・知財高判平成18年9月13日  「燃えつきるキャロル・ラスト・ライブ」事件:控訴審  判決は、「本件作品の映画製作者は1審原告会社であり、当初1審原告会社に本件作品 の著作権が帰属したものの、1審原告会社は、その後、その著作権をEに譲渡したものと 認められる」「Eは、1審原告会社から譲り受けた本件作品の著作権を、さらに日本フォ ノグラムに譲渡したものと認められる」とした上で、「以上によれば、本件作品の著作者 は1審原告Xであり、また、著作権者は、結局、日本フォノグラムが有する音楽関係の著 作権その他すべての権利関係を承継した1審被告であるということができる」として、本 件DVDについては一審原告会社の請求を棄却した。  これに対して、「特典DVD及びこれを放映した本件プロモーション映像は、いずれも 1審原告Xの同一性保持権及び氏名表示権を侵害すると判断する」として、一審原告Xの 請求は認容した。  その結果、「1審原告会社の請求は、すべて理由がなく、1審原告Xの請求は、特典D VDの複製、頒布の差止め、本件プロモーション映像の複製、上映、放送等の差止め、特 典DVD及び本件プロモーション映像のマスターテープの廃棄、慰謝料100万円の損害 賠償を求める限度で理由があり、その余は理由がない」とし、一審被告の控訴を一部認容 して、原判決を一部変更した。 (第一審:東京地判平成17年3月15日、上告審:最判平成19年1月18日) ■争 点 (1) 本件作品の著作者及び著作権者は誰か。 (2) 1審原告会社は本件ビデオの複製を有償で許諾したか。 (3) 本件DVDは原告会社の著作権を侵害するか。 (4) 特典DVD及び本件プロモーション映像は原告会社の著作権及び原告Xの 著作者人格権を侵害するか。 (5) 損害の発生の有無及びその額 (6) 謝罪広告の必要性 (7) 権利の濫用 ■判決文 第3 当裁判所の判断 1 前提となる事実 (1) 甲1の1ないし4、2ないし4、6ないし11、23ないし27、29、 33、34、35の1、2、38ないし40、42、52、56、61、62、6 4ないし66、68、70の1ないし3、71、乙1、2の1ないし4、3ないし 9、17ないし20、23ないし25の各1、2、26の1ないし3、27ないし 30、126ないし129、131、132の1ないし3、134、丙1、2、 7、検甲1ないし4、当審証人Eの証言及び原審における1審原告会社代表者兼1 審原告X本人の尋問の結果並びに弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。 アキャロルは、解散することを決め、昭和50年1月19日、日大講堂で最後 のコンサートを行った(日本フォノグラムは、上記コンサートのライブ音源等を収 録した「GOOD-BYE CAROL」と題するドキュメンタリー風のLPレコードを同年3月 25日に発売した。)。ところが、上記コンサートの反響が大きかったので、キャ ロルのマネージメント会社であったバウハウスの代表者であるEは、さらに、同月 16日から4月5日まで全国12か所を回る解散コンサートツアーを行った上、同 月13日に日比谷野外大音楽堂で最後の解散コンサートを行うことを企画した。日 本フォノグラムは、解散コンサートのライブ音源等を収録したLPレコードを発売 することを決めた。また、Eは、解散コンサートの映像を撮影しておくと、これを テレビで放送して上記LPレコードのプロモーションに利用することができる上、 将来何らかの利用価値が出るかもしれないと考えて、解散コンサートの映像を撮影 することにした。  1審原告Xは、たまたまキャロルの最後の解散コンサートのことを知り、キャロ ルに興味を持っていたことから、株式会社テレビマンユニオンからの独立後の第一 作としてその映像を撮影したいと考えた。  1審原告Xは、バウハウスのEや日本フォノグラムのGと協議し、その結果、1 審原告Xが解散コンサートの映像を撮影することが決まった。1審原告Xは、事前 に製作費の当てがあるに越したことはないと考え、撮影に先立って、面識のあった TBSのプロデューサーH及びIに企画書を持参して相談したところ、撮影編集済 みの映像を見て良ければ放送するとの対応であったので、自主制作で撮影編集等を することにした。 イ バウハウスは、会場の選択、ポスターやチラシの製作、保険契約の締結、会 場及び機材の費用の負担、キャロルメンバーやコンサートスタッフの報酬の支払な ど、解散コンサートの運営に関する一切の業務を行い、これに要する費用一式を負 担した。Eは、ステージをどのように構成するかを考え、解散コンサート全体のプ ロデュースを行った。解散コンサートのちらし(乙27)には、「企画・制作★バ ウハウス」との記載がある。  1審原告Xは、昭和50年4月9日、テレビ番組を中心とする映像製作を目的と する1審原告会社を設立して、その代表取締役に就任した。1審原告会社は、カメ ラマン、音声等のスタッフと撮影、音声機材等を、テレビ技術会社である株式会社 パビック(以下「パビック」という。)に発注し、パビックは、1審原告Xと事前 に打合せを行い、1審原告Xの指示に従って、コンサート会場において、ステージ 後方ドラムスの後のイントレの上の固定カメラ1台、舞台の上の手持ちカメラ1台 及び客席の中のイントレの上の固定カメラ2台を設置して、中継車にこれらをつな ぎ、スイッチング(カメラの切換え)で1本化して演奏シーンを撮影したほか、大 型VTR録画機を積み込んだ車にハンディカメラをつなぎ、コンサート会場におい て、キャロルのメンバー、親衛隊クールズのメンバーやファンへのインタビューの シーンなどを撮影したほか、コンサート会場に至るまでの間において、上記大型V TR録画機を積み込んだ車を走らせながら、オープンカーに乗ったキャロルのメン バーが1人ずつ解散への想いを語るシーンやオープンカーにバイクで併走する親衛 隊クールズのメンバーが語るシーンを撮影した。 ウ 1審原告Xは、解散コンサートの数日後に編集作業を行い、スイッチングで 1本化して録画した演奏シーンやハンディカメラで録画したインタビューのシーン 等を自らの演出方針に従って構成し、テレビ番組として決められた時間よりやや長 め(CM抜きで正味51分)の作品(検甲1)を製作した。なお、そのクレジット は、「技術パビック」、「プロデューサーJ(1審原告会社社員)・E」、 「ディレクターX」、「制作協力テル・ディレクターズ・ファミリィ」となっ ている。  1審原告Xは、このように編集して完成した作品(TBSのスタッフ表示のスー パーテロップ等を入れていないもの)をTBSに持ち込んで試写を行い、その結 果、TBSでの放送が決まった。  1審原告Xは、TBSの指示に従い、テレビ番組として決められた時間(CM抜 きで正味48分)になるように編集し直して、本件作品(検甲2)を製作し、TB Sに納品した。その際、1審原告Xは、編成も兼務していたHに確認を取り、その 指示のとおりにCM用の黒味を入れ(CMを挿入するには、テレビ局のCMフォー マットに従ったCM用の黒味を入れなければならず、そのためにはHに連絡してC Mの回数・秒数を確認しなければならなかった。)、TBSからの指示に従い、H の名前と制作著作TBSのスーパーテロップを入れた。本件作品のクレジットは、 「技術パビック」、「プロデューサーH・J」、「ディレクターX」、「制 作協力テル・ディレクターズ・ファミリィ」、「制作著作TBS」となってい る。 エ 日本フォノグラムは、昭和50年5月15日、解散コンサートのライブ音源 等を収録したLPレコードを発売した。 オ 1審原告会社とTBSは、昭和50年6月19日付けの「放送権譲渡契約書 (グツドバイ・キヤロル)」(甲39)を取り交わしたが、これには、1審原告会 社が本件作品の独占的テレビ放送権(ネット放送に必要な頒布権を含む。)をTB Sに譲渡し、TBSが対価としてテレビ放送権料150万円を支払うこと、譲渡す るテレビ放送権の内容は、日本全国において同年7月13日までにTBS及びTB Sの同時マイクロネット放送による1回であること、などが記載されている。  TBSは、テレビ放送権料150万円を1審原告会社に支払った上、昭和50年 7月12日午後4時から4時55分までの「特番ぎんざNOW!」という番組にお いて、「グッドバイ・キャロル」のタイトルで本件作品を放送した。 昭和50年7月8日付け東京新聞(甲1の1)、同月10日付け毎日新聞(甲1 の3)並びに同月11日付け及び12日付けデイリースポーツ新聞(甲1の2、 4)には、上記番組を紹介する記事が掲載されたが、東京新聞の記事には、「制作 したのはテル・ディレクターズ・ファミリィ。Xディレクターらが、テレビマンユ ニオンをやめて4月に発足した5人のグループで、これが第1回作品。」と記載さ れている。また、1審原告会社は、上記放送に先立ち、「グッドバイキャロル。7/ 12.PM4:00〜5:00TBS系赤裸々な青春をさらけだし散っていったキャロル。 私たちの第1回制作番組です。」と記載したダイレクトメール(甲2)を関係者に 送付した。 カ 日本フォノグラムは、1審原告Xから、マスターテープ(2インチテープ) とTBS放送用に加工したテープの一段階前の編集途中のテープ(上記ウのTBS のスタッフ表示のスーパーテロップ等を入れていないもの)の引渡しを受け、後者 のテープを利用して、全国の地方テレビ局にその放送を許諾したり(地方テレビ局 は、昭和50年7月25日から翌51年5月1日までの間にそれぞれこれを放送し た。)、全国各地でフィルムコンサートを行った。 キ 本件作品の撮影費については、パビックの技術料は200万円をかなり超え ていたが、パビックにとっての初製作でもあり、200万円に値引きされて、1審 原告会社からパビックに支払われた。また、解散コンサートの終了間際にステージ で火災が発生し、パビックの提供した撮影機材が損傷してその賠償額が101万7 000円となり、その他編集費や人件費などを合わせると、本件作品の製作に合計 で約400万円を要した。  バウハウスのEは、本件作品の製作に要した費用を負担しようと考えていたが、 バウハウスに十分な資金がなかったので、日本フォノグラムに対し、1審原告会社 に対する前払いを申し入れ、日本フォノグラムは、これを受けて、本件作品の製作 に要した合計約400万円を1審原告会社に支払った。日本フォノグラムは、1審 原告会社に支払った金員をEに対し支払うべき原盤製作協力印税と相殺し、これに より1審原告会社に支払った合計約400万円の全額を回収した。 ク 1審原告会社とAが代表取締役に就任している有限会社カムストックは、昭 和58年7月1日付け契約書(甲52)を取り交わし、「Aヒストリー」と題する ビデオカセット商品等を共同して製作することを合意した。ところで、上記作品を 製作するに当たり、1審原告Xがその中に本件作品の解散コンサートのシーンを挿 入することを希望したので、Aは、日本フォノグラムのK社長に会い、日本フォノ グラムが本件作品を商品化することに出演者として承諾するとともに、キャロルの 元メンバーであったB、C及びDの承諾を取り付けることを約束し(Aは、その 後、B、C及びDから承諾を取り付けた。)、これと引換えに、「Aヒストリー」 の中に本件作品の解散コンサートのシーンを挿入することを許諾してもらった。A は、日本フォノグラムのK社長との交渉の経過を1審原告Xに伝えた。  「Aヒストリー」と題するビデオカセット商品は、昭和59年に販売された。ち なみに、上記商品のパッケージ(甲56)は、「監督:X」、「企画・制作:カム ストック/テル・ディレクターズ・ファミリィ」、「技術協力:音響ハウス」、 「製作・著作:カムストック/テル・ディレクターズ・ファミリィ」となってい る。 ケ 日本フォノグラムは、昭和58年ころ、本件ビデオの製作販売を企画した。 日本フォノグラムは、映像の劣化や肖像権の問題等に対処するために、1審原告会 社に映像の編集を依頼し、1審原告Xは、日本フォノグラムが保管していたマスタ ーテープと1審原告会社が保管していたTBSで放送したテープを使用して映像の 編集を行い(日本フォノグラムは、1審原告会社に報酬を支払った。)、さらに、 日本フォノグラムが、自ら保管していたLPレコードの音源を使用して、モノラル からステレオに差し替えるなどの音の編集を行った。なお、日本フォノグラムは、 音の編集に先立って、あらかじめマスターテープの内容を確認しようとしたが、1 審原告Xがこれを使用して映像の編集を行っていたので、社内での閲覧用に、1審 原告会社からマスターテープをコピーした2分の1インチテープを借り入れたこと があった(その際、日本フォノグラムの従業員は、1審原告会社の指示に従い、用 意された借用書(甲70の1、2)に所定事項を記載した。)。  これらの編集により、原判決別紙2及び3を比較して明らかなとおり、ファンの インタビュー、クールズの走行シーンやクールズの一部の参加者のモノローグがカ ットされて、ところどころにキャロルの写真が挿入され、また、本件作品と曲の順 番が変動するとともに、音源がモノラルからステレオに差し替えられた。 本件ビデオは、昭和59年3月19日に販売された。本件ビデオのパッケージ (乙134)は、「制作・著作・日本フォノグラム株式会社」、「発売元:日本フ ォノグラム株式会社」となっており、また、本件ビデオに添付された歌詞カード (甲6)のクレジットは、ディレクターが1審原告X、プロデュースが1審原告会 社となっている。  日本フォノグラムが本件ビデオを製作販売することについて、日本フォノグラム と1審原告らとの間で契約書を取り交わしたことはなく、また、特段の話合いが持 たれた形跡もない。さらに、本件ビデオのパッケージに「制作・著作・日本フォノ グラム株式会社」と表示されていることなどについて、1審原告会社が、日本フォ ノグラムに疑義を質したり、抗議をしたりしたこともなく、また、使用許諾による 使用料を請求したこともない。 コ 1審被告は、本件DVDの製作販売を企画し、平成14年12月ころ、1審 原告Xにその旨を伝えた。1審原告Xは、たまたま本件プロモーション映像がテレ ビで放送されたのを見て、本件作品が勝手に改編されたことを知り、本件訴訟代理 人に依頼して、同月26日付けの書面(甲7)により、本件DVD及び特典DVD が1審原告会社の著作権を侵害し、特典DVDが1審原告Xの著作者人格権を侵害 する旨を伝えた。  1審原告ら代理人と1審被告は、その後、本件について交渉したが、結論を得る に至らなかったため、1審原告らは、平成15年2月14日、本件訴訟を提起し た。 (2) 上記(1)のとおり認めることができるのであるが、これを争う旨の1審原告 らの主張について、念のため、検討することとする。 ア 1審原告らは、昭和50年当時は、レコード会社がプロモーションのために アーティストの映像を撮るという考えはなく、このことは、「Aプロモート案 (T)」(乙127)に本件作品のテレビ放送の予定の記載がないことからも裏付 けられると主張し、甲5(Lの陳述書)、12(株式会社ワーナーパイオニアの洋 楽部制作課長であったMの陳述書)、27(1審原告Xの陳述書)及び1審原告X の本人尋問の結果中には、上記主張に沿う部分がある。 しかしながら、原判決も判示するように、昭和50年当時、洋楽では既にアーテ ィストの映像を用いたレコードの宣伝がされていたこと(乙6、13)、昭和50 年には、家庭用ビデオテープレコーダーが販売されていたこと(乙11)などに照 らせば、昭和50年当時にレコード会社がプロモーションのためにアーティストの 映像を撮影することがなかったとはいえない。そして、キャロルのメンバーである Aも、解散コンサートの演奏を収録したLPレコードの宣伝プロモーションのため にコンサートの模様を撮影すると認識していたこと(乙20)、現にLPレコード が発売されたこと(乙7)、日本フォノグラムを通じて、全国の地方テレビ局で本 件作品が放送されたり、全国各地で本件作品のフィルムコンサートが行われたこと (甲40、当審証人Eの証言)などからすれば、少なくともEを含む日本フォノグ ラムの側は、LPレコードのプロモーションに使用するつもりであったと認めるこ とができる。なお、「Aプロモート案(T)」(乙127)は、昭和50年1月後 半から7月までの間のスケジュールを記載したものであるが、これには3月後半発 売の「キャロルラストアルバム」(上記(1)アによれば、昭和50年1月19日に 日大講堂で行ったコンサートのライブ音源等を収録した「GOOD-BYE CAROL」と題す るドキュメンタリー風のLPレコードであると認められる。)についての記載はあ るものの、4月13日の解散コンサートのライブ音源等を収録したLPレコードに ついての記載がないから、そのプロモーションである本件作品のテレビ放送の予定 の記載がないとしても、不合理ではない。 イ 1審原告らは、日本フォノグラムは、資金的体力のある会社ではなかったこ と(甲5)を考えると、400万円という買取額は多額であり、日本フォノグラム が本件作品を400万円で買い取ったのであれば書面を作成するのが当然であると 考えられるが、そのような書面はなく、また、本件作品を含む解散コンサートの原 盤についてのEとの間の契約書(乙7)にも、Eのために1審原告会社に支払った 400万円とEに支払うべき原盤製作協力印税とを相殺する旨の記載はないのであ って、このことは、とりもなおさず日本フォノグラムが400万円を支払っていな いことを意味すると主張する。  Lの陳述書(甲5)には、「日本フォノグラムというレコード会社も余り資金的 な体力のある会社ではなく」との記載があるものの、その具体的な根拠は記載され ていないから、この記載をもって、日本フォノグラムが400万円を支払ったか否 かのいずれかを推断することはできない。そして、解散コンサートは現在(口頭弁 論終結時)から約31年前の出来事であるから、これに関する書類等が失われたと しても不自然ではない。また、確かに、Eとの間の契約書(乙7)には、Eのため に1審原告会社に支払った400万円とEに支払うべき原盤製作協力印税とを相殺 する旨の記載はないが、1審原告Xが「撮影の時に400万円が必要なのではなく て、基本的にはみな後払いなもんですから、撮影費も編集費も、後から、何箇月後 に払うというもの」であると供述している(原審における供述調書7頁)ことに照 らすと、Eとの間の契約書(乙7)の作成日(昭和50年5月15日)の時点にお いて、日本フォノグラムが1審原告会社に支払った金額の全部が確定していたとは 考え難いから、Eとの間の契約書(乙7)に原盤製作協力印税と相殺する旨の記載 がないとしても、不合理であるとはいえない。  したがって、1審原告らの上記主張を考慮しても、日本フォノグラムが本件作品 の製作に要した合計約400万円を1審原告会社に支払ったとの上記(1)の認定を 覆すには足りない。 2 争点(1)(著作者及び著作権者)について (1) 本件作品の著作者 ア 著作権法16条は、「映画の著作物の著作者は、・・・(中略)・・・制 作、監督、演出、撮影、美術等を担当してその映画の著作物の全体的形成に創作的 に寄与した者とする。」と規定している。  上記1の事実によれば、本件作品は、確かに多数の者が明確な取決めもなく複雑 に関与し合う状況の中で製作されるに至っており、錯綜した様相を呈しているが、 1審原告Xは、本件作品の企画段階から完成に至るまでの全製作過程に関与し、本 件作品の監督を務め、クールズを撮影することやファンのインタビューを入れるこ となど作品の創作性の高い内容を決定し、自ら撮影、編集作業の全般にわたって指 示を行っていることを総合して考えると、1審原告Xが本件作品の「全体的形成に 創作的に寄与した」唯一の者であると認めるのが相当である。 イ 1審被告及び1審被告補助参加人は、E又はバウハウスが本件作品の著作者 であると主張する。  しかしながら、上記1(1)のとおり、バウハウスは、会場の選択、ポスターやチ ラシの製作、保険契約の締結、会場及び機材の費用の負担、キャロルメンバーやコ ンサートスタッフの報酬の支払いなど、解散コンサートの運営に関する一切の業務 を行い、これに要する費用一式を負担し、また、Eは、ステージをどのように構成 するかを考え、解散コンサート全体のプロデュースを行ったものであって、いずれ も解散コンサート自体の企画、運営に係るにすぎないところ、本件作品は、解散コ ンサートの模様をただ単に撮影したというにとどまらないのであるから、上記アの とおり、本件作品の「全体的形成に創作的に寄与した者」は1審原告Xであり、か つ、1審原告Xとバウハウスとの共同著作ではないと認めるのが相当である。 ウ したがって、本件作品の著作者は、1審原告Xである。 (2) 著作権法15条(職務著作)の主張について ア 著作権法15条1項は、法人等において、その業務に従事する者が指揮監督 下における職務の遂行として法人等の発意に基づいて著作物を作成し、これが法人 等の名義で公表されるという実態があることにかんがみて、同項所定の著作物の著 作者を法人等とする旨を規定したものである。同項の規定により法人等が著作者と されるためには、著作物を作成した者が「法人等の業務に従事する者」であること を要する。そして、法人等と雇用関係にある者がこれに当たることは明らかである が、雇用関係の存否が争われた場合には、同項の「法人等の業務に従事する者」に 当たるか否かは、法人等と著作物を作成した者との関係を実質的にみたときに、法 人等の指揮監督下において労務を提供するという実態にあり、法人等がその者に対 して支払う金銭が労務提供の対価であると評価できるかどうかを、業務態様、指揮 監督の有無、対価の額及び支払方法等に関する具体的事情を総合的に考慮して、判 断すべきものと解するのが相当である(最高裁平成13年(受)第216号同15 年4月11日第二小法廷判決・裁判集民事209号469頁)。 イ 日本フォノグラムと1審原告Xとの間に雇用関係があることを認めるに足り る証拠はない。  また、上記(1)のとおり、1審原告Xが、本件作品の企画段階から完成に至るま での全製作過程に関与して、作品の内容を決定し、自ら撮影、編集作業の全般にわ たる指示を行っているのであって、日本フォノグラムは、本件作品の製作に全く関 与していないから、本件作品の製作に関して、1審原告Xが日本フォノグラムの指 揮監督下にあって、日本フォノグラムの手足として撮影だけを担当したということ はできない。そして、本件作品の製作に関して、日本フォノグラムから1審原告X に対して支払った金銭があることを認めるに足りる証拠はない(なお、日本フォノ グラムから1審原告会社に対して約400万円が支払われているが、これは、パビ ックの技術料やパビックに対する賠償額等であって、労務提供の対価ではな い。)。そうであれば、1審原告Xが日本フォノグラムの指揮監督下において労務 を提供するという実態にあったということも、日本フォノグラムが1審原告Xに対 して労務提供の対価として支払う金銭があったということもできない。 ウ したがって、1審原告Xは、日本フォノグラムの「業務に従事する者」に該 当しないから、本件作品が日本フォノグラムの職務著作であるということはできな い。 (3) 本件作品の著作権の帰属 ア 著作権法29条1項は、「映画の著作物・・・(中略)・・・の著作権は、 その著作者が映画製作者に対し当該映画の著作物の製作に参加することを約束して いるときは、当該映画製作者に帰属する。」と規定している。そして、同法2条1 0号は、映画製作者とは、「映画の著作物の製作に発意と責任を有する者をい う。」と規定している。  著作権法29条が設けられたのは、@従来から、映画の著作物の利用について は、映画製作者と著作者との間の契約によって、映画製作者が著作権の行使を行う ものとされていたという実態があったこと、A映画の著作物は、映画製作者が巨額 の製作費を投入し、企業活動として製作し公表するという特殊な性格の著作物であ ること、B映画には著作者の地位に立ち得る多数の関与者が存在し、それらすべて の者に著作権行使を認めると映画の円滑な市場流通を阻害することになることなど を考慮すると、映画の著作物の著作権が映画製作者に帰属するとするのが相当であ ると考えられたためである。  著作権法2条10号の文言と上記の趣旨からみて、「映画製作者」とは、映画の 著作物を製作する意思を有し、著作物の製作に関する法律上の権利義務が帰属する 主体であって、そのことの反映として同著作物の製作に関する経済的な収入・支出 の主体ともなる者のことであると解すべきである。 イ 上記(1)のとおり、1審原告Xは、本件作品の企画段階から完成に至るまで の全製作過程に関与して、作品の内容を決定し、自ら撮影、編集作業の全般にわた る指示を行っているところ、上記1の事実によれば、解散コンサートを主催し、開 催費用を負担したのはバウハウスのEであるが、本件作品に係るパビックへの支払 い、機材調達等の撮影に関する事項は、対外的手続も含め、すべて1審原告会社が 行っていること、本件作品の撮影方針等には、日本フォノグラム及びバウハウスは 全く関与していないこと、1審原告会社は、自らTBSと交渉し、本件作品を放送 させて、テレビ放送権料150万円の支払いを受けていることが認められる。  これらの事実に照らすと、1審原告会社は、@パビックに対しては、撮影を発注 する主体として契約を締結し、かつ、撮影費用等に関する経済的な支出の主体であ り、A特にTBSとの関係においては、本件作品に関する権利が帰属する主体とし て契約を締結し、放送権料に関する経済的な収入の主体であったということができ る。そうすると、本件において、映画の著作物を製作する意思を有し、著作物の製 作に関する法律上の権利義務が帰属する主体であって、そのことの反映として同著 作物の製作に関する経済的な収入・支出の主体ともなる者は1審原告会社であると 認められ、日本フォノグラムやバウハウスであるとは認められない。 ウ したがって、本件作品の映画製作者は、1審原告会社である。 (4) 著作権の譲受けについて ア 上記(1)の事実によれば、次のとおり認められる。  (ア) Eは、解散コンサートの映像を撮影しておくと、これをテレビで放送して 解散コンサートのライブ音源等を収録したLPレコードのプロモーションに利用す ることができる上、将来何らかの利用価値が出るかもしれないと考えたというので あるから、LPレコードのプロモーションや将来の利用に支障を来たすことがない ように、自ら又はバウハウスが本件作品の著作権を取得しておくようにしたものと 考えられる。しかも、解散コンサートは、バウハウスがその運営に関する一切の業 務を行て、その費用一式を負担し、Eが全体のプロデュースを行っているのである から、Eが、これを撮影した作品の著作権が自ら又はバウハウスに何ら帰属しない ことを前提に1審原告Xによる解散コンサートの映像の撮影を認めるとは、通常考 え難い(仮にEが自ら又はバウハウスに本件作品の著作権が何ら帰属しないことを 前提にしていたというのであれば、LPレコードのプロモーションや将来の利用に 支障を来たすことがないように、1審原告らとの間で、その趣旨を確認しておくと 考えられるが、Eが1審原告らとの間において解散コンサートの撮影前に本件作品 の著作権の帰属やその利用について特段の話合いをした形跡はない。)。  (イ) 1審原告会社は、自主制作で撮影編集等をすることにして、解散コンサー トを撮影編集し、完成した作品をTBSに持ち込んで、本件作品の独占的テレビ放 送権をTBSに譲渡し、TBSからテレビ放送権料150万円の支払いを受けてい る。したがって、この限りにおいて、上記(3)のとおり、1審原告会社が本件作品 の映画製作者であったということができる。  しかしながら、1審原告らは、本件作品のマスターテープを日本フォノグラムに 引き渡している上、日本フォノグラムの許諾による全国の各地方テレビ局での本件 作品の放送や全国各地でのフィルムコンサートの実施については、格別問題として いないし、昭和59年からの日本フォノグラムによる本件ビデオの販売等について も、日本フォノグラムとの間で契約書を取り交わしたり、特段の話合いを持ったこ とがないばかりか、本件ビデオのパッケージには「制作・著作・日本フォノグラム 株式会社」と表示されているにもかかわらず、日本フォノグラムに疑義を質した り、抗議をしたりしたこともなく、また、使用許諾による使用料を請求したことも ない。そして、平成14年12月ころ、1審原告Xは、本件プロモーション映像を 見て、はじめて、1審被告に対し、1審原告Xが本件作品の著作者であり、1審原 告会社が著作権者であると主張するに至った。  したがって、本件作品の著作権は映画製作者である1審原告会社に帰属したもの であるが、1審原告会社は、本件作品の完成後においては、独占的テレビ放送権を TBSに譲渡して、テレビ放送権料150万円の支払いを受けたほかに、著作権者 としての主張は何らしていない。  1審原告らは、Aが「Aヒストリー」の中に本件作品の解散コンサートのシーン を挿入することとのバーターで、本件ビデオの製作販売を日本フォノグラムに承諾 したのであるが、この点について、1審原告らとしては、Aが日本フォノグラムと 取り交わした条件について、自分がいくらもらえるかをAに問いただすことはため らわれたし、上記条件と矛盾するような問い合わせをしてAの面子をつぶすことは できないから、日本フォノグラムに問い合わせるわけにはいかず、結局、Aとの友 人関係を重んじて、あえて権利主張をしなかったなどと主張する。しかし、上記1 (1)で認定したように、Aは、本件作品の著作権が日本フォノグラムにあることを 前提にして、「Aヒストリー」の中に本件作品の解散コンサートのシーンを挿入す ることを許諾してもらうことと引換えに、本件作品の出演者としてその商品化を日 本フォノグラムに承諾したのであり、本件作品の著作権が1審原告会社にあること を前提に、本件ビデオの製作販売を日本フォノグラムに承諾したというものではな いから、1審原告らの上記主張はそもそも前提が異なる。しかも、本件ビデオに係 る1審原告会社の請求は、本件作品の著作権が1審原告会社にあることを前提とす るものであるから、1審原告らの上記主張に照らすと、このような請求をすること 自体がAの面子をつぶしかねないところ、1審原告らが本件訴訟を提起するに当た り、Aが日本フォノグラムと取り交わした条件がどのようなものであったかについ て、Aに問いただすなどして調査、確認した形跡は証拠上認められない。このよう な1審原告らの態度にかんがみると、1審原告らがAとの友人関係を重んじてあえ て権利主張をしなかったとは考え難く、1審原告らの上記主張による弁解には、無 理がある。  また、1審原告らは、1審原告Xが昭和58年11月5日に「Aヒストリー」の 中に本件作品の映像を使用してよいという許諾(甲33、34)をキャロルの元メ ンバーであるB及びCから得たが、これは、1審原告会社による本件作品の権利者 としての振舞いにほかならないと主張する。しかしながら、上記のとおり、Aは、 「Aヒストリー」の中に本件作品の解散コンサートのシーンを挿入することを許諾 してもらうことと引換えに、本件作品の出演者としてその商品化を日本フォノグラ ムに承諾したのであるから、1審原告会社は、「Aヒストリー」の中に本件作品の シーンを挿入することを日本フォノグラムから許諾された者として、B及びCから 上記のような許諾を得たということになる。そうであれば、甲33、34があると しても、これをもって、本件作品の著作権者としての振舞いであると認めることは できない。  (ウ) 乙23の1及び2、126、証人Eの証言によれば、Eは、解散コンサー トの終了後にその後の作業に関するメモ(乙23の2)を作成しているが、このメ モには、「400万」、「18日テープ編集完成品ビデオ買い取る」との 記載があることが認められる。上記メモ自体の記載に照らして、これに記載された 「テープ」、「ビデオ」とは、解散コンサートの映像を収録したものであると考え られるところ、上記1(1)で認定したように、日本フォノグラムは、1審原告会社 に撮影代金等を支払い、1審原告Xからマスターテープの引渡しを受けている。そ して、日本フォノグラムは、Aとの交渉により、「Aヒストリー」の中に本件作品 の解散コンサートのシーンを挿入することを許諾するとともに、キャロルの元メン バーの承諾を得て、昭和59年3月19日に本件ビデオの製作販売を開始したので ある。 イ 上記アの事情にかんがみると、本件作品の映画製作者は1審原告会社であ り、当初1審原告会社に本件作品の著作権が帰属したものの、1審原告会社は、そ の後、その著作権をEに譲渡したものと認められる。そして、乙7によれば、日本 フォノグラム、E及びAは、平成50年5月15日付け契約書(乙7)を取り交わ し、解散コンサートに係る原盤の所有権、原盤権及び著作権法上のすべての権利が 日本フォノグラムに帰属することとし、日本フォノグラムが録音物及び録画物を発 売したときは、所定の印税をE及びAに支払うことを合意したことが認められるか ら、これによれば、Eは、1審原告会社から譲り受けた本件作品の著作権を、さら に日本フォノグラムに譲渡したものと認められる。 (5) 以上によれば、本件作品の著作者は1審原告Xであり、また、著作権者 は、結局、日本フォノグラムが有する音楽関係の著作権その他すべての権利関係を 承継した1審被告であるということができる。  そうすると、1審原告会社の請求は、その余の争点について判断するまでもな く、理由がない。 3 争点(4)(特典DVDと本件プロモーション映像)について  当裁判所も、特典DVD及びこれを放映した本件プロモーション映像は、いずれ も1審原告Xの同一性保持権及び氏名表示権を侵害すると判断する。その理由は、 原判決の「事実及び理由」中の「第4 当裁判所の判断」の「5 争点(4)(特典 DVDと本件プロモーション映像)について」に記載(原判決53頁16行目ない し55頁10行目)のとおりであるから、これを引用する。 4 争点(5)(損害)について  1審原告Xは、本件作品の著作者であるにもかかわらず、1審被告により無断で 本件作品を改変され、その氏名を表示されることなく、特典DVDとして販売さ れ、本件プロモーション映像をテレビ放送等されたのであり、これによる精神的損 害を被ったと認められる。  この著作者人格権(氏名表示権及び同一性保持権)侵害による慰謝料は、本件に 現れた一切の事情を勘案して、100万円と認めるのが相当である。 5 争点(6)(謝罪広告)について  1審原告Xは、名誉回復措置として謝罪広告を求めているが、1審原告Xの著作 者人格権の侵害による損害は、前記慰謝料の支払いで填補されており、これ以上に 名誉回復措置が必要であると認めるに足りる証拠はない。  したがって、1審原告Xの名誉回復措置請求は理由がない。 第4 結論  以上によれば、1審原告会社の請求は、すべて理由がなく、1審原告Xの請求 は、特典DVDの複製、頒布の差止め、本件プロモーション映像の複製、上映、放 送等の差止め、特典DVD及び本件プロモーション映像のマスターテープの廃棄、 慰謝料100万円の損害賠償を求める限度で理由があり、その余は理由がない。  したがって、原判決の1審原告会社に関する部分のうち1審原告会社の請求を認 容した部分に対する1審被告の控訴は理由があるから、上記部分を取り消してこれ に係る請求を棄却し、1審原告会社の請求を棄却した部分に対する1審原告会社の 控訴は理由がないからこれを棄却し、当審における1審原告会社の追加請求は理由 がないからこれを棄却し、また、原判決の1審原告Xに関する部分は相当であるか ら、1審原告X及び1審被告の各控訴を棄却することとする。 知的財産高等裁判所第4部 裁判長裁判官 塚原朋一    裁判官 高野輝久    裁判官 佐藤達文