・東京地判平成20年2月15日  「運命の顔」事件  本件は、本件書籍『運命の顔』(株式会社草思社)が原告(茅島奈緒深)と被告B(藤井輝明)との共 同著作物であるにもかかわらず、被告ら(B、株式会社汐文社)が、本件書籍を複製ない し翻案した被告書籍『さわってごらん、ぼくの顔』(株式会社汐文社)」を原告に無断で 制作、発行したとして、原告が、〔1〕被告らに対し、共同不法行為に基づき、原告の本 件書籍に関する著作権(複製権、翻案権又は譲渡権)の侵害に基づく損害賠償及び著作者 人格権(同一性保持権及び氏名表示権)の侵害に基づく慰謝料を、〔2〕被告らに対し、 著作権法115条に基づき、本件書籍に関する原告の著作者人格権の侵害に伴う名誉回復 措置として謝罪広告の掲載を、〔3〕被告らに対し、著作権法112条1項に基づき、被 告書籍の複製、頒布の差止めを、〔4〕被告汐文社に対し、著作権法112条2項に基づ き、被告書籍の廃棄を、それぞれ求めた事案である。  判決は、本件書籍が共同著作物に当たることを認めた上で、類似性を肯定し、原告の請 求を一部認容した。 ■争 点 (1)本件書籍は原告と被告Bとの共同著作物であるか否か。(争点1) (2)本件書籍が原告と被告Bとの共同著作物である場合の持分割合(争点2) (3)被告らによる本件書籍に関する原告の著作権(複製権、翻案権又は譲渡権)の侵害 の有無(争点3) (4)被告らによる本件書籍に関する原告の著作者人格権(同一性保持権及び氏名表示 権)の侵害の有無(争点4) (5)被告書籍の複製、頒布の差止め及び廃棄の必要性(争点5) (6)損害の有無及び額(争点6) (7)謝罪広告の必要性(争点7) ■判決文 第4 当裁判所の判断 1 争点1(本件書籍は原告と被告Bとの共同著作物であるか否か)について (1)証拠(甲1、甲5の1・2、甲6、7、甲8の1ないし7、甲9の1ないし7、甲 10の1ないし9、甲11ないし14、16、乙1ないし3、5)及び弁論の全趣旨によ れば、本件書籍が創作された経緯に関し、以下の事実が認められる。 ア 被告Bは、熊本大学医学部の教授であった平成12年ころ、当時の同大学医学部長か ら、「被告Bと同じような容貌障害によって、偏見、蔑視、心ない誹謗中傷にさらされて きた方々への励ましと、社会に向けた啓発活動の趣旨で自伝を書きなさい」と強く勧めら れ、出版社として草思社の紹介を受けた。  これを受け、被告Bは、容貌障害に苦しむ人々に向けた激励を兼ねて、自らの経験と考 えを社会に向けて発信するため、被告Bの経験やその思いなどを内容とする自叙伝を草思 社から出版することにした。 イ このようにして、出版の企画は決まったものの、そのころ被告Bの大学教授としての 職務が多忙であったことなどから、被告Bにおいて、原稿の執筆に取り掛かることができ ないまま、約1年が経過してしまった。  そこで、被告Bと草思社の担当編集者であったDは、第三者に被告Bの自叙伝の執筆を 依頼することにした。 ウ 原告は、主に人物伝を中心としたドキュメンタリーの執筆を業とするジャーナリスト であり、「ジロジロ見ないで」という題名の、顔にあざや病気などをかかえる9人の経験 談をまとめた書籍(平成14年に扶桑社から刊行)を執筆したことがあった。  上記書籍には、被告Bの体験談も取り上げられていた。 エ 被告Bは、既知の間柄であった原告に対し、草思社から出版予定の被告Bの自叙伝の 執筆を依頼し、原告から執筆の了承を得た。そこで、被告Bは、平成14年11月28日 ころ、Dに対し、「私の本の件ですが、私の親友でライターのA様を推薦させていただき ます。私と一緒に仕事をして、私以上に私のことをよく知るかたです。インタビューなど をとうして、熊本での活躍や日本の顔あざ患者の未来についてぜひまとめさせていただき たいと思います。本人の了解は得ています。」と記載した書面(乙2)を、FAXで送信 した。 オ 原告は、平成14年12月ころ、草思社から、被告Bの自叙伝の執筆の依頼を受けた。  原告は、平成14年12月11日、草思社の会議室において、担当の編集者であるDと 打合せをした際、Dから、被告Bのヒューマンドキュメンタリーであるため、被告Bの語 り口調の文体にするように依頼された。  原告は、同月27日、草思社の会議室において、被告Bを交えて、書籍の制作、進行等 について打合せをした。 カ 原告は、平成14年12月29日、原告の事務所において、被告Bから、被告Bの誕 生時の話、「海面状血管腫」の病状、被告Bの症状の経時的な変化や治療経過、両親の経 歴や被告Bに対する教育方針や関わり方、幼稚園や小学校での生活や経験、これらに対す る被告Bの心情等について聴取した。  さらに、原告は、平成15年1月以降も多数回にわたり、被告Bの勤務先である熊本大 学を訪ね、その研究室や会議室等で被告Bを取材した。  同年1月の取材では、被告Bが行ってきた種々の習い事について、その内容や出来事、 母親の関わり、これらに対する被告Bの心情等について聴取し、同年2月23日の取材で は、血管腫の発病の時期、その状況、症状の変化、中学校、高校、大学での生活や経験、 これらに対する被告Bの心情等について聴取し、同月24日の取材では、大学時代のゼミ での活動、就職活動、河野臨床医学研究所に就職することになった経緯、就職後の仕事の 内容、手術を通しての体験、看護大学に入学することになった経緯、看護大学での生活や 経験、大学院に入学することになった経緯、筑波大学の大学院での研究や生活、これらに 対する被告Bの心情等について聴取し、同月25日の取材では、名古屋大学の大学院での 研究や生活、飯田女子短期大学での講師の経験、岐阜医療技術短期大学での助教授の経験、 熊本大学の教授に就任した際の周囲の反応や被告Bの心情等について聴取し、同月26日 の取材では、それまでの取材を通して原告が持った疑問点等について、被告Bから更に詳 細な事情や被告Bの心情等を聴取し、また、その後に予定されていた小学校での交流会に 向けての考えや京都政経塾での経験等についても聴取した。  小学校での交流会を経た後の同年3月7日の取材では、被告Bが同交流会を通して考え たことや思いについて聴取した。  また、同年6月8日には、それまでの取材に追加して、被告Bの経験や心情等について 詳細に聴取した。  上記取材は、おおむね次のような手順で行われた。すなわち、〔1〕原告において、被 告Bに対する質問事項を用意する、〔2〕原告と被告Bとが面談し、原告が被告Bに対し て質問し、被告Bは原告の質問に応じて、あるいは、質問に関連して自由に、体験や心情 等について説明する、〔3〕原告が、被告Bとの面談時の会話を録音しておき、後に口述 を文章に反訳する(甲10の1ないし8)。  なお、上記反訳書は、被告Bの体験や心情等を広く、かつ、詳細に聞き取ったものとな っている。 キ 原告は、上記取材結果や、「ジロジロ見ないで」を執筆するために平成14年ころに 被告Bを取材した際のデータ(甲10の9)や、被告Bの小学校での交流会に同席して取 材した結果等に基づき、平成15年春ころから、原稿の執筆を開始し、同年7月ころ、第 1原稿(甲11)を執筆した。  原告は、被告Bから聴取した結果に基づいて第1原稿を執筆したものであり、別紙「被 告Bの口述と第1原稿及び本件書籍との対比表」記載のとおり、被告Bの口述内容をその まま引き写したのではなく、盛り込む内容を取捨選択し、記載する順序や内容等を組み立 て直し、表現を工夫した。 ク 原告は、第1原稿を確認した被告Bから、これに対する加筆や削除等の指摘を受けた ため、被告Bの指摘に沿って第1原稿を修正し、第2原稿を執筆し、更に推敲を重ねて第 3原稿を執筆した。原告は、第2原稿や第3原稿についても、被告Bの確認を受け、これ らに対する加筆や削除、変更等の指摘を受けた際には、被告Bの指摘に沿ってそれぞれ原 稿を修正し、最終原稿を完成した。なお、被告Bからの上記指摘について、現在において は、その箇所や内容を特定することはできない。 ケ 平成15年10月30日、本件書籍が刊行された。  なお、本件書籍の題名は原告が提案したものである。 コ 本件書籍が刊行される直前に、Dは、被告Bと原告の印税の配分率について、本件書 籍の制作過程における作業量が原告の方が多かったとの考えから、印税10パーセントを、 原告が6パーセント、被告Bが4パーセントという配分にすることを提案した。  この提案を受け、被告Bは、原告の仕事に報いたいとの思いから、原告が7パーセント、 被告Bが3パーセントの配分率でも構わない旨を提案したものの、結局、原告と被告Bと の間で、原告が6.5パーセント、被告Bが3.5パーセントの配分率とすることが合意 された。 サ また、原告は、草思社に対し、本件書籍における原告の表記は「構成」とするように 申し出た。なお、原告の執筆にかかる書籍である前記「ジロジロ見ないで」の奥付にも、 「著者 撮影 E/構成 A」と記載されている。 シ 本件書籍の表紙には、被告Bの写真、本件書籍の書名「運命の顔」との表記と共に、 被告Bの氏名のみが記載されており、本件書籍の背表紙には、書名と共に、被告Bの氏名 のみが記載されている。  本件書籍の末尾奥付には、「著者」として被告Bの氏名が、「構成」として原告の氏名 が、それぞれ記載されている。また、本件書籍の末尾には、「c2003 B、A」と記 載されている。 (2)上記認定事実によれば、原告は、本件書籍の文章表現について、単に被告Bの口述 表現を書き起こすだけといった、被告Bの補助者としての地位にとどまるものではなく、 自らの創意を発揮して創作を行ったものと認められる。また、被告Bは、自らの体験、思 想及び心情等を詳細に原告に対して口述し、被告Bの口述を基に原告が執筆した各原稿に ついて、これを確認し、加筆や削除を含め表現の変更を指摘することを繰り返したのであ るから、被告Bも、本件書籍の文章表現の創作に従事したものと認められる。  そうすると、本件書籍の文章表現は、原告及び被告Bが共同で行ったものであり、原告 と被告Bとの寄与を分離して個別的に利用することができないものと認めるのが相当であ るから、本件書籍は、原告と被告Bとの共同著作物(著作権法2条1項12号)に当たる というべきである。 (3)被告らは、本件書籍は、被告Bの体験を被告B自身の言葉で語ることを目的とする 自叙伝であり、原告の作業は、被告Bの口述を逐一文章に起こし、被告Bがこれに施した 補筆、加筆、修正を踏まえて、確定稿に仕上げることであり、その過程に原告の創作が入 り込む余地はなく、本件書籍は被告Bの単独著作物である旨主張する。  しかしながら、本件書籍の第1原稿が、被告Bの口述を逐一文章に書き起こしたにすぎ ないものであるということができないことは、前記認定のとおりである。また、本件書籍 において表現の対象となっている思想や感情が被告Bの固有のものであるとしても、その 表現行為、すなわち、本件書籍の第1原稿を作成し、それを推敲して最終的に本件書籍を 完成する過程には、原告の創作性が発揮されているといえる。  したがって、本件書籍を被告Bの単独著作物であるとする被告らの上記主張は理由がな い。 2 争点2(本件書籍に関する原告の著作権の持分割合)について  共同著作物の持分割合については、共有者の意思表示によって定まり、共有者の意思が 不明な場合には、各共有者の持分は相等しいものと推定される(民法264条、250条 参照)。  本件書籍については、前記1(1)認定のとおり、印税の配分率について、本件書籍が 刊行される直前に、出版社である草思社のDから、原告と被告Bに対して、本件書籍の制 作過程における作業量を考慮して、本件書籍の印税(10パーセント)を、原告に6パー セント、被告Bに4パーセント配分してはどうかという提案があり、これを受け、原告と 被告Bとの間で、最終的に、原告を6.5パーセントとし、被告Bを3.5パーセントと する旨の合意が成立している。  上記事実に照らせば、本件書籍の著作権の持分割合については、共有者である原告と被 告Bとの間で、原告を65パーセントとし、被告Bを35パーセントとする合意があった ものと認めるのが相当である。  なお、本件全証拠によっても、被告Bと原告との間で、本件書籍に関する原告の著作権 共有持分を被告Bに譲渡する旨の合意がされたことを認めることはできない(かえって、 本件書籍の刊行に当たって、原告と被告Bとの間で、本件書籍の印税配分率が合意されて いたことは上記のとおりである。)。 3 争点3(被告らによる著作権侵害の有無)について (1)各本件文章と各被告文章とを対比した結果は、別紙「本件書籍と被告書籍との文章 対比表」記載のとおりであり、これらの部分についての被告書籍における表現は、本件書 籍における表現をほぼそのままに引き写したか、本件書籍における表現を平易な言葉を用 いて修正したり、一部を削って簡略化したり、並べ替えたりしたものにすぎないといえる。  したがって、各被告文章は、各本件文章の内容及び形式を覚知させるに足りるものか、 少なくとも、各本件文章の表現形式上の本質的な特徴を直接感得することができるもので あるということができる。  そして、被告書籍も本件書籍も共に、被告Bの体験や心情等をつづった自叙伝であるこ とに加え、証拠(甲2、3、乙5)及び弁論の全趣旨によれば、被告書籍の本文(94頁) や末尾に掲載された被告Bのプロフィールの中で、被告Bの著書として本件書籍が紹介さ れていること、被告書籍の執筆に関与したCのブログ中で、被告書籍が本件書籍の子ども 向け書籍である旨言及されていることなどを総合すれば、各被告文章は各本件文章に依拠 して作成されたものであると認められる。  そうすると、各被告文章は、各本件文章を複製ないし翻案したものであるというべきで ある(なお、各被告文章が各本件文章の翻案に当たることについて、被告らは争っていな い。)。 (2)(1)で述べたところによれば、原告の同意なく、各本件文章を複製ないし翻案し た各被告文章を含む被告書籍を制作、発行することは、本件書籍に関する原告の複製権 (著作権法21条)、翻案権(著作権法27条)又は譲渡権(著作権法26条の2)を侵 害するものといえる。  なお、このことは、本件書籍の共同著作者である被告Bによってされた行為であっても 同様である(著作権法65条2項)。 (3)被告Bは、前記1(1)で認定した本件書籍の創作の経緯を認識していたものと認 められるから、原告の同意なく被告書籍を制作したことにつき、少なくとも過失が認めら れる。  また、前記1(1)認定のとおり、本件書籍の末尾奥付には、「著者」として被告Bの 氏名が、「構成」として原告の氏名が、それぞれ記載されており、本件書籍の末尾には、 「c2003 B、A」と記載されていたことに照らすと、被告汐文社には、原告の同意 なく被告書籍を発行したことにつき、少なくとも過失が認められる。  そして、弁論の全趣旨によれば、被告汐文社から被告Bの自叙伝を発行するとの企画の 下、被告Bにおいて被告書籍を制作し、被告汐文社においてこれを発行したものと認めら れるから、被告らは、被告書籍の制作、発行による本件書籍に関する原告の著作権の侵害 につき、共同不法行為責任を負うというべきである。 4 争点4(被告らによる著作者人格権の侵害の有無)について  被告らは、原告が著作権持分を有する本件書籍について、前記3で述べたとおり、原告 に無断で改変を加えて二次的に利用した被告書籍を制作し、これを発行したものであり、 しかも、被告書籍に、原告の氏名を表示しなかったのであるから(甲2、乙5)、本件書 籍に関する原告の同一性保持権(著作権法20条)及び氏名表示権(著作権法19条)を 侵害したものといえる。  また、前記3(3)で述べたところによれば、被告らには、上記侵害行為につき、少な くとも過失が認められるから、被告らは、被告書籍の制作、発行による本件書籍に関する 原告の著作者人格権の侵害につき、共同不法行為責任を負う。 5 争点5(被告書籍の複製、頒布の差止め及び廃棄の必要性)について (1)被告らによる、被告書籍の制作、発行行為は、前記3及び4で述べたとおり、本件 書籍に関する原告の著作権及び著作者人格権を侵害する行為である。  そして、本件において、被告らが、上記著作権及び著作者人格権侵害を争っていること (弁論の全趣旨)からすれば、被告らに対し、被告書籍の複製、頒布の差止めを認める必 要性がある。 (2)また、被告汐文社は、被告書籍を8000部発行したうち、499部を在庫として 所有し、占有しているから(弁論の全趣旨。なお、在庫部数について当事者間に争いがな い。)、被告汐文社に対し、これら被告書籍の廃棄を命ずる必要性がある。 6 争点6(損害の有無及び額)について (1)財産的損害について ア 被告書籍について、定価が1冊1300円であること、販売部数が7500部である こと、上記販売につき卸売販売価格が1冊780円であること、被告書籍の発行部数は8 000部であり、これを発行するために被告汐文社が要した費用は、印刷製本代352万 5970円のほか、162万円(出荷手数料52万円、広告費50万円、編集費30万円 及び営業費30万円)であること、被告Bが被告書籍について得る印税は、1冊につき、 定価1300円の5パーセント相当額であることは、当事者間に争いがない。  また、証拠(乙6)及び弁論の全趣旨によれば、本件書籍につき、被告Bが被告汐文社 から支払を受けた印税額(利益額)は合計46万8000円であると認められる。  そうすると、被告汐文社が本件書籍の発行により得た利益額は、23万6030円(7 80円×7500部−352万5970円−162万円46万8000円)となる。 イ さらに、被告書籍のうち、本件書籍に関する原告の著作権を侵害するのは、別紙「本 件書籍と被告書籍との文章対比表」の「被告書籍」欄に記載の部分であり、証拠(甲2、 乙5)によれば、同部分は、行数にして合計約547行である(ただし、1行の途中から 始まるものや1行の途中で終わるものについては、侵害部分に係る文字数が同行の文字数 の過半数を超えている場合には1行として数え、過半数に満たない場合には1行として数 えないものとして算出した。なお、同欄の番号86と番号87については、番号86の最 後の行と番号87の最初の行とが同一の行にあたり、同一行内の番号86に係る部分の文 字数と番号87に係る部分の文字数とが同一であるため、両者とも過半数に満たないもの の、これについては、番号86に行数を加算するものとした。)。  被告書籍の1頁当たりの行数は12行であり、上記侵害部分を頁数に直すと45頁(小 数点以下切捨て)となる。被告書籍の本文(4頁ないし131頁)の総頁数は、頁全体が 写真となっている頁(合計3頁)を除くと、125頁であるから、総頁数に対する侵害部 分の頁数の割合は、125分の45である。 ウ 著作権法114条2項に基づく場合  被告らが、被告書籍の制作、発行により得た利益は、前記アによれば、合計70万40 30円(46万8000円+23万6030円)である。  前記イのとおり、総頁数に対する侵害部分の頁数の割合は、125分の45であり、本 件書籍に関する原告の著作権の持分割合は100分の65であるから、原告が被った損害 は、次の計算式のとおり、16万4743円(円未満切捨て。以下同じ)となる。 (計算式)  70万4030円×45/125×65/100=16万4743円 エ 著作権法114条3項に基づく場合  本件書籍の使用料相当額は、被告書籍の定価1300円の10パーセントと認めるのが 相当である。  上記ウと同様に、原告が被った損害を算定すると、次の計算式のとおり、22万815 0円となる。  なお、原告は、著作権侵害訴訟における損害額の算定については、通常の取引関係にお いて合意される利用料率よりも高率な利用料率により損害額を算定すべきである旨主張す るものの、著作権法114条3項が「著作権の行使につき受けるべき金銭の額に相当する 額」と規定していることに照らし、採用することができない。 (計算式)  1300円×7500部×0.1×45/125×65/100=22万8150円 オ 以上によれば、エの算定による方がウの算定によるよりも高額であるから、財産的損 害については、22万8150円と認められる。 (2)精神的損害について  被告らによる著作者人格権の侵害態様、被告書籍の発行部数、販売部数等、本件に現れ た一切の事情を総合考慮すると、被告らによる著作者人格権の侵害により原告が被った精 神的苦痛に対する慰謝料は30万円と認めるのが相当である。 (3)弁護士費用  本件事案の内容、認容額、本件訴訟の経過等を総合すると、本件著作権侵害行為及び本 件著作者人格権侵害行為と相当因果関係のある弁護士費用の額は、10万円と認めるのが 相当である。 (4)(1)ないし(3)の合計 62万8150円 7 争点7(謝罪広告の必要性)について (1)原告は、本件書籍に関する著作者人格権(同一性保持権及び氏名表示権)が侵害さ れたとして、被告らに対し、謝罪広告の掲載を請求する。  著作者は、故意又は過失によりその著作者人格権を侵害した者に対し、著作者の名誉若 しくは声望を回復するために、適当な措置を請求することができ(著作権法115条)、 「適当な措置」には謝罪広告の掲載も含まれる。同条にいう「名誉若しくは声望」とは、 著作者がその品性、徳行、名声、信用等の人格的価値について社会から受ける客観的な評 価、すなわち社会的名誉声望を指すものであって、人が自分自身の人格的価値について有 する主観的な評価、すなわち名誉感情を含むものではないと解される。  (2)本件についてみると、前記1(1)認定のとおり、そもそも、本件書籍は、被告B の体験や心情等をつづった自叙伝であり、本件書籍の表紙には、被告Bの写真、本件書籍 の書名「運命の顔」との表記と共に、被告Bの氏名のみが記載され、本件書籍の背表紙に も、被告Bの氏名のみが記載されており、原告の氏名は、本件書籍の末尾奥付に、「著者」 として被告Bの氏名が記載されるとともに、「構成」として記載されているにとどまるこ と、被告書籍も、本件書籍と同様に、被告Bの体験や心情等をつづった自叙伝であること、 被告書籍の内容、被告書籍の販売部数が7500部とそう多くはないこと等に照らし、被 告書籍が発行されたことによって、原告に対する社会的な名誉が毀損されたとまで認める ことはできないから、謝罪広告の掲載を求める請求は理由がない。 8 よって、原告の本訴請求は、被告らに対し、民法719条に基づき、連帯して62万 8150円及びこれに対する被告書籍の発行日である平成16年11月30日から支払済 みまで民法所定の年5パーセントの割合による遅延損害金の支払を、著作権法112条1 項に基づき、被告書籍の複製、頒布の差止めを、被告汐文社に対し、同条2項に基づき、 被告書籍の廃棄を求める限度で理由があるから、これを認容し、その余はいずれも理由が ないから、これを棄却することとし、仮執行宣言の申立てについては、主文記載の限度で これを相当と認め、その余は相当でないので却下することとして、主文のとおり判決する。 東京地方裁判所民事第47部 裁判長裁判官 阿部 正幸    裁判官 平田 直人    裁判官 柵木 澄子