・知財高決平成18年12月22日  まねきTV事件:控訴審  抗告棄却。  なお、本件抗告人(日本放送協会)のほかテレビ放送会社5社が同様の訴訟を行ってい る。 (第一審:東京地決平成18年8月4日) ■争 点 (1) 本件サービスにおいて、被抗告人が本件放送の送信可能化行為を行っているか否か (本件申立て1について)。 (2) 保全の必要性 (3) 当審において本件申立て2を追加する旨の申立ての趣旨の変更が許されるか否か。上 記の変更が許される場合には、本件サービスにおいて、被抗告人が本件著作物の公衆送信 行為を行っているか否か(本件申立て2について)。 ■判決文 第4 当裁判所の判断  当裁判所は、抗告人の本件申立て1は抗告人の主張する被抗告人による権利 侵害行為が認められないから理由がなく、また、当審において本件申立て2を 追加する旨の抗告人の申立ての趣旨の変更は許されないと判断する。 その理由は、次のとおり付加するほか、原決定の「第4 当裁判所の判断」 のとおりであるから、これを引用する。 1 争点(1)について (1) ベースステーション等の「自動公衆送信装置」該当性について ア 抗告人は、被抗告人が本件サービスに供している多数のベースステーショ ン、分配機、ケーブル、ハブ、ルーター等の機器は、有機的に結合されて一 つのサーバと同様の機能を果たすシステムを構築しているものであり、一つ のアンテナ端子からの放送波を、このようなシステムに入力して多数の利用 者に対して送信しうる状態にしているから、全体としてみれば、一つの自動 公衆送信装置として評価されるべきものであると主張する。  しかし、ベースステーションによって行われている送信は、個別の利用者 の求めに応じて、当該利用者の所有するベースステーションから利用者があ らかじめ指定したアドレス(通常は利用者自身)宛てにされているものであ り、送信の実質がこのようなものである以上、本件サービスに関係する機器 を一体としてみたとしても、「自動公衆送信装置」該当性の判断を左右する ものではない。 イ 抗告人は、被抗告人がベースステーションのポート番号の競合を避けるた めの設定を行っていることを認めており、ルーターにおいて「ポートフォワ ーディング」を用いる設定を行っているから、多数のベースステーションを 統合したシステム全体を一台のコンピュータとして認識できるようにしてい ると主張する。  しかし、甲第13及び第14号証により一応認められる事実としては、 「ポートフォワーディング」(IPマスカレード)は、一個のグローバルI Pアドレスだけで複数の端末がインターネットにアクセスすることができる ようにする技術であるが、各端末が「1対1」の送信を行う機能しか有しな いときは、この技術を用いたとしても、「1対1」の送信しかできないので あって、「1対多」の送信が可能になるものではない。したがって、「ポー トフォワーディング」を用いる設定を行っていても、そのことから直ちにベ ースステーションを含む一連の機器が全体として、1台の「自動公衆送信装 置」に該当することにはならない。 (2) 送信可能化行為の主体について ア 抗告人は、被抗告人が電気通信回線であるインターネット回線に接続され ているベースステーションにアンテナを接続して放送波を入力していること は、著作権法2条1項9号の5イの「情報を入力すること」に当たり、また、 既に放送波が入力されているベースステーションを電気通信回線であるイン ターネット回線に接続して、利用者が当該放送を視聴し得る状態にしている ことは、同号ロに当たると主張する。  しかし、前記引用に係る原決定掲記の事実関係によれば、ベースステーシ ョンは「1対1」の送信を行う機能のみを有するものであって、「自動公衆 送信装置」に該当するものではないから、被抗告人がベースステーションに アンテナを接続したり、ベースステーションをインターネット回線に接続し たりしても、その行為が送信可能化行為に該当しないことは明らかである。 イ 抗告人は、被抗告人が「ベースステーションにアンテナを接続して放送波 を入力している」とも主張する。  しかし、アンテナが単独で他の機器に送信する機能を有するものではなく、 受信機に接続して受信設備の一環をなすものであることは、技術常識である から、被抗告人がベースステーションにアンテナを接続しても、ベースステ ーションへの送信を行ったことにはならない。また、分配機は、単独で他の 機器に送信する機能を有するものではなく、アンテナを複数の受信機で共用 するために、アンテナからの1本の給電線を分岐させて複数の給電線と接続 させるとともに、それに伴う抵抗の調整を行うにすぎないことは、技術常識 であるから、被抗告人が分配機を介してアンテナとベースステーションとを 接続しても、「1対多」の送信や「有線放送」をしたことにはならない。 (3) 「送信可能化行為」該当性の判断 ア 前記引用に係る原決定掲記の事実関係及び前記(1)(2)に判示したところに 照らせば、本件においては、次の各事情を指摘することができる。 (ア) ベースステーションの機能  本件サービスにおいて用いられるベースステーションは、あらかじめ設 定された単一のアドレス宛てに送信する機能しかなく、1台のベースステ ーションについてみれば、「1対1」の送受信が行われるもので、「1対 多」の送受信を行う機能を有しない。 (イ) 本件サービスにおけるベースステーションの利用形態  本件サービスにおいては、利用者各自につきその所有に係る1台のベー スステーションが存在するところ、各ベースステーションからの送信の宛 先は、これを所有する利用者が別途設置している専用モニター又はパソコ ンに設定されており、被抗告人がこの設定を任意に変更することはない。 (ウ) 送信の契機等  各ベースステーションからの送信は、これを所有する利用者の発する指 令により開始され、当該利用者の選択する放送について行われるものに限 られており、被抗告人がこれに関与することはない。 イ 本件において、ベースステーションの機能、利用形態及び送信の契機等の 上記の各事情を総合考慮すれば、ベースステーションないしこれを含む一連 の機器が「自動公衆送信装置」に該当するということはできず、ベースステ ーションから行われる送信も「公衆送信」に該当するものではない。被抗告 人の行為は、単に各利用者からその所有に係るベースステーションの寄託を 受けて、電源とアンテナの接続環境を供給するだけであって、著作権法99 条の2所定の送信可能化行為に該当するものではない。 2 争点(3)について (1) 申立ての趣旨の変更の適法性について ア 抗告人は、当審において本件申立て2を追加(選択的併合)する旨の申立 ての趣旨の変更を申し立てている。  抗告審の手続には、その性質に反しない限り、控訴審の規定が準用され (民事訴訟法331条)、控訴審の手続には、特別の定めがある場合を除き、 民事訴訟法第2編第1章から第7章までの規定が準用されるから(同法29 7条)、訴えの変更に関する同法143条は抗告審の手続に準用されると解 するのが相当である。  そこで、本件について検討するに、原審における本件申立て1の被保全権 利は、抗告人が本件放送について放送事業者として有する送信可能化権(著 作隣接権)であるのに対して、当審における追加申立てに係る本件申立て2 の被保全権利は、特定の著作物である本件著作物について著作権者として有 する公衆送信権である。前者は、放送に係る番組等の内容、著作権の帰属の いかんを問わず発生する権利である。これに対して、後者は、特定の著作物 の著作権を有することを前提とする権利であるが、その一方で、当該著作物 が放送事業者により放送されていることを前提とするものではなく、放送さ れているとしてもどの放送事業者により放送されているかを問わないもので ある。このように、両者がその性質において異なる権利であり、被保全権利 の存在を認めるための審理の対象となる事実関係も全く異なるものであるこ とに照らせば、抗告人において権利侵害行為として主張する被抗告人の事実 行為が同一のものであるとしても、当審における追加申立てに係る本件申立 て2が原審における本件申立て1と請求の基礎を同一とすると解することは できない。  したがって、当審において本件申立て2を追加(選択的併合)する旨の抗 告人の申立ての趣旨の変更は許されないというべきであるが、抗告人は、本 件申立て2を追加する旨の申立ての趣旨の変更が許されない場合に、本件申 立て2を管轄裁判所に移送することを求めない旨を明らかにしているから、 本件申立て2を不適法なものとして却下する。 イ なお、付言するに、本件申立て2は、被抗告人が「アンテナ端子から各ベ ースステーションへ放送番組を送信する行為が有線放送行為」に当たるとす るものであるが、前記1(2)において説示したとおり、アンテナが単独で他 の機器に送信する機能を有するものではなく、受信機に接続して受信設備の 一環をなすものであること(分配機を介した場合も同様である。)は、技術 常識であるから、被抗告人の行為が、本件著作物の公衆送信行為に該当する ことはないというべきである。 3 結論  以上によれば、抗告人の本件申立て1は保全の必要性(争点(2))について 判断するまでもなく理由がないから、本件抗告を棄却し、当審における追加申 立てに係る本件申立て2を却下することとし、主文のとおり決定する。 平成18年12月22日 知的財産高等裁判所第3部 裁判長裁判官 三村 量一    裁判官 古閑 裕二    裁判官 嶋末 和秀