・大阪高判平成19年6月14日  選撮見録事件:控訴審 (第一審:大阪地判平成17年10月24日) ■判決文 第3 当裁判所の判断 1 争点(1)(本案前の主張)について  原判決第3の1のとおりであるから、これを引用する。  なお、控訴人の主張は、被控訴人らが請求を理由あらしめる原因として十分 か否かとの観点からは問題となり得るとしても、請求の特定の観点からは問題 とならない。被控訴人らは、本件においても、請求の原因中においては控訴人 商品の構造・性能等に基づく主張をしているから、仮に被控訴人らの主張立証 が足りず、請求を理由あらしめる主張として不十分であれば、その限りで、被 控訴人らの請求を一部棄却すれば足りることがらである。 2 争点(2)(控訴人商品の構成)について 3 争点(3)(著作権に基づく請求)について  甲2、12ないし14(いずれも枝番を含む。特記しない限り、以下同 じ。)、甲A1ないし10、B1ないし9、C1ないし10、D1ないし49、 E1ないし11によれば、被控訴人らが行う放送番組の中には、他社制作のも のだけではなく、一部であるが準キー局として制作するローカルニュースやバ ラエティ番組のように、被控訴人らが職務著作(法15条1項)として著作権 を有する複数の自社制作番組も含まれ、これらの番組は、自局の放送地域内で 放送されるほか、系列局への放送許諾や番組販売によりその地域外に放送され ることのあることが認められる。 4 争点(4)(複製権侵害)について (1) 控訴人商品におけるサーバーのハードディスクへの録音・録画が、著作 権等の対象である「情報」の「複製」(法2条1項15号にいう「録音・ 録画…による有形的な再製」)に当たることは明らかである。 ( ) 一般に、放送番組に係る音2 及び影像を複製し、あるいは放送番組を公衆 送信・送信可能化する主体とは、前記認定事実によれば、控訴人商品にお ける複製(録画)や公衆送信・送信可能化自体はサーバーに組み込まれた プログラムが自動的に実行するものではあるが、これらはいずれも使用者 からの指示信号に基づいて機能するものであるから、指示信号を発して実 際に複製行為をし、公衆送信・送信可能化行為をする者を指すところ、各 使用者、即ち各居室の入居者は、少なくとも、複製行為、公衆送信・送信 可能化行為主体ということができる。  そして、控訴人商品は、いわゆるマンション等集合住宅入居者用のもの であって、多数のユーザーの使用を前提としているところ、当該予約指示 に基づいて作成される放送番組に係るファイルは、常に単一のファイルで あり、同一のファイルがその後の予約指示をした入居者に使用されること になり、最初の予約指示をした者は、自己の個人的又は家庭内等の範囲内 の使用とならないから、法30条1項の目的以外の目的のために使用した こととなり、その後の予約指示をして使用する者は、自分で複製をした者 には当たらず、いずれも法30条1項柱書、102条1項の適用外の者と なる。  もっとも、上記多数のユーザーが全て「個別予約モード」を選択し、録 画番組と再生番組とが重ならない場合も想定し得るが、少なくとも、「全 局予約モード」の機能がある以上、極めて例外的事態であり、集合住宅が 通常予定するユーザー数において通常起こり得ない事態といえる。  この点に関し、控訴人は、各居室のビューワーからの予約指示は、番組 毎に作成された録画実行ファイルに記録され、当該番組開始時に、予約指 示の先後に関係なく、各ファイルに記録された録画指示が同時に実行され る旨主張し、控訴人代表者も乙38においてその旨供述しているが、上記 陳述書以外に控訴人商品がかかる構成を有していることを裏付けるに足り る客観的な資料を何ら提出していないから、にわかにこれを採用し難い上、 仮に控訴人商品がそのような構成を採用していると仮定しても、控訴人主 張のように同時に録画指示がなされたものとは解し難いから、上記の判断 を左右するものではない(なお、上記構成に関しては、控訴人代理人自身 の意見書〔甲17、乙18の2〕でも、単一の情報である場合は複製権侵 害になるとの見解があるなどとして、控訴人に対し、単一の情報からの複 製にならないような構成にすることを勧めていること、同代理人と民放連 等との交渉〔乙18の1、3〜12〕の中でも、控訴人商品が個々の使用 者毎にハードディスクを分ける構成であるとの答弁を繰り返していること、 控訴人代表者自身、第二次仕様までは単一の情報からの複製とならないよ うな構成にしようとしていた旨陳述していること〔乙21〕、控訴人は、 陳述書等を提出するだけで、控訴人商品の構成に係る客観的な裏付け資料 を提出していない等の経緯が認められる。)。 ( ) 以上のとおりであるから、3 再抗弁につき判断するまでもなく、控訴人商 品による放送番組の複製は、法30条1項、102条1項の私的利用に該 当せず、違法であることに変わりはない。  なお、本件においては、弁論の全趣旨に照らし、被控訴人らの許諾が得 られる見込みのないことが明らかである。 5 争点(5)、(6)(控訴人商品の公衆送信・送信可能化)について (1) 前記のとおり、控訴人商品は、個々の利用者が「全局予約モード」に設 定しているか「個別予約モード」に設定しているかに関係なく、サーバー 毎に、これに接続されたビューワーのいずれかから録画予約された番組 (「全局予約モード」に設定しているビューワーがある場合は全番組)に ついて、そのサーバーのハードディスク上の1か所にのみその音及び影像 の信号が記録され、録画の起因となった予約をしているビューワーに限ら ず、当該番組の予約(全局予約を含む。)をしたビューワーから、録画よ り1週間の保存期間内に番組再生の要求があった場合には、自動的に、録 画した番組の音及び影像の情報を再生要求のあった当該ビューワーにのみ 送信するものである。そして、控訴人商品は、サーバーとビューワーが有 線回線によって電気的に接続され、サーバーは集合住宅の共用部分に、ビ ューワーは個々の居室に設置されている。 ( ) まず、公衆送信権(法22 条1項7号の2、23条)について検討する。 ア控訴人商品においては、入居者の番組再生の要求に基づき、録画した番 組の音及び影像の情報信号が有線回線を介して当該ビューワーに送信され るのであるから、受信者によって直接受信されることを目的として有線電 気通信の送信が行われるものであることは明らかである。 イ この点に関し、控訴人は、控訴人商品におけるサーバーからビューワー へのデータの伝達は、製品の内部的なデータのやり取りにすぎないから、 そのような伝達は、そもそも法上の「送信」に該当しないとも主張してい るが、「送信」(同項7号の2)を「情報の無線通信又は有線電気通信に よる送信」という意味以上に限定的に解釈すべき法文上の根拠は見出せな いから、この点の控訴人の主張は採用できない。 ウ また、控訴人は、控訴人商品が設置される集合住宅の共用部分は入居者 の共有に属し、各入居者は共用部分を「占有」しているから、当該共用部 分に設置されたサーバーから各居宅のビューワーへの情報の伝達は「同一 の者の占有に属する区域内」での伝達にすぎず、「公衆送信」に該当しな い旨主張するが、上記共同占有部分と上記単独占有部分とで一部重複があ ることにすぎず、上記両占有部分が法2条1項7号の2所定の同一の者の 占有に属するとはいえないから、その送信は「その構内が二以上の者の占 有に属している場合における同一の者の占有に属する区域内」での送信に は該当しないと解され、上記控訴人の主張は採用できない。  さらに、控訴人は、控訴人商品の使用者は、あくまでも自らが放送番組 を録画して自らが再生することを目的としているにすぎず、「公衆によっ て直接受信されることを目的」としていないとも主張しているが、既にみ たように、控訴人商品が単一の情報を複数の使用者が再生する構成となっ ている以上、この点の控訴人の主張も採用できない。  ところで、信号の受信者、すなわち各居室の入居者をもって「公衆」と いえるか否かの点について、控訴人は、あらかじめ録画予約の指示をした ビューワーの利用者のみが番組の送信の要求をして番組を受信することが できるのであるから、送信を要求し、これを受信する者をもって「公衆」 ということはできない、控訴人商品では1サーバーに接続されるビューワ ー数は50個程度を上限としているから、その数に照らして使用者を「公 衆」ということはできない旨主張している。  しかしながら、前記のとおり、控訴人商品においては、番組の録画は、 録画予約をしたビューワーの数にかかわらず、サーバーのハードディスク 上の1か所にのみ1組のみの音及び影像の情報が記録され、あらかじめ録 画予約の指示をしたビューワーすべてに対し、その要求に応じて、記録さ れた単一の信号として送信されるものであるから、人数の点を別とすれば、 控訴人商品の使用者は、「公衆」であることを妨げる要素を含んでいるも のではない。  そして、控訴人商品においては、ビューワーは、集合住宅の各戸に設置 されることが予定されているから、1サーバーに接続されるビューワー数 は、設置場所によって異なるとしても、集合住宅向けに販売される以上、 少なくとも前記認定の24戸以上の入居者が使用者となることに照らせば、 控訴人商品の利用者の数は、公衆送信の定義に関して「公衆」といい得る 程度に多数であるというべきである(ちなみに、控訴人商品を利用すれば、 一つの集合住宅内であっても、サーバーを増設することにより大人数の使 用が可能となる。甲10や甲31の集合住宅はその例であると考えられ る。)。 エ 以上によれば、控訴人商品においては、法2条1項7号の2にいう「公 衆送信」が行われるものである。 (3) 次に、送信可能化権(著作権に関し法2条1項9号の5、23条、著作隣 接権に関し法2条1項9号の5、99条の2)について検討する。 ア 既に検討したところに照らせば、控訴人商品において、サーバーとビュ ーワーとを接続している配線が「電気通信回線」であり、これが公衆に該 当する入居者の用に供されていること、控訴人商品のサーバーが「自動公 衆送信装置」に、そのハードディスクが「公衆送信用記録媒体」に、それ ぞれ該当することは、明らかである。  そして、利用者がビューワーにより録画予約の指示をすることにより、 控訴人商品のサーバーに、放送番組に係る情報が記録され、これによって、 当該情報が自動公衆送信し得るようになるのであるから、控訴人商品のサ ーバーのハードディスクに放送番組が録画されることにより、その放送は 「送信可能化」されるということができる。 イ 控訴人は、放送事業者の送信可能化権(法99条の2)について、同条 の「送信可能化」とは、いわゆる「ウェブキャスト」のように、受信した 番組を録音・録画せず、サーバー等を通じてそのまま流す場合のみを対象 とし、いったん録画されたビデオ等を用いて送信可能化する行為は、送信 可能化には当たらないと主張するが、法上、公衆の用に供されている電気 通信回線に接続している自動公衆送信装置の公衆送信用記録媒体に、情報 を記録することによって自動公衆送信し得るようにすることも、「送信可 能化」として定義されているのであるから、この点の控訴人の主張は採用 できない。 ウ 以上のとおりであるから、控訴人商品の使用時において、控訴人商品の サーバーのハードディスクに放送番組を録画することは、放送を「送信可 能化」するものということができる。 6 争点(7)(控訴人の侵害主体性)について (1) 一般に、放送番組に係る音及び影像を複製し、あるいは放送番組を公衆 送信・送信可能化する主体とは、実際に複製行為をし、公衆送信・送信可能 化行為をする者を指すところ、前記認定事実によれば、控訴人商品における 複製(録画)や公衆送信・送信可能化自体は、サーバーに組み込まれたプロ グラムが自動的に実行するものではあるが、これらはいずれも使用者からの 指示信号に基づいて機能するものであるから、上記指示信号を発する入居者 が実際に複製行為、公衆送信・送信可能化行為をするものであり、したがっ て、少なくとも、その主体はいずれも、現実にコントローラーを操作する各 居室の入居者ということができる。  しかし、現実の複製、公衆送信・送信可能化行為をしない者であっても、 その過程を管理・支配し、かつ、これによって利益を受けている等の場合に は、その者も、複製行為、公衆送信・送信可能化行為を直接に行う者と同視 することができ、その結果、複製行為、公衆送信・送信可能化行為の主体と 評価し得るものと解される。 (2) 控訴人商品の商品特性等について ア 控訴人商品は、もともと全局・自動録画の構成からなる商品として開発 されたものであるが、その後、著作権、著作隣接権侵害となることを回避 するために、全局・自動録画の場合でも、使用者において「全局予約モー ド」に設定する必要があるように構成を変更するとともに、個別予約機能 (「個別予約モード」)を付加したものである(乙21)。 イ 上記のような経緯で、控訴人商品は「全局予約モード」と「個別予約モ ード」を備えるに至ったものであるが、実際には、控訴人の商品カタログ 等や集合住宅のデベロッパーによる広告・宣伝等(甲10、15、16、 31、42、44、乙7等)の上では一貫して「全局予約モード」が強く アピールされ、工場出荷時点こそ「個別予約モード」に設定されているも のの、控訴人商品の購入者が自室のテレビ画面上で「全局予約モード」を 選択することにより、ごく簡単に「全局予約モード」に変更することがで きるようになっている(乙7)。  また、使用者の立場からみても、「全局予約モード」がある限り、敢え て「個別予約モード」を選択する利点は殆ど考えられず、本件全証拠によ っても、控訴人商品を「個別予約モード」で使用した実例は、操作を誤っ た場合を除けば、認めることができない。  したがって、控訴人商品は、「全局予約モード」をもってその本来的な 使用態様とするもので、「個別予約モード」は、実際には殆ど利用される ことのない機能にすぎないということができる。  のみならず、「全局予約モード」にしても、いったん使用者において 「全局予約モード」に設定を変更した後に、1週間毎に再設定又は再予約 を繰り返す必要があるのかすら、取扱説明書(乙7。控訴人商品と基本的 に同一構成の商品と思われる「ウィークリーネビオ」に係る甲70中の取 扱説明書も同じ。)には何ら記載されておらず、その場合、録画操作とい っても、個々の使用者においてはテレビ画面上で「全局予約モード」を選 択するだけで、これを実質的にみる限り、個々の使用者は、控訴人商品の 全局予約機能を使用する、使用しないの選択を行なっているにすぎないと いっても過言ではない(もっとも、その限りで、各使用者の自由意思が維 持されていることは否定できない。)。 ウ そして、控訴人商品が、既にみたとおり、予約指示に基づく録画によっ て作成される単一のファイルを他の使用者も使用する構成になっている以 上、これを集合住宅向けハードディスクビデオレコーダーシステムとして の本来の用途に用いる場合には、被控訴人らの複製権等を侵害せざるを得 ないし、また、控訴人商品を上記本来の用途に用いる以外には、社会通念 上、経済的、商業的ないしは実用的であると認められるような他の用途が 全く考えられず、控訴人においても、その使用者がそのような用途に用い ることを前提としてこれを製造・販売し、あるいは後記のようにこれを維 持・管理しているものであることは明らかである。  もっとも、この点について、控訴人は、大邸宅など個人住宅向け用途や 監視カメラ等としても使用し得る旨主張しているが、前者は、そもそも本 件差止め請求の対象とされていないし、また後者についても、控訴人主張 のような機能は、仮にこれが付加されたとしても単なるオプションにすぎ ないもので、集合住宅向けハードディスクビデオレコーダーシステムとし ての本件商品の本来の用途と並存し得るような「他の用途」とは認め難い から、この点に関する控訴人の主張も採用することはできない。 エ また、上記控訴人商品の取扱説明書(乙7)には、複製、公衆送信・送 信可能化が行われるサーバーの仕様や仕組み(特に放送番組ごとのファイ ルが一つしか作成されないこと)についての説明がないから、集合住宅購 入者としては、控訴人商品の代金込みで集合住宅を購入し、入居後はその 仕様や仕組みを知らないままこれを使用する立場にある。 オ なお、受信すべきテレビ放送のチャンネルの設定について、購入側にお いてプリセットを変更できるようになっており、また、その選択権が購入 側にあることは確かであるが、本件全証拠によるも、民放5局以外の設定 をした実例の存在を認めることができず、したがって、実際には、控訴人 がプリセットしたまま使用される事例も多いと考えられる。 (3) 控訴人商品の保守管理について ア 甲38、42、46、64、乙12、13、21によれば、過去に控訴 人が販売しようとした「選撮見録」については、その購入者等と控訴人と の間で、保守業務委託契約が締結されることが想定されていたこと、従来、 保守業務の対価は、導入先によって異なるが、月額で、1戸当たり120 0円ないし1600円程度、1サーバー当たりにすると3万円ないし4万 円程度(いずれも消費税別)とされていたこと、保守業務にあたっては、 固定グローバルIPアドレスを取得して控訴人商品のサーバーをインター ネットに接続し、控訴人において、インターネットを介してリモートコン トロールで作業するものとされていたこと、保守業務委託契約では、サー バーの設置場所を施錠すること及びその鍵の管理を控訴人が受託するもの とされていたこと、保守業務委託契約では、控訴人商品の設置者が、控訴 人の確認なく控訴人商品の移設や改造を行ったときには、契約が解消され るとされていたことが認められる。 イ また、甲37ないし39によれば、マンション「H」には、控訴人が開 発して販売した商品が設置され、控訴人においてその保守業務をしている ところ、同商品は、当初は画面上「ウィークリー・ネビオ」と表示されて いたが、控訴人がサーバーないし部品を変更したことによって「選撮見 録」との画面表示がされるようになっていること、控訴人従業員は、上記 集合住宅の入居者から強く要求された際に過去の番組を録画したVHSビ デオテープを提供したことがあること、上記マンションの賃貸人であるエ イブル保証株式会社は、「選撮見録」が同集合住宅の管理人室に設置され ており、選撮見録サーバーを管理しているのは控訴人であって、入居者か らのメンテナンス及び故障等の問い合わせは控訴人と入居者との間で行わ れており、同会社としては、毎月のランニング費用を入居者から集金して 控訴人に送金しているだけであると認識していることが認められる。 ウ この点に関し、控訴人代表者は、乙21の陳述書において、現在の控訴 人商品の仕様(第三次仕様)ではリモート保守を行わないことにしている、 マンション「H」に設置されているのは控訴人商品ではなく、その前身と なった仕様の実験機であり、「選撮見録」と表示されるようになったのは 誤表示であって、その後「HVR」と表示されるように修正した、上記マ ンション入居者に過去の番組を録画したVHSビデオテープを提供したの は従業員の個人的行為であって、控訴人は、同集合住宅に設置された商品 に録画されたデータを取得できない立場にあるなどと陳述しているが、控 訴人は、これらの事実を客観的に裏付けるに足りる証拠を全く提出してい ない。  そして、時期の点では必ずしも明瞭でない点があるものの、甲64や6 7でも、サーバーに「固定グローバルIPアドレスが割り当てられるこ と」「遠隔操作による運用保守を実施する上でインターネットによる常時 接続環境は必須である」と記載した資料を提供する等しているし、また、 上記のとおり、第3次仕様以降はリモート保守を行わないことにした旨記 載された陳述書の作成時点より後の事例(甲70)についても、控訴人商 品と同様の商品と思われる「ウィークリーネビオ」について、なお、固定 IPアドレスを用いたリモートコントロールによる保守管理を行っている ことが窺われる。  そうすると、乙21における控訴人代表者の説明はにわかに採用できず、 むしろ、前掲各証拠に照らせば、「選撮見録」を含む控訴人開発の録画機 器は、現時点においても、控訴人による外部からのリモートコントロール を要するものであり、「選撮見録」販売後も、その安定的な運用のために は、控訴人において、なお一定の保守管理を必要とするものと推認するの が相当である。 エ 控訴人は、第三者から、「選撮見録」の録画機器としての実用性を維持 するために必要と考えられる電子番組表(EPG)データを入手し、「選 撮見録」の購入者に継続的に供給している(甲82)。 (4) 利益の帰属について  控訴人は、控訴人商品の販売によって利益を得られるばかりでなく、その 販売後も、保守業務上の収入のほか、控訴人商品の使用者に複製等の行為を 支障なく継続させることによって、控訴人商品の声価が高まり、その後の販 路拡大等に大きく寄与することは明らかである上、既販売先においても、控 訴人商品の使用による機器の劣化による買替え需要も望めないではなく、継 続的に利益を受けることができる。 (5) なお、被控訴人らは、管理組合等の控訴人商品の設置者も複製等の主体と みなし得ると主張しているが、そもそも「設置者」の定義自体が明瞭でない 上、控訴人も主張するように、機器自体の管理支配とこれを使用しての複製 等の管理支配とは別異の観点から検討されるべきことがらであると考えられ るところ、少なくとも管理組合や管理組合法人については、控訴人商品の物 理的維持や保守費用徴収の便宜上の必要から、控訴人商品の使用者である個 々の入居者から、機器自体の管理を委託されているにすぎず、入居者による 複製等の過程について格別の管理や支配を及ぼしているわけではなく、これ によって利益を得ているわけでもないと考えられるから、この点に関する被 控訴人らの主張はにわかに採用できない。 (6) 以上によれば、控訴人商品においては販売の形式が採られており、控訴人 自身は直接に物理的な複写等の行為を行うものではないが、控訴人商品にお ける著作権、著作隣接権の侵害は、控訴人が敢えて採用した(乙21)放送 番組に係る単一のファイルを複数の入居者が使用するという控訴人商品の構 成自体に由来するものであり、そのことは使用者には知りようもないことが らであり、使用者の複製等についての関与も著しく乏しいから、その意味で、 控訴人は、控訴人商品の販売後も、使用者による複製等(著作権、著作隣接 権の侵害)の過程を技術的に決定・支配しているものということができる。 のみならず、控訴人商品の安定的な運用のためには、その販売後も、固定I Pアドレスを用いてのリモーコントロールによる保守管理が必要であると推 認される上、控訴人は、控訴人商品の実用的な使用のために必要となるEP Gを継続的に供給するなどにより、使用者による違法な複製行為等の維持・ 継続に関与し、これによって利益を受けているものであるから、自らコント ロール可能な行為により侵害の結果を招いている者として、規範的な意味に おいて、独立して著作権、著作隣接権の侵害主体となると認めるのが相当で ある。 (7) なお、控訴人は、控訴人商品同様に1週間分の全局録画ができるパソコン が既に市販されているし、控訴人商品における保守業務やEPGデータの継 続的提供も、市販されている電気機器やHDD・DVDレコーダーにおいて も通常行われていることにすぎない旨主張しているが、仮に控訴人主張のと おりであるとしても、その使用が著作権、著作隣接権の侵害とはならない商 品に関する保守業務等と、その使用自体が著作権、著作隣接権を侵害するこ とになる控訴人商品における保守業務等とを同列に論ずることはできないか ら、この点に関する控訴人の主張も採用できない。 7 争点(8)(差止め請求)について (1) 法112条1項は、差止めにつき、これを請求し得る者としては「著作者、 著作権者、…著作隣接権者」、請求の相手方としては「著作権、…著作隣接 権を侵害する者又は侵害するおそれのある者」、請求し得る内容としては 「その侵害の停止又は予防」とそれぞれ規定している。  そして、既にみたとおり、被控訴人らは、放送事業者として著作隣接権者 であり、一部の番組については職務上著作の著作者でもあり、他方、控訴人 は、被控訴人らの支分権としての複製権、公衆送信権・送信可能化権をいず れも侵害し、又は侵害するおそれがあるものといえるから、被控訴人らは、 控訴人に対し、同条項に基づき侵害の停止又は予防を請求することができる というべきである。  ところで、ここにいう著作権、著作隣接権の侵害とは、本件に即していえ ば、著作者の複製権、公衆送信・送信可能化権、著作隣接権者の複製権、送 信可能化権の侵害であり、したがって、停止を求め得る侵害行為は、複製行 為、公衆送信・送信可能化行為であるところ、商品販売によって所有権、占 有権が入居者等に帰属するなどの状況において、控訴人が控訴人商品を使用 した複製行為、公衆送信・送信可能化行為そのものを現実に差し止め又は入 居者等をして差し止めさせ得る直接的手段を有することを認めるに足りる証 拠はない。  しかるところ、前記のとおり、入居者の控訴人商品の使用による被控訴人 らの著作隣接権等の侵害は控訴人商品の構成自体に由来し、控訴人商品を販 売しないことは、当該侵害の停止、予防として直截的かつ有効であるから、 被控訴人らは上記のとおり侵害行為の主体といい得る控訴人に対し、次の内 容の限りで、控訴人商品の販売による入居者の侵害行為の差止め請求をする ことができる。  すなわち、本件における侵害行為である複製行為、公衆送信・送信可能化 行為のうち、公衆送信・送信可能化行為該当の要件となる「公衆」という概 念は、法上、行為者から見て相手方が不特定人である場合の当該不特定人を 意味するほか、特定かつ多数の者を含むから、控訴人商品の設置される集合 住宅の入居者が特定人に該当するとすれば、多数である場合に「公衆」に該 当し、そうでなければ「公衆」に該当せず、公衆送信・送信可能化行為に当 たらないこととなるところ、前記のとおり、少なくとも24戸以上の入居者 が使用者となる場合は「公衆」に該当して必ず公衆送信・送信可能化権の侵 害が生じ、その限度では、控訴人商品は、少くとも、使用の都度、常時、被 控訴人ら著作隣接権者の有する送信可能化権侵害が発生するいわゆる侵害専 用品といい得るが、当該戸数に至らない場合、控訴人商品の使用態様、条件 によっては、公衆送信・送信可能化権を侵害しない場合もあり得る。  一方、前記したところによれば、控訴人商品は、集合住宅向けに販売して これをその本来の用途に従って使用すれば、上記「公衆」該当の如何に関わ らず、必ず複製権侵害が発生する物、少なくとも、使用の都度、常時、被控 訴人ら著作隣接権者の有する複製権侵害が発生する、いわゆる侵害専用品と いい得る物である。  我が国のような自由市場においては、すべての取引はこれを行う当事者の 自由な創意、工夫にゆだねられ、これにより経済の発展が図られるとの理念 の下に経済社会の運営が行われているところ、その一方、取引当事者は、秩 序ある公正な市場での適切かつ公正な競争を維持する責任を負っているとい うべきであり、知的財産権の重要性を考慮すると、絶対権である知的財産権 のいわゆる侵害専用品は、通常の流通市場において取引の対象とするのが不 相当の物といえる。  そして、前記のとおり、控訴人商品の構成上、その販売が行われることに よって、その後、ほぼ必然的に入居者による被控訴人らの著作隣接権の侵害 が生じ、これを回避することが、裁判等により集合住宅の入居者の侵害行為 を直接差し止めることを除けば、社会通念上不可能であるところ、裁判等に より集合住宅の入居者の侵害行為を直接差し止めようとしても、侵害が行わ れようとしている場所や相手方を知ることが困難なため、完全な侵害の排除 及び予防は事実上難しい。  したがって、法112条1項、2項により、被控訴人らは、少なくとも、 著作隣接権に基づき、複製権侵害を理由に侵害行為の主体といえる控訴人に 対し、規範的には、その侵害の差止めを求めることができ、具体的には控訴 人商品の販売により同入居者に同商品使用による放送番組の録画をさせては ならない旨求めることができるものと解するのが相当である。  もっとも、著作権に基づく同様の差止め請求は、被控訴人らの著作権のあ る放送番組が常時放送されているといえない以上、控訴人商品が同著作権に ついての侵害専用品とはいえないので、控訴人商品の販売により同商品を使 用させてはならない旨を命ずることが著作権のない番組を含めたすべての番 組に関する差止めを認めることとなり、被控訴人らに過大な差止めを得させ ることとなり、不相当であるから、認めることができない。  一方、個々の著作権のある放送番組を個々に特定してその複製行為、公衆 送信・送信可能化行為そのものの差止めを控訴人に求めることは、前記のと おり、控訴人がこれを現実になし得る直接的手段を有しない以上、認められ ない。  そして、被控訴人らの求める著作隣接権及び著作権に基づくその余の差止 め請求は法112条1項に照らし、認められない。  次に、被控訴人らは、法112条1項の類推適用を主張するが、その主張 するところは、侵害主体性の根拠としていうところと大差なく、仮に同条項 の類推適用が肯定されるとしても、上記のとおり、同条項に基づく差止め請 求の可否につき説示したことと異なる結論を導くこととならない。 (2) 差止めの地理的範囲について ア ところで、被控訴人らの請求は、現に、被控訴人らの著作権等が侵害さ れ、侵害されるおそれのある限りで認められるべきであるから、被控訴人 らの放送番組が放映されない地域においては、差止めを求めることができ ないことはいうまでもない。したがって、その地理的範囲は、被控訴人ら によるテレビ放送が行われている地域、すなわち、被控訴人らが行うテレ ビ放送を受信することができる地域に限られる。  この点について、被控訴人らは、第三者の著作権等のみが侵害される場 合であっても、被控訴人らにおいて、保存行為としてその妨害排除等が認 められるべきであるとも主張しているが、著作権に基づく上記差止め請求 が認められないことは上記のとおりである上、法117条が、共同著作物 である場合その他著作権の共有の場合について、各共有著作権者が単独で 法112条の差止請求権を行使できる旨規定している趣旨等に照らせば、 少なくとも著作権を共有する放送番組が放送されている場合でなければ差 止め請求はできないものと解するのが相当であり、同主張は採用できない。 イ そこで、被控訴人らの請求が認められる地理的範囲について検討する。 放送普及基本計画(昭和63年郵政省告示第660号)においては、一 般放送事業者の地上波テレビ放送の放送系の数は、近畿放送圏(滋賀県、 京都府、大阪府、兵庫県、奈良県及び和歌山県)を放送対象地域とした広 域放送系については4と、大阪府を放送対象地域とした県域放送系につい ては1と、それぞれ定められている。そして、甲2の1・3・5及び弁論 の全趣旨によれば、被控訴人毎日放送、同関西テレビ、同朝日放送及び同 讀賣テレビは、放送普及基本計画にいう近畿放送圏を放送対象地域とした 広域放送系の放送局の設置者、被控訴人テレビ大阪は、大阪府を放送対象 地域とする県域放送系の放送局の設置者であると認められる。  甲2の1・3、A2、B9、C2、D2によれば、被控訴人毎日放送、 同朝日放送、同関西テレビ及び同讀賣テレビの行う地上波テレビ放送は、 滋賀県、京都府、大阪府、兵庫県、奈良県及び和歌山県の全域及び徳島県 の東側の一部地域等で受信することができるものと認められる。  もっとも、上記地域のうち、徳島県の東側の一部地域等の、滋賀県、京 都府、大阪府、兵庫県、奈良県及び和歌山県以外の地域については、元来 上記被控訴人らの放送対象地域ではなく、証拠上も、その放送を受信する ことのできる地域は具体的に特定することができない。  したがって、上記被控訴人ら4社については、その請求を認めることが できる地域としては、滋賀県、京都府、大阪府、兵庫県、奈良県及び和歌 山県を限度として認めるのが相当である。 ウ これに対し、被控訴人テレビ大阪については、甲2の5、E2によれば、 そのテレビ放送は、大阪府の全域及び兵庫県等の一部地域で受信すること ができるものと認められる。  もっとも、上記地域のうち、兵庫県等の一部地域の、大阪府以外の地域 については、元来、大阪府を放送対象地域とする県域放送系である上記被 控訴人による放送の放送対象地域ではなく、証拠上も、その放送を受信す ることのできる地域は具体的に特定することができない。 したがって、上記被控訴人については、その請求を認めることができる 地域としては、大阪府を限度として認めるのが相当である。 エ以上のとおりであるから、控訴人に対し、控訴人商品の販売差止めを請 求することのできる地理的範囲は、被控訴人毎日放送、同朝日放送、同関 西テレビ及び同讀賣テレビについては、滋賀県、京都府、大阪府、兵庫県、 奈良県及び和歌山県の各府県内に、被控訴人テレビ大阪については、大阪 府内に、それぞれ限られるものというべきである。 オ なお、被控訴人らは、系列局等との放送許諾、番組販売により、本来の 放送地域の外でも被控訴人らを著作者とする一部の番組が放送されている と主張するが、著作権に基づく上記差止め請求が認められない以上、採用 できない。 (3) 廃棄請求については、上記差止め行為の内容に鑑み、ことがらの性質上、 相当でないというべきであるから、認められない。 8 争点(9)(当審反訴請求)について 控訴人の反訴請求に係る本判決別紙物件目録記載の物品は、差止めの当否が 争われている控訴人商品そのものであるから、別途同一の製品について差止請 求権不存在確認を求めることは、二重起訴の禁止に該当し、不適法である。 9 その他、原審及び当審における当事者提出の各準備書面記載の主張に照らし、 原審及び当審で提出、援用された全証拠を改めて精査しても、上記認定、判断 を覆すほどのものはない。 第4 結論  以上のとおりであるから、被控訴人らの請求は、控訴人に対し、本判決主文 記載の限度でこれを認容すべきところ(その余の請求は理由がない。)、これ と結論を一部異にする原判決を、本件控訴及び附帯控訴に基づき、上記主文記 載のとおり変更するとともに、その余の請求を棄却し、反訴請求をいずれも却 下することとする。  よって、主文のとおり判決する。 (平成19年2月15日口頭弁論終結) 大阪高等裁判所第8民事部 裁判長裁判官 若林 諒    裁判官 小野 洋一    裁判官 菊地 浩明 (別紙) 商品目録 1.商品の名称選撮見録 2.商品の種類集合住宅向けハードディスクビデオレコーダーシステム 3.下記の構造・機能を有するもの 記  テレビ放送受信用チューナー及びテレビ放送番組録画用ハードディスクと利 用者操作用ビューワー(複数個)を備え、少なくとも、各利用者のビューワー から1局又は複数局の一定期間の放送番組すべてを録画するように予約する 「全局予約モード」を有し、複数のビューワーからサーバーへの指示によって 自動的に再生される構成のもので、1つの放送番組についての音及び影像の情 報が1サーバーにおいては1つしか記録されないようになっているもの。