・東京地判平成19年5月30日  サライ写真事件  本件は、フリーランスの写真家である原告(加藤雅昭)が、被告(株式会社小学館)か らの依頼に基づき、被告発行の雑誌「サライ」のために、設定されたテーマに従って撮影 した写真のポジフィルムを被告に交付していたところ、被告が、@当該ポジフィルムの写 真の一部をデジタルデータ化してサーバのハードディスクに蓄積保存したことにより、原 告の当該写真について有する著作権(主位的に送信可能化権、予備的に複製権)を侵害し、 Aポジフィルムの一部を紛失したことにより、原告の当該ポジフィルムについて有する所 有権を侵害し、B被告のもとにある、原告撮影に係る写真のポジフィルムの貸出しを希望 した第三者に対し、使用料を要求したことにより、借受けを断念させ、原告の当該ポジフ ィルムの貸出しによる許諾料を得べき営業を妨害した、と主張して、損害賠償を求めたの に対し、被告が、@については、送信可能化の事実、複製の枚数、損害について争い、ま た、ポジフィルムの所有権は、当初より被告に帰属し、原告に帰属していないとして、所 有権侵害(A)及び営業妨害(B)のいずれも否認して、争った事案である。  原告と被告間の作業の概要は、サライ編集部が設定したテーマに沿って写真を撮影した 原告が、撮影した写真のうち何枚かを選別してポジフィルムの形で被告に交付し、被告に おいて、掲載写真を決定するというものであった。本件原告撮影写真の著作権は、被告に 交付されたものと、原告の手元に残されたもののいずれにおいても、原告に帰属している。  判決は、本件交付ポジフィルム写真の一部について「デジタルデータ化の作業を行って、 その結果得られた本件デジタルデータをハードディスクその他の記憶媒体に保存したこと、 更にCD-ROM にも保存したことは、いずれも上記ポジフィルム写真に係る複製権を侵害す るものである」とした上で、「本件交付ポジフィルムの所有権は、原告に帰属すると認め るのが相当である」、被告が117枚のポジフィルムを紛失したことが所有権の侵害に当 たるとして、損害賠償請求を認容した。 ■争 点 (1) 本件交付ポジフィルム写真に係る送信可能化権又は複製権の侵害の有無(争点1) (2) 本件交付ポジフィルムの所有権の帰属(争点2) (3) 本件交付ポジフィルムの紛失の有無・枚数(争点3) (4) 被告による営業妨害の有無(争点4) (5) 原告の損害(争点5) ■判決文 第3 争点に対する当裁判所の判断 1 争点1(本件交付ポジフィルム写真に係る送信可能化権又は複製権の侵害の 有無)について (1) 事実認定 上記前提となる事実等、証拠及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認 められる。 ア 原告は、平成10年ころから、平成15年6月ころまで、被告の依頼に より、本件撮影業務を行った。原告が撮影した写真は、ポジフィルムの形 で、被告に交付され、被告は、交付されたポジフィルムに写された写真の 中から、サライに掲載すべきものを選択していた(争いがない。)。 イ 被告は、被告が発行する雑誌等に掲載された写真等のデータを保存する データベースシステムとして、SVD(小学館ビジュアル・データベース) システム(以下「SVD」という。)を運営しているところ、サライに掲載 された写真を社内・社外で有効活用するために、同システムにおいて写真 を管理することを企画し、2001年16号(平成13年8月16日発 行)のサライから、サライ発行後、その都度、特集記事に使用されたポジ フィルムに写された写真について、デジタルデータ化する作業を行ってい た(甲3、乙14の1)。 ウ 被告は、平成14年12月ころまでには、SVD において管理するデー タを、第三者に貸し出す場合の使用料の配分等の定めを内容とする、被告 と写真家間の契約書の書式(本件契約書式)を作成しており(甲2、3、 13)、原告を含めて、サライ掲載用の写真を撮影する業務を担当してい た写真家との間で、本件契約書式に基づく合意を形成するべく作業を進め ていた(甲12、13)。  被告は、同月、第三者からサライ掲載写真の二次使用の申入れがされた 際に、原告との間でも、本件契約書による合意を求めて、同契約書を原告 に送付したが、原告は、これに同意せず、本件契約書による原告と被告間 の合意は成立しなかった(甲7、13)。 エ 被告は、上記イのとおり、2001年16号(平成13年8月16日発 行)掲載分から、2003年15号(平成15年8月7日発行)の掲載分 まで、サライに掲載された特集記事の写真をデジタルデータ化しており、 本件交付ポジフィルム写真のうち、この期間の掲載写真について、デジタ ルデータ化(フィルム・スキャナーを用いたデジタル化)を行った(甲3、 乙14の1)。そして、被告は、デジタルデータ化した本件デジタルデー タについて、サーバに蓄積保存した(甲12)が、同サーバに保存する過 程において、 本件デジタルデータを、いったん、CD-ROM に保存した (乙31)。また、同サーバは、SVD の準備作業を行っていた被告の社 員である担当者4人のコンピュータ端末との関係においてサーバ機能を有 するにすぎず、被告の一般社員のコンピュータ端末から閲覧することはで きなかった(甲12、乙31)。 オ 被告は、原告から、平成16年5月26日付けの書面により(甲6)、 上記イのデジタルデータ化についての抗議及び本件デジタルデータの削除 の要求を受け、遅くとも、平成17年5月27日までには、本件デジタル データを削除した(甲3、乙12の1、31)。同削除作業において、ま ず、ハードディスク等に保存されているデータを検索して本件デジタルデ ータを抽出したが、その際、本件デジタルデータ数を一応確認した(乙3 1)。 (2) 検討 ア 送信可能化権の侵害の有無  原告は、主位的に、上記において認定した、本件デジタルデータをサー バに保存した被告の行為が、本件デジタルデータを自動公衆送信し得るよ うにするものであり、本件交付ポジフィルム写真のうちの対象となったも のの送信可能化権を侵害する旨主張するので、以下、検討する。  本件デジタルデータが保存されたサーバは、SVD の準備作業を行って いた、被告の担当者4人のコンピュータ端末との関係においてサーバ機能 を有するにすぎず、他の被告社員の個々のコンピュータ端末から閲覧する ことはできなかったのであって、上記担当者4人は、特定かつ少数であり、 特定かつ多数の者を含む「公衆」(著作権法2条5項)には該当しないか ら、他の要件について検討するまでもなく、上記行為は、送信可能化には 当たらず、これによる送信可能化権の侵害は認められない。  この点、原告は、被告によるデジタルデータ化の目的が、個々の社員の コンピュータ端末から閲覧することができるようにして、当該写真を有効 活用することにあったことからすれば、本件デジタルデータが保存されて いたサーバが、担当者4人だけの関係でサーバ機能を有していたにすぎな いとの被告の説明は、信用することができない旨主張する。  しかしながら、被告は、上記(1)イ、ウで認定したとおり、サライ掲載写 真のデジタルデータ化作業を始めるとともに、デジタルデータ化した写真 のデータを二次使用等に供する際の、写真家との使用料の配分等を定める 本件契約書式を作成し、原告を含む写真家との間で、本件契約書式に基づ いて合意を形成する作業を進めていたことからすれば、本件契約書式に定 める条件で、同データの活用を図るシステムを構築することを計画してい たと認められるのであり、その場合、本件契約書式に基づく合意が成立し ていない写真家の撮影に係る写真データについて、一般社員が閲覧可能な 状態に置かず、準備作業を行っていた社員4人においてのみ閲覧可能な状 態で保存していたことに、不合理な点は認められない。したがって、原告 の上記主張を採用することはできない。  原告は、本件デジタルデータを、SVD の準備作業をしていた被告社員 4人の間でサーバ機能を有するハードディスクに収納していたデータベー スに保存していたとする、被告の知的財産管理課長のBによる説明(乙3 1)と、データベース化自体を否定していた、被告のサライ副編集長で あったCによる説明(甲12)とを前提とすると、被告内には、一般社員 が閲覧可能なデータベースと、SVD 準備作業に従事していた4人の社員 のみが閲覧可能なデータベースとが存在したことになるが、被告の、本件 交付ポジフィルムのずさんな保管状況に照らすと、そのように区別したデ ータベースを構築していたとは到底考えられない旨述べる(甲21)が、 原告が指摘する事情によっても、上記の各説明により推認される運用が、 到底考えられないものであるということはできず、合理性を欠くものとも いえない。したがって、原告の上記供述を採用することはできない。  そして、他に、本件デジタルデータについて、自動公衆送信し得るよう にしていたことを裏付ける証拠はないから、これを認めることはできない。 イ 複製権侵害の有無  被告が、本件交付ポジフィルム写真の一部について、デジタルデータ化 し、サーバに蓄積する過程で、CD-ROM に保存した事実は、当事者間に 争いがなく、これによれば、デジタルデータ化の作業を行って、その結果 得られた本件デジタルデータをハードディスクその他の記憶媒体に保存し たこと、更にCD-ROM にも保存したことは、いずれも上記ポジフィルム 写真に係る複製権を侵害するものであると認められる。  被告は、写真の劣化や紛失を防ぐためにポジフィルムに写された写真を デジタルデータ化し、社内のデータベースに保管していることは、複製利 用目的もなく、当該ポジフィルムの著作権者の複製権を侵害する行為には 該当しない旨主張するが、複製物の利用目的がない複製行為であっても、 複製権の侵害となり得る場合があることは明らかであるから、被告の主張 は失当といわなければならない。 ウ 複製の対象  複製に係る本件交付ポジフィルム写真の枚数について、原告は、ポジフ ィルム461枚である旨主張し、被告は、同405枚である旨反論するの で、以下、検討する。 まず、被告がデジタルデータ化する作業の対象とした、2001年16 号から2003年15号までのサライに掲載された写真のうち、原告撮影 に係るポジフィルムの枚数は、別紙「サライ全掲載写真一覧表」の「デジ タル化」欄に「○」が付されている行記載の写真の合計461枚である (甲19)ところ、被告がデジタルデータ化の対象としたのは、上記(1)エ のとおり、サライの特集記事の写真であるから、2002年22号(平成 14年11月21日発行)の広告企画については、被告において、二次使 用を念頭においていなかったため、これに係る24枚のデジタルデータ化 は行っていないものと認められる(乙31)。  そして、本件交付ポジフィルムのうち、原告に返還されていないものが あるところ(別紙「サライ未返却写真一覧表」)(甲20)、上記期間に 対応する未返却分は、同別紙の「av欄の88から117までの写真のポ ジフィルム、合計30枚である。この30枚と上記の広告企画に使用した ポジフィルムの枚数24枚とを合わせると54枚となり、2001年16 号から2003年15号までのサライに掲載された写真のうち、原告撮影 に係るポジフィルムの枚数461枚から上記54枚を控除すると、407 枚となるが、この枚数は、被告が、本件デジタルデータを削除した際に確 認したとする405枚に近い枚数である。  これらのことと、被告は、保管する本件交付ポジフィルムをすべて原告 に返還していると認識していること(乙30)、被告が主張する405枚 については、上記(1)オのとおり、原告からの削除要求を受け、原告とのト ラブルに発展する可能性があることを考慮しつつ削除した際に一応確認し た枚数であり、それなりに正確な数字であると考えられること、掲載され た写真のデジタルデータ化に際し、広告企画に係るものであったり、紛失 していたなどの、上記のような理由以外に、デジタルデータ化を行わな かった理由も見い出し難いこと等の事情を併せて考慮すると、返還されて いない上記30枚は、被告がデジタルデータ化する作業をした時点におい て、既に被告の手元に存在せず、これらの写真のデジタルデータ化が行わ れなかったものと推認される(ただし、被告主張の405枚については、 何らの記録も残されておらず、上記461枚のうちどの範囲でデジタルデ ータ化を行ったのか等も不明であって、 確実な数字であるとも言い難 い。)。  したがって、複製の対象となった写真は、別紙「サライ全掲載写真一覧 表」の「デジタル化」欄に「○」が付されている行記載の写真461枚か ら、2002年22号の広告企画に係る写真24枚及び別紙「サライ未返 却写真一覧表」の「av欄に88から117までの表示がされている写真 30枚を除いたものであり、その枚数は407枚であると認められる。 2 争点2(本件交付ポジフィルムの所有権の帰属)について (1) 事実認定  上記前提となる事実等、証拠及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認 められる。 ア サライ掲載用の写真の撮影の手順  原告と被告間の本件撮影業務の内容は、おおむね、以下のとおりであっ た(甲13、16、乙30)。 (ア) まず、被告のサライ編集部において、記事のテーマを決定し、企画 を練り上げ、取材先や、撮影対象、掲載写真の大きさ、枚数等について ある程度の内容を決定する。この際、撮影を依頼する写真家の人選もさ れる。その後、企画を具体化する作業に入り、取材許可を得たり、写真 に写し込む小道具などの準備を取材先に依頼したりする。  原告の場合、上記のように、企画が具体化された後に撮影依頼を受け ることのほか、十分具体化されない段階で依頼され、原告において、テ ーマや取材先を提案することもあった。 (イ) 撮影については、記事のテーマとその具体的企画に従って、撮影す る対象が決定されており、また、パンフォーカスで撮影する、麺類は引 き上げた状態で撮影する等の、一般的な撮影方針が示されていたが、実 際の撮影において、撮影対象をどのように撮影するのか、アングル、シ ャッター速度、露光等については、すべて写真家に任されており、原告 においても同様であった。 (ウ) 撮影時に使用する機材、ポジフィルム等は、すべて原告が購入して、 後日、経費等の精算が行われていた。 (エ) 撮影後の写真の現像、被告に納品する使用推奨カットの選択は、原 告に任されており、現像したポジフィルムのうち、使用推奨カットとし て選択しなかったものについては、原告の手元に残された。 (オ) その後、納品された使用推奨カットの中から、被告において、サラ イ掲載用写真を最終的に決定する作業を行った。 イ 費用の負担  被告は、原告から、ポジフィルムの納品を受けた後、取材や打合せ時の 交通費、打合せの際の飲食費、ポジフィルムの購入費等の請求を受け、そ の支払を行った(甲13、乙2の1〜2の5、3、27の1〜27の3、 30)。  また、被告は、納品された写真をサライに掲載した場合には、掲載され た写真の枚数にかからわず、掲載された頁当たり2万5000円、写真が 表紙に使用された場合には、別途5万円の支払をした(甲13、弁論の全 趣旨)。 ウ 原告から被告に対する本件交付ポジフィルムの返還要求等の状況 原告と被告間の取引は、平成10年ころに始まり、平成15年6月ころ まで継続されたが、この間、本件交付ポジフィルムのうち、サライに掲載 されなかった写真に係るポジフィルムについては、サライ編集部から返還 されたものがあったが、サライに掲載された写真については、原告に返還 されたポジフィルムはなかった(甲13)。  原告は、平成15年8月ころに、2回、原告撮影に係るサライ掲載写真 について、そのポジフィルムの貸出依頼を受け、その際、該当するポジフ ィルムを探したが、手元にないことに気付き、これを契機として、被告か ら戻されているポジフィルムを調べ、本件交付ポジフィルムの大部分が返 還されていないことを認識するに至った(甲13)。  そこで、原告は、同年11月10日、被告のサライ編集者に対し、本件 交付ポジフィルムの返還を正式に要求し、その後も、数回にわたり、返還 要求を行った(甲13、乙5の1、5の4、7)。  被告は、原告からの本件交付ポジフィルムの返還要求を受け、被告内の 倉庫等を調査するなどして探し出し、見付け次第、順次原告に返還した (甲3〜7、乙5の1〜5の4、6)。被告は、返還の際、返還が遅く なっていることについて、原告に迷惑をかけた旨述べて、度々謝意を表し ている(甲3、7)。 エ 本件契約書の条項  被告は、サライに掲載された写真を社内・社外で有効活用するために、 その運営するデータベースシステムであるSVD において写真を管理する ことを企画し、平成13年8月ころから、サライの特集記事をデジタルデ ータ化する作業を開始した。平成14年12月ころまでには、SVD にお いて管理し、管理に係るデータを第三者に貸し出す場合の使用料の配分等 の定めを内容とする、被告と原告間の写真使用契約書(本件契約書)を作 成し、原告に送付したが、原告の同意を得られなかった(甲2、3、1 3)。  本件契約書では、第4条において、契約する写真家が、被告に対し、被 告において、写真のポジフィルムを管理・保管し、又は写真を保存等する ためにデジタルデータ化してSVD で管理・保管することを了承する旨を 定めており(甲2)、写真家が、あらかじめ、被告による写真の保管方法 について、了承するという内容とされている。 (2) 検討  以上の事実に基づいて検討すると、原告が、ポジフィルム購入時点から、 本件交付ポジフィルムの所有権を取得していたものと認められ、当初より被 告が所有していた旨の被告主張を採用することはできない。理由は、以下の とおりである。  まず、原告と被告間において締結された、原告が写真を撮影し、撮影され た写真が写されているポジフィルムを被告に引き渡すことを内容とする合意 の法的性質が、原告が主張するような準委任契約であるのか、被告が主張す るような請負契約であるのかについては、その合意の法的性質によって、直 ちにポジフィルムの所有権の帰属が導かれるものではないことから、この点 をひとまず措くとして、上記合意は、写真という著作物をポジフィルムの形 で引き渡すことを内容とするものであり、ポジフィルム自体の所有権と、そ こに化体されている著作物である写真の著作権とが別個に考えられるのであ るから、費用の負担状況、サライ掲載後の報酬等の支払などの諸事情を考慮 した上、原告と被告間の合意において、ポジフィルム自体の所有権をいずれ に帰属させることを内容としていたのかを合理的に解釈するのが相当である。  そこで、原告と被告間の取引についてみると、上記(1)イのとおり、被告 は、フィルム代及び現像代、交通費、打合せ飲食費等の費用について、原告 から請求された金員を経費として支払っていたのであるが、実際に納品され た具体的なポジフィルムとの関係で、原告がすべてのフィルム代を請求し、 これが支払われていたか否かは、必ずしも判然としない。  また、上記(1)イのとおり、当該写真がサライに掲載された場合には、1 頁当たり2万5000円、表紙に掲載された場合には、5万円が、原告に対 して支払われたが、これらの支払は、写真の掲載量を基準にした支払である こと、上記金額は、二次使用又はそれ以上の複数回の使用を予定して設定さ れていると考えられる、被告提供に係る「小学館フォトサービス(SPS)」 の使用料金額(雑誌での使用について1万5750円、ポスターやカレンダ ーでの使用について3万1500円)(甲14)とほぼ同程度であること、 原告が、第三者からサライ掲載写真1点についての二次使用の申入れを受け た際に、許諾料として4万円の提示が原告にされ、原告も了承したこと(甲 13、弁論の全趣旨)などに照らせば、上記支払金額は、写真の著作物の複 製許諾料(複製許諾の対価)であったと考えるのが相当である。  そして、著作物についての著作権と所有権とは、別個に帰属し得るもので あるが、著作権者は、当該著作物の所有権を有しない場合、保有する著作権 の行使において、事実上、大幅な制約を受けることになるのであるから、当 該著作物が、二次使用等が予想される写真の著作物である場合、上記制約を 受ける著作権者に対する対価、報酬等の有無なども、所有権の帰属に関する 当事者の意思を検討する際の考慮要素になると考えられる。原告と被告間の 合意においては、経費としての支払と、上記のとおり、掲載された場合の許 諾料の支払があるものの、それ以上に、ポジフィルムの所有権が被告に帰属 することを考慮した、対価、報酬等の金員の支払がされたとは認められず、 上記の各支払が当該趣旨を含むことをうかがわせる事情も認められない。  さらに、被告は、平成15年11月10日以降、原告から、度々、本件交 付ポジフィルムの返還要求を受け、その都度、倉庫を探すなどして対応に努 め、原告に対し、返還が遅れたことを詫びるなどした上、自らの所有物であ ること等を何ら告げずに当該ポジフィルムを返還しているところ、このよう な被告の対応は、本件交付ポジフィルムの所有権が被告にあるとの認識とは 明らかに相反するものといえる。被告は、このような対応をとったことにつ いて、返還したポジフィルムについては、被告において既に不要であったこ とや、原告との関係を悪化させたくなかったことなどを主張するが、被告に とっては、突然の要求であり、かつ、倉庫等を探すなどして対応を迫られる ものであって(甲5、乙30)、そのような対応を必要とする、原告の返還 要求が度々されたのであるから、原告との関係を悪化させないためであると の理由は、原告との取引が、既に途絶えていた当時の状況においては、上記 対応を十分説明できるものとは言い難い。  なお、本件契約書の条項においては、上記(1)エのとおり、納品されたポ ジフィルムを被告においてどのように管理するかについて、あらかじめ写真 家の了承を得ることが明確な合意内容とされていることからすると、被告の 内部においても、同ポジフィルムの所有権が当然に被告にあるとの共通の認 識が形成されていなかったことがうかがえるところである。  以上からすれば、原告と被告間で、原告がポジフィルムを購入した時点よ りその所有権を被告に帰属させる旨の合意が形成されていたものとは認めら れず、そうであれば、原告は、当該ポジフィルムを購入した時点において、 その所有権を取得しているのであり、そこに、自らの写真による表現を化体 して、本件交付ポジフィルムとしていると解されるから、本件交付ポジフィ ルムの所有権は、原告に帰属すると認めるのが相当である。 (3) 被告の反論に対する検討  被告は、まず、原告と被告間の合意は、契約の目的が撮影業務を行うこと に主眼があるのではなく、特定のサライの企画に基づき、あらかじめ決めら れた被写体をサライ編集部の意向に従って撮影し、当該サライに掲載可能な 写真のポジフィルムを納品すること、すなわち、仕事の完成引渡しに主眼が あるから、請負契約であって、フィルム代、現像代等を負担する被告に、本 件交付ポジフィルムの所有権が帰属する旨主張する。  しかしながら、原告と被告間の契約の目的が、原告が被告に対し、サライ に掲載可能な写真のポジフィルムを納品することであるとしても、そのこと から、直ちに、当該ポジフィルムの所有権の帰属が決められるとはいえない ことは、上記(2)において検討したとおりである。そして、被告によるフィル ム代等の費用負担が、必要な経費すべてについて行われていたのかは、上記 (2)における検討のとおり、判然としないのであるし、それ以上に、被告に所 有権を帰属させる旨の意思をうかがわせる事情も認められない。したがって、 被告の上記主張を採用することはできない。  また、被告は、被告における二次使用に関するコントロール権を確保して、 被告にとって貴重な財産である、写真を含むサライの記事全体を守るために は、被告において、納品された写真のポジフィルムの所有権を取得する必要 性があることを主張する。  しかしながら、被告が主張する、二次使用に関するコントロール権は、写 真のポジフィルムの所有権の帰属にかかわらず、契約等によって対応が可能 なものであると考えられるし、被告において制作した記事については、写真 を含む当該記事についての編集著作権が成立することが考えられるのである から、この権利の範囲でも、被告が主張するコントロール権を及ぼすことは 可能であると解される。したがって、この点についての被告主張も理由がな い。  被告の上記主張に沿う証拠(乙30の該当部分)は、上記(1)の認定に照 らし、採用することはできない。  さらに、被告は、原告が、被告からの業務の依頼がなくなってから、初め て、すべての原告撮影に係るポジフィルムを返還するように要求したこと、 原告と被告間において、ポジフィルムの納品に当たって、その内容、カット 数等の明細リストを作成していないこと、原告からの返還要求に際し、掲載 使用写真のリストを当初から作成していたわけではなく、その枚数について の主張自体が随時変更されていること、原告から被告に対し、取引期間中、 納品したポジフィルムの保管状況について確認したことはないことなどを理 由に、原告は、自己の所有物の保管を被告に依頼している認識を欠く旨主張 する。  確かに、原告においては、被告との間の本件写真撮影業務に係る期間中、 自己の所有物であるポジフィルムの管理に不十分な点があり、その返還要求 も時機に応じて適切に行われていたとは言い難い面が認められる(甲13、 乙30)が、被告においても、交付を受けた本件交付ポジフィルムについて の適切な管理を行っていたわけではなく、原告に何枚を返還(被告の立場に よれば譲渡)したのかも記録されていない(弁論の全趣旨)から、本件にお いては、双方の管理体制が、ポジフィルムの所有権の帰属の決め手となるわ けではなく、原告が時機に応じて適切にポジフィルムの返還要求を行ってい ないことも、その所有権を否定するほどの根拠となるものではない。した がって、この点についての被告主張も採用することができない。 (4) まとめ  以上から、本件交付ポジフィルムの所有権は、原告に帰属すると認められ る。 3 争点3(本件交付ポジフィルムの紛失の有無・枚数)について  証拠(甲13、19、乙30)及び弁論の全趣旨によれば、原告が、被告の サライ編集部に対して交付した、本件交付ポジフィルムのうち、実際にサライ 誌面において使用されたものは、合計1013枚であること、被告は、現在ま でに、原告に対し、896枚を返還したこと、別紙「サライ未返却写真一覧 表」記載のとおり、残りの117枚について原告に返還されていないこと、被 告は、保管する本件交付ポジフィルムをすべて原告に返還していることが認め られ、そうであるとすれば、被告は、上記117枚のポジフィルム(以下「本 件紛失ポジフィルム」という。)を紛失したものと認められる。  この被告の行為は、原告の本件紛失ポジフィルムについての所有権を侵害す る不法行為を構成するものと認められる。 4 争点4(被告による営業妨害の有無)について  証拠(甲13)及び弁論の全趣旨によれば、被告は、平成15年8月、広告 制作プロダクションから、サライ2002年24号(平成14年12月19日 発行)の117頁に掲載された「味処西陣」の「柳葉魚鮨」の写真1点の貸 出依頼を受けたこと、当該写真の二次使用について原告の許諾を得たこと、被 告は、同プロダクションに対し、貸出しに当たって、被告に対する使用料ない し手数料として、原告の二次使用許諾料と同額の支払を請求したこと、その後、 同プロダクションから、検討の結果、予算に合わないので借出しを断念した旨 の連絡を受けたことが認められる。  この事実関係において、原告は、上記プロダクションに対し、使用料ないし 手数料を請求した被告の上記行為は、当該ポジフィルムの所有権が被告にある との誤った認識のもとに、請求する地位にないにもかかわらず、請求をした違 法な行為であり、その結果、同プロダクションが当該ポジフィルムの二次使用 を断念し、原告に許諾料相当額の得べかりし利益を喪失させたとして、不法行 為を構成する旨主張する。  しかしながら、被告において、当該ポジフィルムの所有権が被告にあるとの 認識に基づいて、使用料等の請求を行ったものであるか否かは、必ずしも明ら かでない上、仮に、そのような認識を有していたとしても、雑誌の発行者とし て、当該雑誌の誌面に掲載された写真について、二次使用を希望する第三者に 対し、何らかの金銭請求をすることは、金額が不相当に高額でない限り、それ 自体で違法な行為であるとまで評価することはできない。当該第三者において は、許否の自由があるのであるし、被告において、積極的に、原告の二次使用 許諾料取得を妨害する意思を有していたなどの事情が認められない以上、上記 行為をもって、原告の営業を妨害する不法行為を構成するということはできな い。  したがって、原告の主張する、被告の営業妨害の不法行為は認められない。 5 争点5(原告の損害)について  被告には、上記において認定したとおり、本件デジタルデータ407枚につ いて、該当するポジフィルムに写された写真についての複製権侵害(上記1) 及び本件紛失ポジフィルム117枚についての所有権侵害の不法行為(上記 3)が認められるから、以下、これらについての原告の損害を検討する。 ( ) 1 本件デジタルデータに係る複製権侵害の損害  上記1において認定したとおり、本件デジタルデータ407枚について、 該当するポジフィルムに写された写真についての複製権侵害が成立する。 原告は、この損害について、複製許諾料相当額を逸失利益として請求する (表紙掲載写真について1枚当たり5万円、表紙掲載写真以外のものについ て1枚当たり3万円)ところ、その損害については、@当初の原告と被告間 の合意による本件交付ポジフィルム写真の許諾料が、表紙掲載写真について 5万円、その他は、掲載頁当たり2万5000円であること、A同デジタル データ化によってサーバに蓄積した目的が、その後、データベースとして、 社内・社外における有効活用を図り、二次使用等に供して使用料を得ること にあったと解され、複製等の許諾料を得るための準備的な行為であって、デ ータベースとして実際の利用には供されていないこと、B有限責任中間法人 学術著作権協会の使用料規程(乙32)によれば、複写目的の電子化につい て、著作物1頁当たり30円と定められていること等の事情が認められる。 これらの事情を総合考慮すれば、表紙掲載写真について、1枚当たり50 00円、その他の写真について、1枚当たり2000円が、複製許諾料相当 額であると解するのが相当である。  そうすると、本件デジタルデータ407枚のうち、表紙掲載写真に係るポ ジフィルム分が2枚、その他が405枚であり(甲19)、その金額は、以 下の計算式のとおり、82万円となる。  1万円(5000 円× 2 枚)+81万円(2000 円× 405 枚)=82万円 (2) 本件紛失ポジフィルム117枚についての所有権侵害の損害  原告は、この損害について、表紙掲載写真に係るポジフィルムついて、1 枚当たり30万円、その他の写真に係るポジフィルムについて、1枚当たり 15万円としてその損害額を算出すべきである旨主張するところ、ここでも、 @当初の原告と被告間の合意による本件交付ポジフィルム写真の許諾料が、 表紙掲載写真について5万円、その他は、掲載頁当たり2万5000円であ ること、A二次使用等がされる可能性は、写真ごとに異なり得るが、損害を 考えるに当たっては、その平均的な程度を考慮すべきであるところ、現実に 掲載写真について、第三者からのその二次使用の申込みが行われたのは、わ ずかな事例にすぎないこと、Bポジフィルムの所有者である原告においても、 その管理、保管状況には、前記のとおり不十分な面があり、その財産的価値 が高いものと認識されていたとは言い難いこと、C被告が運営する小学館フ ォトサービスにおいて、破損の場合には、使用料の10倍の料金を請求する ことがあり得るとしている(甲14)が、これは、取扱いについて注意喚起 するための抑止的な意味をもった表示であると考えられ、実損害額を反映し ているとは認められないこと、Dネガ保険において保険金額としてカラー写 真1点について15万円が定められているが(甲15)、あくまで保険金額 であって、実損害額を示唆するものではないこと等の事情が認められる。  これらの事情を総合考慮すれば、表紙掲載写真に係るポジフィルムについ て、1枚当たり5万円、その他の写真に係るポジフィルムについて、1枚当 たり2万円が、その損害であると解するのが相当である。 そうすると、本件紛失ポジフィルム117枚のうち、表紙掲載に係るポジ フィルムが4枚、その他が113枚であり(甲20)、その金額は、以下の 計算式のとおり、246万円となる。 20万円( 万円5 × 4 枚)+226万円(2 万円× 113 枚)=246万 円 (3) まとめ  上記(1)及び(2)の合計は、328万円となる。 第4 結論  以上の次第で、原告の請求は、金328万円及びこれに対する平成17年1 2月16日から支払済みに至るまで年5分の割合による遅延損害金を求める限 度で理由があるから、これを認容し、その余は理由がないから、棄却すること とし、主文のとおり判決する。 東京地方裁判所民事第29部 裁判長裁判官 清水 節    裁判官 山田 真紀    裁判官 國分 隆文