・東京地判平成18年10月6日  シェーン映画保護期間事件:第一審  X1(パラマウント・ピクチュアズ・コーポレーション)は、本件映画「シェーン」 (ジョージ・スティーヴンス監督)の著作者である。X1(株式会社東北新社)は、ヴィ ・スミス−リデル・リミテッドに対して、本件映画に関する日本における恒久的な全メデ ィアの独占的利用権を与え、X2は、スミス社から上記権利の譲渡を受けた。  Y1(株式会社ブレーントラスト)は本件映画を収録した映像素材(本件マスターフィ ルム)を製造し、これをY2(有限会社オフィスワイケー)に販売し、Y2は、本件マス ターフィルムを基に、本件映画を複製したDVD商品を製造・販売している。  そこで、Xらは、X1が有する本件映画に対する著作権(複製権及び頒布権)を侵害す ると主張して差止請求を、Yらの行為が、X2が有する本件映画に関する「日本における 恒久的な全メディアの独占的利用権」を侵害すると主張して損害賠償請求を請求した。  これに対し、Yらは、本件映画の著作権は存続期間の満了により消滅したなどと主張し て争った。  判決は、「本件映画については、上記のとおり、平成15年12月31日の終了をもっ て著作権の存続期間が満了しており、平成16年1月1日の時点で著作権が消滅している から、改正著作権法54条1項は適用されないと解される。」 (控訴審:知財高判平成19年3月29日) ■判決文 第3 当裁判所の判断 1 争点(1)(本件映画についての改正著作権法54条1項の適用の有無−本件映画の 著作権は存続期間満了により消滅しているか。)について (1)本件映画が公表された年について  米国著作権局作成の本件映画についての著作権登録証明書(甲1、64)には、「公表 された作品の欄(最初に、発売、販売または公開された日付)」に「最初に合衆国で公開 された」日付として、「1953年5月27日」と記載されていることから、本件映画は、 米国において、昭和28年5月27日に公表されたことが認められる。  これに対し、被告ブレーントラストは、原告パラマウントが米国で販売している本件映 画のDVDには、「COPYRIGHT91952、9RENEWED1980」と、ま た、同DVD及びそのパッケージには「1952/COLOR/117MIN」との表示 があり、同表示は、本件映画が1952年に発行されたことを意味することを根拠として、 本件映画は昭和27年(1952年)に公表された旨主張するので、この点について検討 する。  確かに、乙第1号証によれば、原告パラマウントが米国で販売している本件映画のDV Dには、「COPYRIGHT91952、9RENEWED1980」と、また、同D VD及びそのパッケージには「1952/COLOR/117MIN」との表示があるこ とが認められる。  しかしながら、そもそも、上記のDVD及びそのパッケージにおいて、「1952」と の表示が、本件映画が最初に公表された年自体を示す旨の記載はなく、他にこのことを認 めるに足りる明確な証拠もない上、上記の著作権登録証明書(甲1、64)には、著作権 局の注として、「著作権表示はC1952年」と記載されていることからすると、著作権 表示は1952年とされているものの、本件映画が公表された時期としては、上記のとお り、1953年5月27日と認定されているということができる。そうすると、原告パラ マウントが米国内で発売している本件映画のDVDにおいて上記のとおり表示されている としても、この表示のみから、上記著作権登録証明書の記載の信用性を損なわせることは できないというべきであり、被告ブレーントラストの上記主張は採用できない。  したがって、本件映画が公表された年は、昭和28年である。 (2)本件映画の著作権の存続期間(旧著作権法、改正前著作権法)  本件映画は、上記のとおり、昭和28年に公表されたものであるところ、前記争いのな い事実等.記載のとおり、本件映画の公表時に映画の著作物の著作権の保護期間を定めて いた旧著作権法は、独創性のある映画の著作物のうち、団体の著作名義で発行又は興行し た著作物の著作権は、発行又は興行から30年継続するものと定め(旧著作権法6条、2 3条の3)、その期間は、著作物を発行又は興行した年の翌年から起算することとしてい る(旧著作権法9条)。その後、旧著作権法下において、団体名義の映画の著作物の著作 権の保護期間は、2回の暫定的な延長措置(昭和42年法律第87号、昭和44年法律第 82号)により33年に延長された。さらに、45年改正法が施行され、映画の著作物の 著作権は公表後50年を経過するまでの間存続する旨定められた(改正前著作権法54条 1項)。 同法附則2条1項は、同法の施行の際現に旧著作権法による著作権の全部が消滅している 著作物については、改正前著作権法を適用しない旨規定しているから、45年改正法が施 行された昭和46年1月1日の時点で著作権が消滅していない著作物については、改正前 著作権法を適用することとされた。  そこで、本件映画についてみると、本件映画は、独創性のある映画の著作物であり、ま た、原告パラマウントの著作名義で公表された著作物であると認められる(甲1、64、 弁論の全趣旨)から、旧著作権法のもとでは、その発行又は興行のとき、すなわち、本件 映画が公表された昭和28年の翌年である昭和29年から著作権の保護期間が起算され、 その後の延長措置により、著作権の保護期間は昭和29年から33年間となる昭和61年 12月31日までとされていた。そうすると、本件映画は、45年改正法施行時にその著 作権が消滅していない著作物であり、改正前著作権法54条1項が適用されることとなる から、本件映画の著作権は、公表の翌年である昭和29年から起算して(同法57条)、 50年後の末日である平成15年12月31日が終了するまでの間存続することとなった (同法54条1項、民法141条、143条1項)。 (3)改正著作権法54条1項の適用の有無  ところで、前記争いのない事実等で判示したとおり、平成16年1月1日から本件改正 法が施行され、改正著作権法54条1項は、映画の著作物の著作権の保護期間を公表後7 0年に延長し、本件改正法附則2条は、「改正後の著作権法・・・第五十四条第一項の規 定は、この法律の施行の際現に改正前の著作権法による著作権が存する映画の著作物につ いて適用し、この法律の施行の際現に改正前の著作権法による著作権が消滅している映画 の著作物については、なお従前の例による。」と規定しているので、これにより、平成1 6年1月1日の時点で著作権が消滅していない著作物の著作権存続期間は、70年に延長 された。  本件映画については、上記のとおり、平成15年12月31日の終了をもって著作権の 存続期間が満了しており、平成16年1月1日の時点で著作権が消滅しているから、改正 著作権法54条1項は適用されないと解される。  原告らは、改正前著作権法54条1項に基づく本件映画の存続期間の満了点である平成 15年12月31日午後12時は、本件改正法が施行された平成16年1月1日午前零時 と同時刻であるから、本件映画の著作権は、本件改正法が施行された際存続しており、改 正著作権法54条1項が適用されて、同著作権は、公表後70年を経過するまでの間、す なわち、平成35年12月31日まで存続する旨主張するので、以下、この点について検 討する。 ア 著作権法における存続期間の解釈  著作権法における映画の著作物の著作権の存続期間は、年によって定められているから (改正前著作権法54条1項、57条、民法140条)、その期間はその末日の終了によ り満了し(民法141条)、その期間の認定は日を単位としてされ、一方、改正著作権法 の適用の可否の基準となる本件改正法の施行日も日をもって定められており(本件改正法 附則1条)、改正著作権法の適用区分の認定も日を単位としてされるところ、このように、 日を単位として見れば、平成15年12月31日と本件改正法の施行日である平成16年 1月1日とは異なることになり、両者に重なりも認められないというべきであるから、本 件改正法が施行された時点では、平成15年12月31日は既に終了しており、この日に 著作権の存続期間が満了する映画の著作物は、既に消滅していると解するのが相当である。  また、著作権法は、保護の対象とする権利の範囲やその権利を侵害することになる行為 の範囲を規定し、その権利を侵害する行為について、民事上の差止請求や損害賠償請求の 対象とするだけでなく、懲役刑や罰金刑などの刑事上の罰則の対象ともしていることから、 著作権法により保護されている権利の範囲やその権利を侵害することになる行為の範囲は 一義的に明確にされている必要性が高く、その規定が一義的に明確といえないような場合 は、社会一般人に対して不測の損害を与えることのないよう、その解釈も社会一般人が通 常読み取ることのできる解釈によるべきものといえる。このような観点から本件改正法附 則2条の文言について検討するに、通常、社会一般人が同条項の文言に接した場合、本件 改正法の施行日の前日が存続期間の満了日である映画の著作物に対しては同法は適用され ないものと解すものと考えられ、原告らの主張するように、本件改正法の施行日である平 成16年1月1日の前日である平成15年12月31日の午後12時は平成16年1月1 日の午前零時と同時刻であることから、平成15年12月31日に著作権の存続期間が満 了する映画の著作物の著作権は平成16年1月1日には消滅していないとの考えに至り、 改正著作権法が適用されると解釈する者を想定することは困難であるから、上記附則2条 の解釈としても、本件改正法の施行日の前日に著作権の存続期間が満了する映画の著作物 には、改正著作権法は適用されないものと解するのが相当である。 イ 他の法令における解釈との整合性  そして、他の改正法の経過規定に関する附則においても、例えば、所得税法等の一部を 改正する法律(平成16年法律第14号)附則1条、17条1項では、同法による改正後 の国税通則法70条1項は、平成16年4月1日以後に法人税に係る法定申告期限が到来 する法人税について適用し、上記の日前にその期限が到来した法人税については、適用し ない旨規定しており、この附則の解釈としては、法定申告期限を同年3月31日とする法 人税、すなわち、法定申告期限が同日の終了によって到来する法人税に対しては、上記改 正後の国税通則法70条1項は適用されないと解されるところ、本件改正法附則2条につ いての原告らの前記解釈を前提とすると、同年3月31日の午後12時は、同年4月1日 の午前零時と同時刻であるから、同年4月1日の時点では同年3月31日は終了しておら ず、したがって、上記法律の施行日前に上記申告期限は到来していないとして、上記法人 税に対しても改正後の国税通則法70条1条が適用されるとする解釈も可能となるが、こ のような解釈が不当であることは明らかである。  また、例えば、平成16年法律第84号により行政事件訴訟法が改正され(施行日は平 成17年4月1日)、同法附則4条は、「この法律の施行前にその期間が満了した処分又 は裁決に関する訴訟の出訴期間については、なお従前の例による。」と規定しているが、 同附則4条の解釈としては、平成17年3月31日に上記改正前の行政事件訴訟法14条 1項の規定による出訴期間が満了した取消訴訟等については上記改正後の行政事件訴訟法 14条1項の適用はないと解されるところ、本件改正法附則2条についての原告らの前記 解釈を前提とすると、同年3月31日の午後12時は、同年4月1日の午前零時と同時刻 であるから、同年4月1日の時点では同年3月31日は終了しておらず、したがって、上 記改正法の施行日前に上記取消訴訟等の出訴期間は満了していないとして、同訴訟に対し ても上記改正後の行政事件訴訟法14条1項が適用されるとする解釈も可能となるが、こ のような解釈が不当であることも明らかである。  このように、他の改正法における経過規定に関する附則の解釈との整合性の観点からも、 原告らの前記解釈は採用できない。 ウ 立法者意思  原告らは、立法者意思を根拠として、平成15年12月31日に著作権の存続期間が満 了する本件映画の著作権は、本件改正法が施行された際存しており、本件映画に対して、 改正著作権法が適用される旨主張するので、この点について検討する。 (ア)本件改正法の立法過程における検討状況  証拠(甲29、30、44ないし50)及び弁論の全趣旨によれば、本件改正法の立法 過程における検討状況について、以下の各事実が認められる。 a 1950年代に公表された映画の著作物の著作権の存続期間の満了が眼前となってき た1990年代の末ころ、映画製作者等の映画産業の関係者の間では、映画の著作物の著 作権の保護期間を延長すべく著作権法を改正する旨の要求が高まっていた。  このような状況の中で、文化庁文化審議会においても、映画の著作物の著作権の保護期 間の延長に関する審議がされるようになり、平成14年7月30日に開催された文化審議 会著作権分科会法制問題小委員会(第2回)においては、まず、事務局から文化審議会に おける映画の著作物の著作権の保護期間の延長についてのこれまでの検討状況の説明がさ れ、その後、法制問題小委員会の構成員であるA委員から、当日の配布資料である同人作 成の「映画著作権の保護期間延長が必要」と題する本件資料1(同委員会では資料11と して配布された。)を基に、日本映画の黄金時代といわれる昭和20年代後半に公表され た映画作品の著作権の存続期間が満了しつつあること、及び映画の著作物の著作権の保護 期間は他の著作物の著作権の保護期間に比して短く不均衡であることから、映画の著作物 の著作権保護期間を70年に延長すべきであること、並びに映画の著作物の著作権保護期 間を70年に延長すると、映画産業にとって非常に大きな経済的効果があること等が説明 された(甲29)。 b 本件資料1には、以下の記載がある(甲29)。  「1.現行法は、映画の著作物の保護期間を、『公表後50年』(創作後50年以内に公 表されないときは、創作後50年)と定めているが、改正の必要がある。」 「2.日本映画の黄金期の作品の著作権が、消滅しようとしている。→(別紙資料1.) ※小津安二郎監督作品 ・昭和27年までの公開作品(『宗方姉妹』『お茶漬の味』等)は、今年12月31日で 著作権消滅 ・昭和28年公開作品(『東京物語』)は、来年12月31日に著作権消滅」 ※溝口健二監督作品 ・昭和26年までの公開作品(『武蔵野夫人』等)は、既に著作権消滅 ・昭和27年公開作品(『西鶴一代女』)は、今年12月31日で著作権消滅 ・昭和28年公開作品(『雨月物語』)は、来年12月31日で著作権消滅」  世界的にも極めて高い評価を得ている昭和20年代後半の映画の著作権が、続々と消滅 しつつある。→ 一刻も早く保護期間の延長をはかることが、映画関係者の悲願」 「3.他の著作物の保護期間との違い映画以外の著作物は、『創作〜著作者の死亡時プラ ス50年間』の保護を受けているのに、映画の著作物は『公表後50年間』の保護しかな い。」 「以上のことから、映画の著作物と他の著作物とのバランスをとる必要がある。そこで、 公表後50年ではなく、一定期間を追加すべき。  追加すべき期間は、『公表〜著作者の死亡時』までの平均的期間であるが、アメリカ合 衆国法(25年追加)をも参酌しつつ、さしあたり20年が適切」 「よって、映画の著作物の保護期間は、公表後70年(創作後70年以内に公表されなか ったときは創作後70年)とするべき。」 「5.商業的利用の継続 ・旧作映画は、ビデオ化やテレビ放映などによる経済的利用が活発に継続されている。 ・資産価値を現に有し、経済的利用が行われている作品の著作権を消滅させるべきでない。 ・著作権を消滅させると、かえって円滑な利用が行われなくなる。 ・経済的効果の試算(別紙資料2.)映画の保護期間を20年延長した場合の経済的効果 を試算すると、映連加盟社の映画につき、184億1100万円となる。」 「6主要先進国との比較 ●アメリカ合衆国(アメリカ著作権法302条)・・・ ●EU指令・・・」  また、本件資料1には、「別紙資料1」と「別紙資料2」の2枚の資料が別紙として添 付されており、そのうちの一つの資料である「別紙資料1」には、昭和28年に公開され た合計26作品の日本映画の作品名並びにその製作会社名及び監督名が記載されており、 もう一つの資料である「別紙資料2」には、著作権の保護期間を20年間延長した場合の 昭和28年から昭和52年までに公開された映画の収入増加予想額について、各年毎の額 とその合計額とを算定した表が記載されている。 c さらに、上記法制問題小委員会において、A委員からの上記説明の後に、各委員の間 で意見交換が行われ、各委員から、以下の〔1〕から〔10〕までのような意見が出され、 また、〔11〕から〔14〕までの質問がされた。 〔1〕映画の著作物の著作権の保護期間を延長すべき理由としてA委員が挙げた、日本の 映画の黄金期の作品の著作権の消滅を避けるという点は、知的財産権の存続期間がその利 用価値のあるうちに満了することは社会全体のウェルフェアが増すという観点からは、保 護期間延長の理由とはならないこと。 〔2〕映画の著作物と他の著作物の著作権の保護期間の違いについては大いに議論すべき であること。 〔3〕日本の著作権法において映画の著作物の著作権の保護期間を50年とすると、逆に、 欧州の映画の著作物の著作権の保護期間も日本において50年となり、保護期間を延長し ないことが日本にとって一方的に不利とはいえないのであるから、社会全体にとって何が いいかを検討する必要があること。 〔4〕日本の著作権法において映画の著作物の著作権の保護期間を50年とすることによ り、日本映画の名作が海外に流出することによって被る日本の経済的損失も考えるべきで あること。 〔5〕日本における映画の著作物の著作権の保護期間が主要先進国に比較して短いと国際 的な非難を浴びるおそれがあるから、国際的な基準に合わせるべきであること。 〔6〕映画の著作物の著作権の保護期間を70年とすることの妥当性は日本独自に考える べきであること。 〔7〕映画作品の配信を行う者として最適なのは、著作権者である映画製作者なのか、そ れとも流通市場を担う人たちなのかを検証すべきであること。 〔8〕映画の著作物の著作権の保護期間を延長する理由をはっきりしないと歯止めがなく なり、いずれ保護期間が70年、100年となり、また、映画の著作物以外の著作物の著 作権の保護期間にも波及する懸念があるから、映画の著作物の著作権の保護期間を延長す ることの理由を明確にすべきこと。 〔9〕工業所有権法に関しては、保護期間を延長してほしいとの意見はそれほどないこと にも留意する必要があること。 〔10〕映画の著作物の定義について更に議論をする必要があること。 〔11〕映画の著作物の著作権の保護期間を延長することは、パブリックドメインとなっ た映画を供給するビジネスにいかなる影響を及ぼすのか。 〔12〕A委員の要望は、映画の著作物の著作権については、常に映画以外の著作物より 長い保護期間にして欲しいというものなのか。 〔13〕映画の著作物の著作権の保護期間の終期を著作者の死後70年という要望が出て こないのはなぜか。 〔14〕映画の著作物の著作権の保護期間を延長しないことによる国レベルの損失を試算 したらどのような数字になるのか。  また、A委員又はB委員からは、他の委員に対して、以下のような説明がされた。 〔1〕保護期間の延長の対象となる映画の著作物とは、主として劇場用映画であること。 〔2〕映画作品は、パブリックドメインとなっても売れるものではなく、著作権者が販売 のための努力をしないと売れないものであり、著作権者のこうした努力が文化の振興につ ながるので、映画の著作物の著作権の保護期間の延長を要望すること。 〔3〕映画の著作物がパブリックドメインとなって自由に使用できることは一見重要であ るが、文化遺産として保護するという観点からは一元的な管理が必要であること。 〔4〕映画の著作物の著作権の保護期間の延長を要望する理由は、他の著作物の著作権の 保護期間との不均衡を是正して欲しいというものであるから、少なくとも現時点では映画 の著作物の著作権の保護期間を他の著作物の著作権の保護期間より長くして欲しいという ことは考えていないこと。 〔5〕映画の著作物の著作権の保護期間の延長の要望は、ハリウッド映画との戦いという 経済的側面があることも理解して欲しいこと。 d 平成14年10月7日に開かれた文化審議会著作権分科会法制問題小委員会(第5回) においては、A委員から、配付資料である「映画著作権の保護期間の延長について」と題 する資料3(以下「本件資料3」という。)が示され、本件資料3に記載された内容に沿 って、映画の著作物の著作権の保護期間の延長についての説明がされた。  本件資料3には、以下のような記載がある。 「繰り返し申し上げておりますとおり、今回の改正提案は、死後50年との実質的不均衡 を是正することを目的とするものであります。たまたまEUの原則的保護期間が『死後7 0年』であり、70年という数字が一致しておりますが、決してEUに合わせるべきであ るという趣旨のご提案ではありません。死後50年の場合には、『創作時から著作者の死 亡時』までプラス『死後50年』の保護を受けており、『公表時から50年』と比べると、 『公表時〜著作者の死亡時』までの期間だけ長くなっております。そこで、その平均的な 期間がどれくらいか、ということが問題となります。」 「この調査結果に基づきますと、死後50年との実質的不均衡を是正するためには、公表 時から『78.5年』(参考資料1)の保護が映画に認められるべきということになりま すが、今回の提案は、多少控えめに、固いところで公表後70年の保護をご提案させてい ただいております。」 「今回の改正提案は、映画の著作物と他の著作物との間で、保護期間に実質的な不均衡が 生じていることを是正するためのものであり、その是正に必要な範囲という限定付きでの 保護期間の延長を求めるものであります。したがって、今回の改正提案は、他の著作物の 保護期間の延長に波及するものではありません。また、もし将来、著作物の原則的な保護 期間を『死後50年』から延長する場合は別として、そうでない限りは、映画の保護期間 のみを公表後80年とか、95年とかに再延長することは考えられません。」 「映画を良好な状態で保存し、その利用開発を進めるためには、それなりの経済的投資を 必要とします。保護期間の延長により、投下資本を回収し、今後の映画の再生産、映画の 良好な状態での保存と管理、国民による映画の利用のための開発を行うことによって、映 画文化の発展に努めることが、文化の振興の一端を担う映像コンテンツ製作者の責務だと 考えており、今回の提案に御理解いただきたいと思います。」  なお、本件資料1とは異なり、日本映画の黄金期の昭和20年代後半に公表された映画 の著作物の著作権が消滅しつつあるから、一刻も早く著作権の保護期間の延長を図る必要 がある旨の記載はない。  A委員からの上記説明の後、上記法制問題小委員会において、各委員の間で意見交換が 行われたが、その中では、映画の著作物と他の著作物との間には著作権の保護期間の点で 不均衡があり、これを解消するために映画の著作物の著作権の保護期間を20年延長する ことの要望は合理的であり、したがって、A委員の提案に賛成であるという意見が主流で あった。 e その後、文化庁において、本件改正法の原案が作成され、同原案が内閣法制局の審査 を受けた。上記原案における附則2条は、本件改正法附則2条と同一の文言であるところ、 内閣法制局において、著作権担当の参事官が担当部長に対して、同条の文言についての説 明をしたが、その際に上記参事官が使用した説明資料である本件資料2には、「第54条 の映画の著作物の保護期間延長の規定が来年1月1日に施行される場合、本年12月31 日まで著作権が存続する著作物については、12月31日の24時と1月1日の0時は同 時と考えられることから、『施行の際現に改正前の著作権法による著作権が存するもの』 として保護期間が延長されることとなる。」との記載があり、上記説明の内容は、本件資 料2に沿ったものであった(甲47、49)。  内閣法制局における上記審査の後、本件改正法の法律案が平成15年第156回国会に 提出され、国会における審議を経た上で、平成15年6月18日、本件改正法が成立した (甲50)。  上記法律案の提案理由説明書には、映画の著作物の著作権の保護期間を延長することに ついての提案理由として、映画の著作物の著作権の保護期間は一般の著作物の著作権の保 護期間と比較すると著作者の生存期間の分だけ実質的に短いという状況にあり、また、他 の先進諸国においては、公表後50年という条約上の義務を超えて、より長い保護期間を 法定することが一般化しており、このような状況を踏まえ、内外における我が国の映画の 著作物の保護を強化するため、映画の著作物の著作権の保護期間を公表後70年に延長す る旨の記載がある。 (イ)検討  以上の事実関係をもとに、検討する。 a 前記(ア)のとおり、本件改正法の法律案が国会に提出された際に示された提案理由 のうち、映画の著作物の著作権の保護期間を延長することについての提案理由は、映画の 著作物の著作権の保護期間が他の著作物の著作権の保護期間より短く、また、他の先進諸 国における映画の著作物の著作権の保護期間は一般に日本よりも長いという状況を踏まえ て、映画の著作物の著作権の保護期間を延長して映画の著作物の保護を強化するというも のであり、いわゆる日本映画の黄金期に公表された各作品の著作権の消滅を防ぐという点、 さらに具体的には、昭和28年に公表された映画の著作権の消滅を防ぐという点は、提案 理由として挙げられていなかったのであるから、国会における審議において、昭和28年 に公表された映画の著作権の存続期間が満了することを防ぐことの必要性に関する議論は なされていたものとは認められない。  また、文化庁文化審議会著作権分科会法制問題小委員会での検討状況については、前記 (ア)のとおり、平成14年7月30日に開催された同委員会では、A委員から、映画の 著作物の著作権の保護期間の延長の提案がされ、その提案理由として、映画の著作物の著 作権の保護期間は他の著作物の著作権の保護期間より短く、この不均衡を是正する必要が あること等の理由とともに、日本映画の黄金期である昭和20年代後半の作品の著作権が 消滅しようとしており、これを防ぐ必要があることも説明されたが、その後の意見交換に おいて、各委員から、同提案に対する消極的な意見が少なからず提出され、その中には、 日本映画の黄金期の作品の著作権の消滅を避けるということは映画の著作物の著作権の保 護期間の延長の理由にはならない、映画の著作物の著作権の保護期間を延長する理由を明 確にしないと、保護期間の更なる延長の要望がされる懸念があるなどの意見も表明された。 同年10月7日に開催された委員会では、映画の著作物の著作権の保護期間延長の理由が 再度説明されたが、そこでは、他の著作物の著作権の保護期間との不均衡の是正を図るこ とが強調され、日本映画の黄金期である昭和20年代後半の作品(とりわけ昭和28年に 公表された作品)の著作権の消滅を防ぐという点は挙げられないまま審議が行われ、最終 的に映画の著作物の著作権の保護期間の延長に対する各委員からの賛同が得られた。  このような経緯からすれば、同小委員会においても、日本映画の黄金期である昭和20 年代後半の作品の著作権の消滅を防ぐという点は、映画の著作物の著作権の保護期間の延 長という法律改正において、その明確な目的とはされていなかったというべきである。  そして、本件証拠上、前記(ア)で認定したほかに、本件改正法の立法過程において、 昭和28年に公表された映画の著作物の著作権の消滅を防ぐことの必要性に関する議論が なされたような事情は認められない。  したがって、本件改正法の制定の際の国会の審議において、昭和28年に公表された映 画の著作物の著作権の存続期間が満了してしまうという点を考慮して、それを防ぐための 必要性が議論されたとは認められず、その観点から本件改正法附則2条1項の解釈につい て議論がされたとも認められないから、昭和28年に公表された映画の著作物の著作権の 存続期間が満了するのを防ぐことが本件改正法の制定時の立法者意思であるという原告ら の主張には、理由がない。 b なお、前記aのとおり、本件改正法の法律案が国会に提出された際の提案理由として、 昭和28年に公表された映画の著作物の著作権の消滅を防ぐという点は挙げられていなか ったことからすると、内閣法制局において、著作権担当の参事官から同部長に対して本件 改正法附則2条に係る前記(ア)eのとおりの解釈についての説明がされたからといって、 この点が国会でも議論されたと認めることはできない。したがって、本件改正法の法律案 についての内閣法制局における審査での上記の説明の存在は、国会における審議状況につ いての前記aの認定を左右するものではない。 エ 45年改正法附則の解釈  また、原告らは、45年改正法附則2条1項の解釈としては、45年改正法が施行され た昭和46年1月1日の前日である昭和45年12月31日に著作権の存続期間が満了す る著作物に対しても改正前著作権法が適用されるとの解釈が確立されているところ、改正 前著作権法54条1項と改正著作権法54条1項とは、著作権の存続期間が満了しそうに なっている著作物を救済するという同一の目的で制定ないし改正されたのであるから、4 5年改正法附則2条1項と本件改正法附則2条とで異なる解釈をすべきではない旨の主張 をする。  しかしながら、45年改正法附則2条1項の解釈としては、前記イで判示したのと同じ 理由から、同法の施行日の前日である昭和45年12月31日に著作権の存続期間が満了 する著作物に対しては、同法は適用されないと解するのが文理解釈として相当である。  したがって、原告らの上記主張には、理由がない。  この点、原告らは、旧著作権法下における4回にわたる暫定延長措置と45年改正法制 定の経緯を指摘して、昭和45年12月31日に著作権の存続期間が満了する著作物にも 改正前著作権法が適用される旨主張する。  しかし、旧著作権法下において、昭和37年法律第74号、昭和40年法律第67号、 昭和42年法律第87号、昭和44年法律第82号により4回にわたり実施された暫定的 な著作権の保護期間の延長措置は、新たな法律の成立に必要な時間を考慮すると、著作権 の存続期間の満了が間近に迫っている著作物に限定せずに、概ね数年以内に迫っている著 作物について、その存続期間を延長することを目的としたものと解するのが合理的であり、 上記各暫定措置を受けて制定された45年改正法及び同法附則2条1項も、同趣旨を目的 としてたものと解されるから、上記の延長措置及び改正法制定の経緯が、本件改正法附則 2条についての前記解釈を左右するものではない。  したがって、原告らの上記主張も理由がない。  オ 文化庁著作権課の見解等  さらに、原告らは、本件改正法附則2条の解釈についての原告らの主張の根拠として、 著作権行政を所管する文化庁著作権課の見解も原告らの主張と同じであることを指摘する が、文化庁著作権課の見解はあくまでも所管官庁である文化庁における解釈にすぎず、こ れが直ちに立法者意思に結び付くものとはいえない。そして、前記ウで判示したとおり、 本件改正法の制定の際の国会の審議において、昭和28年に公表された映画の著作物の著 作権の存続期間が満了してしまうという点を考慮して、それを防ぐ必要があるという観点か ら、本件改正法附則2条1項の解釈が議論されたものとは認められず、また、文化庁著作 権課の上記見解が国会審議において反映されたものとも認められない。したがって、原告 らの上記主張は理由がない。  その他、原告らは、本件改正法附則2条の解釈についての原告らの主張の根拠として、 新聞記事や学説の状況など種々の点を指摘するが、それらの点は、上記検討の結果を左右 するものではない。 カ まとめ  以上により、本件改正法附則2条の解釈としては、平成15年12月31日に著作権の 存続期間が満了する映画の著作物に対して、改正著作権法54条1項は適用されないと解 するのが相当であるから、改正前著作権法の規定に従い上記の日に著作権の存続期間が満 了する本件映画に対しては、改正著作権法54条1項は適用されないことになる。  したがって、本件映画の著作権は、既に、平成15年12月31日が満了した時点で消 滅している。 2 したがって、その余の点について判断するまでもなく、原告らの請求はいずれも理由 がないことになる。 第4 結論  以上の次第で、原告らの請求はいずれも理由がないから、これらを棄却することとし、 主文のとおり判決する。 東京地方裁判所民事第29部 裁判長裁判官 清水 節    裁判官 山田 真紀    裁判官 佐野 信 別紙 映像素材目録  被告株式会社ブレーントラストが頒布用に製造する別紙映画目録記載の映画を収録した 映像素材 別紙 映画目録 題名 シェーン 監督 ジョージ・スティーヴンス 制作 ジョージ・スティーヴンス 出演 アラン・ラッド、ヴァン・ヘフリン、ジーン・アーサー 別紙 商品目録 題名 シェーン 盤種 DVD 商品番号 DYK−019 レーベル オフィスワイケー