慰謝料は、被告教育同人社に対し5万円となる。また、本件著作 物11−3は、本件国語テストに使用された際に著作者名の表示がされ ていないことを証する証拠がない。 (エ) 原告Pについては、そもそも、被告ら6社に対する関係で時効消滅 していない本件著作物12−2に関しては、本件国語テストに使用され た際に著作者名の表示がされていないことを証する証拠がない。 (オ) 亡Uについては、被告日本標準及び同文溪堂に対する平成7年度以 前の請求権が問題となるところ、本件国語テストに使用された際に著作 者名の表示がされていないことを証する証拠がない。 (カ) 原告Wについては、被告教育同人社及び同文溪堂に対する請求権が 問題となるところ、被告教育同人社の本件国語テスト(甲165の1) 及び同文溪堂の本件国語テスト(甲270の1)に著作者名の表示がな い。よって、同原告の氏名表示権侵害による慰謝料は、被告教育同人社 及び同文溪堂に対し各5万円となる。 (キ) 原告Yについては、そもそも、被告ら6社に対する関係で時効消滅 していない本件著作物18−2に関しては、本件国語テストに使用され た際に著作者名の表示がされていないことを証する証拠がない。 (ク) 原告Z については、そもそも、被告ら6社に対する関係で時効消滅 していない本件著作物19に関しては、本件国語テストに使用された際 に著作者名の表示がされていないことを証する証拠がない。 (ケ) 原告BBについては、そもそも、被告教育同人社、同光文書院、同 日本標準及び同文溪堂に対する関係で時効消滅していない本件著作物2 1−6に関しては、本件国語テストに使用された際に著作者名の表示が されていないことを証する証拠がない。 (コ) 原告CCについては、そもそも、被告文溪堂を除く被告ら5社に対 する関係で時効消滅していない本件著作物22−2及び被告ら6社に対 する関係で時効消滅していない本件著作物22−3に関しては、本件国 語テストに使用された際に著作者名が表示がされていないことを証する 証拠がない。 (サ) そうすると、別紙13(認容額集計一覧表)の「氏名表示権侵害慰 謝料」欄記載のとおりとなる。 ウ なお、原告らは、被告1社当たりかつ1年度ごとに、30万円ないし5 0万円の損害が発生していると主張する。しかしながら、原告らは、著作 者人格権侵害の立証として、平成11年度の本件国語テストのみを提出し、 それ以前の年度においても同様の侵害があったはずであると主張している ところ、同一性保持権を侵害されたことによる慰謝料は改変という行為に よって生じるものであり、氏名表示権を侵害されたことによる慰謝料も、 著作者名を表示しないで著作物を公衆に提供又は提示するという行為によ って生じるものであって、年度ごとに毎年発生するという性質のものとは いえない。なお、著作権法113条1項2号は著作者人格権を侵害する行 為によって作成された物を情を知って頒布する行為を著作者人格権を侵害 する行為とみなしているが、本件において、被告らの行為が、平成11年 度までの時点で、著作者人格権の侵害であることが公権的判断としてされ てはいなかったから、被告らが情を知って頒布したということはできない。 (3) 弁護士費用  原告らが、本件訴訟の提起、遂行のために訴訟代理人を選任したことは、 当裁判所に顕著であるところ、本件訴訟の事案の性質、内容、審理の経過、 認容額等の諸事情を考慮すると、被告らの著作権及び著作者人格権侵害行為 と相当因果関係のある弁護士費用の額としては、上記(1)及び(2)認定の損害 額の10%が相当であり、上記原告らそれぞれの弁護士費用は、別紙13(認 容額集計一覧表)の「弁護士費用」欄記載のとおりである。 (4) 遅延損害金の起算日について 不法行為に基づく損害賠償債務の遅延損害金の起算点は不法行為時である ところ(最高裁昭和34年(オ)第117号同37年9月4日第三小法廷判決 ・民集16巻9号1834頁、最高裁昭和55年(オ)第1113号同58年 9月6日第三小法廷判決・民集37巻7号901頁)、著作権侵害に基づく 損害については、本件国語テストの各発行年度の損害額につき、遅くとも当 該年度の末日に遅滞に陥り、著作者人格権侵害に基づく損害については、遅 くとも平成11年度の末日までに損害が発生し、同日遅滞に陥るものと解さ れる。 損害金については、別紙1(付帯金目録)の左欄記載のとおりである。 11 争点(8)(利得と損失の発生及びその額)について (1) 前記のとおり、被告らは、少なくとも、原告らが予備的請求として主張 している平成5年から同11年までの間、原告の許諾を受けることなく本件 各著作物を複製し、本件国語テストを製作販売して収益を上げていた。した がって、被告らは、この間、本来著作者である原告らの許諾を得て相当な使 用許諾料を支払わなければならないところ、法律上の原因がないにもかかわ らず、これを支払わずに収益を上げていたのであるから、その支払うべき使 用許諾料に相当する利得を得ており、一方、これにより、原告らは、本来被 告らに本件各著作物の使用を許諾していれば得られたであろう使用許諾料相 当額の損失を被っていると認められる。  したがって、被告らは、損害賠償請求権が時効により消滅した原告らに対 し、上記使用料相当額を不当利得として返還する義務がある。  前記7認定のとおり、複製権侵害を理由とする損害賠償請求権が時効によ り消滅した原告A、同B、同D、同E、同F、同G、同H、同J、同L、同 Q、同V、同X、同AA及び同DDの被告ら6社に対する請求権のすべて並 びに原告Nの被告青葉出版、同光文書院及び同日本標準に対する請求権、原 告Oの本件著作物11−1及び2に関する被告教育同人社を除く被告ら5社 に対する請求権、原告Pの本件著作物12−1に関する被告ら6社に対する 請求権、原告Tの被告青葉出版、同教育同人社、同光文書院及び同新学社に 対する請求権、原告Wの被告青葉出版、同光文書院、同新学社及び同日本標 準に対する請求権、原告Yの本件著作物18−1に関する被告ら6社に対す る請求権、原告BBの本件著作物21−1ないし5に関する被告ら6社に対 する請求権及び同21−6に関する被告青葉出版、同新学社に対する請求権、 原告CCの本件著作物22−1に関する被告ら6社に対する請求権及び本件 著作物22−2に関する被告文溪堂に対する請求権について、以下、不当利 得返還請求権に係る利得額を検討する。 (2) 返還されるべき利得額について ア 前記(1)認定のとおり、原告らの損失と因果関係のある被告らの利得は  使用料相当額であるから、その算定は、前記10(1)に準じて、本件各著作 物を掲載した本件国語テストの単価に部数を乗じた額を基礎とし、これに 使用率及び使用料率を乗じて算定されるべきである。なお、この場合、損 失であって損害ではないから、著作権法114条3項が適用される損害賠 償請求と異なり、取引において用いられるべき通常の使用料相当額をもっ て算定すべきである。 イ 単価について  この点は、前記10(1)ウと同様、本体価格を基礎とすべきである。 平成5年度から同11年度までの本件国語テストの本体価格は、弁論の 全趣旨により、別紙5−2(年度別部数等一覧表)の「本体価格」欄記載 のとおりであると認められる。 ウ 部数について  利得を算定する前提となる部数は、前記10(1)イ(ウ)によれば、発行部数 を基礎とすべきである。 上記原告らの本件各著作物に対応する本件国語テストの平成5年度から 同11年度までの発行部数は、弁論の全趣旨により、少なくとも別紙5− 2(年度別部数等一覧表)の各年度における対応する「採択部数」欄のと おりであると認められる。 エ 使用率について  各頁の2分の1を使用頁数とすること、使用率として、使用頁数を本件 国語テストの総頁数で除した数字を用いるのが相当であることについて は、前記10(1)オと同様である。 平成5年度から同11年度までの使用頁数を除すべき本件国語テストの 総頁数は、別紙5−2(年度別部数等一覧表)の「総頁数」欄記載のとお りであると認められることは前記のとおりである。 オ 使用料率について  上記アのとおり、不当利得返還請求においては、損害賠償請求と異なり、 取引において用いられるべき通常の使用料相当額をもって算定すべきであ るところ、前記10(1)イ(ウ)のとおり、著作者の会と日図協との間で締結さ れた本件協定によれば、著作物の使用料は、ページ割により使用料率を5% として算定するものと定められていること、日本児童文藝家協会と日図協と の間で平成13年3月27日に締結された協定書の運用細則によると、作品 の使用料は頁割により5%とし、作品の翻訳物は2.5%とするとされてい ること、同協会が定めて文化庁長官に届け出ている使用料規程で使用料を本 体価格の5%と定めていることが認められるから、不当利得返還請求におけ る利得額の算定の基礎とすべき使用料率は、5%(翻訳については2.5%) が相当である。 カ 小括  以上により、原告らが本件各著作物に関し、被告らに対して返還請求で きる利得額は、単価×部数×使用率×使用料率(5%又は2.5%)によ り算定した額(円未満切捨て)とするのが相当である。 キ弁済について  被告らが、原告ら又は著作者の承継人のうち、原告B、同D、同F、同G、 亡I、亡K、原告L、同O、同P、同W、同Y、同BB、同CC及び同DD に対しては、別紙9(使用料支払一覧表)の各「著作者」及び「著作権承継 者」欄に対応した各「支払金額」欄記載のとおり、平成10年度及び同11 年度の本件国語テストにおける使用料を、平成12年1月ころから3月ころ までの間に支払ったことにつき、明らかに争わないから、原告らは、上記事 実を自白したものとみなす。そして、別紙9(使用料支払一覧表)の「乙号 証の番号」欄記載の各証拠によれば、上記各「支払金額」欄記載の金額の本 件国語テストに関する弁済の内訳は、別紙12(不当利得額算定一覧表)の 各「弁済額」欄に記載された額を下回らない。これにより支払われた分は、 原告らに損失がないことに帰する。 よって、利得額は、別紙12(不当利得額算定一覧表)記載のとおりで ある(円未満切捨て)。 (3) 弁護士費用について  原告らは、不当利得返還請求である予備的請求においても、原告らの被告 らに対する各年度ごとの請求権に、弁護士費用を加算して請求しているが、 不当利得返還請求権は、弁護士費用が不法行為と相当因果関係のある損害と して位置付けられる損害賠償請求の場合とは異なる。そして、不当利得返還 請求においては、弁護士費用につき、被告らには何ら利得は存在しないから、 仮に、原告らにとって弁護士費用が損失の一部に当たるとしても、損失に対 応する利得及び因果関係が存在するとはいえない。  したがって、予備的請求において弁護士費用を求める被告らの請求は理由 がない。 (4) 悪意の受益者による利息金請求 ア 被告らは、原告らの本件各著作物を原告らに無断で複製したことについ て、原告らの許諾を得ていないことを認識していたのであるから、「悪意 の受益者」である。したがって、被告らは、上記使用許諾料相当額に原告 らの請求する本件国語テストの各発行の年度末の翌日からの利息を付けて 返還する義務を負うというべきである。 イ被告らは、本件国語テストにおける本件各著作物の利用について原告らの 許諾が必要であるとは認識していなかったし、その認識がないのももっとも なことであったと主張する。 (ア) しかし、本件国語テストに著作権法36条の適用がないことは、前 記3認定のとおりであり、被告らは、法の解釈を誤り、許諾の必要性に ついて認識していなかったにすぎず、許諾がないことについては十分に 認識していたというべきであるから、「悪意の受益者」といわざるを得 ない。 (イ) 弁論の全趣旨によれば、東京地方裁判所が、昭和40年7月23日、 教科書会社7社を債権者、日本教育図書出版株式会社を債務者とする仮処 分命令申立事件において、債務者が発行する教科書準拠の学習書に教科書 掲載文が引用されていることが学習書としての性質上必要と認められる正 当な範囲内であり、専ら、教科書の学習に資するため必要な範囲で、その 一部を引用したにすぎないものと認めることができると説示して仮処分命 令申立てを却下したこと、その後、被告らを含む図書教材会社20社は、 昭和43年12月13日付けで、教科書会社27社との間で、図書教材会 社は教科書会社の許諾を要することなく教科書に準拠して教材用テスト等 を製作、出版することができること、上記図書教材会社は教材用テスト等 を出版するに当たり、教材用テスト等の製作への協力に対する謝礼として、 上記教科書会社に昭和39年度から同43年度までの5か年分につき合計 3500万円の謝金を支払うこと、昭和44年度以降の教材用テスト等の 出版の際の教科書利用の条件は別途協議して定めること等を内容とする和 解を成立させたこと、教科書会社の業界団体である教学図書協会と被告ら を含む教材図書出版の業界団体である日図協は、この和解の趣旨に従い、 昭和44年度においても、上記和解内容と同内容の謝礼金支払に関する基 本契約を締結し、この契約は更新されてきたことが認められる。  しかしながら、上記和解は、あくまで教科書会社と図書教材出版社との 間で成立したものであり、教科書掲載著作物の著作者に対する関係は何ら 和解の対象とはなっていないこと、上記謝金に教科書掲載著作物の著作者 に対する使用料が含まれているという証拠はなく、また、謝金の一部が上 記著作者に支払われた証拠も存在しないこと、本件全証拠に照らしても、 謝金支払に関する交渉経過等において上記著作者に対する使用料が含まれ ているかどうかが協議の対象となった事実を認めるに足りないこと、また、 被告らが、上記著作者に謝金の一部が支払われているかどうかを確認する のは容易なことであったにもかかわらず、被告らが著作者に対し何らかの 確認をしたことを認めるに足りる証拠はないことからすれば、上記の事実 は、被告らが「悪意の受益者」であることを妨げる事情とは認められない というべきである。 ウ 利息の利率について  利息の利率は、民法所定の年5分によるべきである。 原告らは、利得者が商人であり、利得物を営業のために利用し収益を上 げていることを理由に商事法定利率によるべきであると主張するが、本件 の不当利得返還請求は、商行為によって生じたものではないから、商事法 定利率を適用する関係にない。 (5) 以上により、不当利得返還請求につき、上記(1)の原告らの認容額は、別 紙12(不当利得額算定一覧表)記載のとおりである。また、利息金につい ては、別紙1(付帯金目録)の右欄記載のとおりである。 12 結論  前記第4の10で認定した損害額と前記4の11で認定した不当利得額を合計す ると、別紙13(認容額集計一覧表)記載のとおりとなり、遅延損害金ないし 利息金は、別紙1(付帯金目録)記載のとおりとなる。  よって、主文のとおり判決する。 東京地方裁判所民事第47部 裁判長裁判官 高部眞規子 裁判官 東海林保 裁判官 田邉実