・東京地判平成22年4月28日  ラーメン「我聞」U事件(平成21(ワ)25633)  芸能プロダクション(平成18年12月5日設立)である原告(株式会社36 5)が、「高松シンボルタワー」内の商業施設(マリタイムプラザ高松)を所有 ・運営をしている被告(シンボルタワー開発株式会社)に対して、被告が本件施 設ビル内に、タレントA(河相我聞)の芸名や肖像等を利用したラーメン店を誘 致して、その営業をさせたほか、上記商業施設の宣伝にAを利用したことが、A に係るパブリシティ権を侵害するものであるとして、不法行為による損害賠償請 求を求めた。  当事者の経緯は以下の通りである。  株式会社アップ・デイト(その代表者は原告代表者と同一)は、平成5年8月 28日、タレントA(河相我聞)との間で、次の内容を有する専属実演家契約を 締結した。  第3条(独占的許諾)  (1)Aは、第4条によりAが行う歌唱、演奏、演技その他の実演(以下「実 演」という。)の録音、録画、放送、有線放送及び衛星放送(以下「録音・録画 等」という。)並びにその一切の利用については、アップ・デイトに対してのみ 独占的に許諾します。また、アップ・デイトが第三者にAの実演の録音・録画等 及びその一切の利用を許諾することを承諾します。  (2)アップ・デイト及びAは、Aの氏名(芸名、通称等を含む。)、写真、 肖像、筆跡及び経歴等についての権利を共有するものとし、その処分や使用につ いては、すべてアップ・デイトの判断と指示に基づいて行うものとします。  アップ・デイトは、平成15年3月1日以降、同契約に基づくAのマネジメン ト業務に係るすべての権利(契約上の地位)を有限会社エターナル・ヨーク(そ の代表者は原告代表者の当時の妻である)に譲渡し、Aもこれに同意した。  被告は、平成17年7月9日、株式会社KNOSとの間で、本件施設内の「高 松拉麺築港」(高松ラーメンポート)に存在する本件店舗について、KNOSが、 本件店舗を「我聞」という名称の創作ラーメンの飲食業のためにのみ使用するこ とを内容とする定期建物賃貸借契約を締結した。。  KNOSは、平成17年7月30日、本件店舗内に「我聞」という名称のラー メン店を出店し、Aの肖像を広告に用いて、その営業をしていたが、平成18年 6月4日、同店を閉店した。その間、Aは、平成17年12月31日に本件施設 において開催された年末年始イベントに出演したほか、本件店舗にも複数回来店 し、自ら麺を茹でたり、接客に当たるなどした。  エターナル・ヨークは、平成18年12月18日、Aの実演家活動全般に関す るマネジメント業務権(本件専属実演家契約によりアップ・デイトが取得した契 約上の地位)のすべてを原告に移譲し、Aもこれに同意した。また、アップ・デ イト、エターナル・ヨークおよび原告は、平成21年7月13日、アップ・デイ トおよびエターナル・ヨークがAとの専属実演家契約期間中に取得した、Aに係 るパブリシティ権を含む独占的権利等を侵害されたことに基づく一切の債権につ いて、原告がこれを譲り受けることを合意した。 ■争 点 (1)被告によるAに係るパブリシティ権侵害の成否 (2)パブリシティ権侵害について被告の過失の有無 (3)エターナル・ヨークの損害額 (4)原告はエターナル・ヨークからパブリシティ権侵害による損害賠償請求権 の譲渡を受けたか (5)原告による本訴請求は権利の濫用に当たるか ■判決文 第3 当裁判所の判断 1 争点(1)(被告によるAに係るパブリシティ権侵害の成否)について (1)パブリシティ権について  人は、その氏名、肖像等を自己の意思に反してみだりに使用されない人格的権 利を有しており(最高裁昭和63年2月16日第三小法廷判決・民集42巻2号 27頁、最高裁昭和44年12月24日大法廷判決・刑集23巻12号1625 頁参照)、自己の氏名、肖像等を無断で商業目的の広告等に使用されないことに ついて、法的に保護されるべき人格的利益を排他的に有しているということがで きる。そして、芸能人やスポーツ選手等の著名人については、その氏名・肖像を、 商品の広告に使用し、商品に付し、更に肖像自体を商品化するなどした場合には、 著名人が社会的に著名な存在であって、また、あこがれの対象となっていること などによる顧客吸引力を有することから、当該商品の売上げに結び付くなど、経 済的利益・価値を生み出すことになるところ、このような経済的利益・価値もま た、人格権に由来する権利として、当該著名人が排他的に支配する権利(いわゆ るパブリシティ権。以下「パブリシティ権」という。)であると解される。 (2)エターナル・ヨークの地位について ア 本件専属実演家契約(甲6の1)は、「第3条(独占的許諾)」として「(1) Aは、第4条によりAが行う歌唱、演奏、演技その他の実演(以下「実演」とい う。)の録音、録画、放送、有線放送及び衛星放送(以下「録音・録画等」とい う。)並びにその一切の利用については、アップ・デイトに対してのみ独占的に 許諾します。また、アップ・デイトが第三者にAの実演の録音・録画等及びその 一切の利用を許諾することを承諾します。(2)アップ・デイト及びAは、Aの 氏名(芸名、通称等を含む。)、写真、肖像、筆跡及び経歴等についての権利を 共有するものとし、その処分や使用については、すべてアップ・デイトの判断と 指示に基づいて行うものとします。」と規定しているが、上記(1)項の趣旨は、 Aが実演家として行う実演に係る権利について、アップ・デイトに独占的に許諾 したものであると解される。そうすると、続く(2)項において、氏名、写真、 肖像等の「処分や使用については、すべてアップ・デイトの判断と指示に基づい て行う」とあるのは、(1)項の実演に関係する氏名、写真、肖像等の「処分や 使用」について定めたものと解するのが相当である。また、「第6条(権利の帰 属)」として、「本契約の有効期間中に前2条の業務により制作された著作物、 商品その他のものに関する著作権、商標権、意匠権、パブリシティ権、所有権そ の他一切の権利は、本契約又は第三者との契約に別段の定めのある場合を除き、 すべてアップ・デイトに帰属するものとします。」と規定しているが、上記「前 2条」のうち「第4条(Aの業務)」としては、実演(〔1〕〜〔5〕)のほか、 「『取材・撮影、会見』等への出演」(〔6〕)、「『作詞・作曲、編曲、プロ デュース』等の業務」(〔7〕)、「執筆等の業務」(〔8〕)、「Aの実演… 氏名…、写真、肖像、ロゴ及び意匠等を用いた各種の商品の企画等に関する業務」 (〔9〕)及び「その他前各号の業務(判決注:上記〔1〕〜〔9〕の業務を指 すものと解される。)に付随する一切の業務」(〔10〕)が規定され、「第5 条(アップ・デイトの業務)」として、マネジメント業務等が規定されている。  したがって、本件専属実演家契約の上記規定内容からすれば、Aがアップ・デ イトに独占的に許諾した対象は、Aの実演に係る権利に関係するものであり、第 6条によりアップ・デイトに帰属することとされる権利も、上記実演(〔1〕〜 〔5〕)及び実演家であるAの活動に関係する上記〔6〕〜〔10〕の業務に関 するものをいう趣旨と解するのが相当というべきであり、実演家の活動とは直接 の関係を有しない店舗の経営にまで及ぶものと解することはできない。 イ 証拠(甲6の2)によれば、アップ・デイトは、平成15年3月1日以降、 本件専属実演家契約に基づくAのマネジメント業務に係る契約上の地位をエター ナル・ヨークに譲渡し、Aもこれに同意したことが認められる。  しかしながら、上記経緯によりエターナル・ヨークが取得したのは、本件専属 実演家契約上のアップ・デイトの地位であるから、その内容は、上記アに説示し たものにとどまり、エターナル・ヨークがAのパブリシティ権の帰属主体になっ たものということはできない。そして、エターナル・ヨークの取得した地位が上 記のものにとどまる以上、本件専属実演家契約は、実演家の活動とは直接の関係 を有しない店舗の経営にまで及ばないから、KNOSがAの芸名や肖像等を使用 してラーメン店を経営したことが、エターナル・ヨークの上記契約上の地位ない し権利を侵害するものということはできない。  (3)Aの許諾について  また、証拠(甲5の1、2、乙7〜10)及び弁論の全趣旨によれば、本件に おいて、Aは、ラーメン店の経営に興味を持ったことから、ラーメン、餃子等を 扱う飲食店を全国に展開させた経験を有するB(KNOSの代表者)と共同して ラーメン店「我聞」を立ち上げ、自らを「店長」と称し、KNOSの取締役(平 成17年12月14日から平成19年4月4日までは代表取締役)にも就任する など、同店の経営に自ら関与してきたものであり、同店の宣伝、広告のためにA の氏名、肖像等を利用することについては、A自身がこれを許諾していたことが 認められる。  ところで、エターナル・ヨークは、上記(2)に説示したとおり、Aのパブリ シティ権の主体ではなく、本件専属実演家契約上の地位を譲り受けたにすぎない から、仮に同契約の効力がラーメン店の経営に及ぶとしても、同契約の効力は第 三者であるKNOSには及ばない。そうすると、KNOSがAの許諾を得て、A の芸名や肖像等を使用してラーメン店「我聞」を経営することは、自由競争の範 囲内の行為というべきであるから、これが不法行為を構成するというためには、 KNOSの行為が自由競争の秩序を逸脱したような場合に限られるというべきで ある。  しかるところ、本件全証拠によるも、KNOSに自由競争の秩序を逸脱した行 為があったものと認めることはできない。 (4)上記(2)、(3)に検討したとおり、ラーメン店「我聞」におけるAの 氏名、肖像等の使用は、エターナル・ヨークの前記契約上の地位ないし権利を侵 害する不法行為を構成するということはできないから、被告が本件店舗にAの芸 名、肖像等を使用したラーメン店「我聞」を誘致したとしても、これがエターナ ル・ヨークに対する不法行為に当たるとすることはできない。  また、原告は、被告が高松拉麺築港(高松ラーメンポート)のウェブサイトや 地元新聞(四国新聞)の記事(PR広告)にAの芸名、肖像を掲載したほか、本 件施設内においてAに実演させるなど、本件施設の宣伝のためにも、エターナル ・ヨークに無断でAの氏名、肖像を使用したとも主張する。しかしながら、原告 が指摘する四国新聞の記事(甲5の1の1頁)は、同新聞の記者がラーメン店 「我聞」等に対する取材に基づき執筆したもので、経済ニュースとして経済欄に 掲載されたものであるから、これをもって、被告によるPR広告であると認める ことはできない。また、原告が証拠(甲5の1の2〜8頁)として提出するウェ ブサイト上の記事は、いずれも被告が作成したものとは認められないから、その 記事にAの氏名や肖像等が使用されていたとしても、被告がAのパブリシティ権 を侵害したものと認めることはできない。さらに、Aが本件施設内においてドラ ムの演奏や、調理、接客等の実演をしたことが認められるが、証拠(乙4〜6) によれば、これらはいずれもKNOSの企画に基づきラーメン店「我聞」の宣伝、 広告のために行われたものと認められ、被告が上記行為を行ったものと認めるこ とはできない。その他、本件全証拠によるも、被告が自ら本件施設の宣伝、広告 のためにAの氏名、肖像を利用した事実を認めることはできない。 2 よって、原告の請求は、その余の点について検討するまでもなく、理由がな いから、これを棄却することとし、主文のとおり判決する。 東京地方裁判所民事第40部 裁判長裁判官 岡本 岳    裁判官 鈴木 和典    裁判官 坂本 康博