・知財高判平成18年10月19日  計装工業会講習資料事件:控訴審  控訴棄却。 (第一審:東京地判平成18年2月27日) ■判決文 第4 当裁判所の判断 1 争点1(12年度資料について、控訴人が著作者であるか、又は職務著作として被控 訴人会社が著作者となるか。)について (1)控訴人が12年度資料を作成したことは、当事者間に争いがないところ、12年度 資料について、控訴人は、自己がその著作者であると主張するのに対し、被控訴人らは、 控訴人が、被控訴人会社の発意に基づき、被控訴人会社の業務に従事する者として職務上 作成したものであり、職務著作としてその著作者は被控訴人会社となる旨主張するので、 12年度資料の作成経緯、内容等について検討する。 (2)前記第2の2において引用する原判決の「事実及び理由」欄の「第2 事案の概要」 の1の前提となる事実等と証拠(甲9〜11、17〜20、乙1、4の1、5の1、7の 1〜5、8の1〜6、9の1〜6、10の1、乙12、13の1〜4、乙14、15)及 び弁論の全趣旨を総合すれば、以下の事実が認められる。 ア 被控訴人会社は、冷暖房、換気、衛生、水道、乾燥、蒸発、燃焼、冷凍、製氷、温湿 度調整装置及び一般熱交換装置の設計、監督、工事並びに保守管理等を業とする会社であ る。  控訴人は、昭和51年11月8日に被控訴人会社に入社し、以来、被控訴人会社東京本 店技術部、同設計部、本社技術部、東京本店計装システム部等に所属し、平成17年7月 31日、被控訴人会社を退職した者である。 イ 被控訴人工業会は、昭和49年3月に任意団体「計装工業会」として発足し、昭和5 5年12月13日に、「計装工事業に関する諸問題について調査研究、経営の合理化、技 術の向上およびその交流に務め、計装工事業の健全な進歩発展を図り、もって公共の福祉 の向上と産業界の発展に寄与すること」を目的とする社団法人に組織変更された。被控訴 人工業会は、計装工事業の技術の総合的調査研究、計装士の試験・登録・証明等の事業を 行っている。  被控訴人工業会は、「本会の目的に賛同し、建設業法の規定に基づく電気工事業、管工 事業、機械器具設置工事業及び電気通信工事業のいずれかの許可を受け、計装工事業を営 む法人及び個人」を正会員とし、「本会の事業を賛助する者」を賛助会員としており、平 成17年10月1日時点で、正会員が153法人、賛助会員が32法人となっている。 ウ 計装士の資格制度は、昭和59年3月、建設大臣認定資格として新設されたが、平成 13年4月、同資格制度が建設業法施行規則17条の2に基づく制度に移行し、以後、被 控訴人工業会が計装士の資格の認定(計装士技術審査)を行うこととされた。被控訴人工 業会が実施する計装士技術審査(1級、2級)に合格し、1級計装士あるいは2級計装士 として登録を受けた者が計装士とされ、その登録の有効期限は5年間であり、5年毎に計 装士の知識及び技術の維持向上のための維持講習(以下「維持講習」という。)を受講す れば更新することができ、講習を受講しない者については、被控訴人工業会の会長が更新 を拒絶することができるものとされていた。一方、被控訴人工業会は、その内部規程によ って、毎年1回、全国数か所の会場において維持講習を実施するとともに、計装士は、5 年毎に維持講習を受講しなければならないとされている。  維持講習の内容及び範囲は、あらかじめ同規程により定められるとともに、被控訴人工 業会の研修委員会が維持講習の実施を担当することとされ、同研修委員会では、毎年、具 体的な講習のテーマ及び内容や被控訴人工業会の会員企業各社の分担などを決定している。 維持講習の講師は、被控訴人工業会の依頼を受けて会員企業から派遣された者(おおむね 4、5社から1名ずつ)が務め、それぞれの講師が、原則として、同じテーマで5年間継 続して担当することとされており、講習資料についても、大幅な変更がされないことが前 提とされている。 エ 被控訴人会社は、昭和58年4月に被控訴人工業会の会員となり、平成元年から被控 訴人会社の代表者が被控訴人工業会の副会長を務めるほか、7委員会のうち5委員会の委 員を応嘱しており、計装士資格を業務上重要な資格と評価して、資格試験の受験費用や維 持講習の参加費用を負担し、維持講習の受講を業務として取り扱っている。そのため、被 控訴人会社の総合職技術系従業員の2割前後の者が、1級計装士の資格を有しており、控 訴人も1級計装士の資格を有している。 オ 被控訴人工業会は、平成10年度から5年間にわたる維持講習の講師派遣を被控訴人 会社に依頼したところ、被控訴人会社は、これを受託するとともに、自社の従業員のうち から講師を派遣し、平成10年度から平成12年度までは、当時、被控訴人会社東京本店 計装システム部に所属していた控訴人が、平成13年度及び平成14年度は、同部に所属 していたBが、それぞれ講師を務めた。  控訴人は、講師を務めた平成10年度から平成12年度の維持講習について、それぞれ 講習資料を作成した。Bも、講師を務めた平成13年度及び平成14年度の維持講習の講 習資料である13年度資料及び14年度資料をそれぞれ作成したが、これらを作成するに 当たり、控訴人から交付を受けた12年度資料の電子データを利用した。そして、12年 度資料の大部分の記述をそのまま用いて、13年度資料を作成し、それを基に14年度資 料を作成した。 カ 被控訴人工業会の維持講習では、遅くとも平成6年度以降、各テーマ毎に講師等から 提出される資料を合綴した講習資料集が用いられる。講習資料集の表紙の上段には長方形 の大きな枠が設けられ、その枠囲いの中に、当該年度及び「計装士技術維持講習」の文字 とが2段で表示され、その枠の下のほぼ中段に、当該年度に行われる維持講習のテーマが 箇条書きで表示され、下段に被控訴人工業会の名称が表示されている。  講習資料集として合綴されている各テーマ毎の講習資料にも表紙が付されており、それ ぞれの表紙の上段には長方形の大きな枠が設けられ、その枠囲いの中にテーマが表示され、 下段に「講師」という表示に続いて、所属部署や役職とともに、講師の氏名が表示されて いる。表紙の次のページには目次が設けられているが、目次の体裁は、各テーマの講習資 料によって異なっており、ページ数も、各テーマの講習資料毎に完結しており、講習資料 集としての通しページは、付されていない。 キ 平成12年度講習資料集も上記と同様であり、その表紙の上段の枠囲いの中には、 「平成12年度計装士技術維持講習」の文字が2段で表示され、その枠の下のほぼ中段に、 「空調技術の最新動向と計装技術」、「アメニティセンサと新技術」、「新しい検査と調 整の考え方」、「最新の計装システムのメンテナンス」、「LANの基礎知識」と当該年 度に行われる維持講習のテーマが5段で箇条書きで記載され、下段に「社団法人日本計装 工業会」と記載されている。控訴人の担当する講習に係る12年度資料の表紙の上段には 長方形の大きな枠が設けられ、その枠囲いの中に「空調技術の最新動向と計装技術」とテ ーマが記載され、下段に「講師」という表示に続いて、「高砂熱学工業(株)東京支店  計装システム部部長 X」と記載されている。 (3)上記認定の事実によれば、控訴人は、12年度資料の作成当時、被控訴人会社の東 京支店計装システム部に所属しており、被控訴人会社から派遣されて、被控訴人工業会主 催の同年度の維持講習において講師を務めた際、12年度資料を作成したものであり、上 記講師としての業務は、計装士の資格認定を行う被控訴人工業会がその会員企業である被 控訴人会社に講師派遣の依頼をし、被控訴人会社がこれを受託した結果、実施されたもの である。  そうすると、12年度資料の作成当時に、控訴人が被控訴人会社の業務従事者であった ことは明らかであるが、12年度資料について被控訴人らが主張する職務著作(著作権法 15条1項)が成立するためには、被控訴人会社の著作名義を付して公表したことを要す るところ、控訴人の担当する講習に係る12年度資料が他のテーマの講習資料と合綴され ている平成12年度の講習資料集の作成名義は、表紙の下段に表示されている被控訴人工 業会であると認められ、被控訴人工業会が講習資料の内容について最終的に責任を負うこ とを表示したものということができる。  そして、控訴人の作成した12年度資料の表紙の「高砂熱学工業(株)東京支店 計装 システム部部長 X」との記載は、講師が控訴人であることを表示しているにすぎず、ま た、「高砂熱学工業(株)東京支店 計装システム部部長」は、講師の肩書であって、そ こに「高砂熱学工業(株)」との語があるとしても、控訴人の所属する会社名を表示する にすぎないものと理解するのが通常というべきである。 (4)被控訴人らは、12年度資料の表紙に講師名として控訴人の氏名が表示されている が、被控訴人会社の名称も付されており、被控訴人会社が講習資料の内容について最終的 な責任を負うことが表示されているから、被控訴人会社の著作名義と評価することができ る旨主張する。  しかし、上記のとおり、12年度資料の表紙の「高砂熱学工業(株)東京支店 計装シ ステム部部長 X」との記載は、講師が控訴人であることを表示しているにすぎず、控訴 人の肩書に「高砂熱学工業(株)」という記載があったとしても、控訴人が所属する会社 名を表示するにすぎないものであって、直ちに被控訴人会社の著作名義に結び付くものと はいえない。  被控訴人らは、仮に、講師としての表示が被控訴人会社の著作名義と評価できない場合 には、その著作名義を表示しないことを選択したということができ、公表するとすれば被 控訴人会社の著作名義が表示されることが予定されているものであるから、職務著作の公 表要件を充足する旨主張する。  しかし、12年度資料には被控訴人会社の著作名義が付されず、講師名を付するにとど まり、平成12年度の講習資料集として、被控訴人工業会の作成名義の下にまとめられて 一つの冊子となり受講生に配付されているものであるから、公表するとすれば被控訴人会 社の著作名義が表示されることが予定されているとする被控訴人らの主張は、その前提を 欠くものである。  したがって、被控訴人らの主張は、いずれも採用することができない。 (5)そうすると、12年度資料は、被控訴人会社の著作名義で公表されたと認めること ができず、控訴人がその著作者というべきであるから、控訴人の主張する被控訴人会社の 発意の有無の点を含め、その余の職務著作の要件について検討するまでもなく、被控訴人 会社の職務著作をいう被控訴人らの主張は、採用の限りでない。 2 争点2(控訴人は、12年度資料の複製について許諾していたか。)について (1)13年度資料及び14年度資料が、別紙「変更箇所一覧表」(原判決別紙3の「変 更箇所一覧表」に同じ。以下、単に「変更箇所一覧表」という。)の「13年度資料」、 「14年度資料」の各欄下線部分記載のとおり(ただし、変更箇所一覧表の番号11につ いては、「※」を付して示したとおり、記載内容は別添1及び2のとおりである。)、対 応する「12年度資料」欄の記載に改変を加えているものであることは、当事者間に争い がない。  前記1(2)オによれば、Bは、13年度資料及び14年度資料を作成するに当たり、 12年度資料に依拠して、12年度資料の大部分の記述をそのまま用いたことが認められ る。  したがって、13年度資料及び14年度資料は、全体として12年度資料の複製物とい うべきである。 (2)被控訴人らは、12年度資料の作成経緯、講習資料としての性質その他の事情を考 慮すれば、控訴人は、12年度資料を、平成13年度以降の維持講習に用いる限度で複製 することを許諾したものであると主張するので、検討すると、証拠(甲17、20、33、 34、乙1、2、3の1〜12、4の1、5の1、10の1、11の1〜4、乙12)及 び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。 ア 被控訴人工業会は、平成10年度から、被控訴人会社に維持講習の講師派遣を依頼す るに当たり、事前に打診したところ、被控訴人会社から、被控訴人会社計装システム部の 担当課長であった控訴人を講師として派遣することが可能である旨の回答を得た。そこで、 被控訴人工業会は、あらためて控訴人に講師応嘱の打診をし、その内諾を得るとともに、 具体的なテーマの設定を受けた上、被控訴人会社あてに、同年5月18日付けの「平成1 0年度計装士技術維持講習会講師の派遣依頼について」と題する文書(乙1)を送付した。 同文書には、依頼テーマとして「空調技術の最新動向と計装技術」、依頼講師として控訴 人と記載され、また、「講習テキスト」として、「平成10年度計装士技術維持講習テキ ストの原稿を8月31日までに当工業会事務局長まで送付方お願いいたします。」と記載 されていた。 イ 被控訴人会社では、従業員が社外の用務に応嘱する場合、直属の上司が本社の人事部 長に対し、「社外用務応嘱承認願」を提出して決裁を得ることとなっており、承認の可否 は、依頼先の要求、依頼先と被控訴人会社との関係、応嘱者の業務量などを総合的に判断 して決定され、承認された場合には、勤務時間内にその業務を行うこと、被控訴人会社の 人員、機材を用いること、国内出張に関する規程を適用して出張費・日当が支給されるが、 外部団体から支払われる場合には支給されないことなどが定められていた。  被控訴人工業会からの前記講師派遣依頼を受けて、控訴人の上司であったAは、控訴人 に対し、人事部長あての「社外用務応嘱承認願」の作成を指示し、平成10年7月13日 付けの社外用務応嘱承認願(乙2)が作成された。同承認願には、応嘱業務として、「平 成10年度計装士技術維持講習会講師『空調技術の最新動向と計装技術』」と、業務の頻 度として、「講師:4日間(資料作成2H×1ヶ月間)」と、記載されていた。   控訴人の上記承認願は、人事部長の決裁を受けて、被控訴人工業会で上記講習会の講師 をすることが承認され、これを受けて、Aは、控訴人に対し、被控訴人工業会からの前記 依頼文書(乙1)に記載された講習資料の作成の依頼に基づき、資料作成等の指示を行っ た。 ウ 控訴人は、平成10年8月31日までに、被控訴人会社の社内資料、過去に雑誌等に 掲載した自らの論文、その他の文献等を参考にして、10年度資料の原稿を作成した。控 訴人は、同原稿を、被控訴人会社の当時の技術開発部長であったC(以下「C」という。) 及び当時の副社長であったDに提出して、内容の吟味及びチェックを受けた。同人らから の特段のコメント等はなく、控訴人は、同原稿を被控訴人工業会に交付した。被控訴人工 業会は、控訴人から送付された10年度資料の原稿を受け取り、平成10年度の講習資料 の一つとして、他のテーマの講習資料と合綴して平成10年度の講習資料集(甲20)を 作成した。 エ 平成10年度の維持講習では、4回の講習が予定されていたが、控訴人は、講習前に 怪我をして入院したために、関西地区及び関東地区の合計3回の講習に講師を務めること ができなくなったことから、被控訴人会社は、急きょ、業務命令により、関西地区での講 習については大阪支店の従業員に、関東地区での講習(2回)についてはBに、控訴人に 代わって講師を務めるするように指示し、大阪支店の従業員及びBがそれぞれ関西地区及 び関東地区の合計3回の講習につき講師を務めた。 オ 平成11年度の維持講習についても、平成10年度と同様の手続を経て、被控訴人会 社計装システム部の参事となっていた控訴人が講師として派遣された。控訴人は、平成1 0年度資料の内容はそのままで表紙のみを替え、これを平成11年度資料(乙8の3)と し、その原稿を被控訴人工業会に交付した。被控訴人工業会は、控訴人から送付された1 1年度資料の原稿を受け取り、平成11年度の講習資料の一つとして、他のテーマの講習 資料と合綴して平成11年度の講習資料集を作成した(乙8の1)。 カ 平成12年度も、平成10年度及び平成11年度と同様、被控訴人工業会は、被控訴 人会社に対し、平成12年6月29日付けの「平成12年度計装士技術維持講習会講師の 派遣依頼について」と題する文書(乙10の1)を送付し、被控訴人会社計装システム部 の担当部長となっていた控訴人を講師として派遣することを求める旨の依頼をした。同文 書には、「昨年に引続き下記のとおり講師をお願いいたしたく存じます。」と記載され、 「講習テキスト」として、「平成12年度計装士技術維持講習テキストの内容の変更又は 追加を要する場合は、変更又は追加原稿を8月10日までに当工業会事務局長まで提出し て下さい。」と記載されていた。 キ 控訴人は、社外用務応嘱承認願(乙10の2)を作成して、人事部長あてに提出し、 その決裁を受けて承認され、これを受けて、控訴人は、平成10年度と同様に、被控訴人 工業会からの上記依頼文書(乙10の1)に記載された講習資料の作成の依頼に基づき、 資料作成を行った。講習テーマとして、空調技術の最新動向が含まれているために、最新 の論文等の内容を取り込むなどして、10年度資料及び11年度資料の改訂を行って原稿 を作成し、被控訴人工業会に提出した。控訴人の原稿は、12年度資料とされ、従前の年 度と同様、他のテーマの講習資料と合綴されて講習資料集(甲17)としてまとめられた。 控訴人は、平成12年度の維持講習の講師として、12年度資料に基づいて同年中に3回 の講習を行ったが、平成13年4月に被控訴人会社東京本店品質・環境部に異動となり、 それに伴い、その後の維持講習の講師について、控訴人の同僚であった計装システム部員 のBが引く継ぐこととなった。 ク 被控訴人工業会は、平成13年5月、被控訴人会社に対し、同年度の維持講習の講師 として控訴人を派遣することの依頼と確認の連絡をしたところ、被控訴人会社は、控訴人 の後任の講師として予定していたBが多忙であったために、講師の派遣を辞退したい旨の 打診したが、被控訴人工業会から、講師を被控訴人会社に依頼しており、5年間はテーマ を変えることができないとして、従前どおり講師派遣を要請されたので、予定どおり、B を講師として派遣することとした。その後、被控訴人工業会から講師派遣依頼の文書が送 付され、被控訴人会社内において、Bを講師として派遣することが承認されたので、Aは、 同年6月ころ、控訴人に対し、後任の講師と決定されたBに講習資料を引き継ぐように指 示し、Bには、控訴人から講習資料を引き継ぐように命じた。その後、Bは、控訴人から、 MOディスクに保存された12年度資料の電子データの交付を受けた。 ケ Bは、平成13年7月ころ、最新技術の情報を取入れて同年度の維持講習の講習資料 を作成するため、Aや当時技術開発部長であったCとともに、12年度資料の変更部分に ついて打合せを行い、それを踏まえて、Bのほか、他の部門の従業員も一部担当して、控 訴人から提供を受けた12年度資料を用いて、13年度資料の原稿を作成し、CとAのチ ェックを受けた上で、同年8月ころに被控訴人工業会に提出された。なお、講習資料の変 更については、被控訴人工業会から、大幅な変更がないようにしてほしい旨の要望がされ ていた。  Bは、平成13年度の維持講習の日程が終了した同年11月ころ、偶然居合わせた控訴 人との間で12年度資料のことが話題となり、控訴人から、「原稿書くのは苦労したん だ」、「計装工業会から謝金があっただろう、いいアルバイトになっただろう」と言われ たため、金銭の要求を受けたものと考え、維持講習の講師謝金として被控訴人工業会から 支払われた21万6000円のほぼ半額に相当する現金10万円を、控訴人に手渡した。 コ 平成14年度の維持講習においても、Bが講師を務めることとなり、講習資料の原稿 は、13年度資料の原稿作成と同様、Aから指示を受けて、Bが13年度資料の一部を変 更して作成し、Aのチェックを経た後に被控訴人工業会に提出された。 サ Bは、平成15年7月8日、控訴人から、平成13年度は維持講習の講習資料貸与料 の支払を受けたこと、平成14年度も講習資料の更新がされるはずであるがBからの連絡 がないこと、13年度資料及び14年度資料のコピーを希望することが記載されたメール を受信した。そこで、Bは、13年度資料及び14年度資料の電子データをMOディスク に保存して、控訴人の席に持参したが、控訴人が不在であったため同ディスクを同人の席 に残置した。そして、翌9日、控訴人と面会し、13年度資料及び14年度資料の印刷物 が手元にないため各資料の原稿を保存したMOディスクを持参したことを伝えるとともに、 平成13年のときと同様、現金10万円を手渡した。 (3)上記認定の事実によれば、被控訴人会社は、被控訴人工業会からの依頼を受けて、 平成10年から平成14年までの5年間、同一のテーマ及び内容で、被控訴人工業会主催 の維持講習の講義を担当することになっており、毎年、被控訴人工業会と被控訴人会社と の間で講師派遣の合意をし、その合意に従って、従業員の中から担当者を決め、その担当 者に不都合があれば、代わりの者を指名して、講義をさせていたこと、平成10年ないし 平成12年には、その講義の担当者として控訴人が指名され、その結果、控訴人は、業務 命令により、社外用務応嘱として人事部長の承認を受けて講義を行っていたことが認めら れる。  そして、当該講義を行うに当たって、被控訴人工業会から、事前に講習資料を準備し、 講習資料に基づいて講義をするように要請されていたため、講習資料の作成は、維持講習 の講義を担当すべき業務に付随する業務であったものということができる。  また、維持講習は、5年間同一のテーマで行われるのが原則であり、その間の講習資料 の大幅な変更は予定されていない上、テーマが「空調技術の最新動向と計装技術」であっ て、自己の担当業務に関することであり、また、空調技術の最新動向を内容としているた めに、最新の資料、論文等の内容を取り込むなどして内容を充実させなければならず、控 訴人自身の担当業務を離れて作成し得るものではなかったものであり、控訴人は、当該担 当業務の延長上で、被控訴人会社の社内資料、過去に雑誌等に掲載した自らの論文等を適 宜参照しつつ、10年度資料及び12年度資料の原稿を作成したものというべきである。  このような事情の下で、控訴人は、上司であるAからの引継ぎの指示を受けて、平成1 3年度から維持講習の講師をBと交替するとともに、Bに対し、上記指示に基づいて、何 らの留保をすることもなく12年度資料の原稿の電子データを交付したのであるから、1 3年度資料及び14年度資料を作成するために利用させる意思であったものと解すべきで あり、ここに利用させるとは、控訴人の後任者が13年度資料及び14年度資料を作成す るために、必要に応じて、12年度資料に変更、追加、切除等の改変を加えることをも含 むものであって、控訴人は、そのような意味で12年度資料の複製を黙示的に許諾したも のと解するのが相当である。 (4)控訴人は、12年度資料の電子データは参考に渡したのみであり、Bからの金員も 資料閲覧料として受領したとして、複製の許諾はしていない旨主張する。  しかし、上記のとおり、被控訴人会社の著作名義で公表されたものと認めることができ ないため、被控訴人会社の職務著作とならないとはいうものの、12年度資料は、控訴人 の業務の一環として作成されたものであって、控訴人の私的な著作物ではなく、しかも、 業務の引継ぎとして自己の後任者に12年度資料の電子データを渡しているのであるから、 これを単なる閲覧とか参照のために交付したと解するのは困難である。  なお、控訴人は、争点1に係る主張において、自らの判断で、勤務時間外の150時間 程度の私的な時間を費やして10年度資料を作成し、また、10年度資料を元にして12 年度資料を作成した旨主張しているが、仮に、控訴人が勤務時間外の私的な時間を費やし たとしても、被控訴人会社の業務の一環として行ったことには変わりがない。  したがって、控訴人の主張は、採用の限りでない。 3 争点3(被控訴人らによる口述権侵害の有無)について  控訴人は、被控訴人らにおいて、平成13年度及び平成14年度の維持講習の際に、1 2年度資料を複製した13年度資料及び14年度資料を、控訴人の許諾なく使用し、不特 定多数又は特定多数の公衆に対して口頭で伝達したものであり、控訴人の有する12年度 資料を公に口述する権利を侵害した旨主張する。  しかし、上記のとおり、被控訴人らは、控訴人の黙示的な許諾の下に12年度資料を複 製して13年度資料及び14年度資料を作成し、これを講義に使用したのであるから、控 訴人の主張は、前提を欠くものであって、理由がない。 4 争点4(被控訴人らによる氏名表示権侵害の有無)について  控訴人は、被控訴人らにおいて、12年度資料を複製した13年度資料及び14年度資 料を使用した際、Bの氏名を表示して控訴人の氏名を表示しなかったものであり、控訴人 の氏名表示権を侵害した旨主張する。  しかし、前記1に判示したとおり、12年度資料の表紙に講師名として記載されている 控訴人の氏名の表示は、あくまでも当該維持講習の講師名を表示するものであって、12 年度資料の著作名義を表示するものとはいえない。氏名表示権の、著作者名を表示するか しないかを選択する権利であるという側面からみた場合、控訴人は、12年度資料につい て、少なくとも、控訴人の氏名を著作者名として表示しないことを選択しているものと解 される。  そうすると、13年度資料及び14年度資料に講師名としてBの氏名を付するとともに、 その他は、12年度資料及び同資料を含む講習資料集と同様の表示をして、平成13年度 及び平成14年度の維持講習の講習資料集を作成し、使用することは、著作者名を表示し ないこととした控訴人の措置と同様の措置をとっていることになるから、著作者名の表示 に関する控訴人の当時の意思に反するものではなく、控訴人の氏名表示権を侵害するもの とはいえないと解するのが相当である。  したがって、氏名表示権の侵害をいう控訴人の主張は、理由がない。 5 争点5(被控訴人らによる同一性保持権侵害の有無)について (1)控訴人は、控訴人の著作に係る12年度資料を使用して13年度資料及び14年度 資料を作成する以上、改変する内容について、被控訴人工業会に提出する前に、控訴人の 了解を求めなければならないのに、これを欠くことが明らかであるから、12年度資料に つき同一性保持権を侵害したものである旨主張するのに対し、被控訴人らは、変更箇所一 覧表の「13年度資料」、「14年度資料」の各欄下線部分記載の変更箇所のうち、その 一部については、控訴人の創作に係るものではなく同一性保持権侵害を主張することがで きない部分であるか、又は、著作物の性質並びにその利用の目的及び態様に照らしてやむ を得ないと認められるものであって、他の部分についても、同一性保持権の侵害となる改 変ではない旨主張するので、この点について検討する。 (2)著作権法20条1項は、著作者の有する同一性保持権について、「著作者は、その 著作物及びその題号の同一性を保持する権利を有し、その意に反してこれらの変更、切除 その他の改変を受けないものとする。」と規定している。この趣旨は、著作物が、著作者 の思想又は感情を創作的に表現したものであり、その人格が具現化されていることから、 著作物の完全性を保持することによって、著作者の人格的な利益を保護する必要があるた め、著作者の意に反してその著作物を改変することを禁じているものであるが、一方、著 作者自身が自らの意思によりその著作物の改変について同意することは許容されるところ であって、著作者が、第三者に対し、必要に応じて、変更、追加、切除等の改変を加える ことをも含めて複製を黙示的に許諾しているような場合には、第三者が当該著作物の複製 をするに当たって、必要に応じて行う変更、追加、切除等の改変は、著作者の同意に基づ く改変として、同一性保持権の侵害にはならないものと解すべきである。  そこで、本件についてみると、前記1(5)に判示したとおり、12年度資料は、被控 訴人会社の著作名義で公表されたと認めることができないため、被控訴人会社の職務著作 とならず、控訴人がその著作者ということになるものの、控訴人が自己の業務とは別に私 的に作成したというものではない。  そして、控訴人は、前記2(3)に判示したとおり、後任者が13年度資料及び14年 度資料を作成するために、必要に応じて、12年度資料に変更、追加、切除等を加えるこ とをも含めて複製を黙示的に許諾していたものである。  また、前記1(2)認定の事実によれば、被控訴人工業会は、その内部規程に従って、 計装士の知識及び技術の維持向上のために、毎年1回、全国数か所の会場において維持講 習を実施するとともに、計装士は、5年毎に維持講習を受講しなければならず、この維持 講習を受講しない者については、被控訴人工業会の会長が更新を拒絶することができるも のとされているのであり、維持講習は、計装士に定期的な教育を施すことにより、その知 識及び技術の維持向上を図ることを目的とするものであること、10年度資料ないし14 年度資料は、いずれも、「空調技術の最新動向と計装技術」をテーマとする維持講習の資 料であり、5年間(計装士の登録の有効期間)、計装士の資格を有する者に対して、上記 テーマの下で、計装士として有すべき知識及び技術を正しく伝え、また、関連する最新の 情報を伝えるとともに、講習者の個性ではなく当該分野での経験に基づく正確な専門知識 を伝達することが期待され、かつ、予定されている性質のものであったことが認められる。  このような事情を総合すると、控訴人の後任者が作成すべき13年度資料及び14年度 資料は、大幅な変更をしないという制約の下で、12年度資料を基礎としつつ、表現をよ り適切なものにし、内容もより適切なものにし、その資料全体を充実させることが求めら れていたのであり、控訴人自身も、このような事情を十分認識して、10年度資料を基礎 として12年度資料を作成したものであるから、控訴人は、上司であるAからの指示を受 けて、平成13年度から維持講習の講師をBと交替するとともに、Bに対し、原稿の引継 ぎの指示に基づいて、何らの留保をすることもなく12年度資料の原稿の電子データを交 付し、複製を黙示的に許諾したと認められる時点で、上記目的に沿って充実した内容の講 習資料が作成されることに異存はなかったものといわざるを得ない。  そうすると、控訴人の後任者が、13年度資料及び14年度資料を作成するために、1 2年度資料の表現についての基本的な構成、内容を前提として、上記目的に沿って12年 度資料の表現をより適切なものにし、内容もより適切なものにし、その資料全体を充実さ せることは、上記講習資料作成の目的に沿い、必要に応じて行う変更、追加、切除等の改 変であって、控訴人が黙示的に許諾していた複製に含まれ、著作者の同意に基づく改変と して、控訴人の同一性保持権を侵害するものとはいえない。 (3)そこで、以下、個別的な改変について、上記講習資料作成の目的に沿った必要な範 囲内での改変といえるかどうかについて検討する。 ア 変更箇所一覧表の番号1  目次の「2.2 国連気候変動枠組条約締約国会議」及び「2.3 地球温暖化と省エ ネルギー」の記載について、変更箇所一覧表の番号3、4、8の本文の内容を反映させる よう、それぞれ「2.2 『京都議定書』」及び「2.3 『COP6再開会合』の合意 内容」と変更したものである。  目次は、その性質上、本文の内容を反映させるものであるところ、対応する変更箇所一 覧表の番号3、4、8についてみると、後記ウ、エ及びクのとおり、いずれも、上記講習 資料作成の目的に沿った必要な範囲内の改変であるから、目次の変更も、同様に、上記講 習資料作成の目的に沿った必要な範囲内の改変というべきである。 イ 変更箇所一覧表の番号2 (ア)「ハセップ」から「ハサップ」への変更 「HACCP」についての読み方をより一般的な用語に置き換えたものである。 (イ)「国際化・デジタル化」から「IT化」への変更  表現内容は変わらず、より一般的に用いられている用語に置き換えたものである。 (ウ)13年度資料及び14年度資料の「空調計装分野では」から始まる段落部分の変更  表現内容は変わらず、より平易な表現に置き換えたものである。 (エ)14年度資料の「深化を更に」の追加変更  求められる技術者像について、「技術の専門性の追求」を「技術の専門性の深化を更に 追求」に変えるなどし、基本的に表現内容に変わりはないが、より積極的な表現に置き換 えたものである。 (オ)上記(ア)〜(エ)の改変は、読み方をより一般的な用語に置き換えたり、より一 般的に用いられている用語に置き換えたり、より平易な表現に置き換えたり、より積極的 な表現に置き換えたりしているものであるところ、この表現の改変は、計装士に定期的な 教育を施すことにより、その知識及び技術の維持向上を図ることを目的とする維持講習の 資料の内容を充実させるものであって、上記講習資料作成の目的に沿った必要な範囲内の 改変というべきである。 ウ 変更箇所一覧表の番号3 「2.2 国連気候変動枠組条約締約国会議」の項を、「2.2 京都議定書」の項に変 更し、該当箇所の前半部分で平易な表現に変更するとともに、後半部分では、13年度資 料において「COP3再開会合」の合意内容を、14年度資料において「改正省エネ法」 をそれぞれ追加して、環境対策に関する最新情報を盛り込んだものである。  前半部分の平易な表現に変更するという表現の改変は、上記イ(オ)のとおり、上記講 習資料作成の目的に沿った必要な範囲内の改変というべきである。  後半部分の最新情報の追加は、新たな表現が加えられたものであるところ、計装士の資 格を有する者に対して、計装士として有すべき知識及び技術を正しく伝え、また、関連す る最新の情報を伝えるとともに、講習者の個性ではなく当該分野での経験に基づく正確な 専門知識を伝達することが期待され、かつ、予定されている性質のものであることからす れば、計装士に定期的な教育を施すことにより、その知識及び技術の維持向上を図ること を目的とする維持講習の資料の内容を充実させることであって、上記講習資料作成の目的 に沿った必要な範囲内の改変というべきである。 エ 変更箇所一覧表の番号4IPCC第3次報告、官公署の公表データを基に、地球温暖 化に関する最新情報を盛り込んだものである。  上記の程度の最新情報の追加が、上記講習資料作成の目的に沿った必要な範囲内の改変 であることは、上記ウのとおりである。  オ 変更箇所一覧表の番号5 「氷蓄熱システム製氷時と昼間追い掛け運転時では・・・氷蓄熱では蓄熱率40%(蓄熱 40+昼間追い掛け60=100)となる。」の部分及び「それぞれの方式の一般的な特 徴としては、・・・最適なシステムを選定することが肝要である。」の部分を追加し、当 該分野における最新情報を加え、説明事項を追加するとともに、表現を平易にしたもので ある。  上記の程度の最新情報の追加が、上記講習資料作成の目的に沿った必要な範囲内の改変 であることは、上記ウのとおりであり、表現を平易にすることが、上記講習資料作成の目 的に沿った必要な範囲内の改変であることは、上記イのとおりである。 カ 変更箇所一覧表の番号6 「(1)CGSとは」の部分の記載、「CGSの種類」についての「現在、CGSに使わ れている原動機には〔1〕ガスタービン、〔2〕ガスエンジン、〔3〕ディーゼルエンジ ン、〔4〕燃料電池などがある。一般的には、発電主体の小・中規模施設にはエンジンを」 の部分、「他方最近では、・・・表3.1にマイクロガスタービンのラインナップを示す。 」の部分を追加し、図3.6を「ガスタービンによるCGS(a:蒸気取出し)」、「エ ンジンによるCGS(b:温水取り出し)」、「エンジンによるCGS(c:蒸気、温水 取り出し)」から「エネルギー利用効率の比較」に変更し、いずれも当該分野における最 新情報を盛り込んだほか、表現を平易にしたものである。  上記の程度の最新情報の追加が、上記講習資料作成の目的に沿った必要な範囲内の改変 であることは、上記ウのとおりであり、表現を平易にすることが、上記講習資料作成の目 的に沿った必要な範囲内の改変であることは、上記イのとおりである。 キ 変更箇所一覧表の番号7  本文の後に枠内に記載していた「日本のGMPの改定:平成6年1月27日厚生省/省 令(医薬品の製造管理および品質管理規則)」を本文中に盛り込むとともに、表現を平易 にしたものである。  上記の程度の最新情報の追加が、上記講習資料作成の目的に沿った必要な範囲内の改変 であることは、上記ウのとおりであり、表現を平易にすることが、上記講習資料作成の目 的に沿った必要な範囲内の改変であることは、上記イのとおりである。 ク 変更箇所一覧表の番号8 「HACCP」についての読み方をより一般的な用語に置き換えたものである。  一般的に用いられている用語に置き換えることが、上記講習資料作成の目的に沿った必 要な範囲内の改変であることは、上記イのとおりである。 ケ 変更箇所一覧表の番号914年度資料において、当該分野において新しい用語が提案 されているという最新情報を追加したものである。  上記の程度の最新情報の追加が、上記講習資料作成の目的に沿った必要な範囲内の改変 であることは、上記ウのとおりである。 コ 変更箇所一覧表の番号10  空調設備と計装技術の整合性の確保に関して紹介する具体例を三つから二つに減少させ たものであるが、資料の一部に最新情報を追加したことなどに伴い、資料全体のページ数 を増やさないために行われたものである。  最新情報をいろいろと盛り込んだ結果、資料全体のページ数を増やさないため、具体例 を三つから二つに減少させたものであって、合綴されて講習資料集としてまとめられると いう性質上、ある程度、他の年度の講習資料と分量的な差異がそれほど生じないようにす ることには合理的な理由があり、上記講習資料作成の目的に沿った必要な範囲内の改変と いうべきである。 サ 変更箇所一覧表の番号11  図8.2の「代表的な中央系のプロトコル構造」を、「プロトコルの階層構成(電気設 備学会誌平成13年3月号より)」に変更し、当該分野における最新情報を盛り込んだも のである。  図表を変更した点は、12年度資料の一部を削除するとともに、新たな表現が加えられ たものであるところ、最新の情報を盛り込んだ結果、古い情報を削除することは、維持講 習の資料の内容を充実させることであって、13年度資料及び14年度資料作成の目的に 沿った必要な範囲内の改変というべきである。また、上記の程度の最新情報の追加が、上 記講習資料作成の目的に沿った必要な範囲内の改変であることは、上記ウのとおりである。 シ 変更箇所一覧表の番号12  情報化の普及の例として、12年度資料の「インターネット」に「ブロードバンド」を 追加して、「インターネット、ブロードバンド」との記載にしたほか、表現を平易にした ものである。  用語の追加は、当該分野における新たな情報を盛り込んだものであるところ、これが上 記講習資料作成の目的に沿った必要な範囲内の改変であることは、上記ウのとおりであり、 表現を平易にすることが、上記講習資料作成の目的に沿った必要な範囲内の改変であるこ とは、上記イのとおりである。 ス 変更箇所一覧表の番号1312年度資料の記載を簡潔に要約するとともに、当該分野 の最新情報を盛り込んだものである。  記載を簡潔に要約することは、一つの表現の改変であって、計装士に定期的な教育を施 すことにより、その知識及び技術の維持向上を図ることを目的とする維持講習に期待され ることであって、上記講習資料作成の目的に沿った必要な範囲内の改変というべきである。 上記の程度の最新情報の追加が、上記講習資料作成の目的に沿った必要な範囲内の改変で あることは、上記ウのとおりである。 セ 変更箇所一覧表の番号1413年度資料の「2)BACnetTM」における「しか し、現時点においては・・・期待されている。」の部分、14年度資料の「2)BACn etTM」における「しかし、現時点においては・・・実際の現場でも多数の施工事例が 進行中である。」の部分及び「3)その他」における「また、FA分野で使用されている INTOUCH、FIX等のSCADA・・・ソフト+OPC・・・技術によるオープン システムをBA分野に利用する試みも行われている。」の部分は、いずれも、当該分野の 最新情報を盛り込んだものであり、その他の変更部分は、表現を平易にしたものである。  上記の程度の最新情報の追加が、上記講習資料作成の目的に沿った必要な範囲内の改変 であることは、上記ウのとおりであり、表現を平易にすることが、上記講習資料作成の目 的に沿った必要な範囲内の改変であることは、上記イのとおりである。 ソ 変更箇所一覧表の番号15 「2)SIの課題」「〔4〕国内にオープン化対応品の品揃えが少ない」の項に関し、1 3年度資料における「対応製品は日々増加しているが、今後国産品はもちろん海外製品の 輸入が増えたり、国内ベンダと海外ベンダの技術提携・業務提携などが増えたりして価格 競争が進むことが予想される。」、「LONMARK対応製品は、インバータや自動弁な どで開発が進みつつある。」、「また、LONMARK会員企業数は、2001年7月現 在、全世界で310社以上となっている。(http://www.lonmark.o rg 英語のウェブサイト)」及び「BACnetまたはBAS標準インターフェース対 応品は、メーカ各社で実際の製品が出荷されつつあり今後一層製品ラインナップが増加す るものと思われる。」との変更、14年度資料における「前述のエシェロン社のWebペ ージなどに情報がある。対応製品は日々増加しているが、今後国産品はもちろん海外製品 の輸入が増えたり、国内ベンダと海外ベンダの技術提携・業務提携などが増えたりして価 格競争が進むことが予想される。」、「対応製品は、インバータや自動弁などで開発が進 みつつある。」、「また、LONMARK会員企業数は、2002年6月現在、日本企業 が23社、外国企業は270社以上となっている。(http://www.lonma rk.gr.jp/)」及び「BACnetまたはBAS標準インターフェース対応品は、 多くの現場で施工中であり、今後一層製品ラインナップが増加するものと思われる。」と の変更は、「LONMARK対応製品」に関する最新情報を盛り込み、一方、同製品の旧 情報については簡単に触れるにとどめたものであり、その他の変更部分は、表現を平易に したものである。  上記のような最新情報の追加と旧情報の簡略化が、上記講習資料作成の目的に沿った必 要な範囲内の改変であることは、上記サのとおりであり、表現を平易にすることが、上記 講習資料作成の目的に沿った必要な範囲内の改変であることは、上記イのとおりである。 (4)そうすると、変更箇所一覧表記載の各変更部分は、いずれも、控訴人が黙示的に許 諾していた複製に含まれる必要な範囲内の改変であると認められるから、著作者の同意に 基づく改変として、控訴人の同一性保持権を侵害するものとはいえない。 6 争点8(不当利得返還請求権の有無)について  控訴人は、12年度資料の著作権を有するものであるから、被控訴人らが、12年度資 料を不法に利用したことによって得た収益及び講師報酬は、不当利得となり、控訴人は、 被控訴人らに対し、連帯して、600万円(当審において主張する名誉及び講師料に係る 330万円相当の利得を含む。)の不当利得返還請求権を有する旨主張する。  控訴人は、前記1で検討したとおり、12年度資料の著作者ではあるが、前記2ないし 5で検討したとおり、維持講習の講師の交替に伴い、自己の後任者が13年度資料及び1 4年度資料を作成するために、必要に応じて、12年度資料に変更、追加、切除等を加え ることをも含めて複製を黙示的に許諾しており、被控訴人らによる、12年度資料につい て控訴人が有する著作権(複製権、口述権)及び著作者人格権(氏名表示権、同一性保持 権)の侵害は認められないから、被控訴人らにおいて、12年度資料の利用により、法律 上の原因なく利益を受けたということはできず、その利益の内容等を検討するまでもなく、 控訴人の被控訴人らに対する前記不当利得返還請求権の成立は認めることができない。 したがって、控訴人の主張を採用する余地はない。 7 結論  以上のとおり、控訴人の、12年度資料に係る著作権及び著作者人格権の侵害に基づく 請求並びに同資料の利用による被控訴人らの利益についての不当利得返還請求権に基づく 請求は、いずれも理由がない。  よって、控訴人の請求をいずれも棄却した原判決は相当であって、本件控訴は理由がな いからこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。 知的財産高等裁判所第1部 裁判長裁判官 篠原 勝美    裁判官 宍戸 充    裁判官 柴田 義明