・知財高判平成19年3月29日  シェーン映画保護期間事件:控訴審  X1(パラマウント・ピクチュアズ・コーポレーション)は、本件映画「シェーン」 (ジョージ・スティーヴンス監督)の著作者である。X1(株式会社東北新社)は、ヴィ ・スミス−リデル・リミテッドに対して、本件映画に関する日本における恒久的な全メデ ィアの独占的利用権を与え、X2は、スミス社から上記権利の譲渡を受けた。  Y1(株式会社ブレーントラスト)は本件映画を収録した映像素材(本件マスターフィ ルム)を製造し、これをY2(有限会社オフィスワイケー)に販売し、Y2は、本件マス ターフィルムを基に、本件映画を複製したDVD商品を製造・販売している。  そこで、Xらは、X1が有する本件映画に対する著作権(複製権及び頒布権)を侵害す ると主張して差止請求を、Yらの行為が、X2が有する本件映画に関する「日本における 恒久的な全メディアの独占的利用権」を侵害すると主張して損害賠償請求を請求した。  これに対し、Yらは、本件映画の著作権は存続期間の満了により消滅したなどと主張し て争った。  原判決は、本件映画の著作権が平成15年12月31日が満了した時点で消滅したと判 断して、Xらの請求をいずれも棄却した。  控訴棄却。 (第一審:東京地判平成18年10月6日) ■判決文 第3 当裁判所の判断 1 争点(1)(本件映画についての改正著作権法54条1項の適用の有無−本件映画の 著作権は存続期間満了により消滅しているか。)について (1)本件映画が公表された年について  当裁判所も、本件映画が公表された年は昭和28年であると認定する。その理由は、原 判決の「事実及び理由」中の「第3 当裁判所の判断」の1(1)の「本件映画が公表さ れた年について」(19頁20行目ないし21頁24行目)に記載のとおりであるから、 これを引用する。 (2)本件映画の著作権の存続期間  本件映画は、上記(1)のとおり、昭和28年に公表されたものであるから、その著作 権は、公表の翌年である昭和29年から起算して50年後の末日である平成15年12月 31日が終了するまでの間存続する、すなわち、本件映画の著作権は、同日の終了をもっ て、存続期間の満了により消滅するものであり、このことは、原判決(20頁23行目な いし21頁24行目)に記載のとおりであるから、これを引用する(なお、このことは控 訴人らも争わない。)。 (3)改正著作権法54条1項の適用の有無  本件改正法は、平成16年1月1日から施行されたが(本件改正法附則1条)、改正著 作権法54条1項は、「映画の著作物の著作権は、その著作物の公表後七十年(・・・) を経過するまでの間、存続する。」と規定して、映画の著作物の著作権の保護期間を50 年から70年に延長した。そして、本件改正法附則2条は、「改正後の著作権法・・・第 五十四条第一項の規定は、この法律の施行の際現に改正前の著作権法による著作権が存す る映画の著作物について適用し、この法律の施行の際現に改正前の著作権法による著作権 が消滅している映画の著作物については、なお従前の例による。」と規定して、その施行 日である平成16年1月1日において、改正前の著作権法による著作権が存する映画の著 作物について改正著作権法54条1項の規定を適用し、改正前の著作権法による著作権が 消滅している映画の著作物については、従前の例による、すなわち、改正著作権法54条 1項の規定を適用しないものとした。  本件映画の著作権は、上記(2)のとおり、平成15年12月31日の終了をもって、 存続期間の満了により消滅する。そうすると、本件改正法が施行された平成16年1月1 日においては、改正前の著作権法による本件映画の著作権は既に消滅しているから、本件 改正法附則2条の規定により、改正著作権法54条1項の規定は適用されない。 (4)控訴人らの主張について ア 控訴人らは、改正前の著作権法による本件映画の著作権の存続期間の満了点である平 成15年12月31日午後12時は、本件改正法が施行された平成16年1月1日午前零 時と同時刻であるから、本件映画の著作権は本件改正法が施行された際現に存続していた のであり、改正著作権法54条1項が適用されて、本件映画の著作権は、公表後70年を 経過するまでの間、すなわち、公表の翌年である昭和29年から起算して70年後の末日 である平成35年12月31日が終了するまでの間存続すると主張する。  しかしながら、改正前の著作権法54条1項及び57条は、映画の著作物の著作権の存 続期間を年によって定めたものであって(民法140条)、この場合には、期間は、その 末日の終了をもって満了するから(民法141条)、日を単位としているものである。そ して、本件改正法附則1条は、本件改正法の施行の時点を日を単位として定めたものであ る。そうすると、両者はいずれも日を単位とするものであるから、本件改正法が平成16 年1月1日から施行され、この日が午前零時から始まるものであるとしても、平成15年 12月31日の終了をもって存続期間が満了する本件映画の著作権がその翌日である平成 16年1月1日に存続していたということはできない。  控訴人らの上記主張は、独自の見解に立つものであるといわざるを得ないから、採用す ることができない。 イ 控訴人らは、本件映画の著作権が平成15年12月31日の終了をもって消滅したも のであるとしても、立法者意思、本件改正法附則2条の趣旨及び映画ビジネスに対する影 響等にかんがみると、本件改正法附則2条1項の「施行の際現に」という文言は「平成1 6年1月1日午前零時の直前まで」という意味であり、本件映画は平成16年1月1日午 前零時の直前まで保護期間が継続していたから、平成16年1月1日午前零時以降、本件 改正法附則2条1項により改正著作権法54条1項の適用を受けると主張するが、以下の とおり、理由がない。 (ア)立法者意思について  控訴人らは、本件改正法は、平成15年12月31日の終了をもって保護期間が満了す る映画の著作物(昭和28年に公表されたもの)についても当然に適用されるとの前提で 立法化が進み、そのまま成立したものであって、昭和28年に公表された映画の著作物の 保護期間を70年に延長するという意図が明確に含まれていたから、昭和28年に公表さ れた映画が改正著作権法の適用範囲に含まれると主張する。 a しかしながら、昭和28年に公表された映画の著作物の著作権の存続期間が満了する のを防ぐことが本件改正法の制定時の立法者意思であるという控訴人らの主張に理由がな いことは、原判決(25頁8行目ないし35頁18行目)に記載のとおりであるから、こ れを引用する。 b そして、引用した原判決が判示するように、本件改正法の法律案が国会に提出された 際に示された提案理由のうち、映画の著作物の著作権の保護期間を延長することについて の説明は、映画の著作物の著作権の保護期間が他の著作物の著作権の保護期間より短く、 また、他の先進諸国における映画の著作物の著作権の保護期間は一般に日本よりも長いと いう状況を踏まえて、映画の著作物の著作権の保護期間を延長して映画の著作物の保護を 強化するというものであって、昭和28年に公表された映画の著作物の著作権の消滅を防 ぐことについては何ら具体的に明示されていない。また、当審において控訴人らが提出し た甲69(第156回国会参議院文教科学委員会会議録第14号)及び甲70(第156 回国会衆議院文部科学委員会議録第18号)によれば、上記改正案は、参議院文教科学委 員会及び衆議院文部科学委員会に付託されて審議されたことが認められるが、その審議に おいて、昭和28年に公表された映画の著作物の著作権の消滅を防ぐことについて特段の 質疑、討論等が行われた形跡はない。  本件改正法において、映画の著作物の著作権の保護期間を公表後50年から70年に延 長するに当たり、その施行前に公表された映画の著作物の著作権の保護期間をも公表後7 0年に延長するか否かは立法政策の問題である。本件改正法は、経過規定においてその定 めをしたのであるが、その根拠となる本件改正法附則2条の規定は、上記(3)のとおり、 本件改正法の施行日である平成16年1月1日において、改正前の著作権法による著作権 が存する映画の著作物について改正著作権法54条1項の規定を適用し、改正前の著作権 法による著作権が消滅している映画の著作物については改正著作権法54条1項の規定を 適用しないものとした。そして、本件映画のような昭和28年に公表された映画の著作物 の著作権は、本件改正法の施行日の前日である平成15年12月31日の終了をもって、 存続期間の満了により消滅するものであるところ、本件改正法の経過規定は、あえて、施 行期日を平成16年1月1日とし(附則1条)、同日において、改正前の著作権法による 著作権が消滅している映画の著作物については改正著作権法54条1項の規定を適用しな いものとした(附則2条)のであるから、個々の国会議員の認識や内心の意思はともかく、 上記経過規定自体から推知される立法者意思としては、昭和28年に公表された映画の著 作物については、その著作権の保護期間を延長しないというものであったというほかない。  なお、甲68(A作成の「鑑定書」と題する書面)には、改正著作権法54条1項の立 法過程から、昭和28年に公表された映画の著作物についても、同項を適用すべきである とする立法趣旨が強く推認されると記載されているが、立法過程からそのような立法趣旨 が推認されるとしても、上記のとおり、本件改正法の経過規定自体からはそのような立法 趣旨を推知することができないのであるから、本件改正法の経過規定を定めるに際して、 昭和28年に公表された映画の著作物についても改正著作権法54条1項の規定を適用す るものとして、本件改正法附則1条及び2条のような規定をしたとは考え難いところであ る。  したがって、立法者意思を検討しても、改正著作権法が、昭和28年に公表された映画 にも適用される意図の下で成立したもの、少なくとも昭和28年に公表された映画にも適 用されるとの前提で成立したものであって、そのような意図ないし前提で本件改正法附則 2条が規定されたということはできない。 (イ)本件改正法附則2条の趣旨について a 控訴人らは、本件改正法附則2条が「施行の際」という文言をあえて使用したのは、 本件改正法が施行される平成16年1月1日午前零時の直前であって同時刻と隣り合って いる「平成16年1月1日午前零時の直前」において現に保護期間中であった映画の著作 物についても改正著作権法54条1項の適用範囲に含めようとしたからにほかならないか ら、「施行の際現に」とは、平成16年1月1日午前零時の直前までを意味するものと捉 えるのが正しい解釈であると主張する。   しかしながら、本件改正法附則1条は、本件改正法の施行の時点を日を単位として定め たものであるから、本件改正法附則2条の「施行の際」という文言を、平成16年1月1 日午前零時の直前、すなわち、平成15年12月31日午後12時の直前をも含むものと して理解することの合理性は、見いだし難いところであり、同様に、「施行の際現に」と いう文言を、平成16年1月1日午前零時の直前、すなわち、平成15年12月31日午 後12時の直前までを意味するものとして理解することの合理性も、見いだし難いところ である。ちなみに、甲4によれば、文化庁長官官房著作権課長は、平成17年10月5日 付で、弁護士法23条の2の規定に基づく照会に対し、「平成15年著作権法改正(20 04年1月1日施行)によって、映画の著作物の保護期間が20年延長されたが、改正前 に2003年12月31日まで著作権が存続するとされていた著作物については、200 3年12月31日の24時と2004年1月1日の0時は同時と考えられるから、「施行 の際現に改正前の著作権法による著作権が存するもの」(著作権法の一部を改正する法律 (平成15年法律第85号)附則第2条)として、2023年12月31日24時まで保 護期間が延長されると考える。」と回答していることが認められ、この事実によれば、所 管官庁である文化庁は、「施行の際現に」との文言を平成16年1月1日午前零時と捉え ているのであって、平成16年1月1日午前零時の直前までを意味するものとは捉えてい ない。  そして、本件改正法は平成16年1月1日に施行されたものであり、これをもって、平 成16年1月1日午前零時の瞬間から施行されたということができるとしても、昭和29 年以後に公表された映画はともかく、少なくとも昭和28年に公表された映画の著作物の 著作権は、本件改正法の施行日の前日である平成15年12月31日の終了をもって、存 続期間の満了により消滅するものであるから、これについても改正著作権法54条1項の 適用範囲に含めようとするのであれば、端的に、その著作権が消滅する平成15年12月 31日以前の日を本件改正法の施行期日にするなど、その趣旨が明確になるように経過規 定を定めればよいだけのことである。しかるところ、本件改正法の経過規定は、本件改正 法の施行期日を、昭和28年に公表された映画の著作物の著作権の存続期間が満了する平 成15年12月31日の翌日である平成16年1月1日とし(附則1条)、同日において、 改正前の著作権法による著作権が消滅している映画の著作物については改正著作権法54 条1項の規定を適用しないものとした(附則2条)のであるから、本件改正法附則2条が 「施行の際」という文言を使用したことをもって、昭和28年に公表された映画の著作物 についても改正著作権法54条1項の適用範囲に含めようとしたということはできない。 b 控訴人らは、例えば、独立行政法人日本原子力研究開発機構法(平成16年法律第1 55号)において、附則2条及び3条の各2項にいう「機構の成立の際」という文言を、 「機構の成立時」又は「機構の成立日」と読み替えると、「機構の成立の際」とは平成1 7年10月1日午前零時を意味することになるが、平成17年10月1日午前零時には既 に旧研究所や旧機構は存在しないので、「平成17年10月1日に旧研究所(又は旧機構) が有する権利」というものは観念し得ないから、「・・の際現に」とは、「・・の直前ま で」と読み替えるほかないところ、この理は、本件改正法附則2条にも当てはまるのであ って、「この法律の施行の際」を平成16年1月1日午前零時と置き換えても、「改正前 の著作権法による著作権」は平成16年1月1日午前零時には存在しないので、「平成1 6年1月1日午前零時に存する改正前の著作権法による著作権」というものは観念し得な いから、本件改正法附則2条にいう「施行の際現に」とは、平成16年1月1日午前零時 の直前までと読むのが正しいと主張する。  しかしながら、控訴人らが援用する独立行政法人日本原子力研究開発機構法(平成16 年法律第155号)は、附則2条において、1項が「日本原子力研究所(以下「旧研究所」 という。)は、機構の成立の時において解散するものとし、その一切の権利及び義務は、 次項の規定により国が承継する資産を除き、権利及び義務の承継に関し必要な事項を定め た承継計画書において定めるところに従い、その時において機構及び独立行政法人理化学 研究所(以下「理化学研究所」という。)が承継する。」と規定し、これを受けて、2項 が「機構の成立の際現に旧研究所が有する権利のうち、機構及び理化学研究所がその業務 を確実に実施するために必要な資産以外の資産は、機構の成立の時において国が承継す る。」と規定しており、同様に、附則3条において、1項が「核燃料サイクル開発機構 (以下「旧機構」という。)は、機構の成立の時において解散するものとし、その一切の 権利及び義務は、次項の規定により国が承継する資産を除き、その時において機構が承継 する。」と規定し、これを受けて、2項が「機構の成立の際現に旧機構が有する権利のう ち、機構がその業務を確実に実施するために必要な資産以外の資産は、機構の成立の時に おいて国が承継する。」と規定している。上記規定によれば、旧研究所及び旧機構は、機 構の成立の時において解散するというものであるところ、通常、法人は、解散によって当 然に法人格が消滅するわけではなく、解散後も清算の目的の範囲内においてなお存続する ものであるから、上記附則2条及び3条は、機構の成立の際、すなわち、旧研究所及び旧 機構が解散の際現に旧研究所及び旧機構が有する権利及び義務の承継を定めた規定である ということができる。  控訴人らは、「機構の成立の際」とは平成17年10月1日午前零時を意味することに なるが、平成17年10月1日午前零時には既に旧研究所や旧機構は存在しないので、 「平成17年10月1日に旧研究所(又は旧機構)が有する権利」というものは観念し得 ないというのであるが、上記のとおり、旧研究所及び旧機構は、解散後も清算の目的の範 囲内においてなお存続するのであるから、「平成17年10月1日に旧研究所(又は旧機 構)が有する権利」というものを観念することができるのであり、そうであれば、「・・ の際現に」の文言を、あえて「・・の直前まで」と読み替える必要はない。  また、確かに、改正前の著作権法は本件改正法が施行された平成16年1月1日午前零 時には存在しないものであるが、改正前の著作権法による著作権が、本件改正法の施行に より当然に消滅するというわけではないから、「平成16年1月1日午前零時に存する改 正前の著作権法による著作権」というものを観念することはできるのであって、本件改正 法附則2条においても、「施行の際現に」の文言を平成16年1月1日午前零時の直前ま でと読み替える必要はないのである。 c 控訴人らは、本件改正法附則2条は、「公有著作物の保護復活の禁止」を定める規定 であると解されるところ、昭和28年に公表された映画について改正著作権法54条1項 の規定を適用して保護期間を延長することは、著作権取引の安全を害し、社会や人々に不 測の損害を与えることがないから、何ら「公有著作物の保護復活の禁止」に抵触しないの であって、本件改正法の施行までの間にパブリックドメインとなった期間が存在しない昭 和28年に公表された映画については、その適用範囲外と解することも十分に可能であり、 むしろ、本件改正法附則2条が「施行の際現に」という文言を使用したのも、上記映画の 著作物の著作権については、改正著作権法への「乗り移り」(更新)を認めても差し支え ないとの考えによるものであると解釈することが理にかなっていると主張する。  しかしながら、本件改正法附則2条が「公有著作物の保護復活の禁止」を定める規定で あると解することができるとしても、同条は、本件改正法の施行日である平成16年1月 1日において、改正前の著作権法による著作権が消滅している映画の著作物については改 正著作権法54条1項の規定を適用しないものとしたのであるから、このような文理の本 件改正法附則2条の下において、本件映画のように、平成15年12月31日の終了をも って存続期間が満了する昭和28年に公表された映画について改正著作権法54条1項の 規定を適用して保護期間を延長することが、著作権取引の安全を害し、社会や人々に不測 の損害を与えることがないとまではいうことができない。そして、本件改正法附則1条は、 本件改正法の施行期日を、昭和28年に公表された映画の著作物の著作権の存続期間が満 了する平成15年12月31日の翌日である平成16年1月1日としたのであるから、本 件改正法附則2条が「施行の際現に」という文言を使用したことをもって、昭和28年に 公表された映画の著作物について、改正著作権法への「乗り移り」(更新)を認めても差 し支えないとの考えによるものであるということもできない。  なお、甲68(A作成の「鑑定書」と題する書面)には、昭和28年に公表された映画 は、日単位でみた場合、平成15年12月31日に保護が存続していた著作物について、 翌日の平成16年1月1日にも保護が継続する、というだけであり、法の根拠をもって 「乗り移り」が行われる限り、著作権取引に特段の不都合が生ずるわけではないとして、 昭和28年に公表された映画の著作物についても、本件改正法附則2条により保護期間が 延長されると記載されている。しかし、上記(3)のとおり、その根拠となる本件改正法 附則2条は、その施行日である平成16年1月1日において、改正前の著作権法による著 作権が存する映画の著作物について改正著作権法54条1項の規定を適用し、改正前の著 作権法による著作権が消滅している映画の著作物については改正著作権法54条1項の規 定を適用しないものとしたのであるところ、本件改正法が施行された平成16年1月1日 には、昭和28年に公表された映画の著作物の著作権は既に消滅していて、改正著作権法 54条1項の規定が適用される余地はないから、本件改正法附則2条の規定は、昭和28 年に公表された映画の著作物の改正著作権法への「乗り移り」の根拠とはならない。そし て、平成15年12月31日に保護が存続していた著作物について、翌日の平成16年1 月1日にも保護が継続することの根拠となるべき規定は他に見当たらない。 そうであるから、上記見解を採用することはできない。 d 控訴人らは、45年改正法附則2条1項により、昭和7年に死亡した作家の著作物の 著作権は、その保護期間が満了するはずであった昭和45年12月31日午後12時と4 5年改正法の施行時である昭和46年1月1日午前零時が同時刻であるから、45年改正 法の適用を受けるとして、昭和57年まで保護されることになったものであるところ、 「施行の際現に」という文言を用いた経過規定によって、当然に施行の直前まで保護期間 が存続していた著作物についても引き続き改正法が適用できるという立法実務が存在して いたからにほかならないから、45年改正法附則2条と全く同じような状況の下で、「施 行の際現に」という文言を使用した本件改正法附則2条の経過規定を解釈するに当たって は、当然に、45年改正法附則2条1項と平行してその趣旨を捉えなければならないと主 張する。  45年改正法は、昭和46年1月1日から施行されたが(45年改正法附則1条)、4 5年改正法附則2条は、「改正後の著作権法・・・中著作権に関する規定は、この法律の 施行の際現に改正前の著作権法・・・による著作権の全部が消滅している著作物について は、適用しない。」と規定して、その施行日である昭和46年1月1日において、改正前 の著作権法による著作権が消滅している著作物については改正前の著作権法の規定を適用 しないものとした。昭和7年に死亡した作家の著作物の著作権は、公表の翌年である昭和 8年から起算して38年後の末日である昭和45年12月31日が終了するまでの間存続 する、すなわち、昭和7年に死亡した作家の著作物の著作権は、同日の終了をもって、存 続期間の満了により消滅するのであって、現行の著作権法が施行された昭和46年1月1 日においては、45年改正前の著作権法による昭和7年に死亡した作家の著作物の著作権 は既に消滅しているから、附則2条の規定により、改正前の著作権法の規定は適用されな いものである。  なお、甲19、21ないし26、31によれば、文化庁「改訂版著作権法ハンドブック」 (甲19)、B(元文化庁著作権課長)・C「改訂・新著作権法問答」(甲21)、D (国立国会図書館調査立法考査局法務調査室主幹)「問答式入門著作権法」(甲22)、 E(元文化庁次長)「著作権法逐条講義五訂新版」(甲23)、F(元文化庁著作権課課 長補佐)「詳解著作権法(第3版)」(甲24)、G(元文化庁著作権課長)「明解にな る著作権201答」(甲25)には、昭和7年以降に死亡した著作者の著作物については、 改正前の著作権法が適用されて、その保護期間が死後50年に延長されたとの記載がされ ていること、J「著作権法概説第2版」(甲26)には、E「著作権法逐条講義」の引用 として、同旨の記載がされていることが認められるが、これらは、いずれも文化庁又はそ の関係者の見解を示したものであるというにとどまり、これをもって、「施行の際現に」 という文言を用いた経過規定によって、施行日の前日の終了をもって著作権の保護期間が 満了した著作物についても改正前の著作権法が適用されるという立法実務が存在していた ということはできない。  そうであるから、45年改正法附則2条1項の規定があることをもって、本件改正法附 則2条の規定において、「施行の際現に」という文言を施行の直前まで保護期間が存続し ていた著作物についても引き続き改正法が適用できるという趣旨に解釈しなければならな いということはできない。 (ウ)映画ビジネスに対する影響について  控訴人らは、法の専門的知識を有しない多くの映画ビジネスに従事する者からすれば、 条文についてのコメントや解説が所管官庁である文化庁から明示的に示されている場合に は、かかるコメントや解説に信頼を寄せてビジネスを行うことは当然のことであるところ、 文化庁は、本件改正法成立直後から、各種の文献や雑誌等で、本件改正法附則2条により、 昭和28年に公表された映画は改正著作権法54条1項の規定の適用を受け、保護期間が 20年延長されたものである旨の説明を行っていたから、映画ビジネスに従事する者にと って、実質的な立法者である文化庁の上記説明は、今後の企業の経営方針を決めるに当た ってのいわば唯一の指標となるともいい得るのであって、控訴人らのみならず、昭和28 年に公表された映画の著作物の著作権者、独占的ライセンシー等、多数の映画ビジネスに 従事する者が改正著作権法54条1項の規定の適用対象となる旨の文化庁の見解を信頼し てビジネス展開していたのであり、映画ビジネスの円滑な遂行や取引安全という見地から、 こうした関係者の信頼は法的に保護されなければならないと主張する。  確かに、文化庁長官官房著作権課「解説著作権法の一部を改正する法律について」(コ ピライト2003.8、甲7)、E(元文化庁次長)「著作権法逐条講義五訂新版」(甲 27)、文化庁長官官房著作権課「著作権テキスト〜初めて学ぶ人のために〜平成17年 度」(甲28)、H(文化庁著作権課著作権調査官)「解説著作権法の一部改正について」 (視聴覚教育2003.9、甲63)、文化庁著作権課「著作権法の一部を改正する法律 の概要」(NBLNo.765(2003.7.15)、甲66の2)、H(文化庁著作 権課著作権調査官)「著作権法の一部を改正する法律」(法令解説資料総覧263号、甲 66の3)、同「政府の「知的財産戦略」推進のための著作権法改正」(時の法令171 2号、甲66の5)、文化庁「著作権法入門(平成16年版)」(甲66の6)、I(弁 護士)「著作権法(第2版)」(甲66の7)には、昭和28年に公表された映画が改正 著作権法54条1項の規定の適用を受け、保護期間が20年延長されたとの記載がされて いることが認められる。しかしながら、これらの大半は、所管官庁である文化庁又はその 関係者の見解を示したものであるというにとどまるのであって、このことをもって、本件 改正法が施行された平成16年1月1日において、既に消滅している昭和28年に公表さ れた映画の著作物の著作権の存続期間が20年延長されると解する根拠ということはでき ない。なお、同様に、甲54ないし58、62、65の1ないし26によれば、平成15 年6月13日付(一部は同月16日付)の地方新聞や業界新聞等に、映画の著作物の著作 権保護期間が延長される契機となったのは「東京物語」であること、同月12日に成立し た本件改正法により、「東京物語」等の昭和28年に公表された映画の著作物の著作権保 護期間が20年間延長されることなどが記載されていることが認められるが、このことを もって、本件改正法が施行された平成16年1月1日において、既に消滅している昭和2 8年に公表された映画の著作物の著作権の存続期間が20年延長されると解する根拠とい うこともできない。  そして、改正著作権法54条1項の規定は、映画の著作物の保護期間を公表後50年か ら70年に延長するものであって、その適用があるか否かにより、著作物を自由に利用で きる期間が大きく相違する上、著作権の侵害行為に対しては、民事上の差止めや損害賠償 の対象となるほか、刑事罰の対象ともなるのであるから、改正著作権法54条1項の規定 の適用の有無は文理上明確でなければならないというべきである。上記(3)のとおり、 本件改正法附則2条は、その施行日である平成16年1月1日において、改正前の著作権 法による著作権が存する映画の著作物について改正著作権法54条1項の規定を適用し、 改正前の著作権法による著作権が消滅している映画の著作物については改正著作権法54 条1項の規定を適用しないものとしたものであって、昭和28年に公表された映画の著作 物の著作権は本件改正法が施行された平成16年1月1日において既に消滅しているから、 昭和28年に公表された映画の著作物について、改正著作権法54条1項の規定が適用さ れないことは文理上明らかである。そうであれば、文理に反した文化庁の見解を信じた関 係者があるとしても、そのために将来にわたり文化庁の見解に沿った運用をすることは、 かえって、法律に対する信頼を損なうこととなってしまって、妥当でない。  (エ)したがって、本件映画は、平成16年1月1日午前零時の直前まで保護期間が継続 し、平成16年1月1日午前零時以降、本件改正法附則2条により新たに改正著作権法5 4条1項の適用を受けるとする控訴人らの主張は、採用することができない。 2 以上のとおりであって、本件映画の著作権は、平成15年12月31日の終了をもっ て、存続期間の満了により消滅したから、その余の争点について判断するまでもなく、控 訴人らの請求は理由がない。 第4 結論  よって、控訴人らの請求を棄却した原判決は相当であって、本件控訴はいずれも理由が ないから、棄却されるべきである。 知的財産高等裁判所第4部 裁判長裁判官 塚原 朋一    裁判官 石原 直樹    裁判官 高野 輝久