・東京地判平成20年2月26日  社保庁LAN電子掲示板事件  社会保険庁が管理運営している社会保険庁LANシステム内には、電子掲示板システム があり、同システム内に新聞報道等掲示板が存する。社会保険庁の職員は、本件掲示板に、 社会保険庁に関連する新聞や雑誌の記事を複写・掲載していた。ジャーナリストである原 告(岩瀬達哉)が執筆し週刊現代に掲載された記事「まやかしの社保庁改革を撃つ」(第 1回・第2回・第3回・最終回)も、平成19年3月から4月にかけて本件掲示板に掲載 された。  本件LANシステムは、社会保険庁内部部局、施設等機関、地方社会保険事務局および 社会保険事務所をネットワークで接続するものであり、その利用機関は、社会保険庁の内 部部局におかれる課、社会保険庁大学校および社会保険庁業務センターならびに地方社会 保険事務局および社会保険事務所である。  社会保険庁は、平成19年6月18日、本件掲示板をいったん閉鎖した。  原告は、被告(国)の機関である社会保険庁の職員が、原告著作物を社会保険庁LAN システム中の電子掲示板システムの中にある新聞報道等掲示板にそのまま掲載し、原告の 複製権または公衆送信権を侵害したとして、被告に対し、上記複製権または公衆送信権侵 害を選択的請求原因として、同掲載記事の削除および原告のすべての著作物についての掲 載の予防的差止めならびに損害賠償374万円の支払を求めた。  判決は、公衆送信権の侵害を認めて、本件著作物の本件掲示板用の記録媒体への記録、 自動公衆送信の差止め(予防)、被告による公衆送信権侵害行為に対する損害賠償(42 万0500円および遅延損害金)の請求について認容した。 ■争点 (1) 被告は、原告の複製権を侵害したか。 (2) 被告は、原告の公衆送信権を侵害したか。 (3) 損害の額 ■判決文 第3 当裁判所の判断 1 争点(2)(被告は、原告の公衆送信権を侵害したか)について 原告は、選択的請求原因として、公衆送信権侵害を主張するので、まず、争 点(2)について、判断する。 (1) 本件LANシステムは、社会保険庁内部部局、施設等機関、地方社会保険 事務局及び社会保険事務所をネットワークで接続するネットワークシステム であり(前提となる事実)、その一つの部分の設置の場所が、他の部分の設 置の場所と同一の構内に限定されていない電気通信設備に該当する。したが って、社会保険庁職員が、平成19年3月19日から同年4月16日の間に、 社会保険庁職員が利用する電気通信回線に接続している本件LANシステム の本件掲示板用の記録媒体に、本件著作物1ないし4を順次記録した行為(本 件記録行為)は、本件著作物を、公衆からの求めに応じ自動的に送信を行う ことを可能化したもので、原告が専有する本件著作物の公衆送信(自動公衆 送信の場合における送信可能化を含む。)を行う権利を侵害するものである。 (2) 被告は、本件著作物については、まず、社会保険庁職員が複製していると ころ、この複製行為は42条1項本文により複製権侵害とはならず、その後 の複製物の利用行為である公衆送信行為は、その内容を職員に周知するとい う行政の目的を達するためのものなので、49条1項1号の適用はなく、原 告の複製権を侵害しない、また、複製物を公衆送信して利用する場合に、そ の利用方法にすぎない公衆送信行為については、42条の目的以外の目的で なされたものでない以上、著作権者の公衆送信権侵害とはならない旨主張す る。  しかし、社会保険庁職員による本件著作物の複製は、本件著作物を、本件 掲示板用の記録媒体に記録する行為であり、本件著作物の自動公衆送信を可 能化する行為にほかならない。そして、42条1項は、「著作物は・・・行 政の目的のために内部資料として必要と認められる場合には、その必要と認 められる限度において、複製することができる。」と規定しているとおり、 特定の場合に、著作物の複製行為が複製権侵害とならないことを認めた規定 であり、この規定が公衆送信(自動公衆送信の場合の送信可能化を含む。) を行う権利の侵害行為について適用されないことは明らかである。また、4 2条1項は、行政目的の内部資料として必要な限度において、複製行為を制 限的に許容したのであるから、本件LANシステムに本件著作物を記録し、 社会保険庁の内部部局におかれる課、社会保険庁大学校及び社会保険庁業務 センター並びに地方社会保険事務局及び社会保険事務所内の多数の者の求め に応じ自動的に公衆送信を行うことを可能にした本件記録行為については、 実質的にみても、42条1項を拡張的に適用する余地がないことは明らかで ある。なお、被告が主張する49条1項1号は、42条の規定の適用を受け て作成された複製物の目的外使用についての規定であるから、そもそも42 条の適用を受けない本件について、49条1項1号を議論する必要はない。 被告の主張は採用することができない。 2 争点(3)(損害の額)について (1) 原告は、114条1項ないしその類推適用により、本件著作物の公衆送信 が公衆によって受信されることにより作成された複製物それぞれ1万700 0部に、原告が、被告による侵害行為がなければ販売することができた物の 単位数量当たりの利益50円を乗じた額である340万円の損害賠償を請求 できると主張する。しかし、114条1項による損害額の推定は、権利者自 らその著作物を販売することができたであろうということが前提となってい ると解され、そして、本件著作物は、いずれも週刊誌に掲載された記事であ り、原告はこれを自ら販売していないのであるから(弁論の全趣旨)、同項 の適用はないというべきである。 (2) また、原告は、被告が、本件著作物の公衆送信により、本件著作物の掲載 された「週刊現代」の購入を免れたので、本件著作物それぞれ1部当たり少 なくとも50円の利益を得ているとして、114条2項により340万円の 損害賠償を請求できるとも主張する。しかし、同項による損害額の推定も、 権利者自らがその著作物を販売できたであろうということが前提となってい るものであるから、上記のとおり、原告が本件著作物を自ら販売していない 本件においては、同項の適用もないというべきである。 (3) そこで、114条3項の使用料相当額の損害について判断する。 ア 原告は、その著作に係る書籍である「新聞が面白くない理由」、「年金 大崩壊」及び「年金の悲劇」の3冊を、株式会社タイムブックタウンが運 営する電子書籍のレンタル配信サービスであるタイムブックタウンに登録 している(甲16)。  タイムブックタウンに登録され、電子書籍として配信されている原告の 上記書籍3冊のレンタル配信料は、60日間で、それぞれ367円、42 0円、420円である(甲15、16)。そして、原告の書籍がタイムブ ックタウンによってレンタル配信された場合の著作権使用料相当額は、レ ンタル配信料にダウンロードする人数を乗じた額から、原告の書籍の版元 に支払われる50パーセントのうちの30パーセントである(甲18ない し20、弁論の全趣旨)。 イ 本件著作物は、平成19年3月19日に本件著作物1が本件掲示板に掲 載され、以後、同年4月16日までに、本件著作物2ないし4も、順次、 本件掲示板に掲載され、社会保険庁が本件掲示板をいったん閉鎖した同年 6月18日まで掲載されていたものであるから、この間、本件著作物を収 録した書籍を公衆送信(配信)していたものとして、これにより原告が受 ける本件著作物の著作権使用料相当額を算定すべきである。  本件著作物は、各4頁で合計16頁から成るものであり、原告の上記各 書籍に比較すると頁数は明らかに少ない。しかし、タイムブックタウンの 上記レンタル配信は、60日間のレンタル配信にすぎず、著作物を複製す ることが原則としてできないものであるのに対し、本件LANシステムに よる自動公衆送信は、社会保険庁職員が本件著作物をダウンロードした後 に、これを印刷することが可能であるだけでなく、印刷したものを他の職 員がさらにコピーすることも可能なものである。このような質的な差異を 考慮すれば、本件著作物の頁数が少ないことを考慮しても、本件LANシ ステムにおける本件著作物の自動公衆送信による使用料相当額は、上記期 間について、本件著作物当たり420円と認めるのが相当である。  原告は、上期期間は1回のレンタル期間である60日を超えることから、 2回レンタルしたことになるとし、420円に2を乗ずるべきと主張する。  しかし、乙16によれば、本件各著作物が本件掲示板に掲載された当日 は、アクセス件数がそれぞれ954、746、805、924と増えるも のの、翌日には、305、222、290、301とその3分の1程度と なり、以後、漸次減少していること、最終掲載日から2週間後である平成 19年4月30日には、アクセス件数は1件となっていることからすれば、 本件LANシステムの利用者が、60日の期間を経過した後、もう一度本 件著作物にアクセスすることは考えがたいというべきであるから、2回レ ンタルされた際のレンタル配信料を基準として考えることはできない。  また、原告は、タイムブックタウンでは、ダウンロードされた書籍をプ リントアウトすることは原則としてできないことから、レンタル料は書籍 の定価よりも低く設定されているのに対し、本件著作物は、もともと期限 の定めなく本件掲示板に掲載されており、その間、プリントアウトするこ とも可能であったものであるから、本件著作物の配信は書籍本体を売るこ ととほぼ同様であり、レンタル料は原告の書籍の定価である1500円(甲 17)と同額に設定すべきとも主張する。  しかし、本件著作物は、全体で16頁にすぎず、原告の上記書籍と頁数 において明らかに異なることからすれば、書籍本体を販売することと同視 することまではできないというべきである。原告の上記主張も採用し得な い。 ウ 本件掲示板に掲載された本件著作物に対する、平成19年3月19日か ら同年4月30日までのアクセス数は、調査により判明した限りでは54 49回である(乙16)。もっとも、社会保険庁におけるサーバーは6台 あるものの、このアクセス数は、同年3月30日までは4台分、同年4月 2日から同月30日までは5台分のアクセス数であり、同年5月1日以降 のアクセス数は加算されていない。そこで、加算されていないサーバーも 含めたアクセス数を推計すると6962回となる(乙16)。また、同年 5月1日から同年6月18日までの間も若干のアクセス数はあったと推認 されるものの、その数は少ないと推認されることも併せると、本件著作物 が本件掲示板に掲載されていた期間中のアクセス数は、7000回と認め るのが相当である。  なお、本件著作物への上記アクセス数は、延べアクセス数であるから、 同一人が複数回(4回、3回、2回)アクセスする場合も、1回のみアク セスする場合も含まれており、一人当たりのアクセス数の分布は不明であ る。しかし、4回続けてアクセスする熱心な人もいれば、1回のみアクセ スするだけの人もいると想像される以上、一人当たりのアクセス数は平均 2回とみるのが相当であり、上記期間中のアクセス人数は、3500人(平 均2回)と認めるのが相当である(114条の5)。 エ 以上によれば、本件著作物を本件掲示板用の記録媒体に記録し、自動公 衆送信したことについての著作権使用料相当額は、147万円である。 420円×7000÷2=147万円  そして、原告が取得することができる著作権使用料は、原告書籍の出版 社が取得する総レンタル配信料の50パーセントのうち、30パーセント であるから、22万0500円である。 147万円×0.5×0.3=22万0500円  よって、被告による本件著作物の公衆送信権侵害行為により、原告が被 った損害額は、22万0500円と認められる。 (4) 本件訴訟の内容、性質その他本件に表れた全事情を考慮するなら、被告に よる本件著作物の公衆送信権侵害行為と相当因果関係のある弁護士費用は、 20万円と認められる。 (5) 以上のとおり、損害額の合計額は、42万0500円である。 3 差止請求について (1) 本件著作物の削除請求について  被告は、平成19年6月18日に本件掲示板を閉鎖しており、これにより 本件著作物は、本件LANシステムから削除されたものと認められる(弁論 の全趣旨)。したがって、本件LANシステムからの本件著作物の削除を求 める、原告の現在の侵害行為の停止に必要な措置としての削除請求(112 条2項)は、既に被告により履行済みであるから、理由がない。 (2) 原告の著作物の掲載差止請求について  原告は、被告に対し、原告の著作物すべてについて本件LANシステムへ の掲載行為の予防的差止を求めている(112条1項)。このうち、本件著 作物以外の原告の著作物については、「年金大崩壊」等の書籍もあるものの、 被告がこれらを本件掲示板に掲載したこともなく、本件全証拠によっても、  今後これらを掲載するおそれがあることを認めるに足りる証拠はない。  しかし、本件著作物については、本訴提起後にその掲載を中止し、これを 本件掲示板から削除したことは事実であるものの、被告が一度これを掲載し た事実があること、並びに、被告は、本訴において、本件著作物を本件掲示 板に掲載したことは、原告の公衆送信権及び複製権を侵害するものではない として争っていること、及び、社会保険庁の下部組織である社会保険事務所 等において、マスコミ等による報道に関する苦情、問い合わせに対して適切 な対応を取る必要から、本件掲示板に報道等の内容の掲示を再開する希望も 強いこと(乙11)も考慮すれば、今後において、本件著作物を本件掲示板 に掲載するおそれがないということもできないところである。したがって、 原告の請求のうち、本件著作物についてはその将来の掲載行為の予防的差止 請求は理由がある。 第4 結論  以上によれば、原告の請求は、本件著作物の本件掲示板用の記録媒体への記録 及び自動公衆送信の差止め、並びに、被告による公衆送信権侵害行為に対する損 害賠償として、42万0500円及びこれに対する平成19年4月17日から支 払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を認める限度で理由がある。な お、仮執行宣言については、相当でないので、これを付さないこととする。 よって、主文のとおり、判決する。 東京地方裁判所民事第46部 裁判長裁判官 設樂 隆一 裁判官    中島 基至 裁判官    関根 澄子