・東京地判平成19年7月25日  愛の流刑地事件  本件は、小説「さまざまのこと思い出す桜かな−松尾芭蕉−」を執筆し、その原稿を日 本経済新聞社に送付した原告が、上記送付後に同新聞社発行の新聞に連載された小説「愛 の流刑地」の表現の多くが、原告の上記小説の表現と同一であり、上記新聞に連載された 小説を執筆したことは、原告の上記小説の該当部分についての著作権(複製権)の侵害に 当たるとして、上記連載小説の執筆者である被告(渡辺淳一)に対して、民法709条に 基づき、著作権侵害の不法行為による2000万円の損害賠償を請求した事案である。 ■判決文  著作権法による保護の対象となる著作物は、思想又は感情を創作的に表現 したものであることが必要である(著作権法2条1項1号)ところ、「創作 的に表現したもの」というためには、作成者の何らかの個性が発揮されてい れば足り、厳密な意味で、独創性が発揮されたものであることまでは必要な いが、言語からなる作品においては、表現が平凡かつありふれたものである 場合や、文章が短いため、その表現方法に大きな制約があり、他の表現が想 定できない場合には、作成者の個性が現れておらず、「創作的に表現したも の」ということはできないと解すべきである。  原告は、被告小説侵害主張部分が原告小説被侵害主張部分と同一であり、 被告小説の執筆は、原告小説被侵害主張分について原告が有する著作権を侵 害する旨主張するので、当該主張部分を個別に検討するに、まず、原告小説 被侵害主張部分(753頁13行から15行)については、アイディアの同 一性を主張するものであって、表現の同一性をいうものではないし、原告小 説被侵害主張部分(504頁10行から14行目及び981頁5行から6行 目)と、それに対応する被告小説侵害主張部分(平成16年11月16日付 け)とは、同一であるとも類似しているともいえないことが明らかである。 また、上記以外の原告小説被侵害主張部分は、地名を表示するもの(240 頁4行目及び994頁19行から995頁2行目の一部)を含むほか、いず れも、日常的によく使用されている、極めてありふれた表現であって(しか も、そのほとんどは、1ないし2単語の語句である。)、同部分に著作物性 が認められないことが明らかであるから、原告の上記主張は、いずれも採用 できない。  したがって、その余の点について判断するまでもなく、原告の請求は理由 がない。 第4 結論  以上の次第で、原告の請求は理由がないから、これを棄却することとし、 主文のとおり判決する。 東京地方裁判所民事第29部 裁判長裁判官 清水 節    裁判官 山田 真紀    裁判官 佐野 信