・大阪地裁平成20年5月29日〔「時効の管理」事件〕  弁護士である原告(酒井廣幸)は、時効に関する法律実務書として『時効の管理−法律 問答一三〇−』(新日本法規出版)など5冊の書籍の著者である。被告研究会(社団法人 金融財政事情研究会)は、被告書籍『時効管理の実務』を発行している。被告きんざい (株式会社きんざい)は、被告書籍の販売を目的とする会社である。被告Y1、被告Y2 及び被告Y3(被告編著作者ら)(吉岡伸一、渡邊博己、高橋悦夫)は、被告書籍の編著 作者である。  原告は、被告書籍が原告の著作権および著作者人格権を侵害するものであり、また不正 競争行為にも該当するとして、被告らに対して、差止および損害賠償の請求をした。  判決は、「時効の管理」という表現には創作性がないとして著作権法上の請求を棄却す るとともに、「時効の管理」が周知商品等表示または著名商品等表示となっていたと認め るに足りる証拠はないとして不正競争防止法に基づく請求も棄却した。 ■争 点 (1) 著作権・著作者人格権侵害行為該当性 (2) 不正競争行為該当性 (3) 被告編著作者らの行為 (4) 原告の損害 ■判決文 第3 当裁判所の判断 1 争点(1)(著作権・著作者人格権侵害行為該当性)について (1) 「時効の管理」の著作物性について ア 証拠(甲1)によれば、原告書籍Aが発行されたのは昭和63年12月 1日であることが認められる。したがって、原告主張に係る「時効の管 理」の著作物性を判断するには、同日の時点を基準として判断すべきであ る。 イ 時効は、民法第一編第七章に規定されている法令用語であって、時効に 関する法律問題を論じようとする際には不可避の用語である。昭和63年 よりも前から「管理」とは、「@管轄し処理すること。とりしきること。 A財産の保存・利用・改良を計ること。→管理行為。B事務を経営し、物 的設備の維持・管轄をなすこと。」(新村出編・広辞苑第3版(岩波書店、 昭和58年))という意味で日常よく使用される用語であったこと、及び 保存行為、利用行為及び改良行為を併せて管理行為と呼び、保存行為には 消滅時効の中断が含まれるとする見解が法律学上有力であったことは当裁 判所に顕著である。また、昭和63年より前の民法でも「共有物ノ管理」 (平成16年法律第147号による改正前の民法252条)、「事務ノ管 理」(同法697条1項)という用語も用いられている。  そうだとすると、「時効の管理」は、時効に関する法律問題を論じよう とする際に不可避の用語である「時効」に、日常よく使用され、民法上も 用いられている用語である「管理」を、間にありふれた助詞である「の」 を挟んで組み合わせた僅か5文字の表現にすぎない。しかも「の管理」と いう表現も民法に用いられるなどありふれた表現である。以上のことから すれば、「時効の管理」は、ありふれた表現であって、思想又は感情を創 作的に表現したものということはできない。 ウ のみならず、管理行為の一つとして保存行為をあげ、保存行為には消滅 時効の中断が含まれる見解が法律学上有力であったことは前示のとおりで あるから、消滅時効の中断などの時効に関する債権の管理行為について論 じようとするとき、これを「消滅時効の管理」というのはごく自然な表現 である。また、消滅時効と取得時効を併せて「時効」といい、時効の中断 は、消滅時効に限らず、取得時効についても存在する。したがって、「消 滅時効の管理」の意味で簡略に「時効の管理」と表現することも、取得時 効も含めた意味で「時効の管理」と表現することも、いずれも創作力を要 しないものであって、「時効の管理」は、この点からみても、思想又は感 情を創作的に表現したものということはできない。  証拠(乙2の1ないし3、丙1)によれば、本件手形研究増刊号(昭和 56年11月20日発行)1頁には、編集部が、「特に、貸付金の消滅時 効の管理は、貸付金管理のイロハであって」「取引先および取引形態の多 様化が進む中で、消滅時効の管理にあたってもこれら新しい判例の考え方 の理解が不可欠」として「消滅時効の管理」との表現をしていること、関 沢正彦弁護士が、金融法務事情1147号(昭和62年2月25日号)4 4頁に「時効管理の大切さを肝に銘じていただきたいものである。」、4 5頁に「時効管理をする必要のないことが本件判決から明らかになっ た。」、金融法務事情1162号(昭和62年8月5日号)101頁に 「保証人に対する時効管理は少なくとも更正計画認可決定確定時までは安 心してよい。」、金融法務事情1192号(昭和63年7月5日号)41 頁に「時効管理上、最後の弁済があった時から消滅時効を起算するのが通 例」として、いずれも「時効管理」との表現をしていることが認められる が、上記事実も、「時効の管理」が、思想又は感情を創作的に表現したも のではないことを裏付けるものということができる。 エ 原告は、@本件手形研究増刊号の編集部は時効を管理するという思想を 持ち得なかった、A前記各金融法務事情の中において関沢正彦弁護士のし た「時効管理」との表現は、貸付債権の管理と同義で使用されている表現 であり、原告の「時効の管理」とは全く異なると主張する。しかし、著作 物とは、思想又は感情を創作的に「表現したもの」であって、表現した者 の思想自体を保護するものではない。そして、表現としてみると、「時効 の管理」は、「消滅時効の管理」と比べて「消滅」の部分が足りないだけ であり、「時効管理」とはほぼ同一ということができるから、「時効の管 理」は、従来の表現である「消滅時効の管理」や「時効管理」だけからみ ても創作性が認められないものというべきである。  また、原告は、原告書籍以前に「時効の管理」という表現が使用された ことは一度もなかったと主張する。しかし、「時効の管理」という表現が 使用されたことがなかったとしても、そのことは以上の認定を左右するも のではない。 (2) 小括  以上のとおり、「時効の管理」という表現を著作物ということはできない から、著作権及び著作者人格権に基づく原告の請求は、いずれも理由がない。 2 争点(2)(不正競争行為該当性)について (1) 書籍の題号について  書籍の題号は、普通は、出所の識別表示として用いられるものではなく、 その書籍の内容を表示するものとして用いられるものである。そして、需要 者も、普通の場合は、書籍の題号を、その書籍の内容を表示するものとして 認識するが、出所の識別表示としては認識しないのものと解される。 (2) 原告書籍の「時効の管理」について  証拠(甲1ないし5)によれば、原告書籍Aが、「どちらかといえば、金 融機関における消滅時効の管理がその中心となっている」(甲5の昭和63 年11月付け「はしがき」)時効に関する法律書であるのを始めとして、原 告書籍は、いずれも時効に関する法律書であることが認められる。他方、前 記1(1)イ、ウ認定の事実によれば、「時効の管理」という表現は、管理行 為たる消滅時効の中断を始めとする時効に関する法律問題を論じる際のあり ふれた表現ということができる。そうだとすると、原告書籍の題号に接した 需要者は、原告書籍の題号のうち「時効の管理」という部分を、時効に関す る法律書であるという内容を表現したものと認識するにすぎず、それ以上に これを商品等表示と認識するものとは認められない。したがって、仮に原告 書籍の存在が広く知られるようになっているとしても、「時効の管理」なる 表示が原告の商品等表示として周知ないし著名となったとすることはできな い。ちなみに、証拠(甲17、18)によれば、原告書籍に言及した書籍や ブログは、題名の全部と著者名及び出版社を掲げて原告書籍を特定している ことが認められるところである。  他に、「時効の管理」が、原告の周知商品等表示又は著名商品等表示とな っていたと認めるに足りる証拠はない。 (3) 被告書籍の「時効管理の実務」について  証拠(乙1の1ないし3)によれば、被告書籍は、「金融機関は、多くの 権利を管理しなければならず、この際特に注意しなければならないのは、時 効の問題である。・・・完成の阻止(時効の中断)をめぐっては、複雑な問 題を包含しているため、特に金融機関において権利管理の職務にあたる者は ・・・時効法理の研究をおろそかにしてはならない。本書は、このような立 場から、時効(特に消滅時効)の基本的な法的問題だけでなく、金融機関で 生じやすい問題を中心に、設問形式で解説した。」(はしがき)として権利 管理の立場から特に消滅時効や管理行為である時効の中断の問題を扱った実 務書であることが認められる。上記事実によれば、被告書籍の題号「時効管 理の実務」は、管理行為たる消滅時効の中断を中心とする時効に関する法律 実務書であるという内容、特徴を表現するために用いられているものであっ て、出所を表示するもの(商品等表示)ということはできない。したがって、 被告研究会らが、「時効管理の実務」という商品等表示を使用したり、その 商品等表示を使用した商品を製造販売しているとすることはできない。 (4) 小括  以上のとおり、「時効の管理」を原告の周知商品等表示又は著名商品等表 示ということはできず、かつ、被告書籍の題号を商品等表示をいうこともで きないから、原告の不正競争防止法に基づく請求は、いずれも理由がない。 3 結論  以上の次第で、原告の請求は、その余について判断するまでもなくいずれも 理由がないから棄却することとして、主文のとおり判決する。 大阪地方裁判所第26民事部 裁判長裁判官 山田 知司    裁判官 村上 誠子 裁判官高松宏之は、差支えのため署名押印できない。 裁判長裁判官 山田 知司